魔法科高校の留年生   作:火乃

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正月IF(香澄)

 二〇九?年一月二日。

 新年が明けてから二日目。それぞれが家族などで過ごす中、第一高校から駅の間にある和菓子店『那由多』に何人かの姿があった。

 

「相変わらずの人混みだったな」

 

 座敷の奥に座る坊主頭の男子、籠逆龍善が疲れたと言わんばかりにだらけた調子でいると。

 

「仕方ないよ。ここら辺一帯に住んでる人はあそこに行っちゃうからね」

 

 その隣には綺麗な振袖を着た笠井彩愛が龍善ほどではないものの疲れた様子でいた。

 

「彩愛さん、お着物が汚れてしまいますよ」

 

 彩愛の前にコトッと緑茶を置いたのは艶やかな青を基調とした振袖を着た七草泉美だ。次いで龍善の前にも緑茶を置く。

 

「んー、私は安物だから大丈夫だよ。って泉美が手伝ってるの?!」

 

 彩愛は慌てて私がやるよと泉美が持っていたお盆をガシっと掴む。

 考えてみればわかる事だ。那由多は和菓子店ではあるが三が日が終わるまで休みとしている。今日は二日であるのだからもちろん休みになる。そうなれば本来いるはずの従業員もいないとなれば、お茶くみなど自分達でやるしかないのだと。

 それを泉美は率先してやっていた訳でなのだが、ニコリと笑ってお盆を離そうとしなかった。それには理由があった。

 

「いいえ大丈夫ですよ。お茶を持ってくるのはこれで全部ですから」

 

 そういって泉美はゆったりと座敷に腰を下ろした。その前にはいつの間にかお茶が置かれている。

 

「全部ってあいつらの分は?」

 

 座敷にあるテーブルには龍善、彩愛、泉美の三人分しかお茶は置かれていない。

 しかし、ここ那由多には彼ら以外にも人はいた。龍善はそいつらの分がないだろと言っていた。

 それは泉美もわかっている。だけど、今あの場に取りに行く気も、この二人を行かせる気もなかった。だから泉美は言う「あの二人なら自分達で持ってきますよ」と。

 

 

 

 

 

 

「んー、紅葉って相変わらず上手よね」

「そうか? 俺なんてまだまだだぞ」

 

 那由多のキッチンでなにやら作業している阿僧祇紅葉の隣でそれを覗き込んでいたのは七草香澄だった。

 紅葉は黒のタートルネックシャツにジーパンというラフな格好で那由多のエプロンを付けている。対して香澄は鮮やかな赤を基調とした振袖を着ていた。

 さて、紅葉が何をしているかと言うと、事前に用意していた材料でお汁粉を作り、それだけでは物足りないと思ったのかプラス一品に手を出し、形を作っているところだった。

 

「ボクだとこんな綺麗には作れないよ」

「まぁ、お前は菓子作りの前に料理の腕をイッで!?」

「う、うるさいな! この前のは食べれたでしょ!」

 

 香澄は失礼な事を言った紅葉の背中をバシッと勢いよく叩いていた。

 

「作業中に叩くな。あぶねぇだろ」

「ふーんだ。今のは紅葉が悪い」

「はいはい、悪ぅございました」

 

 いつものノリで叩かれた威力だったため紅葉には大してダメージはなかった。受けなれていない人には悶絶レベルなのだが、慣れとは怖いものである。

 

「で?」

「ん?」

「この前のボクの料理、美味しかったよね?」

「……さ、あいつらに持って行くぞ」

 

 紅葉は香澄の問を無視してお汁粉を入れる器を用意する。そんな彼氏の様子に香澄は拳を震わせ

 

「答えろー!!」

 

 再び紅葉の背中に平手を叩き落とすのだった。

 

 

 

 

「……今の音は?」

「いつものやつだろ?」

 

 バシーンと何かが叩かれる音と紅葉の悲鳴がキッチンから響いてきたことに龍善と彩愛は顔を向けながら音の正体にあれこれ言っている中、泉美はお茶を飲んでいる。

 

「(今年も特に変わりない一年になりそうですね)」

 

 自身の双子の姉とその彼氏のいつものやり取りからそんな事を思っているとキッチンからギャアギャアと騒ぎながら出てくる二人の声が近づいてきた。

 

「お前は、そのホイホイ出る手をどーにかしろよ」

「紅葉が失礼なこと言わなきゃいいんだよーだ」

 

 人数分のお汁粉がのったお盆を持つ紅葉と、薄ピンク色の和菓子を持った香澄が口げんかをしながらやってきた。

 

「あいつら懲りねーな」

 

 喧嘩するほど仲が良いとは言え新年明けぐらい穏やかになれないものかと龍善は思う。

 

「ま、二人らしくていいんじゃない? ね、泉美?」

「そうですね、二人が幸せならそれでいいと思いますよ」

 

 微笑みながら二人を見る。

 口では喧嘩しているが本気で怒っている様には少しも見えない。どちらかというと楽しんでいる様に見えた。

 

「……何笑ってんだ?」

 

 三人が待つテーブルに来た紅葉は三者三様な様子に訝しむ。それは香澄も同じだったようで、紅葉と似た表情だった。

 

「なんでもないよ?」

「なんで疑問型なのよ」

 

 彩愛のどもり解答に香澄はジト目で睨むと彩愛を庇うかのように龍善が紅葉の持つお汁粉を指差した。

 

「ほら、それよりも早く食べようぜ」

「そうだな」

 

