魔法科高校の留年生   作:火乃

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恒星炉実験

 二〇九六年四月二十五日、水曜日。

 朝、HRが終了し一限目が始まるまでのわずかな時間。七草泉美は多くのクラスメイトに囲まれていた。

 

「七草さん、この実験に参加してるんですか?」

「すごいすごい!」

 

 泉美を囲んでいる生徒は、同じ話題で盛り上がっている。その話題は、朝のHRで知らされた事に起因する。

 本日の五限目に二年E組生徒が主導の課外実験が行われるため五限目を自習にする。その実験を見学してほしいとのこと。そして実験内容の詳細がそれぞれの端末に表示されると、クラス中がざわついた。

 紅葉は、ざわついた理由は実験内容よりも実験参加者なんだろうなと思いながら、端末から顔をあげてクラスメイトを見る。皆一様に泉美へ顔を向けていた。そして、HR終了と同時に一瞬にして囲まれたということだった。

 

「よー、紅葉」

 

 そんな様子を紅葉は「大変だなー」と思いながら自分の席から眺めていると坊主頭の男子、籠坂龍善が囲まれている泉美の方を見ながら近づいてきた。

 

「おう、龍善どした?」

 

 顔の向きは泉美側に固定したまま、視線だけを龍善に向ける。

 龍善は自分の端末に詳細データを移したのか、それを紅葉に見せながら尋ねてきた。

 

「この実験のメンバー、殆どが生徒会役員だろ。お前、参加してないのか?」

 

 そら来た、と顔を龍善に向ける。この手の質問がクラスメイトからくる事は予想出来ていた。彼はなんの捻りなく答える。

 

「あぁ、俺は雑用で手伝ったぐらいだ。そんぐらいじゃそこには載らんだろ」

「実験装置製作協力した生徒の名前まで載ってるのにか?」

「ん? そうなのか?」

 

 それは知らなかったと、見せられていた端末を手にとる。画面をスクロールしていき、実験メンバーの更に下を見ると確かに十三束鋼や平河千明といった実験装置の製作を手伝っていた生徒の名前が記されていた。

 

「おっ、ホントだ」

「おい、なんでさっき表示されたものを見てないんだよ」

「実験の詳細は知ってたからな。ざーっと流し読んじまった」

 

 紅葉が端末に映し出されたデータを見たのは恒星炉実験と表示された後、適当に目を通しただけで終わっていた。

 

「まあ、協力者の名前は載ってもいいだろうよ」

「自分の名前は載ってないのにか?」

「だってよ、載ったらああなるんだろ?」

 

 指を差したのはもちろん泉美の方。その指に従って龍善も改めて泉美の方を向いて顔をしかめた。もうすぐ一限目が始まるのに囲んでいる生徒が増えた気がする。人が多過ぎて隙間さえ出来ていない。その為、泉美の様子を窺うことはできないが困り顔してるだろうなと二人は予想していた。

 

「まあ、あそこまで酷くはないと思うがなってただろうな」

「だろ? だからああはなりたくないから、載せないでくれって頼んだんだよ」

 

 月曜日のミーティングで、水曜日のHRで実験のことを全校生徒に知らせることが決定。その際に、実験内容のデータに何を記載するかの話し合いがあり、そこで紅葉は名前が載ったらどういう事が起こるのか予想出来ていた。だから、自分の名前は載せないで欲しいとお願いした。データを作っていた達也は、紅葉が実験の重要な部分に関わっていないこともあり、載っていなくても問題なしと判断。そのお願いを聞き入れたのだった。

 

「そう言うことか」

「そう言うことだ」

 

 紅葉の名前が載っていない真相を聞けた龍善がスッキリしたと同時に本鈴が鳴りだした。すると、泉美を囲っていた生徒達は次々と自分の席に戻っていく。

 人垣から解放された泉美は「ふぅ」と一息付くと、キッと紅葉を睨みつけてきた。泉美は紅葉がなぜ、ミーティングで名前を載せないように頼んでいたのかがわかっていなかった。どうしてですか?と聞いてもしらを切るばかりで結局わからずにいた。そして、今日。端末に実験内容が表示されてから少ししてクラス中の視線が自分だけに集まったところで、その意味を理解した。

