ゼロからのシンデレラ   作:powder snow

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第七話

「今日のお茶請けはオランジェットだよ。フランスのお菓子なんだって。どう? ちょっとお洒落でしょ?」

 

 もはや恒例になりつつある光景。手狭な事務所の応接室に楓と綾霧、そして社長の三人が集まっていた。

 何をしているのかといえば、休憩を兼ねた午後のお菓子タイムの最中である。例の如く楓と綾霧が並んで座っていて、対面に社長が陣取るという形で、その彼女がテーブルにお菓子を広げたところだ。

 

「へえ、珍しい感じのお菓子ですね。フルーツ素材かな? 社長ってフランスが好きだったんですね」

「好きっていうか、知り合いにフランス人とのハーフの娘がいてさ、その子の影響で最近そっち系のお菓子にハマってるんだ」

 

 綾霧の質問に答えながら、社長が一つを手に取ってそれを口に放り込む。

 オランジェット――オレンジピールにチョコレートをコーティングしたシンプルなお菓子で、見た目的にも色合いのコントラストが鮮やかである。

 オレンジを輪切りにしたタイプのものもあるが、今並べられているのはオーソドックスなスティック状のものだ。

 

「うんうん。この苦味と甘みのバランスが絶妙で癖になるんだよねぇ。さあさあ楓ちゃんも食べてみて!」

「はい、では頂きます」

 

 社長に促された楓が、一本を手に取りそれを口へと運んだ。途端、チョコレートの甘さが舌を刺激する一方、ほろ苦い風味が合わせて口内に広がっていく。

 単純な甘みを味わうだけじゃない、大人向けなお菓子だなと楓は思った。

 

「どうどう? 美味しい?」

「ええ、風味が良くて美味しいです。なんと言うか……シックな感じがとてもしっくりきて、気に入りました」

「あはは、なにそれ楓ちゃん。もしかしてオヤジギャグ? 面白いっ!」

 

 個人的なツボに入ったのか、社長がケラケラと楽しそうに笑い声を上げている。内容よりも楓がそういうことを言ったという事実が受けているのかもしれない。

 自身のプロデューサーである綾霧の前以外ではあまりダジャレを言わない楓だが、少しづつ彼以外の人にも披露するようになっていた。もちろん、彼女なりに相手との距離感を計った上でのことではあるが。

 

「あー、番茶がうまいっ! おかわりっ!」

 

 そこは紅茶じゃないんだ。なんて心の中で突っ込みながら、お茶を煽る社長を横目に、綾霧もテーブル上のお菓子へと手を伸ばしていった。

 

「そうそう。楓ちゃん宛てにファンレター届いてたんだ。見る?」

「ファンレター? 私にですか?」

「うん。こないだのデビューライブを見た人達からじゃないかな。三通だけど」

 

 そう言って社長が鞄から大きめの封筒を取り出した。事務所のロゴが入っているので、その中に送られたファンレターが収められているのだろう。

 対面から差し出された封筒を楓が両手で丁寧に受け取る。

 

「……」

「今開いてもいいよ。っていうか見たら? きっと楓ちゃんの力になると思うから」

「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 社長に促され、楓が封筒を開く。中には言われた通りに三通分のファンレターが収められていた。それぞれ違う封筒に収められたレターには“高垣楓さま”へときっちり記されていた。

 まず楓は三通の中から一つを選び取ると、中から二つ折りにされた便箋を取り出す。

 可愛いキャラクターが付与された便箋には、楓のライブを見て感動した旨の内容と、これからも頑張って欲しいといった応援メッセージが書き込まれていた。

 視線を便箋へと落とし、ゆっくりと書かれている文字列を追っていく楓。

 手書きで彩られたファンからの手紙。最初は恐る恐るといった感じで目を通していた楓だが、内容を読んでいくにつれて表情が明るいものに変化していく。

 一通目を読み終え、二通目を読み、そして三通目に目を通し終わった後には、彼女はとても充足感に満ちた笑顔を浮かべたいた。

 

「どうやら高垣さんにとって良いことが書いてあったみたいですね」

 

 楓の表情を見るだけで、書いてあった内容も推し量れるというもの。担当アイドルが喜んでいる姿を眺めるのは、プロデューサーとしてのご褒美足り得る光景である。

 

「……とても暖かいものを感じました。うまく言葉にはできませんけれど、これからも頑張ろうって。活力を貰ったような」

「きっと相手のファンも高垣さんに活力を貰ったんだと思いますよ。実際にライブを見て、楽しくなって、感動して。その頂いた気持ちを相手に伝えたい。返したい。そんな率直な思いが筆を取らせたんだと思います」

「なんだか素敵、ですね」

 

 大切な宝物を扱うように、ファンレターを抱く楓。

 

「これがプロデューサーの言っていたファンと共に歩むっていうことなんでしょうか。私、少しだけですけど、アイドルっていう職業がわかったような気がします」

「続けられそうですか、高垣さん。これからもアイドルとして」

「ええ。その為にも色々と頑張らなきゃですね。レッスンとか」

「特にダンス、ですかね。振り付けも」

「……はい。体力つけないと」

 

 綾霧にそう答えてから、再び便箋に目線を落とす楓。それから文面の一部分に人差し指を添えて

 

「見てください、プロデューサー。歌に感動しましたって! ファンになりましたってっ! これからも頑張ってくださいって書いてます」

「マジでベタ褒めじゃないですか。……まあ俺の個人的な意見としても最高のライブだったと思いますし、一曲だけだったのが残念なくらいで」

「……。また、歌ってみたいな。緊張すると思いますし、正直まだ怖いって思う部分もありますけど、いつかファンの前で……また」

「俺が場を整えてみせますよ。すぐに……とは約束できませんけど、絶対に」

 

 そしていつの日かトップアイドルヘ。

 今は願望に過ぎないが、楓ならその場へ至れると綾霧は信じていた。 

 

「期待しててください、高垣さん!」

「お願いします、プロデューサー」

「いやはやアンタ達、仲良いねぇ。まあ良いことだけど」

 

 二人のやり取りをニヤニヤと目を細めて眺めていた社長が横から口を挟んできた。ただ別に茶化してやろうとか、そういう意地悪な意思からではなく、単純に他に話題があったからなのだが。 

 社長は一旦場を仕切りなおすかの如く、お茶を啜って間を取ってから、綾霧に爆弾発言をぶつけてきた。

 

「というわけでだ綾霧。アンタに新しい仕事を一つ頼みたい」

「……新しい仕事? またお使いですか?」

「ノンノン」 

 

 彼の質問に対して人差し指を振ることで否定する彼女。それから社長は

 

「新たにアイドルをスカウトして来て欲しい。楓ちゃんに次ぐ二人目のアイドルをね!」

 

 と宣言するように言い切ったのだった。

 

「ほら、楓ちゃんが思ったより順調に進んでるからね。デビューライブの評判が上々だったおかげか新しい仕事も入ってきてるじゃない? アタシとしては次の手を打っておきたいわけ」

「それが新しいアイドルのスカウトですか?」

「そそ。オーディションもするけどさ、アタシはアンタの人を見る目ってのに期待してるんだ」

 

 困惑気味の綾霧を激励するように、社長がそう断言した。

 

「まだまだ在野には磨かれるのを待ってる原石達がいるとアタシは思ってる。その娘達をアンタに見つけてきて欲しい。未来を担うアイドル達をね!」

 

 


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