魔法科高校の留年生   作:火乃

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ダブルセブン3

 風紀委員会本部では、七宝琢磨と七草香澄が針のむしろに立たされている気持ちになっていた。二人の正面には風紀委員長の花音と、右隣に部活連会頭の服部、そして服部の右斜め後ろに執行部を代表して十三束が立っている。さらに、香澄達の後ろにはこの風紀委員会本部に二人を連行した男子生徒と雫が立っていた。

 その上級生に挟まれている一年生二人はお互いの顔や姿を見ないように、顔を背けていた。だからだろう、七宝が誰よりも早く生徒会室に繋がっている直通階段から達也の次に出てきた紅葉を見てしまった。

 

「なんで、お前が?!」

 

 七宝としては生徒会からは生徒会長のあずさか、副会長の達也もしくは深雪が来るだろうと予想していた。誰が来ても態度を崩さないように気を張っていたところに、紅葉が現れたため思わず驚きの声を出してしまったのだ。

 その声に誘導され、それぞれの視線が紅葉と達也に向けられる。だが、達也は集まる視線をものともせずに、自分達が来た理由を服部と花音に説明する為、二人の元へ歩いていった。

 紅葉もそれに倣って七宝の言葉を無視して達也に付いていこうとするが、無視出来ないほど強烈な視線を向けられて思わず足が止まってしまう。その視線の先にすぐに顔を向けるのではなく、一度深く息を吐いてから心底疲れた顔をして七宝に向けていた。

 

「なんでって、生徒会ですよーってな」

「ぐっ」

 

 他人が聞いたら、質問に対する答えにはなっていない。しかし、七宝にとってその言葉で紅葉が生徒会として自分を罰する立場で来たと言っている事が屈辱的にも理解できてしまった。その言葉は、初めて七宝が紅葉と初めて会い、手柄を横取りにされたと思っている新入部員勧誘週間初日。執行部の七宝と風紀委員の龍善の間で発生したいざこざを止める為に紅葉が割って入ってきた時の言葉だった。その光景を思い出したのか、歯を食いしばり紅葉を睨む力が増す。睨み付けられている紅葉は「はあ」と軽く息を漏らしていた。

 

「(あんまりにも眼たれてたもんで、思わず煽っちまった。これ以上何言っても意味ないし、達也んとこ……ははっ、気まずげな顔してんなあ、香澄)」

 

 視線を七宝から外して達也を追おうとした途中、香澄の顔が目に入った。香澄がそんな顔になってしまう心当たりがある紅葉はそれについて弄りたい気持ちはあった。しかし、そういう場ではないとわかっていたので、またの機会にと香澄に微笑を向けるだけで何も言わずに達也の下へと向かって行った。

 その微笑を向けられた香澄は、七宝とは別の意味で紅葉を睨みつけていた。

 

「(なんで寄りにも寄って、あいつが来るのよ)」

 

 香澄は気恥ずかしい気持ちでいっぱいになっていた。

 今日、紅葉達と別れる前にした会話が思い出される。

 

『それじゃ、泉美。ボクこっちだから。生徒会頑張って。阿僧祇、問題起こさないでよ!』

『香澄ちゃんも、頑張ってください』

『安心しろ。生徒会室で籠もっててやる。お前こそ、問題起こすなよ』

『ボクが起こすわけないでしょ!』

 

 そう啖呵をきっていた。

 事実、香澄から問題を起こしたわけではない。しかし、問題のきっかけになったのは自覚していた。だから、紅葉の言うとおりになってその事を笑われたと思い、羞恥心から睨んでいたのだった。

 そんな七宝と香澄の睨みを背に受けながら紅葉が達也に近づくと、すでにだいたいの説明が終わったのか花音から声がかけられた。

 

「お疲れ阿僧祇。今後ともよろしく」

 

 その声色はとても愉快な色に染まっていた。顔もニタニタと笑っている。いったいどんな説明をしたのかと半目で達也を睨んだ。

 

「なに、今後、紅葉には色々としっかり働いてもらう為に連れてきたと言っただけだ」

「それ、かなり広義的なってませんかね」

 

 生徒会室だけの話では、生徒会の厄介事担当という話だったはずが、達也の説明では生徒会以外の厄介事も担当させられることになっているのではと表情が引きつる。

 

「気のせいだ」

 

 それをたった一言で終わらせた達也は生徒会に割り当てられた席に腰を下ろしていた。

 

「(ちくしょう、あとで徹底的に抗議してやる)」

 

 達也が腰を下ろした事によって、追及が出来なくなった紅葉は言いたい言葉を飲み込んで達也の左斜め後ろに付いた。それぞれが位置に付いたことを確認した花音は、香澄に目を向ける。

 

「さてと。まったく、新歓週間が終わったと思ったら面倒くさいことを……」

 

 花音は深々とため息をつき、行儀悪く頭をかきながら下を向く。その間、香澄は決まり悪げに目を逸らしていた。

 

「とにかく、事情を確かめることが先決だと思うが」

 

 服部の言葉に、花音が不機嫌な顔で頷いた。顔を上げて鋭い目つきで香澄と七宝を睨みつける。

 

「最初に言っとくわ。香澄は完全な未遂だからね、退学にはならないけど、停学の可能性はある。未遂とはいえCADの操作に入っていた七宝は最悪、退学よ」

 

