ガレージを後にした紅葉と香澄は、休憩がてら手頃なベンチに座っていた。
「でもさ、阿僧祇。あんた、七宝に何したのよ?」
紅葉から奢ってもらった、まともなフルーツジュースを飲みながら香澄はガレージでの出来事を思い返していた。
「あ? 何って、鉄板を」
「そうじゃなくて! 確かに鉄板を叩きつけられたら睨みたくもなるけど、ボクもしたし。それにしたってあの睨みつけは異常だったよ」
まるで大事なモノを壊されたような、憎しみの籠もった睨み。
香澄は頭を抱えてしゃがんでいた為、直視はしていなかったが七宝達がガレージを出て行くのは横目で見る事は出来ていた。あれを直視していたらと思って香澄は不覚にも身体が震えてしまった。しかし、そんな不覚を受けたともつゆ知らず、紅葉は得心がいった顔をしていた。
「ああ、あれね。報告受けてないか? 昨日の執行部と風紀委員のトラブル回数」
「あ、うん。三回の内、二回は七宝だっけ?」
「それ全部、俺が止めてんだよ」
「三回ともあんな止め方したの?」
それだったら、あの憎しみ籠もった睨みも納得できると思ったが、紅葉は首を横に振っていた。
「まさか、二回目までは普通に行ったさ。たぶん、あいつの中では俺は格下なんだろうさ」
紅葉の予想は当たっていた。
七宝は新入部員勧誘週間初日に紅葉と会う前は、自分が断った生徒会に代わりで入った阿僧祇紅葉を名前でしか知らなかった。
自分が独自に入手した成績表のTop20に紅葉の名前はなく、総合一位である自分の成績と大差があると思えた。だから、この阿僧祇という男は自身より格下だと思っていた。
「なんで格下なんて思われてるのよ?」
「さあ?」
実際のところ、紅葉に予想の正誤はわからない。ただそう感じたから言ったまでだった。
「まあ、そんな格下と思っていた相手に三回も止められちゃ、プライドが許さなかったんだろうな」
「それであんな睨まれた方してたと」
「そう思ってる。ぶっちゃけ、あいつが自分を格上と思ってようが、俺の事を格下と思ってようがどうでもいいんだけどな」
紅葉は七宝にさして興味はなかった。
クラスメイトにでもなっていれば、ただのクラスメイトとして意識していただろうが、クラスは別になった。同じ執行部になっていれば同期として意識しただろうが、生徒会に所属した為、それもない。師補十八家の七宝家の者と言われても七宝家に興味はない。七宝琢磨本人にさえ何も思わない。
紅葉が七宝に興味を持つ要素は何一つなかった。
「さてと、休憩終了のお達しが来たから、再開しますかね」
その時、インカムから休憩終了の報が入った。
今までインカムから何も聞こえなかったのは泉美も休憩していたからだった。最初から休憩10分と決められていたので、素直に立ち上がる。そして座っていた身体をほぐすようにぐーっとひと伸びした。
「阿僧祇、ジュースありがとう」
一拍遅れて立ち上がった香澄は、お礼を言う。鉄板を頭に落とした件はこれで許されたかと思った紅葉だったが、
「でも、学食は絶対に奢ってもらうからね」
ビシッと指を指され、忘れていないからと宣告されてしまった。
香澄と別れてから一時間ほど経った頃、巡回ルートを歩いていた紅葉は少し気が抜けていた。
警戒心を最大に引き上げた原因である十三日の金曜日はまだ終わっていない。しかし、今日もあるだろうと予想していた七宝が関わる問題が、予想を裏切らず発生。しかし、もう解決済みときた。さらに昨日今日合わせて四回の衝突を起こした事により、部活連執行部会頭である服部の耳に伝わって、執行部一年に『執行部は風紀委員が到着した時点で場を譲る』という命令が厳命に格上げされ通告された。
これにより、執行部に相当な大馬鹿者がいなければ風紀委員と衝突する事は起きないだろうと思っていた。
そうなると、紅葉の仕事である執行部と風紀委員の仲裁はそんなに起きないだろうと、気が緩まざるを得なかった。
『阿僧祇さん、至急グラウンドに向かってください』
しかし、そんな気が緩みとは逆の真面目な泉美の声が耳に届く。泉美からの指示だった為、執行部と風紀委員のトラブルかと思ってしまった。
「は? なに? 厳命下ってんのにトラブったアホがいんのか?!」
だが、そうではなかった。
『違います。応援要請です』
「俺に応援要請? 達也先輩達じゃなく?」
それは予想もしていなかった言葉。そしてその要請先は本当に自分なのかと思った。
生徒会から実力行使含みでトラブルに対処するのは達也と深雪の役目だからだ。本来なら二人の方へ要請が行くのだが、泉美は説明を続けた。
『深雪先輩と達也先輩は小体育館で発生したトラブルの対処に向かいました』
運が悪いことに二人は別現場に行っていた。
『要請は服部会頭からです。あと会頭が、こちらは阿僧祇さんの方が向いていると仰ってました。その……いえ、なんでもありません』
泉美は服部が言う紅葉の方が向いている意味を知りたかったが、説明させる時間がもったいないと感じて疑問を口にしなかった。
そして紅葉は、泉美の自制に内心で感謝しながら、服部の言った意味を理解していた。
「(ヤツカが必要な状況ってか?)了解した。すぐ向かう」
グラウンドに駆けつけると、グラウンド半分では魔法の撃ち合いが発生していた。怪我人もそこそこ出ているようで、残りの半分側に救護班が駆けつけている。
「なっ」
二年前だってこんな光景は見た事はないと紅葉は絶句していた。そこに泉美の報告が入る。
『野球部と魔球部の試合途中で乱闘が発生したようです。そこに外野も巻き込まれたそうです』
魔球とはそのままの意味で、魔法を使って野球をするスポーツである。
その魔球部のデモンストレーションの為、グラウンド半分を使って試合をしていたが、野球おなじみの乱闘が発生。試合を観戦していた生徒達が乱闘に混じってしまい規模が拡大。そのまま収拾がつかない状態になってしまった。
「ちっ愉快犯混じりか」
グラウンドをよく見れば周りを煽っている連中も確認できた。
「阿僧祇」
紅葉のもとに先にグラウンドへ到着していた服部が合流した。
「服部会頭、状況は?」
「見ての通りだ。野球部、魔球部の部員を何人かは検挙したがそれでは収まらない」
執行部、風紀委員会も黙って乱闘を見ていた訳ではない。中に入って、乱闘している生徒、騒いでいる生徒を検挙していたが、あまりの数の多さにプラスして魔法まで飛び交っているため、対応しきれないでいた。
「さっそくで悪いが、頼めるか?」
このままではまずいと思った服部と風紀委員長である花音はまず、飛び交う魔法を止める事を決定し、紅葉をこの場に呼んだのだった。
「こんな状況で拒否れませんよ」
呼ばれた時点で自分の役目は理解していた紅葉は、魔法を使うための準備行動に移った。
「よし、『風紀委員と執行部は魔法を停止』」
それを見た服部はすぐに端末を使って風紀委員と執行部に指示を出す。
この場に経験の浅い一年生は投入していない。だから風紀委員は指示を出したのが執行部会頭の服部であろうと関係なく指示に従っていた。
現場にいる執行部と風紀委員の魔法停止を確認した服部は、紅葉に合図を送る。
「阿僧祇!」
「おうよ! 薙祓え、
その魔法は、7つの圧縮された