ゼロからのシンデレラ   作:powder snow

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第二十九話

「今日のお茶受けはお饅頭にしてみました。緑茶に合うと思って」

 

 プロデューサーオフィスに陽気な楓の声が響いた。彼女は応接セットのソファに腰掛けながら、テーブルの上に箱入りのお菓子を広げたところである。箱の中には個別に包装された白い饅頭が綺麗に並べられていた。

 

「わ、とっても美味しそうね! ねえ楓ちゃん、早速頂いちゃっても構わない?」

「ええ、どうぞ、早苗さん」

「ありがとっ」

 

 楓に礼の言葉を述べてから、対面に座る早苗が箱の中から一つ饅頭を取り出した。それから丁寧に包装を破り、饅頭を半分ほどをパクっと一口で食べる。

 

「うわぁなにこれ!? 柔らかっ。それに――」

 

 早苗は口の中のものを飲み込んでから、目の前にある湯飲みを手に取り、中の熱い緑茶をずずっと啜った。

 

「はぁ~。優しい餡子の甘さが抜群にお茶に合うわね。これだったら何個でもいけちゃいそう」

 

 ほっこりとした柔らかな笑顔を浮かべる早苗を見て、同席している一同――綾霧に楓、そして瑞樹といういつもの面子――がほだされたように笑顔になった。

 席順は綾霧の隣に楓、テーブルを挟んで対面に瑞樹と早苗という見慣れた配置だ。

 

「んー、でも休憩の度にこうやって美味しいお菓子を頂いちゃってもいいのかしら。いや、毎日この時間が楽しみなんだけどね」

 

 ぽつりと早苗が洩らした言葉に楓と瑞樹、綾霧の三人が顔を見合わせる。その動作が怪訝に映ったのか、早苗が小首を傾げた。

 

「どうしたの、みんな?」

「いえ、前からの習慣というか……」

「以前お世話になっていた事務所の社長さんが甘いものが好きで、こうやって休憩ごとに飲み物とお菓子を用意してくれていたんです」

「で、こっちに来てからもその流れが定着しちゃったって感じかしら」

 

 綾霧の言葉を楓、そして最後に瑞樹が引き継いで説明する。

 別に話し合って決めたわけではないが、最近はもっぱら三人で持ち回りでお菓子を用意するのが常になっていた。

 

「へえ、そうなんだ。そういえば三人は前の事務所から一緒なのよね? どうりで仲が良いと思ったわ」

「今は早苗さんとも仲良しですよ」

「あ~ん楓ちゃん。そう言ってくれるとお姉さん、嬉しくって泣きだしちゃいそうになるわ」

「あら。そうなったらお饅頭に塩味が加わりますね。塩饅頭、どこの名物でしたっけ?」

「もう言ってくれるじゃないの、この、この」

 

 肘で突くジェスチャーをしながら、早苗が可愛く片目を瞑る。その後で手の中に残っていた饅頭の残りをひょいっと口の中に放り込んだ。

 

「それじゃあ明日はあたしの番ね。ふっふっふ。期待しててみんな? とびっきり美味しいお菓子を用意してくるから!」

 

 親指をビシっと立てて早苗が自分に任せなさいと胸を張った。それから張り切って本日二個目の饅頭に取り掛かっていく。そんな彼女に倣って他の面子も饅頭を手に取っていき、和やかな雰囲気で午後のお茶タイムが進行していった。

 

 

 そんなこんなで雑談を楽しんでいた四人だが、自然と会話が目の前にある大きなお仕事――横浜にある国立大ホールで行われるライブのことに集約していった。

 

「オープニングは楓ちゃんや瑞樹ちゃんを含めた九人で歌うのよね、プロデューサー君?」

「はい。先日披露したお願い!シンデレラを最初に持ってくることで、オープニングから観客の心をぐっと掴みにいきます。その日のために新調した純白のドレス、頭には銀のティアラを頂いてもらって、見た目にもインパクトのあるように」

「はぁ~。いいわねぇ。あたしも歌いたかったなぁ」

「別に特定のユニットや誰かの曲というわけでもないので、いつか片桐さんが歌える日もくるかと」

「まあそうだけど、やっぱり羨ましくはなっちゃわ」

「その分の気力をソロ曲にぶつけてもらえれば……」

「そうよね! あたしにはソロ曲“Can't Stop!!”があるわ!」

 

 早苗が立ち上がらんばかりの勢いでぐっと拳を握り込む。Can't Stop!!は今回が初めての披露というわけではないが、大きな会場で歌うとなれば話は別だ。

 やはりアイドルとして大勢の観客の前で歌うことは純粋に嬉しいし、力も入るだろう。

 そんな流れを受けて、瑞樹が前から思っていたことを口にする。

 

「その早苗ちゃんのCan't Stop!!なんだけど、何処となくバブリーな感じを受けるわよね? 私もそんなにバブルって詳しくないんだけど」

「いや、俺も不思議とそんな言葉が過ぎりましたよ」

「でしょでしょ? あたし自身少女の頃にそういう世界に興味があって、憧れててね。だからこの曲をもらった時には歓喜したわ!」

 

