ゼロからのシンデレラ   作:powder snow

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第十五話

 都内某所にある撮影スタジオ。そこに綾霧と楓の姿があった。本日はあるアイドル雑誌の表紙を飾るべく、朝から二人で撮影に訪れていたのだ。

 ちなみに瑞樹は別行動で、こちらも朝から猛レッスン中である。 

 

「お疲れさまでした、楓さん」

「プロデューサーもお疲れさまでした」

「いや、さすがですね。とっても良い一枚が撮れたと思いますよ。はやく完成した雑誌が見たいくらいで」

「ふふっ、ありがとうございます。昔取った杵柄って言うんですか? モデル時代の経験が活かせたようで嬉しいです」

 

 アイドル群雄割拠時代。それらを彩るアイドル雑誌もまた、多数の出版社から出ている。ネットで情報を素早く得られる昨今であっても紙媒体を好む読者は一定数いて、情報伝達の手段として侮れない存在になっていた。

 そんな数ある雑誌の中の有名誌が、新人アイドルを特集することになり、表紙を飾る人物として楓が抜擢されたのだ。

 その撮影も無事に終わり、二人は挨拶を済ませ今から帰路につくところである。

 

「どうですか楓さん。やっぱり当時とは違った印象受けました?」

「印象、ですか?」

「ええ。やっぱりモデル時代の時とアイドルになった今とでは、同じような仕事をしても感じ方が変わってくるのかなと」 

「ん、そうですね」

 

 思案するように、頬に人差し指を当てたポーズを作る楓。自分の中の変化を言葉にするべく整理しているのだろう。

 彼女は少しそのままの姿勢で考え込んでいたが、一度頷いてから隣を歩く綾霧に視線を合わせてきた。

 

「あの頃は澄まして立っていたらいつの間にかお仕事が終わっていて……そんな毎日でした。私に求められていたのは表現よりは雰囲気。主役はあくまで身に付けている衣装だったりアクセサリーだったり」

「そういうの不満に感じたりしてました?」

「いいえ。割り切ると言ったら語弊があるかもしれませんけど、私自身が感情の表現が苦手だったのもあって、そういうものなんだって思ってました。けれど今は違いますよね?」

「クールで寡黙な、という路線もあるとは思いますが、やはりファンとの距離が近い分、アイドルは表現豊かなほうが好まれますから」

「ですよね。例えば笑顔とか」

 

 そう言って楓が微笑む。それは花が咲いたような優しい笑みで、隣で見ていた綾霧をドキっとさせた。

 

「でも実を言うと未だに苦手意識はあるんです。特にダンスや歌を通じて表現するなんてことはまだまだ難しくて。これも自分を表現するのを疎かにしてきたツケなんでしょうけれど」

「出会った頃の楓さんには確かにそういうところもあったと思います。でも今は楽しい時は笑って、喜んで。そういう感情表現が自然に出来るようになったんじゃないですか?」

「本当ですか? 嬉しい。でもそれはきっと私にとって楽しいことが増えたからだと思います」

 

 何気ない変化。それを見つけて感じてくれている人がいる。それは楓にとってとても嬉しいことだった。

 

「苦しいレッスンもあります。苦手なお仕事も。でもそれらを通じて自分が変わっていける、変わってもいいんだって思えるようになったのは成長だと感じました。――全部貴方のおかげですよ、プロデューサー」

「俺は……そんな大それたことなんてしてませんよ。今があるのは全部楓さんが努力した結果です。頑張ったからです」

「でも私の手を引いてくれたのは誰ですか? 背中を押してくれたのは?」

「それは――」

「アイドルになって良かった。心からそう思えるのは隣に貴方がいてくれたから。だから今日のお仕事も、私は楽しいって感じられましたよ。それが先ほどの問いに対する私の答えです」

 

 弾むような声音でそう断言する楓の姿に、綾霧は何処か面映ゆいものを感じずにはいられなかった。成果を褒められて嬉しいのは楓だけではない。

 ましてやその相手が彼女なら尚の事だ。

 

「……楓さん。ここを出たら川島さんのところへ行きましょうか。なにか喜びそうな差し入れでも持って」

 

 心臓が高鳴って、全身に血が巡る感覚がする。きっと今の自分は顔が赤くなっているに違いない。そう思った綾霧は、半ば照れ隠しに話題を変えることにした。

 

「差し入れ……差し入れ。あぁ、寝具や衣類なんかを仕舞っておける――」

「……それは押し入れです」

「じゃあお嫁さんの乗った輿を担ぎ入れたり――」

「それは輿入れ。……っていうか難しい言葉知ってますね、楓さん」

「言葉遊びの生命線は知識ですから。ふふっ」

 

