魔法科高校の留年生   作:火乃

19 / 52
日常の表側4

 七草香澄は阿僧祇紅葉と知り合ってからまだ二週間程となる。わずかな期間でありながら、香澄は同学年の中でも不思議と話しかけやすく、手(攻撃)を出しやすい男子と位置付けていた。そう位置付けたのは、新入部員勧誘週間の七宝と揉めた時になる。その仲裁に紅葉が普通は有り得ない方法で介入して場を収めた。その時の対応に文句をつけたのが始まり。香澄にとってその文句のやり取りが妙に心地よかった。それから、紅葉を見つければ小突いたり、ご飯を奢らしたり、雑談をしたりと、普通に友達とすることをしていった。そこにある感情は楽しい、気持ちが良いというもの。

 だから、今日この和菓子店に来たのも、紅葉の格好を見て楽しむ気満々でいた。しかし、その楽しむ気は紅葉を見た瞬間に消え、代わりに自分の顔が熱くなっていた。急に訪れた自身の異常に思わず顔を伏せていた。

 

「(え、なに、阿僧祇なの?)」

 

 そしてそれが紅葉を見た最初の感想。

 普段とは違い、前髪を後ろに撫でて顔がはっきりと見えている。さらに作務衣を着ている姿も決まっている。その姿はとても同い年の男子には見えなかった。しいて言うならば年上の男性に見えてしまった。

 

「(阿僧祇って、大人っぽかったけどこんな格好良かった? って、何考えてんの?! ない、阿僧祇がカッコイいとかない!)」

 

 そんな否定を香澄は顔を伏せている間ずっと繰り返していた。そして、紅葉が奥に行ったあと、花音や泉美と会話をしながらカッコイいとカッコヨクないの天秤を平行に落ち着かせていたところに泉美の質問が差し込まれる。

 

「先程、顔を赤くしていたのは?」

 

 これだけで、あの紅葉を思いだし天秤がカッコイい側に大きく傾き

 

「わー! 泉美は何を言っているのかな?!」

 

 慌て泉美の口を塞いでいた。

 

「どしたの?」

 

 その様子を前にいる三人の先輩に見られたため、香澄の心臓は余計にバクバクしていた。

 

「(聞こえてない? 聞こえてないから聞いてるんだよね? うわー、委員長凄いにやついてるー)」

 

 問題発言をした泉美を自身の背中に隠しながら、三人の様子を伺う。その中の一人、花音だけがニヤニヤとしているのを見てしまい冷や汗が流れる。

 

「あ、あははは、なんでもないです」

 

 なんでもないと告げるが花音のニヤつきは強まる一方でこれは間違いなく追及されると思っていた。しかし、花音の隣にいた五十里が何かを指示したのか、彼女の追求心が抑えられていき

 

「あー、うん。なんでもないなら大声出さないの。気をつけなさい」

 

 最後は注意に変わっていた。

 それに謝罪しつつ、心の中で五十里に感謝しながら身構えていた力を抜く。

 

「香澄ちゃん重いです」

 

 途端、今度は後ろから小さな悲鳴が上がって、慌て身体ごと後ろを向きすぐに頭を下げた。

 

「ごめん泉美」

 

 そこで、なんで泉美を隠していたのかと思い返していると、答えのきっかけが頭上から降ってきた。

 

「大丈夫ですよ、それよりも」

 

 その言葉で妹の諦めの悪さと紅葉の姿を思い出した恥ずかしさがごっちゃになった顔を上げる。

 

「うっ、まだ聞くの?」

 

 確かに泉美には双子だからなんでも言えるがこれは口にしたくないと考えていた。言葉にすると認める事になるのだから。

 

「そんなに答えたくないことですか?」

 

 しかし、妹は諦めそうにない。そこで香澄は考えを改めた。いっその事、認めてしまおう。そうすれば恥ずかしくないと。

 

