魔法科高校の留年生   作:火乃

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二〇九六年九校戦編
始動


 西暦二〇九六年六月一日金曜日。

 その日、第一高校生徒会役員は生徒会長である中条あずさから放課後に生徒会室へ集合するように各員にメールが送られていた。

 例外なく生徒会書記である阿僧祇紅葉(あそうぎこうよう)の端末にもメールは届いていた。

 

「気合い入ってんなぁ」

 

 この時期にわざわざ生徒会会長の命を使ってまで集合をかける程の案件など限られている。それがどんな案件か予想がついている紅葉は、本日最後の授業を終えた後、ゆっくりとした歩調で生徒会室のある四階に向かって歩いていた。

 

「何がですか?」

 

 その隣には紅葉と同じクラスであり尚且つ同じ生徒会役員である七草泉美が紅葉の呟きに対して聞き返しながら歩いていた。

 

「んー、まだ六月に入ったばっかだってのに、もう準備を始めようとしてんだぞ。どう見たって気合い入ってるだろ」

「あの、主語がないのですけど?」

「ああ、悪い。八月にある九校戦、全国魔法科高校親善魔法競技大会の準備が始まるんだよ」

 

 

 

「今年は例年よりも早いですが、本日から九校戦の各種準備を進めたいと思います」

 

 生徒会室に全役員が集まり、各自席に座っているのを確認したあずさは、そう言ったあとに大型スクリーンに九校戦の概要を表示させていた。

 全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称九校戦は日本国内に九つある国立魔法大学付属高校の生徒がスポーツ系魔法競技で競い合う全国大会である。日本魔法協会主催で行われており、毎年富士演習場南東エリアの会場で十日間開催されている。

 

「会長」

「なんですか、司波くん?」

 

 スッと手を上げたのは副会長の司波達也だ。

 

「会長自身も仰っていますが、九校戦は八月ですから準備は七月からでも遅くはないと思います。なぜ、本日からなのでしょうか?」

 

 大会運営からの競技内容などの告知はだいたい一ヶ月前に行われる。その為、告知されるまでは競技内容がわからず、選手を選定することができない。だから、達也は早すぎないだろうかと聞いていた。

 いつもなら達也から質問されるとビクつくあずさだが、この質問は対策済みなのか臆することなく答え始めた。

 

「九校戦の成績が進路に影響があるのは知ってますよね?」

 

 あずさは一拍おいて、達也だけでなく他の役員、紅葉達の反応を伺う。皆が頷く中一人、泉美だけが小首を傾げていた。

 

「そうなのですか?」

「そりゃ、九校戦で活躍出来れば、優秀な魔法師であるのは間違いないからな。軍のお偉いさんやらも見にくるしよ」

 

 泉美の問いに答えたのはあずさではなく向かいに座っている紅葉だった。彼は二年前の九校戦に出場していたので、ある程度の事は知っている。九校戦の成績が進路に直結することは実技を重視する魔法科高校にとって、決して珍しい事ではない。しかし泉美は彼の言葉だけでは信じられないのか、正誤を判断してもらうようにあずさを見ていた。

 

「うん、阿僧祇くんの言うとおりだよ。いつもながらザックリしすぎてるけど」

 

 その視線を苦笑いで受け止めながらあずさは紅葉の言葉を肯定する。

 

「(うっさいわ)」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 あずさの余計な一言に紅葉、泉美以外がクスっと微笑む。そして紅葉は内心で悪態をつき、泉美は納得してあずさに頭を下げていた。

 

「では、説明に戻りますね。九校戦の成績が進路に影響します。その為、定期試験以上に頑張ってしまう人が、毎年いるんです」

 

 今年の第一高校定期試験は七月九日から、九校戦が八月三日からと、定期試験は九校戦の前にある。しかし、九校戦に意識が行き過ぎて成績を落とす生徒が少なからずいるのだった。それをあずさは憂慮していた。

 

「だから、皆さんの熱意を無駄にしたくないので、出来る準備はしておきたいんです」

 

 達也をジッと見つめて、あずさは早く準備をしたい理由を言い切った。

 

「わかりました」

「へ?」

 

 それをポーカーフェイスのまま了承した達也の返事にあずさはポカンとしている。

 

「どうしました会長?」

「え、いえ、あの、ダメじゃないんですか?」

 

 どうやらあずさは達也からまだ色々と質問されると予想していたらしい。しかしあっさりと終わってしまった事に驚いていた。

 

「ダメな理由がありましたか?」

「な、ないよね?」

 

