魔法科高校の留年生   作:火乃

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ダブルセブン1

 恒星炉実験の翌日。

 珍しく阿僧祇 紅葉(あそうぎ こうよう)は、目覚ましよりも早く目を覚ましていた。

 時計を確認するとまだ6時40分。一回目の目覚ましが鳴る時間が七時なので二十分早く目を覚まし、二度寝する事なく起き上がっていた。早いなと思いながら、布団から出て軽くストレッチを行う。固まっていた筋肉が解れていくのを感じてから制服に手をかけた。着替えながら、いつもより早く目を覚ました原因はやはりアレかと考える。

 昨日の恒星炉実験。

 実験自体が失敗するとは思っていなかった。だから、成功しても感情の高ぶりは抑えられた。しかし、この実験が世にどう広がるかという興味はあったので、それを早く見たいと気が急いたのだろう。

 

「はよ、母さん」

 

 着替え終えた紅葉は居間に向かうと、台所で朝食の用意をしている母親の春奈がいた。

 

「あら、紅葉。珍しく早いわね」

「まあね」

 

 春奈の言葉を軽く返してから椅子に腰掛ける。そしてテレビのリモコンを操作する。

 

「んー? どこもやってねーな」

「なにが?」

 

 リモコンをポチポチと押しながらチャンネルを回していく紅葉の前に、春奈は朝食を置きながら聞いてきた。

 

「気になるニュースがあるんだよ。テレビは規制されてるのか?」

 

 チャンネルを回せど回せど、目的のニュースは流れていない。まだ流れていないだけかもと思い定番のニュース番組でチャンネルを固定して、出てきた朝食を食べ始める。今日の朝食はご飯、焼き鮭の切り身、豆腐の味噌汁と一般的な和食。鮭の切り身に箸を付けた時にふと思った。

 

「(飯、出てくるの早くね?)」

 

 今日の紅葉は普段よりも早く居間に来ている。その為、自分の分の朝食はまだ出来ていないはずなのに、すでに目の前に置かれていた。後ろを振り返って台所を見ると、そこにはもう一式茶碗類が揃っている。この事から考えられるのは一つ。

 

「もしかして姉貴、帰ってきてる?」

 

 姉の双葉が帰っている事しか考えられない。

 

「帰ってきてるわよ。もうそろそろ起きてくるんじゃないかしら?」

 

 春奈は肯定したあとに、鮭の切り身を口に運んでいた。

 噂をすれば影。居間に一人の女性が現れた。彼女は不思議なモノを見ている顔をしている。

 

「おかーさん、紅葉が起きて朝ご飯食べてるように見えるけど、疲れすぎて幻覚見えてるのかな?」

 

 その現れた女性、姉の双葉は開口一番、腕を組みながら首を傾げていた。

 

「何言ってるの。それは幻覚じゃなくて、珍しく早起きした紅葉よ」

 

 それを春奈は呆れながら返して、双葉の朝食を用意するために台所へと向かった。

 

「はよ、姉貴。幻覚が見える程疲れてるんだったらまだ寝てた方がいいんじゃないか?」

 

 紅葉は紅葉でテレビの音声をBGMにしながら、タブレットを使ってニュースを検索しつつ姉に声をかける。

 

「そうね。今、あんたをぶん殴れば目が覚めそうよ」

 

 その返しに検索していた手が止まった。ゆっくりと姉の方を向くと、彼女は拳をパキパキと鳴らしていた。

 

「止めろ、俺が寝ちまう」

「そしたら、蹴り起こしてあ・げ・る♪」

 

 ね、いつも通りとにこやかに笑う双葉。

 紅葉がまったくもっていつも通りじゃないと反論しようとしたその時、二人の間を焼き鮭の切り身が乗ったお皿が横切った。

 

「はいはい、バカな事言ってない。双葉、食べなさい」

「むぅ、りょーかーい」

 

 双葉の目の前に朝食が準備され終えた為、彼女は渋々と椅子に腰を下ろして手を合せ食べ始めた。

 それを紅葉は横目で見つつ、タブレットに目を戻す。そしてやっと目的の記事を見つけることが出来た。

 

「『若者たちの挑戦、二十二世紀に向けて』か」

 

 その記事を読み進めていくと、恒星炉の意図が幾分か汲み取られている内容だった。

 

「(思いの外、好意的な記事が多いな)」

 

 その他にも昨日の実験に関連した記事を見つけて読むとそう感じる記事が多い。決して否定的な記事がない訳ではない。しかしその内容は弱く、まるで何かの圧力がかかっているように窺えた。

 

「あら、ローゼンの人が日本のニュースに出るなんて珍しい」

 

 そんな事を思っていると、いつの間にか食べ終えていた春菜がニュースを見て軽く驚いていた。これまたいつの間に淹れたのかわからない緑茶を啜っていながら。紅葉も双葉も、その言葉を聞いてテレビに目を向けた。そこにはローゼン・マギクラフト日本支社長、エルンスト・ローゼンが流暢な日本語でキャスターの質問に答えている場面だった。

