ゼロからのシンデレラ   作:powder snow

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番外編第四話

「あら、着信が」

 

 夜の住宅街を歩きながら、楓が目線を手元のバッグに移す。そこから取り出したスマホは耳慣れた音楽を奏でていて、誰かから着信が入っていることを彼女に教えてくれていた。

 

「はいはい、電話にでるわ」 

 

 楓は画面で相手の名前を確認すると、さっと耳元にスマホを近づける。

 

『もしもし、あ、早苗さん。今ですか? ええ、ちょうど向かっているところですよ』

 

 楓が歩みを進める度に、カツカツとアスファルトを叩く靴音が響いてくる。そういう些細な音が耳で拾えるくらい、辺りは静けさに満ちていた。

 

『すぐ近くまで来ているので、程なくお伺いできるかと。あ、はい。プロデューサーも一緒です』

 

 そう言った楓が、目線を隣にいる綾霧に向けた。彼は両手に中身がいっぱいに詰まったビニール袋を提げているので、視線だけで楓に応えた。

 

『ふふっ。差し入れを沢山買ってきましたから、楽しみに待っていてください。え? お酒ですか? それは……内緒にしておきます』

 

 チラっと楓が綾霧の提げている袋へと視線を向けた。そこには缶ビールを含めて幾つかのお酒が見え隠れしている。

 

『えー、いじわるじゃありませんよぉ。一種のサプライズ? かしら。はい、はーい。もうちょっとだけ待っててくださいね』

 

 そう締めくくって楓が電話を切った。それを見届けてから、綾霧が彼女に声をかける。

 

「今のって片桐さんですか?」

「ええ。先に始めちゃってるから、早く来ないとお肉なくなっちゃうわよって」

「お肉って、なんだか片桐さんらしいですね」

「ですね。私はお肉よりもお酒派ですけど、プロデューサーはお肉のほうが好きなんじゃありません?」

「どうだろ。どっちも好きだけど、焼肉とか最高だと思ってますよ。お酒にもご飯にも合うし」

「ビールと焼肉とか相性抜群ですよね。そうそう。さっきの電話で早苗さんも“楓ちゃん、もちろんお酒の差し入れはあるんでしょうね!?”って凄く気にしてましたし」

「あー、それで内緒、サプライズですか。……うん。なんか話してたらめっちゃ食べたくなってきた。なくなるとは思わないけど、少し急ぎましょうか」

「はーい」

 

 綾霧に向かって楓が軽快な声で返事を返す。

 二人は今、安部菜々の自宅……もとい、ウサミン星に向かっている最中なのである。目的はいわゆる宅飲みで、家主の菜々の他に瑞樹、早苗を加えて五人で飲み明かそうという趣旨の集まりがあるのだ。

 既に瑞樹、早苗は菜々の部屋に行っているようで、少し遅れている二人に確認の電話が入ったというわけである。

 

「お酒――缶ビールに日本酒、他にも買ってきましたし、歓迎されること受け合いですね」

 

 そう言った綾霧が、左手に提げている袋を少し持ちあげる。その動作の過程で、カチンと瓶同士がぶつかり合う甲高い音が鳴った。ちなみに反対側の袋には、お酒の当てである御つまみ系統の食材が入っていた。

 

「そういえば、楓さんって菜々さんの家にお邪魔したことあるんでしたっけ?」

 

 並んで歩きながら、綾霧が楓に話題を振った。 

 

「ええ。伺ったことはありますよ。冬にお鍋を囲んだりとか」

「鍋かー。それは楽しそうですね」

「雰囲気はいつもの飲み会とあまり変わりませんけど、菜々さんのお部屋だとついつい飲み過ぎちゃって。落ち着くっていうんですか? なんだか安心しちゃうんですよね」

「なんかわかる気がするなぁ。菜々さんって包容力があるし、世話好きだし、温かい感じがしますよね。こういうの母性っていうのかな?」

「ふふっ。それ、菜々さんが聞いたら少し困った顔をすると思います」

「そうですか?」

「だって“17歳”ですから」

「……あー、じゃあ内緒ってことで」

「どうしようかしら。――あ、そこの角を右に曲がればすぐですよ、プロデューサー」

 

