魔法科高校の留年生   作:火乃

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頼ってくれ1

 七月に入り一週間後に定期試験が控えていようとも、生徒会の活動はそんなものに関係なく行われる。とはいえ、今年はあずさが九校戦の準備を一ヶ月早めた為、例年に比べ役員に掛かる負担はむしろ軽減されている。そうでなくても紅葉は留年しているので試験はまだ(・・)復習範囲内で余裕だった。

 ともあれ、いつものように放課後、紅葉が生徒会室の扉を開けた直後。

 

「何もかもです!」

 

 あずさの悲痛な、それでいて呪詛にも似たような叫び声に思わず足を止めてしまった。これは入らない方がいいと嫌な予感を察知した紅葉は足を一歩後ろに引く。

 

「阿僧祇さん?」

 

 しかし、紅葉から少し遅れて生徒会室に着いた泉美が後ろにいたことでそれ以上、後ろに下がることはできなかった。

 

「どうしま……」

 

 中に入らない紅葉を不思議に思いながら彼の背中から中をのぞき込んだ泉美は最後まで言葉を言い終えることもできず固まってしまっている。それを内心固まるよなーと同意しながら横目で見ていると、生徒会室の中から見られているような気がした。そちらにゆっくりと目を向ける。視線の正体は五十里と達也から「逃げるな」と言われているようなものだった。逃げる事を諦めた紅葉はこの重い空気を漂わせている原因、全身から絶望感を放つあずさに視線を移す。

 そんなあずさは紅葉と泉美が来たことに気付かないまま愚痴を続けていた。

 

「開催要項、競技種目の変更を告げるものでした!」

 

 おとなしく─諦めて─紅葉は泉美と一緒に生徒会室に入り、四人─あずさ、五十里、達也、深雪─がいる生徒会長のデスクに近づく。紅葉は五十里の、泉美は深雪の隣についた。

 泉美はあずさの「なにもかもです」を聞いていない為、なぜこんなにも重い空気になっているのかわかっていない。説明がほしいところではあるがそんな空気ではなかったので黙って場を見守ることにした。そして紅葉は「なにもかも」+「開催要項、競技種目の変更」でどうしてあずさがこんなにも荒れているのかが見えてきていたが、まずは彼女が落ち着くのを待つことにした。

 

「……何が変わったんですか?」

 

 そんな荒ぶるあずさに紅葉よりも先に来ていた達也が聞き返す。ただ、彼も紅葉と同様に予想は大方ついていた。確かに競技変更の報せは悪いニュースだと思っている。しかし、競技種目の変更が起こる可能性はもとから視野に入れて準備してきた。だから、公式から変更されると告知されても問題なく対応できるだろうと思っていた。

 次のあずさのセリフを聞くまでは。

 

「三種目です!」

 

 あずさが悲鳴のような声で返した答えに達也も紅葉も予想を大きく上回ったせいで驚かずにいられなかった。

 

「スピード・シューティング、クラウド・ボール、バトル・ボードが外されて、新たにロアー・アンド・ガンナー、シールド・ダウン、スティープルチェース・クロスカントリーが追加されました!」

 

 全六種目の内、その半数が入れ替え。しかも外れた競技と追加された競技では必要となる魔法の種類がかなり異なる。

 

「(マジかよ。三種目は多いな。こりゃ、選考をやり直す事になるか)」

 

 驚きながらもそう結論づけた紅葉と、達也も同様のことを思っていたが、その結論は早計すぎた。あずさの回答はここでお仕舞いではなかった。

 

「しかも掛け持ちでエントリーできるのはスティープルチェース・クロスカントリーだけなんですよ! その上、アイス・ピラーズ・ブレイク、ロアー・アンド・ガンナー、シールド・ダウンはソロとペアに分かれているんです!」

「はあ?!」

 

 あずさは両手で机を叩いて力説する。その言葉に紅葉と達也は素で驚き、深雪と泉美はあずさの様子に圧倒され言葉を失っていた。

 

「(チッ。まさか、本当になるとは)」

 

 一ヶ月前に少しだけ思った事が実現するとは思わなかった。今更、過去を悔やんでも結果はかわらないとわかっている紅葉は、悔やむことをやめて思考を切り替える。

 

「達也先輩」

 

 力説し終えても息を荒げている生徒会長に五十里はお茶を出して落ち着かせている。その間になんと言ってなだめようか、と考えている達也へ、紅葉が声を掛けた。五十里ではない理由はあずさの世話を止めさせない為である。

 

「ロアーは小型ボートに乗って水路上の的を狙撃する競技で、シールドは盾を使った格闘戦ってのは知ってるんですが、スティープルチェース・クロスカントリーってわかります?」

 

 紅葉が二つの競技を知ってることには理由がある。シールド・ダウンは姉である双葉が一年生の時、ロアー・アンド・ガンナーは二年生の時の九校戦競技だった。二競技とも双葉は選手ではなかったが、彼女の友人がそれぞれ選手だった事もあり応援で見たことがあった。

