魔法科高校の留年生   作:火乃

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日常の表側5

 二〇九六年四月二十四日火曜日、放課後。

 恒星炉実験を明日に控え、実験メンバーは実験室に集まり最終リハーサルを始めていた。その中に紅葉の姿は見当たらない。どこにいるかというと月曜日と同様に留守番の為、生徒会室にいる。しかし、昨日とは違った状況になっていた。

 昨日は、あずさが建てた激務フラグが仕事をするのかと恐れながら放課後を迎えた紅葉だが、生徒会室で留守番を始めるものの一向に電話が鳴る事はない上に、生徒会室を訪ねる者もいなかった。完全に暇な空間と化した為、眠気に襲われ船をこいでいたところを実験リハーサルを終えて戻ってきたあずさ達に見られてしまう。そして、あずさから説教を受けて月曜日が終わった。

 そして、本日火曜日。

 生徒会室に来た紅葉を待っていたのはあずさと見知らぬ女子生徒だった。

 

「阿僧祇くん、こちらは風紀委員の北山雫さんです」

 

 表情の乏しい顔で「北山です」と一礼された。それに軽く会釈で返す。

 

「北山さん、彼が阿僧祇紅葉くんです」

「えっと、はじめまして、阿僧祇です」

 

 いまいち状況がわからない紅葉は、なにこれと目線を向ける。

 

「阿僧祇くん一人だと心配ですから、今日は北山さんにも、生徒会室に待機してもらうことになりました」

 

 その視線を受けてあずさは説明を続けた。

 

「マジ?」

 

 女子生徒と一緒に留守番ができるなど人によったらご褒美になるのだろう。しかし、紅葉にとっては自由がなくなるのでお目玉を食わされたことになる。

 

「それでは、北山さん、あとはお願いします」

「わかりました」

 

 紅葉に罰を言い渡したあずさは、ニコリと笑って生徒会室を出て行った。

 

「よろしく阿僧祇」

 

 残された雫は、紅葉を見上げながら抑揚のない声で言い

 

「(勘弁してくれ)よろしくお願いします北山先輩」

 

 紅葉は内心悪態を付きながら、言葉を返した。

 

 

 

 あずさがいなくなってから十分が経過。

 電話は鳴る気配がなく、来訪者もいない。昨日と同じ空気になっていたが、紅葉は気を抜けずにいた。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 

 お互い無言である。無言でそれぞれ何かをしていた。

 紅葉は端末に閲覧可能な範囲で雫のデータを表示している。

 

「(留学 北山雫って、留学してたのかよ)」

 

 手っ取り早く成績を知るには、学年末試験の順位表を見ればいいと思い表示させていた。しかし、順位表に雫の名前が見当たらずに首を捻っていると、備考欄に『留学 北山雫』とあったのを見つける。

 

「(留学が認められたってことは、成績優秀ってことだよな)」

 

 この時代、ハイレベルな魔法師は、遺伝子の流出=軍事資源の流出を避ける為に、政府によって海外渡航を非公式かつ実質的に制限されていた。

 

「(人は見かけによらないってか。まあ、それを言ったらこっちもか)」

 

 見ていた学年末試験の一位と二位に目を向ける。一位には納得したが、二位に驚いた。

 

「(司波深雪が一位なのはわかるが、二位が光井ほのかってマジか)」

 

 生徒会で見るほのかに、それほどの実力があるとは思わなかった。新入部員勧誘週間の時も達也と深雪のサポートをしているだけだったのもそう思えた一因になる。しかし、ふと思い出す。

 

「(なんで、忘れてんだよ。今回の実験メンバーの一人だろうが)」

 

 ほのかはガンマ線フィルターの担当だ。

 ガンマ線を散乱させるためには、電磁波の振動数をコントロールする魔法を使い慣れていないと難しい。そこに指名されたという事は、それほどの腕はあるという事になる。

 

「(服部達から聞いた通り、二年生は優秀みたいだな)」

 