 楽しそうに楓が微笑む。

 いつもと少し違った言葉遊びが出来るのも、必ず相手から突っ込みが入ると核心しているからだ。こういう類のものはスルーされると哀愁が半端ない。

 と、そんな風な掛け合いをしている間に二人はエントランスへと到着する。ちょうどそのタイミングで、背後から二人を呼び止める声がかかった。

 

『ああ、綾霧さーん! ちょっと待ってくださーい!』

 

 振り返ってみれば、スタッフの一人がこちらに向かって手を振っていた。小走りに駆けてきたのか、少し息が弾んでいる。

 

「お帰りなのに呼び止めてすいません。あの、少しだけお時間いただけますか。ディレクターがお話したいことがあると仰ってって」

「あ、はい。それは構いませんが……」 

 

 スタッフの言葉を受けて、綾霧は楓の了解を得ようかと彼女に視線を移した。その仕草で事情を察した楓は、彼の先に回って言葉を発する。

 

「私なら大丈夫ですよ。プロデュサーが戻ってくるまでこのあたりで待ってますから」

「ありがとう楓さん。なるべく早く戻ってきますから」

「お仕事なんですからお気になさらず。いってらっしゃい」

「はい。じゃあ行ってきます」 

 

 気持ち良く送り出そうと楓が手を振る。それを受けて綾霧も右手を上げた。

 来た道を取って返す彼の姿を、楓は姿が見えなくなるまで見送っていた。

 

「…………さて、どうしようかしら」

 

 綾霧が戻ってくるまで待つとは言ったものの、どれくらいの時間がかかるかわからない。もし想定より長くなるなら連絡が入るだろうから、長時間放っておかれるということはないだろう。

 そう思って、楓は暇を潰せそうな場所を物色するべくエントランスを見渡してみた。

 

「何処か、邪魔にならないところに……」 

 

 比較的大きな撮影所だということもあって行き交う人影も珍しくなく、今も幾人かの人間が出入りしている。

 立派な受付も備え付けられてあり、壁際には自販機が並べられていた。またソファなどの休憩スペースも設けられていて、多少の時間を潰すのなら苦労はしなさそうだと楓は思った。

 取りあえず座って音楽でも聴いておこうか。そう思って歩き出した彼女に、突然背後から可愛らしい女性の声がかけられた。

 

「あの、アイドルの高垣楓さん、ですよね?」

 

 振り返った楓の目に、真っ先に飛び込んできたのはピンクを基調としたワンピース。可憐で華やかなその服は、その少女にとても似合っていた。

 

「あなたは――」

「初めまして。佐久間まゆって言います。あの、まゆと少しだけお話しませんか?」

 

 

 

 目の前で名乗った佐久間まゆという少女のことを楓は知っていた。但しそれは有名人を知っているという意味でのことであり、実際に面識があるわけではない。

 

「高垣楓さん――まゆもあなたと同じアイドルなんですよ」

 

 相手の警戒心を解くように、まゆがにっこりと微笑む。

 今彼女が言ったように、佐久間まゆは楓と同じく新人アイドルにカテゴリされる存在だ。それも十時愛梨と並ぶくらいの人気を博しているレベルの。

 楓の認知度も上昇しており――だからお互い相手の名前と容姿くらいは知っていた。

 けれどそのまゆがどうして自分に話しかけてきたのか、その意図が読めないと楓は若干訝しがる。

 

「はい、それは存じています。初めまして高垣楓と申します。あの……何処かに座りましょうか?」

「いえ、そんなに時間はかからないと思いますから」

 

 ソファに目線をやった楓に対して、まゆはゆっくりと首を振った。

 このまま立ち話でも良いという意味だろう。

 

「プロデューサーさん待ちですか? うふふ。実はまゆもなんです」

「え? あ、はい……」

 

 年齢的にまゆは楓よりも随分と年下に当たるが、砕けた間柄ではないためにどうしても敬語での応答になってしまう。

 初対面なら尚更だ。

 

「まゆはまゆのプロデューサーさんを待ってるんですけどね」

「……はあ」

 

 やはり相手の意図が読めないと楓が曖昧な返事を返す。特にそれを気にした風もなく、まゆが言葉を続けた。

 

「楓さんは……あの、楓さんって呼んでも大丈夫ですか?」

「それは、はい。構いませんけれど」

「良かった。楓さんは“シンデレラガール”の噂って知ってます?」

 

 シンデレラガール。

 その一言を発する際に、まゆの声のトーンが一段下がった。

 

「運命の人と出会いを果たした女の子は、その人に魔法をかけてもらってシンデレラになるんです」  

 

 その言葉については先日綾霧から伺ったばかりだ。内容についても、一部憶測を交えてではあるが聞かせてもらっている。だからこの問い自体には答えられるが――

 