 ちなみに二年生の時、シールド・ダウンが外され、クラウド・ボールが追加。三年生の時にロアー・アンド・ガンナーが外され、バトル・ボードが追加されている。

 

「知ってはいるが、その前に二つの競技の補足が必要だな。深雪や泉美は知らないだろうからな」

 

 「あっ」二人のことを忘れていた紅葉が彼女達の方を向くと、二人は想像が追い付いていない顔をしていた。

 

「すみません、お願いします」

 

 それから達也は深雪と泉美にロアー・アンド・ガンナーとシールド・ダウンの説明を終え、ようやく紅葉が知りたいスティープルチェース・クロスカントリーの説明に入った。

 

「スティープルチェース・クロスカントリーはその名の通りだな。スティープルチェース、つまり障害物競争をクロスカントリーで行う競技だ。障害物の設置された森林を走破するタイムを競う。本来は軍事訓練の一種で、障害物には物理的な自然物の他、自動銃座や魔法による妨害も用いられる」

「軍事訓練かよ」

「随分ハードな競技ですね……」

 

 紅葉の呟きと深雪が漏らした素直な感想に、達也は眉を顰めて頷いた。

 

「先の二つならともかく、スティープルチェース・クロスカントリーは高校生にやらせるような競技じゃない。運営委員会は何を考えているんだ?」

 

 詰るように達也が呟く。そこにようやくあずさを落ち着かせた五十里からとんでもない情報が追加された。

 

「しかもスティープルチェースは二年生、三年生なら男子も女子も全員エントリー可能。実質的に一年生以外全員参加だね」

「……余程しっかり対策を練らなければ、ドロップアウトが大勢出ますよ」

 

 達也の言うドロップアウトは、競技からの落伍者ではなく魔法師人生からのドロップアウトだ。その可能性には思い至っていなかったのだろう。

 

「そんな……」

 

 落ち着いていたあずさは達也の言葉に再び絶望感を漂わせる呻き声を上げて再び机に突っ伏した。

 

 

 

 生徒会長が機能しなくなって十分。

 最初は突っ伏したあずさに紅葉達がそれぞれ言葉をかけていたが、聞く耳持たずな貝と化した彼女の顔が上がる気配はなかった。さすがにこのままでは本日の生徒会活動に支障をきたすとのことから、あずさの説得(?)は五十里に任せて紅葉達は仕事に取り組んでいた。

 しかしながら紅葉の意識は目の前の仕事には向いていない。視界の端には奮闘している五十里が映っており聴覚もそちらに寄っていた。

 

「スティープルチェース対策もきっとなんとかなるって! だから、ねっ、中条さん。今は──」

 

 そんな、あずさを任された五十里は今、彼女の後ろに回り込み、せめて自分の世界に閉じこもっている状態だけでも解消させようと肩を優しく揺すっているところだった。

 紅葉はその様子から疚しさなど一切感じないのだが、見る方向によってはそうでもないらしい。

 

「──啓?」

 

 五十里は背後から掛けられた冷たい声に凍りついた。その声に紅葉だけでなく達也達も声のした方に目が向く。

 

「……花音?」

 

 五十里がぎこちない動作で風紀委員会本部に続く階段の方へと振り返る。そこには予想どおり、彼の婚約者が笑いながら、こめかみに青筋を浮かべて立っていた。

 

「け~い~。中条さんに覆い被さって、一体何をするつもりだったのかな~?」

 

 どうやら花音の目には五十里が堂々とあずさを襲っているように見えたらしい。その真実味のない笑顔から彼女の心情は実に分かり易いものだった。

 

「ち、違うよ花音! 誤解! 誤解だよ!」

 

 分かり易いからこそ、五十里は焦っていた。花音の心情を今日中に解消させないとズルズルと尾を引いていくのが目に見えていたのだ。五十里の意識は完全に花音に向いていた。

 さて、数秒前まで五十里の意識が向けられていたあずさはと言うと、花音の矛先が自分に向けられないように避難していた。

 

「ちょっ」

 

 避難先は紅葉の後ろ。あずさは彼を盾にして身を隠している。それに紅葉は小さく声をかけた。

 

「こっち来ないでくださいよ」

「……」

 

 無言で横に首を振るあずさ。すかさず紅葉は救援を求めるように泉美に目を向けるが、彼女の視線はわざとらしく端末に張り付いていた。

 

「(このやろ、わかってて無視してんな。チッ、達也と深雪も同じかよ)」

 

 達也と深雪も自分達の仕事に集中しているふりをしていて紅葉を見ようとしなかった。救援は望めないと諦めて後ろを見る。そこには変わらずに縮こまっているあずさがいるのみ。紅葉は誰にも気付かれない程小さくため息を吐いて、自分の携帯端末を取り出す。そして、ある人物にメールを送った。

 




今回は三年生中心。

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