 二年生の情報を上方修正しながら端末から顔を上げ、少し離れた席に座る雫に目を向ける。するとちょうど雫も紅葉を見ていたのかお互いの視線が重なった。

 

「っ」

「……」

 

 しかし、雫は何もなかったかのように先に視線を外して、無表情のまま首を軽く傾げながら端末に向き直っていた。

 その雫は疑問に思っていることがあった。

 今日、生徒会室に来た経緯はあずさから達也に放課後、生徒会室に居られる人はいないかと打診があった。それを受け達也は風紀委員である友人二名に頼み、雫が残ることに。理由を聞くと、一年の生徒会役員を留守番に置いているが寝てしまう可能性があるから見張っておいてほしいとのこと。なんと可愛らしい理由だと思ったが、生徒会室に来た一年生を見て可愛らしさはどこにもなく、代わりに大人びた雰囲気をまとっていた。

 

「(あれで一年生)」

 

 改めて紅葉を見て思う。

 一年生にしては、身長は高いし体つきも良く顔が整っている。一年生というよりは三年生と言われた方がしっくりとくるように感じていた。そして自己紹介をされたことによってさらに疑問が湧いている。

 

「(阿僧祇、二年前の九校戦に出てたような)」

 

 雫は九校戦が好きで毎年見に行っている。

 そして二年前、自分がまだ中学三年生の時に見に行った九校戦のアイス・ピラーズ・ブレイクに出ていた選手に阿僧祇という珍しい名字がいて、珍しい魔法を使っていたと記憶していた。

 

「(でも、彼は一年生。二年前の九校戦に出るなんて出来ない)」

 

 しかし、目の前にいるのは一年生の阿僧祇。二年前の記憶していた阿僧祇の学年は三年生。留年しているのかと考えたが、学年が合わないのでそれはない。そうなると考えられるのは二つ。赤の他人か、兄姉かだ。

 雫は疑問解消の為、動き出した。

 

「阿僧祇ってお兄さんとかいる?」

 

 なんの前触れもなく質問された紅葉は端末から顔を上げる。

 

「(急になんだ?)」

 

 質問の意図を理解しきれずに、正直に答えていいものかと考えていると、

 

「阿僧祇?」

 

 そんなにおかしな質問をしただろうかと雫は首を傾げていた。

 その仕草を見て紅葉は、裏無しの単なる質問かと考え、家族構成を知られたところで問題ないので教えることにした。

 

「えっと、兄がいるかでしたっけ? 兄は居ませんが、姉はいますよ」

「お姉さん? ならお姉さんは、二年前の九校戦に出てた?」

「ええ、出場してましたけど、それがどうしました?」

 

 紅葉の姉、阿僧祇双葉はアイス・ピラーズ・ブレイクに出場し、惜しくも二位だった。

 

「阿僧祇の名前を聞いて、二年前の九校戦にいたなって思い出しただけ。二年前だから阿僧祇が出てるわけないね」

 

 紅葉の返答を受け、二年前の阿僧祇が紅葉の姉とわかり雫の疑問は解消されすっきりした。

 しかし、紅葉は内心焦っていた。

 

「(もしかして、留年してるとバレそうだった?)」

 

 雫の最後の言葉「阿僧祇が出てるわけないね」。この言葉が出たという事は少なからず、紅葉が二年前の九校戦に出ていた可能性を考えていたことになる。

 

「(脈絡のない質問は、どう巡ったかわからないが、九校戦に出てたかどうかの可能性から発展した質問だったのか)」

 

 質問をした本人を見ると、回答に満足したのかもう紅葉を見ていない。

 

「(油断ならねぇなおい)」

 

 先ほど二年生の評価を上方修正したばっかりだが、この北山雫に関してはさらに上へと修正することにした。

 

 

 