 その疑問系の答えは達也に向けてではなく、達也以外を見回して答えていた。それに達也以外は苦笑しながら首肯する。

 

「会長は心配性だから、早めの準備をしても問題はないでしょ」

 

 そこに紅葉が肯定する言葉を追加した事で、ようやく安心出来たのかあずさの顔から緊張感が抜けていった。

 

「それで会長、何から着手するのでしょうか?」

 

 その緊張感が抜けたあずさに質問したのはそれまで黙って状況を見守っていた深雪だった。ここで達也が質問しなかった理由は、あずさは彼と話す時少しばかり緊張してしまう節がある。そのため、緊張がなくなった今再び緊張させるのも少し気が引けた為、深雪にアイコンタクトで質問を任せたのだった。あずさは深雪ならば同性という事もあり、達也程緊張せずに会話できる。

 

「あ、はい。まずは競技種目の確認をしましょう」

 

 だから、深雪の問いに言葉がつまることなく答えられていた。

 

「はい質問」

「なんですか阿僧祇くん?」

 

 大型スクリーンに去年の九校戦の運営要項と行われた競技種目の一覧が表示されたところで紅葉が手を上げる。

 

「今年、競技が変わる可能性はないんです?」

 

 選手を選ぶ為に競技の確認をすると言うのはわかる。しかし、去年行われた競技のままではない可能性もあるため、そんな質問をしていた。

 去年行われた競技は

 スピード・シューティング

 クラウド・ボール

 バトル・ボード

 アイス・ピラーズ・ブレイク

 ミラージ・バット

 モノリス・コード

 計六種目。内、ミラージ・バットが女子限定、モノリス・コードが男子限定だった。

 

「九校戦は数年周期で一種目だけ変更する事が多いから、今年は変わるかもね」

 

 そう応えたのは五十里だ。彼の端末には過去に行われた九校戦の競技データが表示されている。ここ三年間の競技に変更がないため、今年変わる可能性があった。

 

「一種目だけですか。なら選手選びには問題ないですね」

「問題ないのですか?」

 

 紅葉としては一気に二種目以上変えられでもしたら、早めの準備が逆に無駄になると危惧していたが、五十里から一種目ぐらいと言われそれぐらいならカバー出来ると安堵した。しかし、それは大会全体のルールを知っているからこその考えであり、そのルールを知らない泉美からしたらそれは問題が大有りなのではと思ってしまうのはおかしなことではない。

 

「うん、問題はないかな。一人の選手が参加できる競技は二種目。つまり掛け持ちが認められてるんだ。仮に一種目変更されても適性があればそのまま起用できるし、なくても他の種目に出場してもらえる」

「なるほど、確かにそれならば問題はありませんね」

 

 五十里の説明で問題がない事を理解した泉美が説明した彼に頭を下げる。こうしてこの紅葉から始まった質問は終わったように見えたが、紅葉の頭にはあることが引っかかっていた。

 

「(大会ルールが変更されるなんてことはないよな?)」

 

 五十里による九校戦の説明は過去三年間分の大会ルールを元にされたものだ。この『一人二種目制限』が『一人一種目制限』に変わったら大打撃を受けるのは必至。しかし、と紅葉は頭を振る。

 

「(そこが変わるんだったら、今ぐらいに告知されるか。考えすぎだな)」

 

 大幅なルール変更を大会一ヶ月前にするとは考えられないと、自分の考えを否定した。

 その後、あずさが「他に質問はありませんか?」と聞き、全員が無いと示したことで彼女は改めて姿勢を正す。

 

「では、スピード・シューティングから確認していきましょう」

 

 こうして、第一高校の九校戦の準備が始まった。

 

 

 

 九校戦の準備が順調に進んでいる六月下旬、生徒会室には生徒会役員の他に部活連執行部会頭の服部と風紀委員長の花音の姿があった。

 選手の選定は生徒会が主導で行っているが、部活連執行部と風紀委員会に協力してもらっているため、この場に二人がいるのは今に始まったことではない。

 そして本日、話し合われているのは新人戦についてだった。

 

「モノリス・コードの選定方法を変える?」

 

 そう言ったのは紅葉だ。泉美も彼と同じような反応だが、二人以外には話がされていたのか達也達の反応は薄かった。その中から五十里が答える。

 

「うん、服部くんから提案があってね。新人戦のモノリス・コードだけ選定方法を変える事になったんだよ」

 

 従来の選定方法は生徒会で生徒の実力を見た上で、部活連会頭、風紀委員長と話し合いで決めていくものだった。今日まで本戦の競技と新人戦の他の競技はこの話し合いによって決められていた。そしてモノリス・コードの話に入った時、方法を変えると告げられたのだった。

