ゼロからのシンデレラ   作:powder snow

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もしも宵乙女のメンバーに川島さんが加わっていたら。
そんなifのお話です。


番外編第一話

「楓さん、大きいほうの鞄、俺が持ちますよ」

「ありがとうございます、プロデューサー。でも重くないですか?」

「大丈夫ですって。これくらい……軽いもんです」

 

 駐車場に車を停めてから、現地へと降り立つ。その際に綾霧は、楓が持ってきていた二つの鞄から大きいほうを選び、彼女から受け取った。特に重量があるというわけではないが、彼も自分用の鞄を持ってきているために楓が気遣ったのだ。

 

「じゃあ、行きましょうか、楓さん。他のメンバーは先に来てるはずですから」

「はい」

 

 よく言えば風光明媚。違う言い方をすれば田舎であったり山奥であったり。綾霧たちの前に現れたのは、普段見慣れた都会の景色とは違った自然が色濃く残る風景だ。

 生い茂る木々の群れ。風に乗って届けられる土と草の香り。ふと耳を澄ませば、近くを流れる小川のせせらぎの音が聴こえてくるようだ。こういう場に立つと、肌を撫でていくそよ風の感覚ですら違って思えてくるから不思議である。

 もちろん道路は舗装されているし、幾つか建物も建っているが、周りの景観が違うというだけで新鮮な気分が味わえるものだ。

 

「素敵なところですね、プロデューサー。空気が澄んでいますし、なにより静かで落ち着きます」

「こういう場所のほうが合宿には向いてるかなと思って。少し歩けば買い物できる場所もありますから、不便も少ないかと」

「そうなんですね。ならお酒が頂けるところもあったりするのかしら?」

「確かあったんじゃないかな。旅館でも飲めますけど、やっぱり現地の居酒屋とか行ってみたいですよね」

「行ってみたいです! 隠れ家的なお店を見つけると心が躍りますし。それにロケとかで遠出して、そこで貴方と飲みに行くのは、私の密かな楽しみのひとつなんですよ。うふふ」

 

 そう言ってにこやかに微笑んでから、楓が彼の腕を取った。ちょうど二の腕あたりに手を回し込んで、くっつくようなかたちで腕を組む。

 

「旅館に到着するまでは、構いませんよね?」

 

 目的地はすぐそこにあるので、辿り着くまでさほど時間はかからない。だからこそ楓は、その短い間だけでも彼に寄り添いたがった。到着すれば、しばらくお預けになってしまうから。

 

「私、今回のお仕事、とても心待ちにしていたんです」

「普段とはちょっと毛色が違うから?」

「それもありますけど、こういう風に最初から最後までみなさんと一緒に過ごすことって、最近あまりなかったから」

「ああ、そっか。ロケにも途中から入ったり、逆に途中で抜けたりとか頻繁にありますからね」

 

 楓に限らず、人気の高いアイドルは、どうスケジュールを組んでもひとつの現場に居続けるということは困難で、出番が終われば次の場所へ移動する、なんてことはよくある光景だった。だが今回はユニットを組んでの合宿なので、全員で最後まで行動を共にすることになっている。

 それが彼女は嬉しいのだろう。

 

「それと今回のメンバーの中では私が最年少ですから、あまり気負わなくても済むかなって」

「あれ? 楓さんが一番下になるんでしたっけ?」

「そうですよ。メンバーが私と川島さんと早苗さん。あと心さんと美優さんと菜々さん。ほらね?」

 

 メンバーの名前を連ねてから、楓がちょこんと可愛く小首を傾げてみせた。

 今回は“お正月を彩る楽曲、そしてそれを歌うのに相応しい大人なアイドル”というテーマが掲げられていて、そのコンセプトに合った人選がなされていた。

 大人なアイドルをという経緯から、綾霧の部署を中心にユニットメンバーが選抜されていたが、他の部署からもアイドルが参加している。

 彼は頭の中にあるプロフィールを参照してから、確かにそうだなと頷いた。 

 

「なるほど。佐藤さんと三船さんって俺たちのいっこ上でしたね」

「ええ。ですから今回は私がみなさんの妹分なんです。ふふっ」

 

 年長者として頼られるのも悪くはないが、やはり瑞樹や早苗と言った気心の知れた仲間と仕事をするのは、楓としても動きやすくて楽しいのだ。ましてやユニット内で年齢が一番下となれば、多少のお茶目もワガママも大目に見てもらえる……かもしれない。

 

「妹分でもセンターですからね、楓さん。そこはしっかりとお願いします」

「わかってます。プロデューサー、ユニット名は宵乙女でしたよね?」

「ええ」

「素敵な響き。――宵に咲く花のように遅咲きであったとしても、乙女のようでありたい。そういう気持ちを込めて、歌いますね」

 

 そんなふうに会話を交わしながら、二人は旅館までの道程を並んで歩いて行った。

 

 