「(カッコイイって)思っちゃった」

 

 そう決心して出した言葉は大事な部分を言えていなかった。

 

「(ダメ、すっごい恥ずかしい。やっぱり)」

 

 「なし」と告げようとするも妹から「香澄ちゃん、もう一度」と言われてしまい退路を断たれたと感じた香澄は、もうなるようになれとふっきれた。

 

「阿僧祇がカッコイいと思っちゃったの」

 

 口にして認めた事によって恥ずかしさが消える、訳もなく、カーっと顔が真っ赤になるのが自分でもわかって、また顔を伏せてしまった。結局、香澄の気持ちはまったく落ち着かなかった。

 

 

 

 そんな香澄を見ながら泉美は姉の言葉を頭の中で反芻させる。

 

「(阿僧祇さんがカッコイイ)」

 

 さらに、今日の紅葉を思い返す。

 

「(確かに普段と違った髪型でしたし、接客中とあって真面目でしたけど)香澄ちゃん、意識するほどでしょうか?」

 

 そう、泉美からしたら、今日の紅葉は髪型とかが変わっていようが見慣れた阿僧祇紅葉であって、特別変わったとは思っていなかった。

 泉美の紅葉に対する評価は、不真面目そうで真面目である。口や態度では悪態をつきつつ、やることはやる。二週間程、教室や生徒会で感じていた。なので、働いている紅葉を見ても、真面目に働いているんですねとしか思わなかった。

 

「意識というか、なんか普段よりも年上に見えたんだよ」

「ああ、なるほど(確かに年相応に見えましたね)」

 

 香澄が少し赤みがとれた顔をあげ、意識してしまった理由を言ったことで納得できた。泉美が思い出したのは紅葉の年齢。自分達より二歳上の十七歳。あの作務衣姿を見て自分が年相応と思えたならば、姉がどう思ったのか想像はつく。

 

「(同い年の男子ではなく、年上の男性に見えたということですね)それで、カッコ良いと思ったと?」

「そ、そうなんだけど、改めて言わないでよ」

 

 赤みが薄れたかと思えば、泉美の言葉でまた赤くなって顔が沈んでいく。

 泉美はこんな香澄を見るのは初めてだった。そして、このまま紅葉を見る度に顔を赤くされては困るとも思っていた。どうすれば良いのか悩んでいると「お待たせしましたー」と台車をひいてベテラン店員が現れる。

 

「待ってましたー!」

 

 真っ先に反応したのは三人で雑談をしていた内の一人、花音だった。

 泉美は悩んでいる思考をいったん止めて、店員へと目を向けたあと、台車にのっているモノへと視線を移した。

 

「これがもみじですか?」

 

 目の前に配膳されたのは、串団子の三種盛りにもみじ型のねりきりが添えられていた。名前の要素はねりきりだけに思える品だった。そんな泉美の質問に答えるように、全員に配膳し終えた店員は「はい」と返事をして言葉を続ける。

 

「那由多日曜日限定品もみじです。本日は串団子の三種盛りとなっております」

「本日は?」

「あら? 誰も説明してないんですか?」

 

 まるでいつもは違うと言っているような言葉に首を傾げると、それに合わせて店員も傾げている。その視線は花音に向けられていた。

 

「あははは、やっぱり、初めてはなにも知らないままがいいかなーって」

「委員長」

「千代田委員長」

 

 言い訳を言う花音に香澄と泉美の視線が向けられるも、目を合わそうとしなかった。実際のところ、説明を忘れたのではなく、最初から説明する気がなかっただけである。だから、明後日の方を向いて誤魔化すことにした。

 

「もう、後輩さんには優しくあるべきですよ。もみじというのはですね」

「どっかの誰かさんチョイスの和菓子セットのことだ」

 

 店員がもみじの説明をしようとした時、誰かが香澄の隣に座り、説明を引き継いでいた。

 

