二〇九六年四月十二日木曜日、放課後。
新入部員勧誘週間の初日、始まってから一時間。
「はいはい、生徒会ですよー」
間の抜けた声で生徒同士がいがみ合う間に割って入ったのは、気怠い表情をした紅葉だった。彼の仕事は、執行部と風紀委員会が衝突した時に仲裁に入る事。部活連執行部会頭である服部から『執行部は風紀委員が到着した時点で場を譲ること』を命令されている為、早々に起き得ないと思っていた。それが新入部員勧誘週間初日、始まってわずか一時間で起こってしまった事に内心「はえーよアホ」と思ってそんな顔になっていた。
右耳に付けているインカムから生徒会室で情報を受けた泉美からの衝突発生の報を貰い、紅葉が駆けつけたのは、主に射撃系クラブが使う屋外射撃場だった。そこには新歓演習を行っていたはずの、操弾射撃部と次の演習をする予定のスピード・シューティング部の生徒達を蚊帳の外にして、中央でそれぞれわかりやすい腕章をした三人の生徒がいがみ合っていた。正確には二人の生徒がいがみ合い、一人が宥めていたところだ。
そこに冒頭の紅葉が入っていったのだ。
「生徒会ぃ?」
「っ」
紅葉を真ん中に、右側に執行部の腕章をした男子、七宝琢磨と十三束鋼。
「阿僧祇?」
左側に風紀委員会の腕章をした男子がそれぞれの反応で動きを止めた。
「あれ、籠坂じゃねーか」
左側から名前を呼ばれた事でそちらを注視するとクラスメイトである、つるりとした坊主頭に整った顔立ち、身長は162cm程で中肉中背の男子、
「お前、風紀委員だったのか」
紅葉が生徒会に入ったと知られたお知らせに他の風紀委員の紹介があったはずだが、その時には龍善の名前はなかった。
「つい、数日前になった。拒否権がなかったよ」
あまりいい記憶ではないのか、遠く彼方を見つめて涙目になっていた。
「おい、生徒会!何しに来た!」
「七宝!」
「おっと」
自分達が無視されていると思った七宝が、紅葉の肩を掴み無理矢理自分の方へと向けさせる。その行動は看過出来ないと隣にいた十三束が、紅葉の肩を掴んでいた七宝の腕を掴んではずしていた。
「ああ、悪い。籠坂は待機しててくれ」
「りょーかい」
顔見知りだからか、生徒会の命令だからかはわからないが、龍善は聞き分けよく一歩引いて待機姿勢をとる。
「さてと。生徒会書記、一年の阿僧祇紅葉です。執行部に状況説明を求めます」
「生徒会に介入される「七宝!状況説明もできないのか!」っ」
七宝はそうとう頭に血がのぼっているのか、紅葉の事を睨みつけ声を荒げかけるが、十三束から強めに宥めさせられ、出そうとしていた言葉を憎々しそうに飲み込む。
「部活連執行部、一年の七宝琢磨です。操弾射撃部が演習時間をオーバーしていると報告を受け、対応していました」
新入部員勧誘では、部活の紹介で演習を行う事ができる。ただし、演習時間はそれぞれ決まている。しかし、部活の紹介に熱が入りすぎてしまい時間がオーバーしてしまうことがある。新歓ではよくある問題の一つだった。逆に言えばこの程度の問題で、執行部と風紀委員のいがみ合いが起きるはずがないのだが、紅葉は説明の続きを聞くにつれて呆れていった。
「風紀委員が来た頃には問題が解決しそうだったので手を煩わせない為、ここは任せてほしいと言ったのですが、聞いてもらえずあの様な事態になりました」
「はぁ」
終いには、わかりやすくため息をつく。
紅葉は蚊帳の外状態の操弾射撃部とスピード・シューティング部の面々に目を向けると、皆どうしたらいいのかと困惑した表情だった。やっぱりなともう一度、今度は明確に呆れの感情を乗せたため息を吐いた。
「なんだよ」
七宝は紅葉の態度が感に触ったのか、同じ一年だからと敬語じゃない言葉で攻撃的な目で睨みつけている。それを気にする事もなく、紅葉は口を開いた。
「状況説明有り難う御座います。まだ問題は解決していないようなので、風紀委員は引き続き対応にあたって下さい。執行部は巡回に戻ってください。以上」
一気に指示を出す。これに七宝は怒鳴らずにはいられなかった。
「なんだそれは!もう問題は解決するってのに、風紀委員に任せる必要なんてないだろ!」
