ゼロからのシンデレラ   作:powder snow

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第三十四話

 居酒屋に顔を揃える三人の現役アイドル。こう表現すると不穏当な印象を受けてしまうが、この三人に限っていえば特に珍しい光景というわけではない。

 全員年齢は二十歳を超えているし、こういう場所にも慣れている。

 お酒が好きで、居酒屋が似合う大人なアイドル。お察しの通り、メンバーはいつもの面子――楓に瑞樹、そして早苗の三人だ。

 

「ぷっはぁ~! やっぱり最初の一杯はビールに限るわね! こうジョッキを傾ける瞬間が最高なのよ」

 

 ビールがなみなみと注がれた中ジョッキ。その中身を一気に半分ほど飲み干した早苗が、輝く笑顔を浮かべている。まさに彼女にとって至福の瞬間なのだろう。

 

「最初の一杯ね。じゃあ二杯目はなんにするの、早苗ちゃん?」

「もちビールよっ!」

「……そう。わかってはいたけど、やっぱりビールなのね」

「まあ他のお酒でもいいんだけど、最低三杯はいっとかないと、なんか調子出ないのよねぇ」

 

 ビール党の早苗らしい返答である。尋ねた瑞樹も一杯目はビールなのだが、このあたりは付き合い的な意味が大きい。当然の如く楓も最初の一杯はビールを頼んでいた。

 

「乾杯も終わりましたし、二杯目からは各々好きなものを頼むいつものスタイルでいきましょう。ふふっ」

 

 既に日本酒を頼む気満々なのか、楓が両手を合わせてニコニコと朗らかな笑顔を浮かべている。

 現在三人がいるのは居酒屋に設えてある座敷で、襖を開けて出入りするかたちの個室となっていた。中央に四人掛けのテーブルを配置した小規模な座敷なので、どちらかと言えば手狭なのだが、四方を壁に囲まれているぶんちょっとした内緒話などがしやすい。

 席順は部屋に入って手前に瑞樹と早苗が座り、対面に楓が腰を落ち着けるスタイルとなっている。既に注文は済んでいて、幾つかの料理はテーブルに並んでいる状態だ。

 

「そうだ楓ちゃん。道中でちょっと気になったことがあったんだけど、聞いてもいい?」

「なんですか、川島さん?」

「バッグに見慣れないアクセサリーがついてるの見てね。新しいバッグチャームでも買ったのかなって」

「ああ、これですか?」

 

 空いている席に置いてあった自身のバッグを手に取った楓が、それを対面の瑞樹に見せる。そこにはガラスの靴をあしらったアクセサリーが結び付けられてあった。

 

「そう、それそれ。ガラスの靴なんて洒落てるじゃない? だから気になったの。でもちょっと前まで付けてなかったわよね?」

「ええ。実はこのアクセサリー、プロデューサーに頂いたものなんです」

「え? プロデューサー君に?」

「はい。このあいだのライブのあった日にプレゼントしてくださって……」

 

 バッグチャームを愛おしげに指でなぞりながら、楓が答える。彼女のバッグについている輝くアクセサリーは、確かにライブのあった日に綾霧から送られたものだ。

 

「大切なものだから家に仕舞っておこうか、それとも飾っておこうかと迷ったんですけど、やはり身近に置いておきたくて」

「へえ。あの日に楓ちゃん宛てにガラスの靴を送るなんて。プロデューサー君も随分と洒落たことするじゃないの」

 

 早苗が感心したように大きく頷いている。あの日が特別な一日だったことは、関係者なら誰もが知っていることだ。

 

「ガラスの靴と言えば、私、今度愛梨ちゃんとクイズ番組の司会を一緒にすることになったのよね」

 

 瑞樹がお刺身に箸を伸ばしながら、ふと呟いた。その声に楓が反応する。

 