 紅葉に目を向けると「がんばれ」と口パクをしている。

 

「(こうなることがわかっていたのですね)」

 

 そしてHRが終了後、クラスメイトが席を立ち自分のところに集まってくる。その囲まれる寸前に紅葉に向けて

 

「(許しません)」

 

 と文句を送っていた。

 そして人垣から解放されたことでようやく自分をスケープゴートにした紅葉を睨みつける事ができると、睨んでいたところだった。

 

「おい、睨まれてんぞ」

「いやー、俺は悪くないはずなんだが」

 

 紅葉は頑張ったなとの意味を込めて拳を握り親指を立てて笑ってやると、より半目になって睨み返えされた。

 

「ありゃ? ……めっちゃ怒ってるな」

「見ればわかんだろ」

 

 龍善は呆れ顔を浮かべながら「がんばれ」と言葉を残して、自分の席へと戻っていく。

 

「頑張れと言われてもなー」

 

 ちょうど、教室に先生が入ってきたので姿勢を正し正面を向く。その間も背中に視線が突き刺さっているように感じていた。

 

「(こりゃ、小言は覚悟しておくか)」

 

 

 

 そして五限目。

 紅葉は、五限目を迎えてもまだ泉美から小言を受けていなかった。理由は、休み時間になる度に泉美はクラスメイトに囲まれ身動きが取れなくなっていたのだ。それをいいことに紅葉は教室から逃走。こうして、彼は泉美に捕まることなく五限目を迎えていた。

 

「おー、結構、グラウンドにいるな」

 

 教室の窓からグラウンドを見下ろすと、多くの生徒が見学に出ていた。

 

「(それにしても、女子が多い気が)」

 

 紅葉の気のせいではなく、グラウンドにいる見学者の男女比は女子が多い。

 

「(まぁ、実験メンバーの男女比も女子が多いから、あいつらの友人が見に来てるのかね)」

 

 それは半分正解で半分が不正解。

 見学者は三つの集団に分かれていた。

 一つは、今年第一高校に新設された魔法工学科の二年E組の生徒全員。彼らは純粋に実験が気になりこの場に立ち会っている。しかし、残りの二集団の気になっている点は少し違う。

 一つは去年、達也がいた一年E組の生徒。

 もう一つは去年の九校戦・新人戦で達也がエンジニアを勤めた女子代表メンバーと、達也に関係している生徒が多かった。

 確かに元一年E組の生徒や九校戦メンバーは、深雪とほのかの友人だから見に来たと言えるかもしれない。しかし彼女たちの興味は、達也が企画した実験という点に集中していた。だから、見学者の半数以上が友人を見に来ているではなく、達也が何かしようとしている事が気になって見に来ている。しかし、そんな背景があるとは知らない紅葉は、友人が多い程度にしか思わなかった。

 

「そんなお前は行かないのか?」

 

 どっこらせと隣に腰を下ろした龍善は、紅葉と同じ様にグラウンドを見下ろす。

 

「行ったら雑用押し付けられそうだからな」

「間違いない」

 

 お互い軽く笑い合う。

 二人の視線は、実験装置である球型の水槽の周りで動きまわっている生徒達に向いていた。当の本人達の顔が生き生きとしてるところを見ると、手伝えてること自体が嬉しいのだろう。その一人が達也の元へと駆け寄り、何かを報告している。

 報告を受けた達也は拡声器を手に取り、

 

「実験を開始します」

 

 開始のアナウンスをした。

 

「始まるぞ」

 

 グラウンドに集まった生徒達や教室から見ていた生徒達のお喋りが止み静まり返る。生徒と教師が固唾を呑んで見守る中、達也から合図が放たれた。

 

「重力制御」

 

 深雪が重力制御魔法を発動する。水槽に半分まで入っていた重水と軽水の混合水が中心部を空洞にして水槽の内側全面に張り付いた。

 

「うへぇ、あの魔法を簡単にやってのける司波先輩すげぇ」

 

 紅葉の隣から感嘆の声が洩れる。

 それを同感だと思いながら紅葉は、次の魔法に注目していた。

 

