ゼロからのシンデレラ   作:powder snow

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第二十四話

「サインをしなさいん、なぁんて、ふふっ」

 

 テーブルに置いた色紙にサインを描きながら、楓が上機嫌で得意のダジャレを披露する。とは言っても同席している綾霧も瑞樹も慣れたものなので、特に突っ込みはしなかった。ただ早苗だけは興味を引かれたのか、そのことについて彼女に声をかける。

 

「ねえ、楓ちゃんって時々ダジャレを口走ったりするじゃない? もしかしてそういう子なの?」

「ええ、そういう子よ」

「はい、そういう人です」

 

 早苗の質問に対して楓ではなく、瑞樹と綾霧から解答が返ってきた。しかも完全にハモるかのように同時だったので、思わず早苗が吹きだしてしまう。

 

「あはは。なぁにそれ。どうして計ったように同じタイミングなのよ」

「なにって言われても……ねえ、プロデューサー君」

「そうですね。楓さんのダジャレに対してはこういう反応を返すしかないというか……」

「へえ、そうなの。まあでも今の反応で大体のところは理解したわ。楓ちゃんって見かけによらず面白い子なのね」

 

 そう言いながら早苗が楓に視線を向ける。釣られるように綾霧と瑞樹も楓を見て――それを受けて、彼女が可愛らしくちょこんと小首を傾げた。

 

「なんです? この流れで“ダジャレを言うのは誰じゃ?”なんて私が言うと思いました? ええ、もちろん言いますよ。うふふっ」

 

 場の雰囲気もなんのその。定番中の定番のダジャレを披露して、楓が楽しそうに目を細める。

 

「……うん、よっく理解したわ」

 

 早苗の呟きの中に溜息にも似た吐息が含まれていたのを、綾霧は気付かなかったことにしてスルーすることにした。

 

「えっと、話を戻しましょう。サインは一人色紙三枚でお願いします。書き損じた時のために予備は多めに用意してありますから、大胆にやっちゃって大丈夫です」

「心配いらないわよ、プロデューサー君。私たちだって仮にもアイドルなんだから。書き損じたりなんてしないわ」

「まあ、念の為ってやつです」  

 

 プロジェクトルームに楓、瑞樹、早苗、そして彼女たちの担当プロデューサーである綾霧の四人が集まっていた。綾霧と楓が並んで座っていて、テーブルを挟んで対面側に瑞樹と早苗が腰を落ち着けるいつものスタイル。

 で、集まって何をしているのかと言えば、先ほど綾霧が言ったようにアイドル全員で色紙にサインを描いている最中なのである。近々催されるプロダクション単独のイベントで、来場したファンにプレゼントされるのだ。

 

「でも一人三枚だと全然足らなくない? もっとどばーと書いちゃってもいいんだけど」

「一応抽選の目玉ですので。希望者のみ当選後に配送する形ですけど、恐らく応募は殺到するんじゃないかと」

 

 イベント記念の特別色紙にアイドル直筆のサインとなれば、欲しいファンは多いに違いない。

 

「そっかぁ。ならより心を込めて書かないとね」

 

 一応納得した早苗が、改めてペンを手に取り色紙に向かい合う。それからきゅっきゅっと自身のサインを丁寧に描きながら、思いを語り始めた。

 

「私、サインを書くのって好きなのよね。こうペンを走らせていると、なんかアイドルになった実感が沸くっていうか」

「それ、わかるわ。純粋に楽しいのよね。あとアイドルに成り立てで書き慣れない頃なんて、自宅で意味も無く練習しちゃったり」

「あるある! あたしもノートにびっしり書いたもの。後で見返すと凄く恥ずかしいのよね、アレ」

「いわゆる黒歴史ノート的なアレかしら?」

「なに言ってるの。まだ黒歴史にするには早いわよ、瑞樹ちゃん」

 

 アイドルの描くサインの中には色々と個性的なものも多く、その人物の人となりが文字となって現れたりもする。筆記体で流麗に描いたり、自身のパーソナリティーを文字列にうまく取り込んで表現したり。そんな中にあって早苗も瑞樹も、漢字で縦書きというわかりやすいスタイルでサインを描いていた。

 瑞樹のサインに添えられている小さなハートマークが実に彼女らしい。

 それらを眺めていた楓も、サインについての話に乗ってくる。

 

「私、書くのもそうなんですけど、サイン会とか好きなんです。ファンの人と直に触れ合えますから」

「へえ、楓ちゃんもそうなんだ? 確かに目の前で相手の笑顔を見られるのって嬉しいわよね!」

「ええ。初めて頂いたお仕事が握手会で、そういう雰囲気が好きになったっていうのもありますけれど」

「いいわよね握手会。あたしなんて“ボディーチェックよー!”ってやりすぎて怒られちゃったわ」

 

 早苗が共感したようにうんうんと頷いている。ちなみに楓のサインもまた漢字で縦書きという二人と同じスタイルである。しかもより実直な感じで、筆で描いたような力強さが表現されていた。

 

「初めてのお仕事かぁ。楓ちゃんもやっぱり緊張したの?」

 

 瑞樹が描く手を止めて、楓に目線を移す。同じ事務所にいたが、楓がデビューしたての頃を瑞樹はあまり知らないのだ。

 

「そりゃしますよ。経験もありませんでしたから。プロデューサーにお願いして事前に握手の練習をしたりして」

「へえ、そうなんだ。でも二人が向かい合ってる場面、なんとなく想像できるわね」

「そうですか?」

「うん。きっとお見合いのように緊張しておっかなびっくり握手してたんじゃないかってね」

 

 クスクスと口元に手を添えて瑞樹が笑っている。実際緊張して、綾霧と楓が頭をぶつけ合ったなんてこともあったのだ。それを思い出したのか、二人がなんとも言えない微妙な表情で見つめ合っている。