「クイズ番組? テレビの特別番組かなにかですか?」

「それがね、レギュラー番組なのよ。タイトルが“頭脳でドン! ブレインキャッスル!”みたいな感じでね。毎回ゲストアイドルを招いて対戦形式で競わせるって話よ」

「面白そうね、それ! そういう形式だったらあたしたちもゲストで出られる日が来るんじゃない?」

「あら、楽しそう。出演した際には、お手柔らかにお願いします、川島さん」

「フフ。身内だからって手加減はしないんだから。あ、楓ちゃん。その時はダジャレは控えめにね?」

「それはどうでしょう? ダジャレに関してはお約束できませんね。ふふっ」

 

 ころころと笑いながら、楓がやんわりと瑞樹からのお願いから逃れた。瑞樹も釘を刺した側だが、たとえテレビ番組だろうと、楓がダジャレを控えるのは無理だろうと思っていたのでダメージはない。

 まあ一応、念の為、希望的観測で言ってみただけである。

 

「……あれで愛梨ちゃんも結構天然だし、その時は色々とフォローに回って疲れそうだわ」

「瑞樹ちゃんならできるわよ。なんてたって元アナウンサーだし」

「川島さんならできますよ。なんといっても元アナウンサーですから」

「私だってはっちゃけたいのよっ!」 

 

 川島瑞樹、魂の叫びである。

 そんなこんなで料理をつまみ、お酒を飲みながら、気心の知れた仲間と他愛もない話をする。こういう時間が居酒屋の醍醐味というものだろう。

 

「あ、お仕事の話なら、あたしもちょっとした変化がありそうなのよね」

 

 瑞樹の仕事の話の流れを引き継ぐような感じで、早苗も自身の近況報告を開始した。

 

「早苗さんもなにか番組に出演するんですか?」

「そうじゃなくて新しいユニットが組めそうなのよ」

「新しいユニットね。それってどんな感じなの、早苗ちゃん?」

「えっとね、この前一緒仕事したユッコちゃん――あ、堀裕子って名前のアイドルなんだけど、そのユッコちゃんともう一人を加えてって感じらしいわ」

「らしいってことは、まだ実際に組んでるわけじゃないのね」

 

 瑞樹が早苗の言葉から状況を推察する。

 

「まあね。でもユッコちゃん、面白くてとっても可愛い子だから楽しみなのよ。それに後の一人が凄くて――」

 

 早苗が後の一人――及川雫について二人に話していく。まだ直接会ったことがないのでプロフィール中心の情報になってしまうのだが、やはり目を引くのはそのバストサイズ。

 

「――おっぱいが凄く大きいのよ」

「あら、まあ」

「あたしもスタイルには自信があるほうだけど、さすがに負けちゃったわ」

「……それは男性の目を引くというか、アイドルとしては大きな武器になるわね」

「よねぇ。胸囲だけに驚異的だってことかしら? あははっ!」

 

 早苗が楓も顔負けのダジャレを言い放って一連の流れを締めた。最近は瑞樹も早苗も時折ダジャレを口走ったりするようになっていたのだが、誰かさんの影響を受けたのは間違いないだろう。

 

「じゃあ、張り切って、二杯目いってみましょうか!」

  

 早苗が宣言してから、店員さんを呼ぶためにブザーを押した。

 そんな感じで二杯目、三杯目とお酒を注文し、追加で料理も頼んでと宴会が加速していく。そんな流れの中で、瑞樹がそろそろ頃合かなと本題に入る言葉を楓に投げかけた。

 

「それで、楓ちゃん。私たちに話したいことってなあに? 相談があるのよね?」

 

 今日の飲み会の主催者は楓であり、二人に折り入って話したいことがあると付き合ってもらっていたのだ。彼女からこういった頼みを受けるのは珍しいので、もしかしたら重大な話なんじゃないかと、瑞樹も早苗も少し構えていた。

 そんな二人を前にして、楓が口を開いていく。

 

「はい。実は……その……」

 

