魔法科高校の留年生   作:火乃

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日常の表側3

 恒星炉実験の準備期間に日曜日も含まれている。そのため、実験メンバーは日曜日でありながらも登校し実験室に集合していた。

 

「あれ? あいつ居ないよ?」

 

 そんな集合したメンバーを見回して、香澄はこの中で一番大人びた雰囲気をまとっている生徒がいない事に気付く。

 

「あいつとは、阿僧祇さんですか?」

「うん、阿僧祇」

 

 香澄の言う人物を言い当て返答したのは泉美だが、彼女でなくても阿僧祇紅葉の事だろうなと思い浮かんでいた。理由は、現時点で恒星炉実験の全容を知っているのは生徒会役員全員であるのに紅葉だけいなかった。

 確かに紅葉は全容を知ってはいる。しかし、実験メンバーではないので登校しなくてもいいのだが、香澄としては知っているのだから、手伝えと思っていた。

 

「阿僧祇くんなら来ないよ」

 

 その疑問に答えたあずさが、今日のスケジュールが書かれた電子ペーパー片手に香澄に近づいてきた。

 

「日曜日はお手伝いに行くって決まってるから、来れないんだよ」

「お手伝い?」

 

 あずさから疑問となるワードを聞き、二人の頭に疑問符が浮かび上がる。

 

「阿僧祇くんの知り合いが和菓子店を営んでいてね。そこのお手伝いに行ってるんだよ」

「阿僧祇がお手伝い、くっ」

 

 紅葉が接客してる姿を思い浮かべたのか、香澄から笑いがもれる。その様子を見ながら、泉美は「失礼ですよ」と窘めながらも紅葉の働いている姿を想像出来ないでいた。

 

「確かに彼が働いている姿は想像出来ないですよね」

 

 二人の表情から、それぞれがどんな事を思い浮かべたのか察したあずさは苦笑いになる。

 

「その和菓子店はどちらにあるのでしょうか?」

 

 泉美としては想像できないから見てみたいという、ちょっとした興味だった。だから、知っている場所なら近い内に行ってみようと思っていた。

 

「駅から近いですよ。帰りに皆で行ってみます?」

「え、そうなのですか」

 

 しかし、あずさから思いがけない提案にすぐ返答できず迷っていると

 

「行く! 行きます! あいつの働いてるところ見てみたい!」

 

 香澄が手を上げて、即座に行くことが決定した。

 

 

 

 第一高校前駅と第一高校の通学路の角を一つ曲がり、歩くこと五分のところに古風な佇まいの和菓子店「那由多」がある。

 達也と深雪と水波は午後に用事があるとの事で途中で別れ、あずさ、五十里、花音、香澄、泉美の五人が暖簾をくぐるとすぐに「いらっしゃいませー」と女性の声があがった。

 花音がいる理由は当然の如く、五十里がいるからである。実験室ではなく風紀委員室で、珍しく仕事をしながら実験が終わるのを待っていた。

 

「あらあら、あずさちゃん達じゃない。お久しぶりですね」

 

 パタパタと駆け寄ってきた割烹着の女性はこの店のベテラン店員だった。来店したお客があずさ達とわかると声のトーンが上がりさらに笑顔になる。

 

「お久しぶりです」

「お久しぶりです」

「来ちゃいました~」

 

 あずさ、五十里、花音の順で挨拶を返す。

 三人共、この店の常連だが、最近は色々と忙しくて中々これないでいた。

 

「あら、後輩さんかな」

 

 三人の後ろに知らない女子生徒がいるのを見て店員はコテンと首を傾げた。

 その仕草を二人は内心可愛いいと思いながらお辞儀を返す。

 

「うん、五名様だね。お座敷にご案内で~す」

 

 二人が三人の連れだとわかると、五人を奥の座敷へと案内し始める。座敷には六個の座布団が置かれており上座にあずさ、五十里、花音の順で腰を下ろし、あずさの対面に泉美、その隣に香澄が座った。

 

「では、少々お待ちください~」

 

 普通なら「ご注文が決まりましたらお呼びください」なのだろうが、店員は思い付いたように悪い笑顔を浮かべて奥へと歩いていってしまった。その先から「お座敷一番、五名様です~」とうっすらと聞こえてくる。

 あずさ、五十里、花音はお品書きに目を向け、香澄と泉美は落ち着いた雰囲気の店内を見回していた。だから、五つの湯飲みをのせたお盆を持って近付いてくる男性店員に三人よりも早く気付いて、目を丸くした。その男性店員は作務衣を着て、いつもは垂らしている前髪を後ろに撫でてピンで留めている紅葉だった。

 

 

 

「あんちくしょうめ、わっるい顔してたからなんだと思ったらこういう事か」

 

 五つの湯飲みに気が向いていて、香澄と泉美に見られている事に気付くのが遅れた紅葉は、気付いたあと即座にUターンしようとした。しかし、花音から「阿僧祇、お邪魔してるよ~」の声に防がれた。そして、この状況に陥れたベテラン店員に恨み言を呟きながら、座卓端の中間に立っている。