 ちょうどそんなタイミングで、室内に外から扉をノックをする音が響いてきた。それを聞いた綾霧が扉を開けるべく立ち上がる。

 

「あ、はい、今、開けます」

 

 別に鍵はかかっていないのだが、中から開く意思があることを伝えるために、綾霧が少し大きめの返事を返した。この部屋を頻繁に訪れる人物は既に全員室内にいたからだ。

 綾霧は扉までの距離を小走りに駆け、それからゆっくりと開いていく。

 果たしてそこには、ダンボールを両手で抱えた千川ちひろが佇んでいた。

 

「こんにちはプロデューサーさん。扉、開いてくれて助かりました。両手が塞がっていてノックするのも苦労しましたから」

 

 うんしょっと両手で抱え込むようにしてダンボールを持っているちひろ。それを見た綾霧が、肩代わりを申し出る。

 

「それ、俺が持ちますよ」

「いいんですか? ありがとうございます」

「テーブルの上まで運ぶので構いませんか?」

「はい。そんなに重くはないですけど、気をつけてくださいね」

「了解っ」

 

 ちひろからダンボールを受け取り、綾霧がしっかりと両腕で抱え込む。彼女の言ったようにそこまで重量は感じなかったが、ダンボール自体が大きめなので、小柄なちひろが運ぶよりはいいはずだ。

 少しの距離ではあるが、こういう気遣いは大切である。

 

「んっしょっと。ふう」

 

 テーブルの空いている箇所にダンボールを乗せて、綾霧が息を吐いた。

 

「ありがとうございます、プロデューサーさん。……あら、皆さんサインを書いている最中だったんですね」 

 

 綾霧の横を歩いてきたちひろが、テーブルに広げられているサイン色紙を見て、ぱっと両手を合わせた。

 

「皆さん、綺麗に描くものですね。素敵です。私もサインとか書いてみたいんですけど……欲しがる人なんていませんよね」

 

 照れたように笑ってから、ちひろが運んで来たダンボールに手を掛けた。そしてゆっくりと上部を左右に開いていく。やはり中身に興味があるのか、綾霧たち四人の視線がそこに集中した。

 

「えっと、なにかしらこれ? 白い……封筒?」

「はい。特製の白封筒ですよ。返信に使ったり、今度のイベントでも使用する予定になってます。実は結構評判良いんですよ」

 

 瑞樹の呟きにちひろが少し説明を付け加える。

 ダンボールの中には大きな白い封筒がギッシリと詰まっていた。ちひろの言葉を借りれば、上質な紙を使っているので、受け取った人からは好評を受けているとのこと。

 ただそんな中にあって綾霧だけは、何故か眉根を寄せた難しい表情を浮かべていた。

 

「…………白い封筒、か」

「どうしたんですか、プロデューサーさん? この封筒がなにか?」

「いえ、これ自体には特に。ただ発送する際に“当たり”だと色がついたり刺繍が入ったりするのかなって」

「え? 別にそんなことはありませんけど。全員平等に普通に白封筒ですよ?」

「全員平等に……白封筒!?」

 

 ちひろの言ったフレーズがどうしてか綾霧の心に強く突き刺さった。だが楓たちアイドル三人は平然としているので、気にかかったのは彼だけのようだ。

 きっとこれは、プロデューサー独特の職業病のようなものに違いない。

 

「まあ封筒の話は置いておいて、プロデューサーさん、この間出してもらった企画書の件なんですけど」

 

 こちらの話が本題だとばかりに、ちひろが柔和な笑みを浮かべながら綾霧に向き直った。

 

「あれ通りそうですよ」

「本当ですか、千川さん!?」

 

 相手に強く踏み込むような勢いで、綾霧が話に食いついた。そのことにやや面を喰らいながらも、ちひろが話を続ける。

 

「ええ。アイドル部門としても元々そういう方向性のことは考えていたようですし、ならやってみようという感じになっているみたいで」

「やった!」

 

 話の内容を受けて、綾霧が小さくガッツポーズを決めている。小躍りするとまではいかないが、かなり嬉しい様子だ。だが楓たち三人は経緯がわからないとばかりに、表情にハテナマークを浮かべていた。

 

「あ、すみません。実は……」

 

 そのことに気付いた綾霧が、楓たちに説明を始めた。彼女たちには、もし話が決定したら伝えようと思っていたので、まだ言葉にしていなかったのだ。

 

「その、ユニット曲というか全体曲というか、そういう感じの象徴になるような曲を作ってみてはという感じで企画を出していたんです」

「全体曲、ですか?」

「はい。ライブとかイベント事とか、そういう時に必ず歌うような曲があればアイドルたちももっと輝けるんじゃないかって」

 

 楓に返しながらもうまく説明するのが難しいのか、綾霧が言葉を選びながら喋っていく。伝えたいことはあるのだが、漠然とした部分があって選択が難しいのだ。

 

「ほら、俺たちって外から来たじゃないですか。だから感じてたっていうか……346のアイドルたちは個々で素晴らしい活躍をしてますけど、全員でひとつのことをっていうのはあまり見た事なくて。まあアイドル部門が出来て間もないってことも関係してるとは思うんですけど」

「だから全体曲なの、プロデューサー君?」

「はい。安直ですけどね。そういう曲があるとアイドル同士の交流も盛んになるんじゃないかなって」

 

 瑞樹に答えてから、綾霧がちひろへと視線を移す。当のちひろはにっこりと笑って

 

「希望はシンデレラを題材にした曲、ですよね? ガラスの靴を履いて、階段を上って。そしていつか輝く日のために。わたしはとっても良いと思いましたよ!」

 

 そう言ったのだった。

 

 

  


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