 少し時間を遡って、楓と綾霧が向かっている旅館には、既に瑞樹と早苗、そして心と美優というアイドル四人の姿があった。

 部屋割りは楓と瑞樹と早苗が同室で、心と美優の二人に菜々を加えた三人が隣の部屋で一緒。更に隣に綾霧が一人だけというかたちになっていた。

 その自分達の部屋に荷物を置いた心が、早速とばかりに早苗たちの部屋を訪れたところだ。

 

「あっれー? はぁとたちの部屋と間取り一緒なんだー?」

「そりゃ一緒でしょ。隣同士の部屋なんだしさ」

「そうなんだけどー、ちょっと意外性? みたいなのが欲しかったなぁ、なんて☆」

 

 部屋に入って室内を一瞥した心が、率直な感想を洩らした。それに答えた早苗に対して、心はてへっと可愛く舌を出してオチをつける。

 佐藤心――346プロダクション内で成人組みにカテゴリされているアイドルで、年齢は楓のひとつ上である。

 腰まで届くほどの長い金髪が特徴的だが、普段は上部で纏めてツインテールにしていた。また楓ほどではないが身長は高く、スリーサイズは、ぼん、きゅ、ぼん♪(プロフィールにそう記載されている)そして一人称がはぁとという、ちょっと変わったスタイルの女の子である。 

 その心が、あーどっこいしょという掛け声を呟きながら、テーブル付近に腰を下ろした。

 

「あの……心さん。旅館の部屋に意外性を求めてもガッカリするだけだと思いますが」

 

 少し遅れて部屋に入ってきたのは三船美優。

 こちらも成人組みにカテゴリされているアイドルで、傍目に見ても落ちついた雰囲気を醸し出していて、少し儚げに映るほどである。ちなみに元OLで異業種からの転職組みだ。

 

「んもう。美優ちゃんは、相変わらずカタいなぁ☆ 旅行なんだから、色々楽しんでなんぼだぞ☆」

「旅行ではなく、お仕事で来たはずですが……」

「そうだけどぉ」

「まあ砕け過ぎるのもアレだけど、あまり固く構えても仕方ないわよ美優ちゃん。リラックスして望めるようにって、プロデューサー君がここを用意してくれたんだろうし」

「……川島さん」

「取りあえずお茶でも淹れて落ち着きましょうか。あと早苗ちゃん。いきなり冷蔵庫を開けてどうしたの?」

「いやぁ中に何が入ってるか気になっちゃって」

「そう。でもリラックスしてとは言ったけど、いきなりビールとか駄目よ。さすがに」

「や、やーねぇ。さすがのあたしでもそこまではしないわよー、あはは!」

 

 早苗が渇いた笑い声を上げながら、瓶ビールに伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。それを見届けてから、瑞樹もテーブルについて腰を下ろした。

 

「あの、川島さん。今回のメンバーってこの四人だけじゃないんですよね? 残りのメンバーは現地についてから教えてもらえると窺っていまして」

「そうね。ちょっと到着が遅れてるみたい。一人はプロデューサー君が向かえに行ってるから、もうすぐ来ると思うけど」

「誰かご存知だったりしますか?」

 

 心の隣に腰を下ろしながら、美優が瑞樹に尋ねる。

 

「ええ、知ってるわよ。来るのは二人で、楓ちゃんと菜々ちゃんね」

「あら、意外な人選……」

「美優ちゃん。そんなに不思議?」

「え、ええ。楓さんは納得ですけど、菜々ちゃんは17歳……でしたよね?」

『え!?』

 

 瑞樹と早苗と心の声が綺麗にハモった。

 

「今回のお仕事の企画書には、大人なアイドルユニットをと書かれていましたから。てっきり成人しているアイドルが来るのかと……」

「成人……アイドル……」

 

 瑞樹と早苗が呟きながら顔を見合わせる。二人は菜々と同じ部署だし、心は菜々と一緒にユニットを組んで仕事をしたことがある。だから当然“知っている”のだが……。

 

「あの、私、なにかおかしなことを言ってしまいましたか……?」

 

 場の空気が変わったことに気付いたのか、美優が自分に非があるのではと少し狼狽する。それを瑞樹が明るい口調で否定した。

 

「ううん大丈夫よ。そうね。きっと年齢よりも楽曲のイメージに合っているか。そのあたりが重要視されたんじゃない?」

「楽曲の……イメージ」

「ほら、菜々ちゃんって年齢のわりにしっかりしてるじゃない? 気配りも出来るし。ねえ早苗ちゃん?」

「え? そ、そうね。うん、きっとそうだわ! プロデューサー君に聞いてもそう言うと思うわ……よ?」

「はあ。そういうものなんですね」

 

 一応は納得したのか、美優が追求の矛を収める。元からガツガツいくようなタイプではないため、答えらしきものをもらえば、表面上は引き下がってしまうのだ。

 

「その二人が来るまでまだ少しかかりそうだし、お茶でも飲んで時間を潰しましょ。ガールズトークでもしながらね!」

 

 早苗自身もテーブルにつきながら、そうやって一連の流れを締めるのだった。

 

 

 


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