 その後、お互いにちょっとした話題振りをして少し話して止まって、話して止まってを繰り返してる内に閉門時間が近づいていた。時間に紅葉が気付いたと同時に、生徒会室のドアロックが外れる。扉に目を向けると、達也を先頭に深雪、ほのかと続き、最後に泉美、水波、香澄の順に実験メンバーが生徒会室に帰ってきた。

 

「お帰り」

「お疲れ様です」

 

 二人はそれぞれの言葉で達也達を出迎える。

 

「待たせちゃってごめんなさいね、雫。助かったわ」

「特に何も無かったよ」

 

 労いの言葉をかける深雪に「気にしないで」と首を振る。対して紅葉には達也が声をかけていた。

 

「今日は大丈夫だったみたいだな」

「さすがに話し相手がいたら大丈夫ですよ。北山先輩の言うとおり、異常なしです」

 

 労いというよりは、真面目に仕事をしていたかの確認だったのは昨日の今日であれば仕方のないことだろう。

 達也に報告したのでお役御免と、紅葉は帰り支度を始める。すると、誰かが近くに来た気配から顔を上げるとにやついている香澄が立っていた。

 

「んだよ、香澄」

「ふっふー、顔に寝てた跡がついてないかなーって思って見にきてあげぎゃ?!」

 

 そのにやついてる顔が無性に腹立たしかった紅葉は香澄の額にデコピンをしてくらわせて黙らせる。

 

「いったーい! なにすんだよ阿僧祇!」

 

 しかし、それは逆効果で黙るどころか抗議の声で騒がしくなっていた。

 

「もう、二人とも何をしているのですか」

 

 これ以上騒がしくなられるのも困ると思ったのか、二人の近くにいた泉美が呆れ声で入ってきた。

 

「なにって帰り支度だよ。そっちのアホが邪魔してきたつーの」

「邪魔はしてないよ。顔を見にきただけで、勝手に手を止めたのはそっちでしょ」

 

 紅葉は気怠げに、香澄は攻撃的に言い合う。収まりそうにない応酬に泉美は、強制的に終わらせることにした。

 

「って泉美?」

 

 泉美は香澄の正面に立って両肩を掴む。そして力尽くで香澄の身体の向きを変えた。

 

「香澄ちゃん、私たちも帰り支度をしましょう」

 

 そのまま背中を押して歩きだした。

 

「ちょっと泉美?! あー、もうわかったから押さないで。ってあっ! 阿僧祇、勝手に帰んないでよ。まだ、終わってないかんね!」

「誰が従うかっての」

 

 離れていく二人を見送りながら、帰り支度を終わらせる。周囲に目を向けると、ほのかが達也の正面に立ちその少し離れたところに深雪、雫、水波がいた。何かしらのイベントが発生しているようだが、興味がない紅葉は誰に先に帰る事を伝えようかと迷っていると後ろから声をかけられた。

 

「お疲れ様、阿僧祇くん」

「お疲れ様、今日は大丈夫だった?」

「お疲れ様です。お陰様でなにもありませんでしたよ、五十里先輩、会長」

 

 実験室の戸締まりをしていたあずさと五十里が帰ってきたところだった。

 お陰様でのあたりを強調して言うと五十里は苦笑いを、あずさはニッコリと笑うだけだった。

 

「それにしても、まだ誰も帰ってないんだね」

「うん、もう皆帰ったと思ってたよ」

「それですけど、俺は帰ります。あそこはそろそろ終わるんじゃないですかね?」

 

 二人は紅葉が指差した先、達也達を見て、「あれは?」と声を揃えて聞いてきたが、紅葉にもわからないので「さあ?」としか返せなかった。

 

「まあ、とにかく俺は帰ります。お疲れ様でした」

「あ、うん、お疲れ様」

「お疲れ様」

 

 二人に挨拶をして、生徒会室を出た所でダッシュした。それから数秒遅れて生徒会室から香澄が飛び出す。

 

「阿僧祇ー! 逃げるなー!」

 

 そのままの勢いで紅葉を追いかけていく。その様子を見ていた泉美はため息を付くしかなかった。

 






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