「……今年新設される予定の大きな賞だとか。童話のシンデレラに準えてアイドルに送られると」

「そうなんです。純白のドレスを纏い、ガラスの靴を履いて、眩いティアラを戴いて。――シンデレラ。それはもっとも光輝いたアイドルだけが冠せる称号。ねえ、楓さん。それってとても素敵なことだって思いませんか?」

「え?」

「だって、だって、まゆはアイドルで、シンデレラガールになったら、それはまゆが一番だって証明されるっていうことじゃないですか。まゆとまゆのプロデューサーさんが一番輝いたって認めてもらえるんです」

「一番、輝く……存在?」

「はい。だからまゆはシンデレラガールになりたい。まゆのプロデューサーさんが一番アイドルを輝かせられるんだって。それを形として証明したいんです」

 

 まゆの言葉からは確かな熱意と強い意思が感じられた。

 シンデレラガールになりたい、なるという確固たる決意。けれどそれは自分が一番になりたいという感情からではなく、自身がシンデレラになることによって一緒にいる誰かも一番になるから。

 だから彼女は輝きたいのだと、楓に言ったのだ。

 

「あの人だけのために、まゆはシンデレラガールになります。うふふ」

 

 目の前にいる佐久間まゆという少女の存在に、楓は圧倒された。それは彼女が動機はどうであれ、目標を真っ直ぐに見据えてアイドルとして輝こうとしていたから。

 

「私は」

 

 これほどの熱量を、自分はアイドルとしての自分に注げているだろうか。

 目の前のお仕事に精一杯で。新人アイドルだからまだ未熟で。言い訳は幾らでも並べられる。だがそれはまゆだって同じはずだ。

 

「……」

 

 そしてなによりあるワードが楓の心に突き刺さった。

 輝く。輝きたい。楓だって輝きたいのだ。

 だってそれは自身がアイドルとなった切欠の言葉であり、約束の言葉でもあったから。

 

「どうしてそんな話を私に?」

 

 楓は一度言いかけた言葉を飲み込んで、それを全く別の台詞に変えて発した。

 圧倒されはしたが、だからといって卑屈になる理由にはならない。昔の自分なら逃げを打っただろうと想像出来たが、今は違う。

 

「理由はふたつあります。ひとつは近い将来、あなたとはシンデレラガールをかけて争うんじゃないかって思ったから。まゆのライバルになると思ったから」

「私が、ライバルに?」

「はい。正々堂々と戦いたいじゃないですか」

 

 更にまゆは、自分という存在を知っていて欲しかったと付け加えた。

 

「楓さんの歌声を聴いた時に、ああ、この人は“同じ”なんだって感じたんです。まゆ、自分の直感は信じるほうだから」

「それがふたつめの理由なのかしら」 

「いいえ。ふたつめは、あの、楓さんにちょっとした親近感を感じてて、それでお話したいなと思ってたんです」

「それは、何故?」

「まゆも元モデルで、撮影の帰りにプロデューサーさんと出会って、それでアイドルになったんですよぉ。楓さんもアイドルになる前はモデルをしていたんですよね?」

「ええ」

「その話を聞いた時、凄く興味が湧いちゃって。それでどんな人なんだろうって」

「ああ、それで」

 

 もし楓が逆の立場だったら、きっとまゆと同じように相手に興味を持っただろうと彼女は納得した。

 モデルをやっていて、そこで偶然プロデューサーに出会って、それからアイドルに転身なんて境遇は、普通に自分だけだと思うだろう。そんな奇特なルートを通ってアイドルになった存在を見かけたら、話したいと思っても不思議じゃない。 

 事実、楓も彼女という存在に興味が湧いてきたところだ。

 しかし、そこでまゆを呼ぶ男性の声がエントランスに響いた。視線を移せば、スーツ姿の若い男がまゆに向かって手を振っている。

 

「……残念。時間切れです。もっとお話したかったんですけど……またどこかで会ったら続きをしてもいいですか?」

「そうね。私もあなたと話したいって思ったから、歓迎するわ」

「良かった。じゃあまたどこかで会いましょう、楓さん」

 

 うふふと笑ってから、まゆはくるりとその場でターンをして踵を返す。目指すはスーツ姿の男性のところだ。

 その彼がまゆの言っていた彼女のプロデューサーなのだろうと楓はあたりをつけたが、すぐに二人は角を折れて視界から消えていってしまう。

 そうなると、残されたのは自分一人になってしまうわけで、途端に楓は手持ち無沙汰に陥ってしまった。

 

「……はやく戻ってこないかしら、プロデューサー」

 

 然程時間は経っていないのに、無性に綾霧に会いたいと思っている自分のことに、楓は思わず苦笑いを浮かべずにはいられなかった。

 

 

 

 


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