 余程自分のソロ曲が気に入っているのか、早苗が目を輝かせながら即答した。そんな彼女の姿を見て、楓が手を頭の高さまで上げてから、ひらひら回転させるように動かしはじめた。

 どうやら何かの真似をしているらしい。

 

「えっとこうやって振り回す扇子みたいなものって何て言うんでしたっけ? ほら、ふわふわした羽根のようなものがついてる――」

「ジュリ扇ねっ、楓ちゃん!」

 

 楓の台詞の途中に割って入るかのような勢いで、早苗が答える。 

 

「そう。そのジュリ扇です。それを持って歌うと凄く似合う気がしました」

「あーいいわね、その案。即、採用! というわけで、お願いねプロデューサー君」

「……いやいや。お願いと言われても今度のライブでは許可できませんよ」

「えーなんでぇ!?」

「そんなに唇を尖らせても駄目なものは駄目ですからね片桐さ…………まあ一応聞いてはみますけど、許可は下りないと思いますよ? その代わり他のイベントなんかで出来るように頑張ってみますから」

「え? 本当に?」

「努力はします」

「本当の本当?」

「本当の本当の本当です」

「男に二言はない?」

「……確約はできませんけど、前向きに俺なりに頑張りはしますよ」

「そう? そこまで言うなら我慢しないでもないかな。じゃあその時が来たらよろしく頼むわね、プロデューサー君」

「……はい」

 

 なにか早苗にうまく丸め込まれたような気がしないでもないが、彼女の問い掛けに綾霧は苦笑を浮かべながら頷いた。その代わりというわけではないが、そんな展開を利用して、内緒にしていたサプライズを一つここで報告しようと話を続ける。 

  

「片桐さんのソロ曲以外にもうちの部署からは楓さんのこいかぜと川島さんのAngelBreeze。それぞれのソロ曲がセットリストに入っています」

「あら。今回はノクターンはなしなの、プロデューサー君?」

「いいえ。もちろん入ってますよ。――デュオユニット“レイ・ディスタンス”の一曲として」

「レイ……」

「……ディスタンス!?」

 

 綾霧の発した言葉を受けて、楓と瑞樹が大きく目を見開いた。初めて聞く単語に心がざわめく。

 こういう類の話は全く想定していなかったからだ。

 

「楓さんと川島さんの正式なユニット名ですよ。……今まで無かったのが不思議なくらいでしたが、この機会にと。気に入ってもらえたら嬉しいんですが」

「――レイ・ディスタンス。RayDistance。……うん。うん。とても良い響きだと思うわ。ねえ楓ちゃん」

「ええ。直訳すると光の距離、かしら。うまく言葉にできませんけど、なんだか私たちらしい感じを受けました」

 

 楓と瑞樹が目線を合わせながら、同時に息をついた。感慨深い思いがその仕草からも現れている。

 

「ありがとうございます、プロデューサー。とても嬉しいです」

「本当、ありがとうプロデューサー君。出来ればこの調子で二曲目もお願いしたいところだけど」

「それは、はい。まあ、追々に……」

「うふふ。期待してるからね」

 

 瑞樹の要求に曖昧な返事を返しながら、綾霧が頭をかいた。ちょうどそのタミングで、扉をノックする渇いた音が室内に響いてくる。

 どうやら来客のようだ。

 

「はい、どうぞ。空いてますよ」

 

 綾霧の返事から数秒送れてゆくりと扉が開かれる。そこに立っていたのは、封筒を小脇に抱えた千川ちひろだった。

 

「あ、お疲れさまです、プロデューサーさん。良かった。こちらにいらしたんですね」

「お疲れさまです、千川さん。こちらにってことは、俺を探してたんですか?」

「はい。ちょっと頼みたいことがあって」

 

 失礼しますと一声かけてから、ちひろが室内へと入ってくる。彼女はそのまま綾霧の元まで歩いていくと、彼の目の前で立ち止まった。その姿を見上げながら綾霧は、ちひろが頼みというなら仕事の関係だろうと当たりをつける。

 

「なにか急な仕事でも入りました?」

「お忙しいのは重々承知なのですが、プロデューサーさんに一人、アイドルの面倒を見てもらえないかと」

「面倒を見る? それって俺の担当アイドルが増えるっていうことですか?」

 

 話の成り行きが部署に関わってくるような内容なので、楓たち三人も静かに聞き耳を立てた。

 

「いえ、オーディションに合格したばかりの新人アイドルなので、担当が増えるというよりは育成を中心に文字通り面倒を見てもらえないかと。実は彼女があなたの名刺を持っていたので、こうしてお伺いしたんです」

 

 そう言ったちひろが、持参した封筒から履歴書を一枚取り出した。

 

「名前は鷺沢文香さん。長い黒髪が綺麗な、とても雰囲気のある女の子ですよ」

 

 

 


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