魔法科高校の留年生   作:火乃

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頼ってくれ2

「阿僧祇と中条だけか。他はどうしたんだ?」

 

 紅葉がメールを送って呼び出した人物は、部活連執行部会頭の服部だった。彼のもとに送られてきたメールの内容は『中条壊れた。ヘルプ』と実に簡単で意味のわからないモノな上に紅葉から送られてきたと言うこともあり無視したかった。しかし、『中条壊れた』というワードが気になって執行部での仕事を終わらせてから生徒会室に足を運んでいた。

 生徒会室に入ると待ってましたと顔を明るくする紅葉と、しょぼくれたままのあずさの二人だけがいた。そして、冒頭のセリフとなる。

 

「達也達と泉美は今日分の仕事が終わったから帰ったよ。五十里の奴は千代田に連行されたまま帰ってきてない」

「……」

 

 違和感に服部は訝しむ。二年生を達也達と一括りにしたのはわかる。泉美を分けて言ったのだから。五十里が千代田に連れて行かれたのも意味はわからないが居ない理由としてわかる。では違和感の正体は?と考えるまでもなく服部にはわかっていた。

 

「……ひとついいか?」

「どうぞ」

「後輩設定はどうした?」

 

 そう、紅葉の口調から敬語が消えていた。さらに言うなら、態度からも後輩らしさが消えている。

 

「設定言うな。実際、後輩だろうに。……まぁ、今日この場に限っては普通の方がいいと思ってな」

 

 そう言いながら紅葉はあずさの方を見た。釣られて服部も彼女の方を見る。

 

「中条、どうしたんだ?」

 

 服部が来てから一度は顔を上げたあずさだが、それもすぐに伏せられていた。そんな彼女に声をかけるも顔があがる気配がないばかりか逆にもっと縮こまっていく。これが『壊れた』という意味かと紅葉に目を向けると、彼は肩をすくめていた。

 

「順を追って説明する。という訳で、俺達三人しかいないんだ。これでいかせてもらうぞ」

 

 紅葉としてもあずさがこのままの状態でいるのは見過ごせなかった。放置すれば数日はこのままだったり、最悪な事態になる可能性もあった。そうならない為に服部を呼び、達也達には帰ってもらい、紅葉自身は後輩ではなく同い年として居ることで、あずさに遠慮なくモノを言える場を作ったということだった。

 

 順を追って、大会要項と競技内容変更を説明された服部の顔は苦虫を噛み潰したかの様に歪んでいた。

 

「それは、とても悪い報せだな」

「だろ。さすがに変わり過ぎだよな」

 

 一気に説明した為か、紅葉は水の入ったコップを持ちこれまた一気に飲み干している。

 

「変わったモノは仕方がない。しかし、これは全てとはならないが選考をやり直すことになるか」

 

 服部の言葉に紅葉が説明している間、微動だにしなかったあずさがビクッとした。

 

「……」

「……」

 

 紅葉と服部の視線があずさに向けられる。その視線を感じ取ったのか彼女はより小さくなっていった。

 

「おーい、中条。もう、生徒会室(ここ)には俺と服部(こいつ)しかいないんだ。思ってること言えって」

 

 一向に顔を上げないあずさに紅葉は少しばかり口調が荒くなる。

 

「お前はもう少し言い方をだな──」

「私が早めるなんて言わなければ良かったんです」

 

 紅葉の荒れ言葉を服部が諫めようとした時、あずさが下を向いたまま口を開いた。

 

「……」

「……」

 

 それを二人は黙って聞く。

 

「毎年のように、公式発表があってから準備を始めれば良かったんです。それなのに、私が臆病だから早く安心したくて……」

 

 あずさの弱々しい独白が続く間、彼女は俯いたままだったため紅葉が席を立ったことに気付けなかった。

 

「皆の為にって理由を付けて、勝手に早めたから、罰が下ったんです。これは私の責任です。だから、責任を取って私は生徒会長を辞めゆぅ?!」

 

 意を決して顔を上げたあずさを襲ったのは脳天からの衝撃。思わず両手で頭を抑えながら後ろを振り向くと、そこには怒った顔で手刀を振り下ろした形の紅葉が立っていた。

 

「予想通りの言葉をありがとう中条」

 

 紅葉は何もチョップする気満々であずさの後ろに控えていたわけではない。あまりにもネガティブな発言があった時だけ、チョップしようと決めていた。

 

「な、なにをするの阿僧祇くん!?」

「なにって、チョップしてやったんだよ」

「人の頭にチョップしといてなんでえらそうなの!!」

 

