魔法科高校の留年生   作:火乃

25 / 52
ダブルセブン4

 生徒会長であるあずさに許可を貰いに生徒会室へ戻ってきた達也と紅葉は、ともに彼女のもとへと向かった。

 

「司波くん、阿僧祇くん、お疲れ様です。結果はどうなりましたか?」

 

 戻ってきた二人が自身の前で止まったところであずさが二人に訪ねる。それに答えるのは当然ながら紅葉ではなく達也だ。

 

「はい、七宝と香澄、双方の主張を聞きました」

「はい」

「それで、話し合いでは解決しそうになかったので実力で決めることになりました」

「……え?」

 

 あずさは解決したかどうかが知りたかったのだが、まさか未解決な上に解決方法を言われるとは思っていなかったので、絶句してしまった。ちなみに隣にいる五十里はいくらか予想していたのか『そうなったか』と納得した顔で、深雪と泉美は呆れ、ほのかは苦笑いだった。

 

「それで、会長に試合の認可をもらいに来ました」

「そ、そういうことですか。えっと、空いている演習室は」

 

 絶句状態からなんとか立ち直ったあずさは自分で施設の使用状況を呼び出す。

 

「今なら第二演習室が使えますね。それでは、阿僧祇くんに鍵を預けます」

「了解です」

 

 あずさから差し出された演習室の鍵を紅葉が、生徒会長の決裁印が押された許可証を達也がそれぞれ受け取った。

 

「司波先輩」

 

 そして、二人は次の説明をする為に向きを変えようとした時、ちょうどよく次の説明相手から声をかけられた。そのまま二人はその相手、泉美の方を身体ごと向く。

 

「なんだ、泉美?」

「その試合というのは見学は可能なのでしょうか?」

 

 泉美は七宝家と七草家の戦いだから見たいではなく、香澄の戦いを見届けたいとの思いで聞いていた。その問いを達也はポーカーフェイスで受け止めたが、後ろにいた紅葉は「あー」と決まり悪い顔になっていた。泉美は紅葉の顔を見て「なにかおかしなことを聞いただろうか?」と頭に疑問符が浮かべている。

 

「見学は可能だが、泉美には試合に出てもらうことになっている」

 

 達也のセリフに泉美だけでなく、あずさ達の頭にも疑問符が浮かび上がっていた。

 

「どういうことでしょうか?」

 

 泉美もさらに疑問符が増えて首を傾げながら訝しげに聞き返していた。

 

「七宝が、これは七宝家と七草家の誇りを懸けた試合だから、七草の双子に勝たなければ真の勝利にはならないんだとさ」

 

 その疑問に大雑把に答えたのは紅葉だ。

 

「誇りを懸けたですか、だいぶ話が大きくなったのですね」

 

 泉美のセリフには多分の呆れが含まれていた。

 

「まあ、そんな訳で七宝は二対一を望んで、香澄がそれを了承したというわけだ」

 

 その呆れを紅葉はあえて無視した。汲み取ったところで面倒でしかないと思ったからだ。

 

「そういうことですか。香澄ちゃんらしいといえば、香澄ちゃんらしいですね」

 

 対して泉美は双子の姉がとった即決を仕方がないと頭を振っていた。

 

「わかりました。私は一緒に行けばよろしいのでしょうか?」

「ああ、まずは一緒に来てくれ」

 

 ゆっくりと立ち上がった泉美は紅葉の後ろについて、三人は風紀委員会本部へと向かった。

 

 

 

 風紀委員会本部に戻ってきた三人は、持ってきた許可証に風紀委員長の承認印を押してもらいに花音のもとに向かった達也と紅葉、香澄のもとへと向かった泉美と別れていた。

 

「委員長、こちらに承認印をお願いします」

 

 差し出した許可証を前にして花音が「承認印、何処だっけ?」とあたふたしている。その背後で、雫が重要物の入ったキャビネットから承認印の入った小箱を取り出していた。明らかに照れ隠しとわかる愛想笑いを浮かべながら花音は小箱を受け取り、許可証に押捺する。

 弛緩した空気を振り払うように、服部が大きく咳払いをした。

 

「場所は何処を使えばいい?」

「空いてたのが第二演習室なので、そこになりました」

 

