魔法科高校の留年生   作:火乃

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八握剣2

『(八握剣(やつかのつるぎ)の中身が、術式解体?)』

 

 泉美は生徒会室で、インカム伝いに聞いた言葉を頭の中で反芻させていた。そして確かにと思い返す。グラウンドで起きたいくつもの魔法が一瞬で消えた現象はまさに術式解体であると。

 

「驚いてるところ悪いが、続けるぞ。やってる事は術式解体と同じだ。想子(サイオン)を圧縮して撃ち出す。それを対象に当てて爆発させ、魔法式やら起動式を吹き飛ばす」

 

 ここまでは、術式解体と何も変わらない。紅葉は違うのは一点と続けた。

 

「それを七つまで、単発だろうと、同時だろうと自由に放てるって点だけだ』

「だけだって……それは……」

 

 泉美は二度目の驚愕にはっきりと言葉が出ない。

 術式解体は使うだけでも大量の想子を使うのに、それを七つまでとはいえ自由に放てると紅葉は言ったのだ。説明されているにも関わらず、彼女の頭にはそんな魔法があるのかと疑わずにはいられなかった。

 紅葉は泉美が驚愕して言葉が出てこない事をいいことに、説明をたたみかけていく。

 

「なんで七つかっていう理由な。八握剣ってのは十種神宝(じゅっしゅしんぽう)の一つで……神宝については自分で調べてくれ」

 

 十種神宝

 先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)の天孫本紀に登場する天璽瑞宝十種(あまつしるし みずたから とくさ)のことを指す。饒速日命(にぎはやひのみこと)が天降りする際に、天神御祖(あまつかみみおや)から授けられた宝で、鏡二種、剣一種、玉四種、比礼(女性が首に掛けて、結ばずに、左右から同じ長さで前に垂らすスカーフ様のもの)三種、計十種からなる。

 

「八握剣は魔を祓い平らにする剣と言われていてな、一つの刃に七つの柄がある不思議な形をした剣なんだよ。それを魔法として使うために、一つの刃を自分自身として周りに七つの柄を砲塔に見立て展開する。そしてその砲塔から術式解体を放つ魔法なんだ。砲塔はそれぞれどの角度にも向ける事ができて、さらに七つの砲塔を一点に集中してどでかい術式解体を放つ事も出来る。グラウンドに向けて撃ったのは前者の方だな」

 

 前者は広範囲に放つことができ、後者は干渉力の強い魔法式に対してと使い分けている。

 インカムから泉美の息遣いは聞こえるが、質問を挟んでくる気配はなかったので説明を続けていく。次の説明は少し変わっていた。

 

「こいつを使う一番の問題はサイオン量だが、俺には普通の人の五倍以上はあると言われてる」

『五倍以上?!』

 

 今まで驚いても言葉を失っていただけの泉美が、声を出して驚いた。

 紅葉の言う『普通の人』は魔法を使わない人ではなく、一般的な魔法師を指している。その人達に比べて五倍以上など、凄いを通り越して異常であると感じてしまったからだった。

 

『あると……言われている、ですか?』

 

 ここで泉美は紅葉が変わった言い方をしたのに気づいて、ポツリと聞き返す。それに紅葉は内心でフィッシュ!と言いながら、ガッツポーズをする。紅葉は自分のことなのに詳しく知らない言い方をして、泉美に疑問に思わせた。そして質問、または聞き返す形に誘導していたのだ。

 

「ああ、前に事故で入院したって言ったろ」

 

 それは紅葉が泉美に説明した、嘘混じりの留年理由。嘘は事故と長期入院。真実は入院。ここにサイオン保有量の説明を繋げていく。

 

「事故が原因で、なんかアホみたいに保有量が増えてな。まあ、それ所為で入院が伸びて留年するはめになったんだが」

 

 さらりと嘘が増える。事故が原因と言ってしてしまえば泉美の性格上、深く質問してこないだろうと思っていた。

 

「しかも、最後まで正確な保有量がわからないときた。だから、最初の検査で五倍以上と言われてるのを信じてるわけだ」

『そう、だったのですか』

 

 泉美は説明を聞いて疑問に思った事があったが彼の思惑通り、事故が原因と言われてしまって質問する事が憚れ言葉少なめに返すしか出来なかった。

 

「そんなこんなで、八握剣を使うだけのサイオンが俺にはある。それを使ってバカみたいに術式解体をいっぱい放つ魔法ってことだ」

 

 最後は思いっきり言葉を崩して、バカ話のように締めくくった。

 

「おーい、泉美。生きてるか?」

 

 説明は終わったのだが、泉美から何も反応が返ってこないので頭がショートしているのかと心配になる。

 

「(まあ、信じがたい魔法だよな。本来は人が扱える魔法じゃねーし)」

『……大丈夫です。勝手に殺さないでください』

「……それは悪かった」

 

 まさか泉美からそんな返しがくるとは露ほども思っていなかったので、不覚にも面を食らってしまった。

 

『阿僧祇さん……その、説明有り難う御座います』

 

 何かを聞きたそうに口ごもるが、紅葉の質問防ぎが効果を成したためか、お礼を述べるだけに止まった。

 

「おう。ついでに頼みたい事があるんだがいいか?」

『なんでしょうか?』

「八握剣を知ってるのは、留年を知ってる奴らよりもっと少ないんだわ。知ってるのは会長、会頭、委員長に五十理だけ」

『そんなに少ないのですか?』

 

 泉美としては、留年理由に起因しているのだから留年を知っている人なら知っていると思っていたのだが、予想以下な人数に驚いてしまった。

 

「ほいほい使う魔法でもないからな。だからな、知らない奴の前で八握剣を使う度に、あんな長ったらしい説明をするのは面倒でよ。その、もし、今後、八握剣を使った場合には、術式解体で通したいんだわ」

 

 八握剣の説明は、色々な事を濁さないといけない。その濁す部分を人によって変えていく必要がある。それを毎回説明していくのは骨であった。

 

『口裏を合わせてほしいと言う事でしょうか?』

「理解が早くて助かる。頼めないか?」

『……わかりました』

 

 返答に間があいた事にドキリとしたが、泉美の了承の言葉に紅葉は安堵した。そして、ちょうど良く終鈴が鳴り響く。本日の部活勧誘時間が終わったのだ。

 

「もうそんな時間か」

 

 屋上から下を見下ろすと、勧誘していた生徒達が次々と撤収し始めている。

 ここで紅葉は今日が、迷信の日だった事を思い出した。

 

「(中々濃い一日だったのは十三日の金曜日だったからか? 八握剣まで使うとは思わなかったしな。迷信恐るべし)」

 

 香澄と七宝の仲裁から始まり、大乱闘を静め、泉美に八握剣を説明する。思い返してみると一日で起きるイベント量ではない。そして、思い返してた事によって、ドッと疲れを感じてしまった。

 

「一日お疲れさんと。泉美もお疲れ様。さっさと帰るべ」

 

 終鈴によって自分の仕事も終わったので、自分と一緒に泉美を労う。そして帰るかと屋上を出ようとしたが、泉美の言葉で足が止まった。

 

『何を言っているのですか? 明日は大規模演習があるので、その警備計画の打ち合わせがあります。まだ帰れませんよ』

「なにそれ聞いてない」

 

 どうやら十三日の金曜日は、まだ紅葉を解放する気はないようだ。






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