 楓が目線を動かしながら、綾霧を目的地へと誘導する。

 果たして彼女の言った通り、角を曲がると二階建てのアパートが一棟、綾霧の瞳の中に飛び込んできた。

 

「そのアパートの二階が菜々さんのお部屋ですよ。廊下の一番奥からひとつ手前の部屋です」

 

 お世辞にも立派とは言い難い外観。アパートという名が示す通り、外からでも各部屋の扉が見える仕様で、今の楓の説明だけで綾霧はすぐに菜々の部屋を特定することが出来た。

 次いで綾霧は、建物の端に設置されている階段へと目を移した。こちらも人が一人通るのがやっとというくらいの狭さで、階段というよりはタラップに近い構造になっている。

 ぱっと見ただけでも色々と不便が感じられる作りではあるが、その分家賃がかなり安い。長く売れない地下アイドルをやっていた菜々の苦労が垣間見える一棟である。

 

「けっこう急な階段ですから、気をつけてくださいね、プロデューサー」

 

 先に階段へと足を踏み入れた楓が、後に続く綾霧へ注意を促す。実際彼女の言う通り、手すりを持っていないと危ないと感じるくらい傾斜のある階段だった。

 

「これは足腰が鍛えられそうだ……っと」

 

 冗談を口にしながら上っていく綾霧。彼や楓が足を踏み出す度に、タンタンタンという軽快な音が辺りに響き渡る。

 そうして二階へと到達した二人は、菜々の部屋の前まで歩くと軽く扉をノックした。途端、部屋の中から“はいはーい”という子気味の良い返事が返ってくる。

 

「あー、えーと、プロデューサーさんですよね? 鍵、かかってませんから、勝手に入っちゃってください!」

 

 中からの返事を受けて、楓と綾霧が扉の前で顔を見合す。その一瞬後で表情を綻ばせると、綾霧がゆっくりと扉を開いた。

 

「こんばんは。お邪魔しま――」

「やっっっと来たわねっ、プロデューサー君!」

 

 部屋に入るなり、早苗の甲高い声が綾霧を出迎えた。その弾んだ声から待ちに待っていたという感じが伝わってくる。

 

「もう。あんまり遅いから先に始めちゃってるわよ」

「……みたいですね」

 

 玄関からでも既に宴会が始まっているのは雰囲気で伝わってきていた。というより室内の光景が一部目に入ってきているし、美味しそうな匂いが漂ってきているので、すぐにそれはわかった。

 

「とりあえず中に入って。――いいわよね、菜々ちゃん」

「もちろんですよ~。あ、靴は適当に空いているスペースに脱いじゃってください」 

 

 そうやって玄関に立っている二人に向かって、瑞樹がおいでとばかりに手招きをした。

 

「お邪魔します」

 

 さほど広くない玄関には既に幾つかの靴が並べられていて、残っているスペースは限られていた。綾霧はなるべき邪魔にならない箇所を選んで靴を脱ぎ去ると、部屋の中へと足を踏み入れる。

 だが――

 

「――え?」

 

 ちょっとした驚きの声は綾霧から。

 何故なら、室内には彼の想定していなかった人物が混ざっていたからだ。

 

「こんばんは、プロデューサーさん。お呼ばれしたので来ちゃいました」

 

 室内にいたのは川島瑞樹、片桐早苗、家主である安部菜々。そして普段着に身を包んだ千川ちひろ。

 

「あの、楓さん。知って、ました?」

「ふふっ。これが本当のサプライズかしら」

 

 振り返った綾霧に向かって、楓が茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる。

 こうしていつもの面子にちひろを加えたかたちで宴会がスタートしたのだった。

 

 

 


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