 言い出し難い内容なのか、それとも単純に恥ずかしがっているのか。楓が人差し指をちょんちょんと突き合わせながら俯いてしまう。心なしか頬が紅く染まって見えるのは、飲んでいるお酒の所為だけではないだろう。

 

「なんでも話して、楓ちゃん。あたしたちにできることなら力になるし」

「早苗さん……」

「その早苗さんに任せなさいっ! 伊達に修羅場は潜ってきてないんだから。あ、修羅場って言っても警察に勤めてた時代のガチの修羅場の話だからねっ。とにかく人生相談どーんと来いよ!」

「……ありがとうございます」 

 

 心を決めて今日は二人に付き合ってもらったのだが、いざそれを口にしようとすると、どうしても気恥ずかしさが勝ってしまう。それでも伝えないことにはアドバイスも頂けないだろう。

 瑞樹も早苗も自分を気にかけてくれてるのが、テーブル越しにもしっかりと伝わってきていた。

 

「あの……」 

 

 楓は手元にあるお酒で少しだけ舌を湿らせてから、照れた表情を浮かべながらこう言った。

 

「……実は、真剣にお付き合いしたいなぁっていう人がいて、どうしたら良い返事をもらえるのかと……」

「え? ええええええええええっ!?」

  

 楓の文字通りの告白を受けて、早苗が心底驚いたという風に大声を上げた。それも盛大なリアクションのおまけ付きである。

 

「お、お付き合いってことはアレよね? 男の人とお付き合いしたいってことよね!?」

「……はい」

「え? 誰? 誰なの? あたしの知ってる人かしら? 楓ちゃん、好きな人いたんだ!」

「あの――」

「ちょっと早苗ちゃん。落ち着いて」

「でもこの場合、落ち着けっていうほうが無理じゃない?」 

「驚くのはわかるけど、このままだと楓ちゃんが話せないでしょ?」

「そ、そうね。まずは楓ちゃんの話を聞かなきゃね」

 

 やや興奮気味の早苗を落ち着かせるべく、瑞樹が一旦話の流れを切った。そして早苗の鼻息が収まってきたのを確認してから、対面で頬を赤らめている楓に話の続きをお願いする。

 

「話の腰を折っちゃってごめんね、楓ちゃん」 

「……いえ」

「それで、どうしたの?」 

「その……最初は凄く気になるなぁって感じてて。でもずっと一緒にいるうちに――お話したり、お食事したり、飲みに連れていってもらったり。気付いたら凄く好きになっちゃってたんです」

 

 相手の目を見て話すのが照れるのだろう。少しだけ対面から視線を外しながら楓が思いを綴っていく。

 

「一緒にいると安らぎますし、とても楽しいんです。傍にいるだけで胸が高鳴って……でも逆に会えない時は苦しくて……変、ですよね、私」

「全然。本当にその相手のことが好きなのね、楓ちゃん」 

「……。最近はちょっとした空き時間なんかでもつい彼のことを考えてたりしてて。私、今までこういう気持ちになったことがありませんでしたから、凄く戸惑ったりしたんですけど、もう、どうにも抑えきれなくなってきて……」

 

 喋りながら楓は、全身を凄い勢いで血流が巡っていくのを感じていた。状態としてはお風呂に長時間入ってのぼせたような感じで、既に耳まで真っ赤である。

 楓は両手を頬に添えて、フラつきそうになるのを自分で支える必要に迫られた。

 

「会いたい、会いたいなって。でもあんまり傍にいるのも相手に迷惑なんじゃって思ったり……なんて言うんですか? そういうのも含めて、相談に乗っていただけたらと……」

 

 そこまで喋って喉が渇いたのか、手元のお酒を手に取った楓が、きゅっと中身を一気に煽った。けれどそれだけで渇きが癒されるものではない。

 そんな彼女の様子を眺めながら、瑞樹は内心で楓の想い人の予想がついてしまっていた。

 