 花音の宣告を、七宝はピクリとも動かずに受け止めた。彼は身体が震え出さないよう、全身に力を込めて立っていた。

 それを正面から見ていた紅葉は内心苦笑していた。

 

「(強い脅しだことで)」

 

 実際のところ、校則違反ぐらいで退学になる可能性は低い。退学に至る主だった理由は二つ、一つは魔法の訓練に事故はつきもので、毎年1割から2割の生徒が訓練中の事故で魔法技能を失い自己判断で退学。もう一つは、凶悪犯罪の実行犯クラスで罪を犯した場合、退学になる。この二つ以外であれば、更正の余地ありと判断され停学になる事が多い。

 紅葉はまだ件の全容を知らないが、退学をちらつかせたのは嘘を言わせない為のモノだろうと考えていた。

 

「それを念頭に置いて話しなさい。一体何が原因なの」

 

 そして、その考えは的中していた。花音は嘘偽りなく話せと言った目を香澄に向けていた。

 

「七宝君が七草家を侮辱したんです」

 

 花音の視線が七宝へ移動する。

 

「七草から許しがたい侮辱を受けました」

 

 香澄と七宝は、お互いを決して見ようとしなかった。

 

「ハァ……服部、この始末、どうつければ良いと思う?」

 

 花音に話し掛けられて、服部は閉じていた目を開く。

 

「七宝は部活連の身内だ。俺には公平な判定を下す自信がない」

「それを言うなら香澄は風紀委員会の身内よ」

「ならば部活連でも風紀委員会でもない第三者、生徒会に裁定してもらおう」

「(おい、こら、こっちに丸投げかよ)」

 

 最初からこうなる事が決まっていたかのような流れに紅葉は呆れ、達也は内心、大きくため息をついていた。予想どおりの展開になった、というため息だ。だから、面倒な事態に対処する心構えはこの部屋に入る前から─さらに言うならあずさが逃げた時点で─できていた。

 

「二人に試合をさせれば良いのではないでしょうか」

「(おお、さすが副会長様、ノータイムで切り出しやがった)」

 

 紅葉は呆れから一転、迷いもなしに提案した達也に驚いた。

 

「え、それって、二人を見逃すということ?」

 

 花音が訝しげに問い返したが、服部は何も言わない。

 

「話し合いで解決出来ないことは実力で決める。それが当校で推奨されていると前委員長にうかがいました」

 

 達也の発言に十三束が驚きを露わにしている。だが服部は無言で頷き、花音は「そういうことね」と頷いていた。

 

「(そこは前と変わらないな)」

 

 紅葉にいたっては服部の背中を見ながら、昔も同じことがあったなと思い出していた。

 

「魔法の無断使用は重大な違反ですが、未遂の生徒まで処分する必要はないでしょう。新入生にはよくあることですし」

 

 今度は香澄と七宝の後ろにいた男子生徒が苦い表情で顔を背けた。ちなみに隣にいる雫は眠そうな顔で横を向いていた。早く終わらないかな、という顔だ。

 

「お互いの誇りが懸かっているなら、実力で白黒をつけておいた方が後々引きずることもないと思いますが」

「あたしは副会長の意見で良いと思うけど、服部は?」

「(はやっ。千代田、ちょっとは考え……)」

 

 達也の意見を聞いて、考える素振りも見せず花音が服部にそう訪ねた。

 

「異存はない」

「(服部、お前もはえーよ。まぁ、これ以上の良案はないか)」

 

 服部の即了承に内心軽くツッコミを入れつつ、苦笑する。

 

「司波、手続きを頼めるか」

「了解です。紅葉、手伝ってくれ」

「了解」

 

 服部の言葉に頷いた達也が、あずさの承認書面を取る為に、紅葉を伴って直通階段へ向かう。

 

「司波先輩」

 

 その背中に、七宝から声が掛かった。

 

「七宝、不服なのか?」

 

 咎めたのは十三束だ。

 

「いえ! 七草との試合を許していただけるなら、お願いがあります」

 

 七宝は条件をつけられる立場に無い。そんなことは本人にもわかっているはずだ。

 

「(お願いねえ)」

 

 だから逆に、その場にいた七宝以外は何を言い出すのかと興味が沸いていた。

 

「言ってみなさい」

 

 花音が続きを促した。

 

「相手は七草香澄ではなく、七草香澄、七草泉美の二人にしてください」

「七宝、アンタ、私のことバカにしてるの?」

「(香澄、言葉荒れてんぞーって、そうなるのも仕方ねえか。何考えてんだ七宝のやつ)」

 

 香澄の詰問は、先輩に囲まれた状況における言葉遣いの是非は別にして、当然のものだった。

 

「理由は?」

 

 だが七宝に対する達也の質問に、香澄はとりあえず口を閉じて耳を傾けた。

 

「これは七宝家と七草家の誇りを懸けた試合です。それに『七草の双子は二人揃ってこそ真価を発揮する』というのは良く知られた話です」

「(数字付き(ナンバーズ)の間でなー)」

 

 と、どうでもいい事を心の中でツッコミを入れる紅葉。

 

「だから二人を同時に相手にして勝たなければ真の勝利にならないと?」

「そのとおりです」

 

 達也はいったん言葉を切って、香澄に目を向けた。

 

「七宝はああ言ってるが、香澄はそれでも構わないか?」

「構いません。その思い上がりを後悔させてやります」

「では、そのように」

 

 そう言って達也は、紅葉と共に生徒会室に続く階段を上った。

 


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