「あ、阿僧祇?!」

「おう、阿僧祇さんだ。邪魔すんぞ」

「あら、紅葉くん、早いわね」

 

 その誰かは、言わずもがな先程まで働いていた紅葉だった。紅葉が突然現れ、さらに隣に座ったことにより、香澄の緊張が一気に高まる。しかし、隣がそんな状態になっているとは気付かずに、紅葉は店員との話を続けている。

 

「早いも何も、作務衣脱ぐだけですし」

 

 紅葉の格好は上は白無地のTシャツにジーパンとシンプルになっていた。さらに髪型もいつものように前髪が垂れていた。

 

「それもそっか。はい、紅葉くんの」

「あざっす」

「それでは、ごゆっくり」

 

 店員は紅葉の前によもぎの串団子二つを置くとそのまま手を振って仕事に戻っていった。

 

「阿僧祇くん、休憩?」

「いや、もう上がっていいって言われました。てか、こいつどうしたんです?」

 

 あずさの質問に簡潔に答えた紅葉は、隣で固まっている香澄を指差す。香澄の顔は不思議なモノを見ている表情をしていた。

 紅葉は視線を前三人に向けるが、三人ともわからないと首を横に振っている。今度は視線でなく顔ごと泉美の方へ向けると、彼女は紅葉でなく香澄を見ていた。そんなさまざまな視線を集める香澄はゆっくりと泉美の方を向き口を動かす。

 

「泉美、なんか普通に見える」

「え?」

 

 突然のことになんのことを言っているかわからなかった。疑問符を浮かべる泉美を余所に、香澄は紅葉の方を向く。

 

「阿僧祇だよね?」

「ボケたか? 他に誰に見えんだよ」

 

 紅葉は、今日の香澄はどこかおかしいと思っていた。店内で顔を合わせたかと思えばすぐに顔を伏せられ、言葉を一切交わさなかった。学校で顔を合わせれば問答無用で小突いてくる奴がだ。だから、調子の確認も込めていつものように口の悪いことを言う。これで返答がなければ、すぐに帰すことも考えたがそれは杞憂に終わった。

 

「むっ。そうだね、こんな間抜け面は阿僧祇しかいないよね」

 

 香澄はいつものように返してきた。

 

「(なんだ、いつも通りだな)はっ、やっぱボケてんじゃねーか」

「失礼な!」

 

 そこから、いつもの応酬が始まり、花音が参戦し、五十里とあずさが宥めるまで紅葉と香澄のやりとりは続いた。

 

 

 

 そのやりとりを見ながら、泉美は首を捻っていた。

 

「(普通に、話せてますね)」

 

 あんなに恥ずかしがっていた香澄が、今はいつも通りに紅葉と話している。確かに顔を見る度に赤面されるのは困ると思ってどうしようかと考えてはいた。しかし、こうも問題ないようなら考える必要はないかと思うも別の疑問が浮かんでいた。

 

「(香澄ちゃんが、普通に見えると言っていたのは)」

 

 どうして普通に見れるようになったかがわからなかった。

 紅葉が髪型を戻し私服で戻ってきた時、香澄が緊張で固まったのは見ていたのでわかっている。そのまま赤面するかと思ったが、その時点で赤くなる事はなく固まったままだった。そのあとに普通に見える発言をしたことから考えられる可能性は一つ。

 

「(髪型で認識が変わってる?)」

 

 作務衣姿と私服姿で違う点は服装と髪型。あと違うとすれば、学校で醸し出している不真面目成分が消えていることぐらいになる。

 

「(今の阿僧祇さんは学校の時のようですし、その可能性が高いですね)」

 

 二人してグチグチと言い合っている姿は学校でみる光景と同じだった。

 

「(これなら特になにもする必要はないですね)」

 

 香澄の赤面対策を講じずに済むとわかった泉美は、串団子の三種盛りの一つ、よもぎの串団子から手をつけることにした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。