「七宝、少し落ち着け」
「十三束先輩、こいつの言うことを聞けっていうんですか?!」
「だから、落ち着けって」
十三束が七宝を落ち着かせているのをいい事に、紅葉は踵を返して龍善に寄っていく。
「操弾射撃部にはペナルティを科してくれ。スピード・シューティング部には、操弾射撃部のオーバー分とお前等がいがみ合っていた分の時間を演習時間にプラスして、スケジュールの更新……はこっちがやっておくから、両部活に説明してくれ」
「了解した。悪いな阿僧祇、助かった」
「そう思うなら、なるべく執行部とはぶつからないでくれよ」
「善処するさ」
ニカッと笑って龍善は両部活のもとへと向かっていった。それを見送ったあと背後に漂う怒気を無視するのは良くないかなと紅葉は再び踵を返すと、顔を真っ赤にした七宝がこれでもかという程に紅葉を睨みつけていた。
「なにか?」
しかし、そんな睨みは効かないとばかりにシレッとしている。その態度が七宝の怒りゲージを上げていった。
「なんで風紀委員に任せた! あと少しで俺が解決したんだぞ!」
「それだよ」
「あ?」
紅葉はあえて『俺が』の部分は無視した。紅葉が指摘したのは『あと少し』の部分。
「あと少しって言ってるが、風紀委員が来た時はまだ解決してなかったんだろ? 風紀委員が来た時に解決していたのならまだしも、解決していなかったら、風紀委員に場を任せるべきだったはずだ」
七宝の状況説明が終わった時点で、紅葉はこのよくある問題がまだ解決していないと予想した。そして、両部の困惑顔を見て解決していないと確信。
「ぐっ、だが、あと少しで」
「解決してるか、してないかだ。少しとか関係ない」
七宝の言い訳をバッサリと切り捨てた紅葉は、十三束に目を向ける。
「えっと十三束先輩でしたっけ?」
「あ、ああ。執行部二年の十三束鋼です」
十三束は七宝の名や態度に怯える事なく、対応している紅葉を見て少なからず驚いていた。一年なのに度胸があるなと。そんな驚きを気にすることなく、紅葉は言葉を続けた。
「では、十三束先輩。この件は執行部に報告しておきます。先ほども言いましたが、操弾射撃部及びスピード・シューティング部への対応は風紀委員が行います。執行部は巡回に戻ってください」
「わかりました。七宝、巡回に戻るぞ」
ここで異を唱える程、紅葉の言葉は間違っていないので十三束は素直に頷く。そして紅葉の言葉に切られた七宝は俯いていたが、十三束の声がかかるとガバッと勢いよく顔を上げ、ビシッと音が鳴りそうなほど勢いよく紅葉を指差した。
「ああ、わかったさ、風紀委員がくる前に解決すればいいんだろ!やってやるさ!」
そう言い放つと、紅葉に背を向けてスタスタと歩き去っていった。突然の事に固まる紅葉と十三束。先に動き出したのは十三束だった。
「お、おい、七宝!」
急いで七宝を追いかけるために走り出そうとした所で、紅葉が一声かける。
「あー、十三束先輩。しっかりあいつの手綱握ってくださいよ」
「善処する!」
そこは任せろだろ、と走り去って行く十三束を見ながら、本日何度目かわからないため息をついていた。
『お疲れ様です』
そこに、インカムに付いているカメラから一部始終を見ていた泉美から労いの言葉を聞いて、少し疲れた気持ちが和らいだのを感じた。
「ああ、泉美も即座に対応してくれてありがとな」
泉美はスピード・シューティング部の演習時間を即座に計算して、スケジュールを修正してくれていた。
『っ。いえ、あの程度は、当然です』
泉美は紅葉から愚痴が返ってくると予想していたが、予想を外れて感謝の言葉が返ってきたので、声に照れが混じってしまった。それを隠すように泉美は続ける。
『阿僧祇さん、休憩は終わりです。巡回に戻ってください』
「いやいや、終わってまだ五分も経ってないぞ。そもそも休憩に入ったとさえ思って『終わりです』……イエス、マム」
ピシャリと言い切られ、紅葉は了解するしかなかった。
まさかのオリキャラその3
人物紹介は、作中で阿僧祇くんの情報が半分程出揃ったら作ります。
まだ、得意魔法さえ判明してませんから