 それまで弱々しく話していたのが嘘のようにあずさは声を大にして紅葉に食ってかかっている。その様子に服部は笑っていた。

 

「服部くん笑わないでください!」

「悪い。昔を思い出してな」

「昔ってたった二年前だろうに」

 

 服部は自分達が一年生の時、紅葉があずさをからかい、自分が仲裁に入っていたことを思いだし懐かしんでいた。

 

「そうだったな。さて、話が脱線したが、中条落ち着いたか?」

「うっ」

 

 その言葉にあずさがピタリと止まる。

 

「落ち着いたと言うか、頭に刺激入ってさらに大声出したんだ。ちょっとはスッキリしたろ?」

「う~」

 

 続けて言われた紅葉の言葉に、その通りだと思ったあずさだったが手のひらで転がされている感じがして素直に言葉を返せず唸っていた。その様子を見て、ケラケラ笑いながら自分の席に戻った紅葉は頬杖をつきながら話し始めた。

 

「で、なんだっけ? 責任を取って生徒会長を辞めるだっけか? そんなもん却下に決まってるだろうが」

「なん「ああ、それは俺も同感だ」服部くん?!」

 

 あずさの言葉に服部がわざと言葉を被せる。あずさの意識が紅葉から服部に向かう。

 

「そもそもこれは中条だけの責任じゃない。準備を早くやることに俺や千代田も同意したんだ。俺達にも責任はある」

「でも、私が言い出さなければ」

「たらればの話に終わりはないぞ」

「っ」

 

 紅葉の指摘にあずさは言葉が詰まる。

 

「中条、一人で気負わないで俺達を頼ってくれ。九校戦は一人で戦うんじゃない生徒全員で戦うんだ。それはわかっているだろ?」

「……わかって、ます。でも、怖いんです。皆から不満が出るだろうし、スティープルチェース・クロスカントリーに出場した人がドロップアウトしてしまうかもしれないと思うと怖くて……怖くて」

 

 ここでようやく二人はあずさの本音を聞くことができた。競技種目変更における再選考に対する事に悩んでいると思っていた紅葉と服部だが、スティープルチェース・クロスカントリーの事まで悩んでいるとは思ってもいなかった。

 

「……不満は出るだろうが、説明すればわかってくれる奴らだろ?」

「そうだな。説明する際は必ず俺が同席しよう」

「それ、あたしも付いて行くわよ」

 

 突然割り込んできた言葉に三人は驚きながらも声のした風紀委員会室への直通階段へと目を向けていた。そこには疲れきった顔の五十里とすっきり顔の花音が上がってきたところだった。

 

「千代田さん、聞いてたんですか?!」

「聞くつもりはなかったんだけど、上がってきたところでちょうど聞こえちゃって。ごめんなさいね」

「い、いえ、私の方こそ──」

 

 花音があずさに近づいて話しかけている時、五十里は紅葉の方に向かっていた。それを紅葉は苦笑いで迎える。

 

「お疲れ。誤解は解けたか?」

「うん、なんとかね」

「詳しくは聞いていないが、大変だったみたいだな」

「今回はちょっと骨が折れたよ」

 

 二人から言葉をかけられた五十里は、言葉少な目に返答して自分の席に深く腰掛けていた。その様子に二人は深く聞くのはやめようと思うことにした。

 

「服部、説明は試験前にするべきよね」

 

 そんな五十里から顔を逸らした時、あずさとの会話の延長線なのか花音が話を振ってきた。それに驚く事なく服部が即座に応じる。

 

「ああ、それは早い方がいい。中条、明日からはどうだろうか?」

「え、あ、はい、明日から大丈夫かと」

「なら、今日の内に説明する順番考えましょう。閉門までまだ時間あるしね」

「そうだな」

「……」

「どうした中条?」

 

 花音の登場によって有耶無耶になってしまっているが、あずさの不安が完全に拭えている訳ではない。しかし、服部や花音の言動で心が軽くなっているのをあずさは感じていた。だから彼女は数時間ぶりに暗い気持ちから解放され、この場にいる四人に向かって頭を下げていた。

 

「皆さん、ありがとうございます」

 

 その言葉に紅葉と服部はあずさの気持ちが少しだけでも晴れたように感じて取れて、自分達の気持ちも落ち着いていく。

 

「礼を言われる事じゃないさ。そうだろ千代田?」

「そうそう。そういうのは全部終わってから言いましょ!」

「千代田にしちゃ良いこと言うわー」

「花音は優しいからね」

 

 それから四人は閉門ギリギリまで話し合いをしてから下校したのだった。




頼ってくれ終了。

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