二〇九?年一月三日。
三が日は新年を祝賀する期間で、事実上祝日となっているのは二○九○年代でも変わっていない。
ガヤガヤと賑わう神社の鳥居の下で、阿僧祇紅葉は一人で空をボーッと眺めていた。
待ち人はまだ現れない。それはそうだろう。待ち合わせの時間は十時だというのに紅葉は九時に待ち合わせ場所に来ていた。しかし、これは本人の意思によって早く来たわけではない。阿僧祇家の正月は三が日まで、家族全員が朝に顔を合わすのが決まりとなっている。この為、紅葉は自身の姉である双葉の
「どこのどいつが……ってまさかな」
空を眺めながらぼやく。
紅葉と彼女の関係を知っていて、さらに今日の予定を知っている。その上で双葉と関わりのある人物は限られる。むしろ一人しか思い浮かばず、そうなるとと危惧した瞬間、紅葉に明るい声がかけられた。
「阿僧祇くん、お待たせ~」
それは待ち人の声ではない。しかし、聞き覚えのある声。
見上げていた空から声のする方へ顔を向けるとそこには待ち人の姉、七草真由美が陽気な笑顔とともに手を振っていた。
「七草先ぱ……」
しかし、紅葉の目は真由美を見るもすぐに左側に流れていた。そこに居たのは薄い紫地に紅白の梅が描かれた振袖を身にまとった七草泉美が恥ずかしげに立っていたからだ。彼女は紅葉と目が合った事で一歩前に出て丁寧に腰を折って頭を下げた。
「明けましておめでとうございます、紅葉さん」
「……」
「紅葉さん?」
「っ。あ、ああ。明けましておめでとう、泉美」
泉美は紅葉から言葉が返ってこない事に疑問を覚えながら顔を上げる。その彼はなぜか自分をずっと見続けて固まっていたので名前を呼ぶと、ビクッと珍しい反応をしていた。
「? ……そのどこかおかしいでしょうか?」
紅葉が固まっていた理由がいまいちわからない泉美は、自分の格好が合っていないのかと不安になっていた。
「あ、や、すまん。どこもおかしくない。むしろ、似合ってて、……って、そこニヤニヤすんな!」
シュンとした泉美を見てしまったと思った紅葉が慌て弁解をするが、彼女の隣から向けられる視線に突っ込まざる得なかった。
「えー、続けててくれていいのに」
「お、お姉さま」
実に楽しそうににやついている姉に気付いた泉美が恥ずかしさから顔に赤みが増す。それを見た真由美はよりニヘラっと顔が崩れていた。
「ふふ、阿僧祇くんご馳走様です。さて、馬に蹴られる前に私は退散するわね」
妹の可愛い反応が見れて満足したのか真由美は二人からスッと離れる。
「ではでは、あとはごゆっくり~」
そして、もと来た道を通って人混みの中へと消えていった。
「……」
「……」
残された二人は真由美の姿を見送ったあとお互いの顔を見合わせ
「あの人、相変わらずの嵐っぷりだな」
「ふふっ。はい、相変わらずのお姉さまです」
呆れ笑い合っていた。
鳥居をくぐった二人は、手水舎で手や口を清め本殿に向かい参拝する為の列に並んでいた。三が日最終日ということもあってか参拝者が多く、本殿までは少し時間がかかりそうだった。
「そういえば、先輩なんで来たんだ? てっきり泉美一人で来るもんだと思ってたんだが」
紅葉は泉美が振袖姿で来るだろうと予想して、なるべく近場の方がいいだろうと七草家から近い神社を選んでいた。しかし、実際は姉が同行していた。すぐ帰ったことや、真由美の格好が普通の外着だったので本当にただ連れてきただけだったようで必要なかったのではと思っていた。
「それは、その、悪い男性が近寄らないようにと」
「……あー。そういうことか。確かにこんな綺麗だったら、寄ってくる奴はいるかもな。それは俺の配慮が足らなかったな。すまん」
「へ?! いえ、あの、その、有り難う御座います」
「いや、なんで礼を言ってるんだ?」
「……綺麗って言ってくれました」
「……もしかしなくても、声に出てたか?」
照れから俯いてしまった泉美とはコクンと頷き一つ。紅葉としては心の中で言っていた言葉だったがしっかり口から出て泉美に聞かれていたようで恥ずかしさから視線を空を仰ぎ逃げていた。
お互いが受けた恥ずかしさも本殿が近付くにつれ薄れていた。
神前にある賽銭箱に賽銭を投げ入れ二礼二柏手一礼の作法で拝礼し終えて、今は本殿にあるお神籤売り場へと来ている。
「そういえば、去年は凶だったが俺的には良い一年だったな」
神籤筒を片手で振りながら、去年の結果を思い出す。筒から細い棒が飛び出した。
「そうなのですか?」
泉美は聞き返しながら、紅葉から受け取った神籤筒を振るう。
「そりゃ、生涯を一緒にいたいと思える人と出会えたからな」
「っ……」
筒から出た棒を取ろうとした泉美だが、紅葉のセリフに動揺したのかつかみ損ねて落としていた。
「紅葉さん」
「いや、今のは俺悪くねーぞ。ほらよ」
落とした籤棒を拾い上げ泉美に手渡す。その際、今度はしっかりと意識して言ったので自分に恥ずかしさはなく、変わりに赤くなっている泉美の顔が見れて満足していた。
「……いです」
「なんだって?」
何かを呟いた泉美だが、小声すぎて聞こえなかった。
「なんでもありません。ほら、籤を見ますよ」
「へいへい」
手を引かれるままに、受付からそれぞれが出した棒に書かれている番号と同じ籤を受け取る。
「ふむ」
籤を開くとまず目がいくのが大吉、中吉、小吉などの文字だ。紅葉の籤にはしっかりと小吉と書かれていた。そのまま内容へと目を滑らせる。
「学問、ほどほどに。健康、突飛な病気に注意。金運、貯める意識大事。恋愛……」
その項目に差し掛かった時、隣で同じように籤を見ている泉美を見ると、ある点をジッと見つめていた。なにをそんな熱心に見てるんだ?と籤を覗き込む。
「えっと『大好きな人とさらに距離が縮まる一年です。彼の魅力により惚れ込』」
「な、ななな、なにを見ているんですか?!」
「何って、泉美が熱心に見ていたところ」
「熱心になんて見ていません!」
今日一の真っ赤な顔で否定を口にしてもまったく説得力がなくて、笑いがもれる。
「いやー、だいぶ良い事が書いてあるじゃないか」
「……」
「むくれんなって。可愛い顔が台無しだぞ」
「紅葉さんのせいです」
ふいっと顔を逸らした泉美があまりにも可愛いくて思わず彼女の頭に手を乗せて優しく撫でていた。
「……これだけじゃ、許しません」
「じゃあ、どうしろと?」
「ずっと、一緒にいてください」
見上げながら告げられた言葉に紅葉は
「ああ、ずっと一緒だ」
笑顔を返した。
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