「第四態相転移」

 

 香澄と泉美が相転移魔法を発動する。

 重力制御魔法によって生まれた空洞の水面上から、重水素プラズマと水素プラズマ、酸素プラズマが発生する。

 

「(七草の双子を実力を見るのは初めてだが、こうも完璧にやれるのは見事としか言いようがないな)」

 

 二人で一つの魔法を発動する場面など中々お目にかかれる事はではない。それを初めて見た事によって、双子の実力が相当なものだなと紅葉は感じていた。

 

「中性子バリア、ガンマ線フィルター」

 

 水波が重力制御魔法のテリトリーと第四態相転移魔法のテリトリーの間に中性子バリアを挿入する。更にほのかが、中性子バリアと第四態相転移力場の間にガンマ線フィルターを挿入。

 

「……」

 

 始まってまだ一分程しか経っていないが、龍善は実験に釘付けになっていた。

 

「重力制御」

 

 深雪が二つ目の重力制御を発動する。水槽の中央に直径十センチの高重力領域が出現。

 

「クーロン力制御」

 

 五十里のクーロン力制御により、高重力領域の電磁気的斥力が一万分の一に低下する。

 

 淡い光が生まれた。

 

「っ」

 

 龍善が息を飲む。他の見学している生徒にも無言のどよめきが駆け抜ける。

 光は明るさを増しながら一分、二分と輝き続けている。

 すると、水槽内の水か激しく沸騰し始めた。

 

「実験終了」

 

 達也の口から実験終了が告げられた。クーロン力制御魔法と第二の重力制御魔法が停止し、実験容器内の光が消える。

 

「ガンマ線フィルター解除。その後、重力制御解除、中性子バリアはそのまま」

 

 そして、次々と発動していた魔法が解除されていく。

 

「気体成分、水蒸気、水素、重水素、及びヘリウム。トリチウム他放射性物質の混合は観測されません!」

 

 分析機の前にいる生徒から簡易測定の結果が告げられた。

 見学の輪のあちこちに興奮を隠せないざわめきが生じる。

 

「注水を始めてください」

 

 達也の指揮で容器内冷却の為、注水が始まる。水槽は透明な水で満たされた。

 

「中性子バリア解除」

 

 その後、達也は実験メンバーそれぞれと顔を合わして、最後にあずさにマイクを渡した。突然渡されたマイクをあずさは押し返そうとするが、にこやかに笑う実験メンバーと無言で見つめる達也の圧力に逆らえず、泣きそうな顔でマイクを受け取った。

 彼女はこの場に立ち会った全ての生徒に向けて宣言する。

 

「常駐型重力制御魔法を中核技術とする継続熱核融合実験は初期の目標を達成しました。『恒星炉』実験は成功です」

 

 校庭で、校舎で、一斉に歓声が上がった。

 紅葉の隣にいる龍善も立ち上がり、彼の背中をバシバシ叩いている。

 

「うおおお! すげぇ、すげーもん見たぞ紅葉!」

「わかった、わかったから叩くな!」

 

 叩かれながらも紅葉は、それ程までに気持ちが高ぶるのは仕方のない事だと思っていた。

 この実験が示した成果は『魔法』の可能性を広げるには十分な効果があったのだから。

 紅葉は第一高校を包んでいる熱気に飲まれることなく、グラウンドのある場所へと目を向けていた。そこには教員の廿楽と銀髪の女性がいる。廿楽の隣に立っている事から紅葉はその女性を教師と判断した。その女性教師の隣にスーツを着た複数の男女と、色んな機材を持った複数の男女がいる。それらがこの実験を見せる本当のターゲット、野党議員と議員の取り巻き記者だ。

 

「(ははっ、固まってんな。まあ、魔法を知らない人間にしたら、何が凄いのかわからないもんな)」

 

 議員達は生徒達の歓声に圧倒され硬直していた。

 

「(さてさて、明日のニュースが楽しみだな)って、こりゃひでぇな」

 

 硬直し続ける議員を見ても何も面白くないので、紅葉は視線を議員達から教室内に向けるとお祭り騒ぎになっていた。その熱は数日間続くこととなる。


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