 紅葉の右側にいる香澄と泉美はいつもと違うように見える彼にそれぞれ別の反応をしていた。

 香澄は紅葉から視線を外し俯き、泉美はマジマジと紅葉を見ている。そのなんとも言えないむずがゆさに、紅葉は二人をスルーして、注文票を手にした。

 

「で、ご注文は」

「愛想わるっ」

 

 本当なら、てめぇらに回す愛想はないと言ってやりたい紅葉だったが、この場に彼が留年している事を知らない香澄がいるため、一年生として居なければならなかった。それがわかっているから花音は、からかう気満々でいて、紅葉も花音がからかってくるのがわかっていたからスルーし、言葉を続ける。

 

「本日、もみじは売り切れとなっており「嘘はダメだよ紅葉くん~」……」

 

 一番注文されたくない品があるため、品切れにしたかったが、ベテラン店員が後ろを通りながら呟いていった。紅葉はその去り行く背中を睨みつける。

 

「じゃあ、全員もみじで」

 

 花音の注文に、店員から花音に視線を向けると、これまた人の悪い笑みを浮かべていた。

 この野郎と恨み言を思いながら、注文票にもみじと書き込んで、軽くお辞儀する。

 

「承りました。では、お待ちください」

 

 そう言って紅葉は奥へと入っていった。

 

「花音」

 

 それまで口出ししなかった五十里が花音に呆れ顔を向ける。

 

「うん? 啓は他のにしたかった?」

「いや、僕はもみじで良かったけど、七草さん達のを勝手に決めちゃダメだよ」

 

 二人に至っては、お品書きにまだ目を通してさえいなかった。

 

「あー、ごめんね二人とも」

 

 花音は紅葉を弄れて楽しくなっていた為、二人の事を忘れていた。

 

「あ、いえ、初めてなので、何がオススメかわからなかったから、頼んでいただいてありがとうございます」

 

 別の意味で顔を赤くしていた香澄は、これ幸いにと誤魔化す意味も込めて花音に感謝する。そんな香澄を横目に泉美は何を慌ているのかと思いながら「私も大丈夫です。ありがとうございます」と返した。

 

「そう? でも悪い事したし、お詫びにここは奢ってあげるわよ」

 

 その花音の提案に今度は泉美が慌てる事となるが、花音の圧力に押し負け、奢られることとなった。

 

 

 

 花音に押し切られてから、五分は経つがまだ品が運ばれてくる様子はない。

 泉美は香澄との会話で一つの話題がちょうど良く終わったので、一旦間を空ける意味でお茶を啜る。そして再度、香澄に顔を向けた。

 

「そう言えば、香澄ちゃん」

「なに?」

 

 香澄は先ほどの話の延長かなと思いながら、お品書きをペラペラ捲りながら答える。

 

「先程、顔を赤くしていたのは」

「わー! 泉美は何を言ってるのかな!?」

 

 泉美の言葉が耳に届くと、香澄は大声と同時に頁を捲っていた手で彼女の口を塞いだ。その行動に他の事で会話していた三人の視線が集まる。

 

「どしたの?」

 

 泉美との距離的にあずさが一番近く、花音が一番遠いため、この中で聞かれるのはまずいと思われる花音に泉美の言葉は届いていなかったのが幸いだった。

 香澄は泉美から手を離し背中を向けて、彼女が花音から見えないように自分の身体で隠した。

 

「あ、あははは、なんでもないです」

 

 どうみても何でもないように見える。ここは突っつくべきだと思った花音だったが、隣にいる五十里の手が花音の太腿に添えられた。視線を太腿から顔へ移すと、五十里は彼女の視線を双子の後ろへ促す。そこには香澄の声に驚いた他の客の視線がこちらを伺っていた。

 五十里はこれ以上問い詰めるとお店の迷惑になると判断して、花音を止めたのだった。

 

「あー、うん。なんでもないなら大声ださないの。気をつけなさい」

「は、はい。すみませんでした」

 

 だから花音は問い詰めるのではなく、注意に切り替えた。それを見て五十里は「よくできました」とやさしい顔を向けて、花音の顔を赤くさせていた。

 香澄としては、追及が来るかと身構えていたが、追及でなく注意が来たことで安堵していた。

 

「香澄ちゃん重いです」

 

 その安堵で身体の力を抜いてしまい、体重が泉美にかかり後ろから悲鳴があがる。それを聞いた香澄はすぐさま姿勢を戻して泉美に向き直った。

 

「ごめん泉美」

「大丈夫ですよ。それよりも」

「うっ、まだ聞くの?」

 

 泉美の言葉を最後まで聞かなくても、さっきの続きだとわかった香澄はあからさまに顔をしかめた。

 

「そんなに答えたくないことですか?」

 

 泉美としては、香澄とは双子だから恥ずかしいことも言い合えてきたのだが、ここまで口ごもることが珍しいと思っていた。

 

「……って思っちゃった」

「え?」

 

 向かい合っている状態にも関わらず、泉美は香澄の前半部分を聞き逃した。

 だからもう一度と促すと、

 

「……阿僧祇がカッコイイって思っちゃったの」

 

 その顔は林檎の様に真っ赤になっていた。

 


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