 テーブルにお盆を置いて紅葉はそれぞれの前に慣れた手つきでお汁粉を置いていく。それに倣い香澄も和菓子を置いていく。

 

「香澄、手伝いありがとな」

「どーいたしまして」

 

 そして腰を下ろした香澄の前に言葉と共に品々を置く。

 

「そんじゃ、どーぞ召し上がれってな」

 

 

 

 

 今日の集まりがなんであるかは単純に友人達と初詣にきたというだけだった。ただ集まったのがお昼過ぎだった事もあり参拝が終わる頃には全員の小腹がすいていた。そこで紅葉が那由多の店長に連絡を取り那由多で休憩する事になったのだった。

 そして、お汁粉と和菓子が食べてなくなる頃、那由多の店長が店に来て面白そうな物を持ってきた所だった。

 

「店長さん、これは?」

「羽子板だな。知らないか?」

 

 テーブルには二個の羽子板と木製の小球である羽根、そして墨と筆が置かれていた。

 紅葉はこれが羽根突きに使うものだと知っている為、物について疑問などなかったが、紅葉以外の四人には見慣れない物だったらしい。

 

「昔の遊びだな。二人が向かい合ってこの羽子板を持って、羽根を打ち合う。そんで羽根を打ち損なって地面に落とすと顔に墨を塗られるってルールだ」

「えらく詳しいな紅葉」

 

 紅葉の分かりやすい説明に四人はすぐさま理解する事が出来た。

 

「まぁ、やった事があるからな」

「あー、あの時は酷かったな。あいつらに一方的にやられて顔が真っ黒になってたからな」

 

 店長が懐かしむのは数年前、数多家にて子ども達が羽根突きをしていた光景だった。

 

「へー、顔が真っ黒ねぇ」

「で、店長、なんでこれを持ってきた?」

 

 香澄が変なところに興味を惹かれているのを最大限に無視して、こんな先の展開が読めそうな物を持ってきた店長を問い詰める。

 

「なんでって、そりゃ面白そうな事になると思ってな」

「だと思ったよ、持って帰れ!」

 

 人の悪い笑みでのたまう店長に羽子板一式を押し付けようとするも、時すでに遅し。紅葉の手に羽子板は収まらずからぶった。

 

「紅葉、勝負だ!!」

 

 代わりに香澄の手に羽子板があり、やる気満々に紅葉に宣戦布告していた。

 

「だと思ったよ、ちくしょうめ」

 

 先の展開が読めた通りとなって紅葉はガクッとうなだれてしまった。

 

 

 

 

 那由多の裏庭で香澄VS紅葉が始まってから三戦目。

 

「また、負けた!」

「ほらほら、顔を差し出せ~」

 

 墨をつけた筆を持った紅葉は香澄の右頬にバッテンを書いていく。

 三戦とも紅葉が勝ち続けていたため、香澄のおでこと両頬にバッテンが書かれていた。

 

「もう、なんで勝てないのよ! もしかしてズルしてるんじゃないでしょうね!」

「ズルしようがねーだろうに」

 

 現代らしく魔法を使うという手もないわけではない。ただ紅葉としてはこの手の昔ながらの遊びに魔法を使う気にはならなかった。

 

「うー、もう一回!」

 

 このまま紅葉の全勝ではまったく面白くない香澄は羽子板でビシッと紅葉に向ける。香澄としてはやはり紅葉の顔に墨を塗りたいのだ。

 

「いいぜ、何回やっても負けねぇけどな」

「次こそ絶対に負かしてやるんだから!」

 

 香澄の言葉を受けると同時に挑発しておきながら紅葉はこのままずっと羽子板で勝負し続ける気はなかった。とはいえ香澄のことだから自分が勝つまでは諦めない上に、こちらが手を抜けばそれはそれで納得できずに勝負が続くだろうと予想できる。

 数瞬、頭の中でこの勝負をどう終わらせるかを考えて閃いた。

 

「……なら、次に負けたら顔に墨じゃなくて、勝者の言うことなんでも一つ聞くってのはどーだ?」

「……なんでも?」

 

 紅葉の突然の提案に香澄の威勢が少し削がれる。

 それはそうだろう、紅葉の顔が悪戯を思いついたような意地の悪い表情になっていたのだ。あの顔で何かを言われた時、香澄はだいたい恥ずかしい思い出しかなかった。

 

「そう、なんでも。まぁ、怖けりゃ勝負を降りても構わないかが?」

 

 ただ残念な事に、紅葉自身も自分が意地悪な表情をしている自覚があり、この顔で香澄に何かを言えば警戒される事はわかっていた。だから、警戒されても挑発すればいいだけとも知っていた。

 

「お、降りるわけないでしょ! やってやるわよ!」

「りょーかい。それじゃ勝負といこうか」

 

 こうして香澄は意地悪顔の紅葉から逃げることは叶わず、羽子板勝負が始まる。

 

 

 

 

 結果だけを言えば

 

「あーーーー!」

「はい、俺の勝ち~」

 

 紅葉の勝利であり

 

「そんじゃ、言うこと聞いてもらおうかね」

「わかったわよ。なにがお望──」

 

 観念した香澄がしょぼくれているところで紅葉は彼女の耳元まで近づき

 

「今日は帰さないからな」

 

 囁いた。

 その言葉を香澄の頭が理解すると、

 

「っっっ……紅葉のドスケベー!!」

 

 

 彼女は顔を真っ赤にして叫んだのだった。




香澄も恥ずかしがらせたかったんです。

最後の方、三人消えちゃいましたが、あの二人を生暖かく見ていたってことで。




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