 達也に向けられた服部の質問に答えたのは紅葉だった。彼は言いながら預けられた鍵を見せている。

 

「そうか。あと、立会人はどうするんだ? 生徒会から出してもらえるのがいいのだが」

 

 場所を聞いた服部はそのまま紅葉に質問をしていた。

 

「(立会人か、考えてなかったな)どうします達也先輩?」

 

 しかし、これはわからないと隣の達也に顔を向けてると彼も考えていなかったのか思案顔になっていた。

 

「そうだな。深雪はどうでしょうか?」

 

 途中までは紅葉の言葉に応え、提案は服部に向けていた。

 

「司波さんなら問題はないだろう」

 

 その人選を予想していたのか、服部はすぐに頷いていた。

 

「紅葉、深雪を連れてきてもらえるか」

「了解です」

 

 軽く敬礼して、紅葉は再び直通階段から生徒会室へとむかった。その間、達也達の話は続いている。

 

「なら、審判は司波くんかな?」

 

 この質問は十三束だ。そしてこれまた達也に向けられていた質問にも関わらず別の人が口を挿んだ。

 

「それでいいわ」

「俺も構わない」

 

 花音のあとに服部が間髪入れずに同意していた。二人とも、達也の意志を問うつもりはないようだ。

 

「演習室へ行きましょう。閉門まであまり時間がありません」

 

 当の指名された本人は、この試合の発案者でもあるため今更「嫌だ」とは言えない。彼はため息を押し殺して移動を促した。

 

 

 

 

 達也が閉門まであまり時間がないとは言っていたものの、試合をする七宝、香澄、泉美は準備が必要だろうとのことで、十分後第二演習室に集合するようにと達也は告げて三人を解散させていた。

 そして十分後、第二演習室に集まったのは、試合をする当事者の、七宝、香澄、泉美。審判の達也と立会人の深雪。第二演習室の鍵を預かっている紅葉。そして部活連から十三束と風紀委員から雫、この八人だ。

 第二演習室は縦に長い中距離魔法を想定した教室だ。床は青と黄色で前と後ろに色分けされており、前後の壁から一メートルのエリアは赤く塗られている。偶然にもこの教室が空いていたわけだが、今回の試合ではちょうど良い場所だった。

 青のエリアに七宝、黄色のエリアに香澄と泉美。七宝は制服姿のままで、左の脇に分厚く大きなハードカバーの本を抱えている。対して香澄と泉美は動きやすい厚手の生地でできた長袖足首丈のツナギの実習服に着替えていた。

 

「この試合はノータッチルールで行う」

 

 達也が青と黄色の境界線に立ち、宣言した。ノータッチルールは身体的接触を禁止する試合用のルールで、異性間では余程の事が無い限りこれが適用される。

 

「双方、すでに知っていると思うが、一応ルールについて説明しておく」

 

 そして、達也からルールの説明がなされた。

 

 ・色分けされたエリアの外に出てはならない。

 ・相手のエリアに入るのも、赤のエリアに出てはならない。

 ・相手の身体に触れるのは禁止。

 ・武器で触れるのも禁止。ただし、魔法で遠隔操作された武器は違反にならない。

 ・致死性の攻撃、治癒不能な怪我を負わせる攻撃は禁止。

 

「これらにおいて、危険だと判断した場合は強制的に試合を中止するからそのつもりで」

 

 そこまで説明して、七宝が一瞬、鼻で笑うような表情を見せた。その不遜な態度に香澄と泉美以外は気付いていたが、特に咎めた者はいなかった。

 

「では、双方、構えて」

 

 香澄と泉美はエリアの中央に移動した。

 七宝は境界線近くから動かず、脇に抱えていた本をドスンと足元に落とした。

 達也が三人の顔を交互に見る。三人とも、同じように頷き返した。壁際に下がった達也が右手を頭上に挙げて

 

「始め」

 

 声とともに勢い良く振り下ろすと、想子光が閃き、魔法が放たれた。

 

 

 