 

「見たことあるなと思ったら、入学式に居たな」

 

 ローゼン・マギクラフトとはドイツの魔法工学機器メーカーのことだ。その日本支社長ともなれば魔法大学にとって、ひいては魔法科高校にとっても重要人物である。魔法科高校の入学式に招かれていてもおかしくはない。

 

「ローゼン姓の人が日本支社長になるとか、大きく方針を変えたのかな?」

 

 それぞれが思うことを呟いてる中、エルンスト・ローゼンのインタビューは続いている。

 

『──高校生があれほど高度な魔法技術を操るとは予想外です。日本の技術水準の高さには驚かされました』

 

「……これ、なんのこと言ってるの?」

「ん」

 

 双葉の疑問に紅葉は、比較的丁寧に恒星炉実験が書かれている記事を表示させたタブレットを差し出した。

 

「これ?」

 

 それを受け取った双葉はざっと目を通していく。その間もエルンスト・ローゼンの言葉は続いていた。

 

『第一高校の生徒が成功させた実験は、魔法が人類社会に更なる繁栄をもたらす技術となり得る可能性を見せてくれました』

 

「(こんなに絶賛しているインタビューを流せるって事は、議員連中に相当な打撃が入ったってことかね。ざまーみろ)」

 

 紅葉の予想通り実験終了後、視察に来た議員や記者達に様々な圧力かかり、反魔法主義の記者や視察に来た議員だけでなく他の反魔法主義陣営の議員も活動を縮小せざるを得なくなっていた。これにより、反魔法主義一色だった大手報道機関の中に、魔法師寄りの論調が現れ始めたのだった。

 

「ちょっと、紅葉。これ昨日やったんだよね? なんで教えてくれなかったのよ。こんなの見たいに決まってるじゃない!」

 

 記事を読み終えた双葉は紅葉に食ってかかっていた。

 

「箝口令敷かれてたからなぁ」

「なんで箝口令なんて敷いてんのよ」

「する必要性があったんだよ。まあ、残念だったな」

 

 日頃の蹴り起こされている恨みを食らえと言わんばかりの嫌みったらしさ満載の顔を双葉に向けてやる。

 

「やっぱ、殴らせなさい。今日、学校休ませてあげるから」

「っ。ごちそうさん!」

 

 カチンときた双葉は座りながらも戦闘態勢に移行した。それを見て本気でまずいと思った紅葉は、残りのご飯をかっ込む。

 

「あ、こら、まて!」

「誰が待つかよ! 行ってきます!」

 

 そして近くに置いてあった鞄を取って逃げるように家を出たのだった。

 

 

 

 いつもより早く登校した紅葉はなんの警戒もなく教室に入った途端、数人のクラスメイトにわけもわからずに囲まれてしまった。

 

「なんだお前ら?!」

 

 その囲んできた内の一人の男子が興奮気味に口を開いた。

 

「阿僧祇くん、昨日の実験に協力してたって本当!?」

 

 男子生徒の問いに他の囲んでる生徒達がジッと見つめてくる。なんだこれはと思いながら、肯定すると質問攻めにあうとわかっていた紅葉はさっさと否定して解散してもらう事にした。

 

「は? そんなわけないだろ。詳細データに俺の名前はなかっただろうが」

「でも、七草さんが、阿僧祇くんは実験に関わってたって言ってたよ。データからはあえて名前を外したとも」

 

 その言葉にバッと泉美の席へと顔を向ける。そこには昨日程ではないが数人に囲まれている泉美がいた。彼女は紅葉の視線を感じたのか顔を上げる。お互いの視線が交差すると、彼女がフッと微笑んだ。

 

「っ(あの野郎。昨日の仕返しってことか)」

 

 この紅葉を囲んでいるクラスメイト達は最初、泉美を囲んでいた。しかし、彼女に質問出来ていたのは女子数人だけ。そこに泉美は目をつけたのだ。質問をしたそうにしているクラスメイトの男子に向けて「阿僧祇さんも、実験に関わっていますので質問に答えてくれますよ」と伝えたのだった。

 

「(どう誘導したかは知らんが、やってくれる)」

 

 普段は紅葉を怖がって近づかない生徒までもが囲みに加わっている。知的好奇心だけでなく実験成功による熱が合わさって、恐怖心が消えていたのだろう。いつになく積極的なクラスメイトをいつものように威嚇しても効果は薄そうだと判断した紅葉は、この場から逃げることを考えたが、ここは甘んじて泉美の逆襲を受けておくことにした。

 ここで逃げると、あとがさらに怖いと思ったとか思わなかったとか。

 

「たく、わかった。質問に答えてやる。だから一旦座らせろ」

 

 これなら姉に殴られておけば良かったなと思った紅葉だった。


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