「楓ちゃん、ベタ惚れじゃない。でもそれだけ想われて相手の人は幸せね」

「……」 

 

 瑞樹は一呼吸置いてから、その相手を楓に尋ねてみる。

  

「ねえ、それってプロデューサー君のことじゃない?」

「……わかっちゃいますか やっぱり?」

「そりゃねぇ。楓ちゃんともプロデューサー君とも、それなりに長い付き合いだし」

 

 二人を一番身近で見続けてきたからこそわかることもある。そうじゃないかと感じていたし、実は付き合ってましたと報告されたとしても、素直に頷いただろう。

 そういう瑞樹に対して早苗は、話を聞き終わってから大きく一回だけ頷いた。

 

「そっか。楓ちゃん、プロデューサー君のことが好きなんだ。なんか妙に仲がいいなとは思ってたんだけどね」

 

 喋りながらも早苗は、これなら全然問題にすることはないんじゃないのと、若干あっけらかんとした調子でこう続けた。

 

「でもそれならさ、楓ちゃんがプロデューサー君に“私と付き合ってください”って伝えれば全部丸く収まると思うんだけど」

「そうでしょうか?」

「うんうん。絶対そう! だってプロデューサー君、楓ちゃんのこと大好きでしょ?」

 

 見てればわかるわよと早苗が胸を張る。それから隣に座る瑞樹に同意を求めた。

 

「そうよね、瑞樹ちゃん」

「そうよねと言われても……」 

「あら? 気付いてなーい?」

「いや、まあ、プロデューサー君も結構分かりやすいっちゃわかりやすいんだけどね……」

「でしょう? 楓ちゃんはそう思ったことはないの?」

「……いえ、もしかしたらプロデューサー、私のことを好きなんじゃって感じたことは何度かあって……」

 

 仕事上の付き合いだけでは語れない関わりを、二人で幾度も重ねてきたのは事実だ。そこに個人的な感情が差し挟んであっても不思議ではない。 

 

「……好意を持ってくれてるんじゃないかって」

「ね? ずっと一緒にいた楓ちゃんがそう感じてるなら、間違いないわよ。なら後は告白あるのみじゃない」

 

 早苗の言う通りなら、一切なんのハードルもない話である。しかし楓としては綾霧の気持ちを確認したわけではないので、そういう部分で臆病になってしまっても仕方がない。

 

「でも、もしそれが私の勘違いだったらと考えてしまうと……怖いんです。告白してしまうことで、今まで築いてきた良好な関係まで壊れてしまいそうで……」

「そういうものなのかしら?」 

「んー。楓ちゃんの気持ちもわからなくはないけどね。プロデューサー君の気持ちは、あくまで私たちの予想でしかないんだし」

 

 瑞樹が同意を示しながらも、やっぱりと楓にアプローチすることを勧めた。

 

「けどね、楓ちゃん。タイミングとしてはちょうどいいんじゃないかと思うのよ」

「タイミング、ですか?」 

「そう、タイミング。プロデューサー君って結構モテちゃうからね」

「……え?」

「このまま放っておいちゃうと、誰か他の子に取られちゃうか――」

「そんなの嫌ですっ!」

 

 瑞樹の台詞の途中で、楓が悲鳴にも似た声を上げてそれを遮ってしまう。

 

「あ……」 

 

 言葉を無理やり差し挟んだ格好になったことに気付いた楓が、慌てて口元を両手で覆う。それを見た瑞樹と早苗が、顔を見合わせて笑いあった。

 

「あはは。ま、要はアレよね? 楓ちゃんはプロデューサー君の気持ちが知りたいってことよね? そうすれば障害が無くなっちゃうんだから」

 

 早苗からすれば楓が恐れていることなんて杞憂なのだが、行動することで彼女が安心するのなら助けてあげたい。

 そう思った。

 彼女に頼られているのなら尚更だ。

 

「んっふっふ。ここはあたしに任せてみない? 良い考えがあるのよ」

 

 


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