 試合序盤、七宝も香澄も泉美もポピュラーな魔法を使って、直接攻撃や場外勝ちを狙っていた。しかし、それぞれの防御が優秀だったため有効打が決まらなかった。

 状況が動いたのは中盤、とあるきっかけから魔法を工夫して使う事を閃いた七宝が攻勢にでた。それを良しとしなかった香澄と泉美は七草の双子と呼ばれる由来である乗積魔法(マルチブリケイティブ・キャスト)を発動し、「窒息乱流(ナイトロゲン・ストーム)」で反撃に出た。「窒息乱流」は、空気中の窒素の密度を引き上げる魔法と、その空気塊を移動させる魔法。収束・移動系複合魔法である。酸素濃度が極端に低下した気流を少しでも吸い込んだらなら低酸素症でたちまち意識を失う。それを七宝は全方位型気密シールドを展開して耐えていた。

 そして終盤、防戦一方だった七宝がエースを切った。足元に落としていたハードカバーの表紙を開いた瞬間、全てのページが一斉に紙吹雪となって飛び散った。七宝家の切り札の一つ「ミリオン・エッジ」群体制御により百万の紙片を操り、刃の群雲と成して敵を切り裂く魔法だ。

 双子はミリオン・エッジに対抗するため、酸素を多く含む空気を多方向から紙吹雪にぶつけ、断熱圧縮により紙の発火点を超えた熱風を作り上げて紙片の刃を焼き払おうと「熱乱流(ヒート・ストーム)」のアレンジ魔法を発動していた。

 呼吸を許さぬ嵐が七宝を飲み込み、百万の刃は発火点を超えながらも紙片を刃として成り立たせる魔法に守られて香澄と泉美に押し寄せる。

 このままいけば七宝は低酸素症で意識を失い、香澄と泉美は灰に出来なかった刃を浴びて無数に近い傷を負う。どちらも後遺症が懸念される結末が見えていた。

 しかしその結末には到らなかった。

 

「そこまでだ!」

 

 達也の右手が動いた。その手には銀色の拳銃形態特化型CAD、シルバー・ホーンが握られていた。

 

 窒息乱流

 ミリオン・エッジ

 熱乱流

 

 バラバラに砕け散る(・・・・)三つの魔法式と、その破片を吹き散らす想子の奔流。

 中止を告げる達也の声とともに全ての攻撃性魔法が消された静寂の中で、七宝も、香澄も、泉美も、何が起こったのか理解できずに呆然と立ちすくんでいる。

 十三束も起きた現象に対して目を丸くしているが、何が起こったのか理解した上で関心しているという態だった。雫も「さすが」といった顔をしている。

 しかし、十三束も雫も正確に達也が何をしたのかは理解しておらず、表面的な現象「達也の対抗魔法によって三人の魔法が一瞬で無効化された」としか理解していなかった。

 

「この試合は双方失格とする」

 

 審判として達也が裁定を下す。そこでようやく凍結していた一年生が再起動した。三人は失格の理由を求めて、達也にくってかかっている。

 そんな中一人だけ別の事に囚われている者がいた。

 

「(なんだ今の)」

 

 紅葉は達也が使った魔法が対抗魔法である事は理解していた。彼自身、八握剣(やつかのつるぎ)と言う対抗魔法を使う身だからこそ、達也が使った対抗魔法に違和感を覚えていた。

 達也がシルバー・ホーンを構えて放った対抗魔法は一年生三人の魔法を砕き散らしていた。それは術式解体では有り得ない。

 

「(魔法式を吹き飛ばすんじゃなくて、壊すってそんなこと可能なのか?)」

 

 術式解体は圧縮した想子の爆発をもって魔法式を吹き飛ばす魔法であり、魔法式を壊す魔法ではない。

 

「(一回見ただけじゃわかんねーな)」

 

 達也の使った対抗魔法に興味があり、どんな術式かなど考えるが、情報が少ないのですぐにお手上げ状態となった。仕方がないと考える事をやめて、思考の渦から現実に戻ると、七宝が吠えたところだった。

 

雑草(ウィード)のアンタに言われたくない!」

 

 室内がシンと静まり返った。紅葉は「変なところで戻ったなー」と後悔する。

 吠えた七宝の顔は血の気を失って少し青ざめていた。

 

「(さて、なにがどうしてそうなったんだ?)」

 

 紅葉はまず状況を把握する事に務めた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。