 

「なんでモノリス・コードだけ?」

「それについては俺から説明しよう」

 

 紅葉の言葉に手を上げたのはあずさの隣に座っていた服部である。

 

「モノリス・コードは他の競技と違って三人一組の団体戦なのは知っているだろ?」

 

 モノリス・コードは三対三の団体競技である。敵陣営のモノリスを指定の魔法で割り、隠されたコードを送信するか、相手チームを全員戦闘不能にしたほうの勝利となる。

 

「それはまぁ知ってますけど」

 

 紅葉は知らない訳がないだろと呆れ顔になっていた。彼は二年前の九校戦に出場した経験があるという事でもあるが、すでに本戦のモノリス・コードの選定が終わっているのだ。その時に細かいルールを教えられていた。

 

「愚問だったな。モノリスはチーム戦だ。だから、一人一人の力よりもチーム力が大事だと思っている」

 

 それはそうだろうと紅葉は頷く。

 モノリス・コードは一人が突出して勝てるパターンはない訳ではないが、相手との実力の差が大きくない限りあまり起き得ない。そして新人戦なら実力は─十師族直系でもない限り─だいたい同じである。

 

「その為にもチームリーダを決める必要があると判断して、中条達と話し合った結果、勝ち抜き戦を実施する事になった」

「勝ち抜き戦?」

「ああ、モノリス・コードに適する部活と生徒会、執行部、風紀委員会から一年生一人を推薦してもらう。そしてトーナメントを行い勝ち残った者がチームリーダーとなるんだ」

「なるほど。で、残りの二名は」

「その中から選ばれるわね。お互いが戦う事で得意な戦法や魔法とかを見せる事になるから、チームリーダーとの相性がわかりやすいのよ」

 

 服部に変わって説明したのは五十里の隣に当然の如く座っていた花音だ。

 

「無駄がないですね。それで、いつやるんですか? さすがに試験前じゃないでしょ?」

 

 ただでさえ大掛かりな事をやるのだから、それなりの準備が必要となる。かと言って早めに一年生へ告知してしまうと、試験を疎かにしてしまう可能性が大いにある。

 

「うん、各部活の部長には事前に知らせるよ。一年生には試験が九日月曜から十二日木曜までだから金曜に告知して、土曜にやる事になるよ」

「うわぁ、知らないとは言えハードなスケジュールだことで」

「他人事のように言ってるけど、生徒会からは阿僧祇くんを推薦するからね」

「え?」

 

 まさに他人事だった紅葉があずさの言葉でピシリと固まる。それに合わせて、服部と花音はニヤリと笑い、五十里は苦笑いを彼に向けていた。

 

「あの」

 

 そんな上級生達が不敵な笑みを浮かべる中、恐る恐る手をあげたのはほのかだった。

 

「どうしました光井さん?」

「えっと、その、阿僧祇さんって新人戦に出れるんですか?」

 

 ほのかは紅葉は留年していて一年生とはいえ年齢的にはアウトではないのかと思っていた。しかし、それはすぐに否定される。

 

「問題ないですよ。九校戦は学年制限であって年齢制限ではないですからね」

「そうなんですか」

 

 ほのかが言葉で意外感を示している隣で泉美の顔にも驚きが現れていた。

 魔法科高校では様々な理由から留年やドロップアウトすることは珍しくない。その事から九校戦は仮に復帰できた生徒の為に在校していれば出場できるようにと年齢制限ではなく学年制限だけしていた。

 

「だから、阿僧祇くんは問題無く新人戦に出れるんです」

「何も今言わんでもいいでしょうに」

 

 ほのかが質問している間、再起動した紅葉はそう言いながら、一年生には試験後に告げるんじゃなかったのかとの意味を込めた睨みも付け加えていた。

 

「あまりにも阿僧祇くんが他人事のように言ってたから思わず。ごめんね。でも、阿僧祇くんなら、先に言っても試験で手は抜かないでしょ?」

「抜いていいなら抜きますけど?」

「ダメです。頑張ってください」

「へーい」

 

 紅葉から気怠げに返された言葉をあずさは苦笑いとともに「もう」と呟いて受け止めた。

 そしてその日以降も生徒会では選定戦のルールを決めたり、その他競技の細部を調整したりと試験直前にバタバタすることも無く、余裕をもって準備が整う見込みだった。

 今日、西暦二〇九六年七月二日月曜日、予想外の報せが飛び込んでくるまでは。




始まりました九校戦編。

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