ゼロからのシンデレラ   作:powder snow

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第十二話

『みなさま初めまして。高垣楓です。今夜の目指せシンデレラNo1は私がパーソナリティを勤めさせていただきます。デビューしたてで不慣れではありますが、最後までお付き合いください』

 

 楓の麗らかな声がスタジオ内のマイクを通して全国へと放送されていく。

 彼女が今行っているのは、目指せシンデレラNo1という新人アイドルの登竜門的なラジオ番組である。まだ世間ではあまり認知されていないアイドルが交代でパーソナリティを務め、番組を司会進行していくという趣旨のものであり、今回抜擢されたのが楓というわけだ。

 

『まずはオープニングトークから。ええっと、最近の失敗談……ですか? 失敗談……』

 

 楓が僅かに考え込む素振りを見せる。もちろん音だけを届けるラジオ放送なのでその仕草は見えないが、声のトーンなりでリスナーには伝わっただろう。 

 

『そうですね。髪を洗う時にシャンプーと間違えてボディーソープを使ってしまったことでしょうか。あれって思ってた以上に髪がパサパサになってしまうんですよね。みなさんも髪を洗う時は気をつけてくださいね』

 

 なんて口上を皮切りにしてBGMが流れ始め、本格的に番組がスタートする。そんな様子を綾霧と瑞樹がブースの外から眺めていた。

 

「楓ちゃん、思ったより落ち着いてるわね。一人だからちょっと心配してたんだけど」

「一人だと自分のペースで話せるので、この形式は高垣さんには合ってるのかもしれませんね」

「誰かと合わせるのが苦手っていうこと?」

「いえ、仕事だとそれなりに誰とでも合わせてくれますよ。ただ初対面が苦手というか、高垣さん、ちょっと人見知りの傾向があるので……」

「え? そうなんだ。私とは最初から結構フランクに接してくれてるけど」

 

 言いながら、瑞樹が改めて視線をブース内の楓へと向ける。彼女の言う通り楓と瑞樹は、二人が顔を合わせた当初からある程度気の合った関係を築けていた。

 

「それは川島さんの身に纏うオーラというか、話しやすい雰囲気のおかげだと思います」

「そう? 私って話しやすい?」

「まあ、かなり。懐が深いっていうんですか? 何を言っても受け止めてくれそうな大人の余裕を感じますね」

「なになにプロデューサー君。そんないきなり褒めても何も出ないわよ?」

 

 クスっと笑いながら瑞樹が軽く肘で綾霧を小突いた。その時に彼が小脇に抱えていた紙束に視線を取られる。

 

「それってこの番組の資料よね? アイドルとして私もはやく出てみたいわぁ」

 

 デビュー間もないアイドルの登竜門的な番組。実際この番組に注目しているリスナーも数多くいて、その後の人気アップに繋がるケースもある。

 

「それは、もちろん。出られるようにはします。ただ今すぐに……というわけにはいきませんけど」

「それくらいは理解してるわよ。まだ本格的なお仕事もしてないしね。それに次に出演するアイドルも決まってるだろうし」

 

 そう言って瑞樹が資料を指差す。

 

「次に誰が出るかプロデューサー君は知ってるんでしょう?」

「それは、まあ。放送の最後に発表するのが番組の趣旨なんですが、一応は関係者でもあるので」

 

 綾霧が資料から目的のページを探し出して隣にいる瑞樹に見せる。そこには次回のパーソナリティとして“十時愛梨”という名前と簡単なプロフィールが記されてあった。

 

「えっと、じゅうじ……じゃないわね。とときね。十時愛梨ちゃん」

「はい。今人気急上昇中の新人アイドルです。ふんわりとした雰囲気が特に男性に受けているようで」

 

 瑞樹に説明しながら綾霧はスマホを取り出すと、無難な愛梨の画像を選び出しそれを瑞樹に見せる。

 

「わあ、可愛い! これはまたアイドルアイドルしてるわねぇ」

「会ったことはないですけど、おっとりとした喋り方とか個性が際立ってる人だなと。デビュー曲もかなり売れてるようです」

「へえ、そうなんだ」

 

 画像をスマホから消して、ポケットへと仕舞い込む綾霧。その動作が終わるのを待ってから、瑞樹が質問を投げかけてきた。

 

「でさ、プロデューサー君。ぶっちゃけると、楓ちゃんとどっちが人気あるの?」

「え?」

「その十時愛梨ちゃんと。楓ちゃんも今かなり人気が上昇してるじゃない。興味本位で悪いんだけど」

「……」

 

 瑞樹の質問に対し、綾霧はほんの少しだけ考え込んでから

 

「現時点では十時さんのほうが人気、知名度共に上だと思います。高垣さんとは方向性が違うアイドルですが、ぱっと見てわかりやすい可愛さがありますから。所属してる事務所の規模も違いますし」

「そうか。バックアップの違いもあるわけね」

「あちらが本気で宣伝に入ったら太刀打ちできませんよ」 

「正直ね、プロデューサー君。でも答えてくれてありがとう」

「客観的に見て……これはあくまで現時点での話です。俺の担当アイドルは世界一だって思ってますから、この先は負けません」

「それって私のことも含まれてる?」

「もちろんです。その為にも色々と準備してて――」

 

 二人で会話しながらも、ブース内の楓の動向には注目していた。だから楓が突然プロデューサー――綾霧のことを放送中に言葉として出したので、彼は驚きのあまり言葉を途中で切ってしまった。

 

『次は、えっと、最近私が特に気になっていることですか? ええ、一つありますよ。うちの……というか私のプロデューサーのことなんですけど、時々寝癖が立ってて、それが妙に気になったりしてて――あ、そういうことではなく?』

 

「……」 

「あらあら。なんだか、楓ちゃんらしいわね。可愛い」

「えと、川島さん……もしかして俺、今も寝癖ついてたりします?」  

 

 綾霧が慌てて右手で頭を弄り、寝癖が立っていないか確認していく。実際は鏡を見なければわからないのだが、そんなことは言ってられなかった。

 そういう彼の様子が可笑しかったのか、瑞樹がクスクスと笑いながら自身のバッグから手鏡を取り出す。

 

「時々よ、時々。ん、今日は大丈夫」

「ありがとう……ございます」 

 

 鏡の中の自分を見つめ、綾霧は少しばつが悪そうに苦笑した。

 

 

 

「お疲れさまでした高垣さん!」

「高垣さん、お疲れさまでした!」

「お疲れさまです。今日はありがとうございました。またよろしくお願いします」 

 

 放送を終えた楓がスタッフに挨拶を返しながら、綾霧達の元へと歩いてくる。大きな問題もなく、無事に終えることができて綾霧はほっと胸を撫で下ろしていた。

 どうやら放送内容も好評だったようで、SNSなりを通じてリスナーの感想の声も上がってきていた。

 

「お疲れさまでした、高垣さん。放送、バッチリ決まってましたよ」

「本当ですかプロデューサー? なら良かったです。ラジオのパーソナリティなんて初めてで、うまくできるか不安だったので」

 

 両手を合わせてにっこりと微笑む楓。彼女なりに手応えは感じていただろうが、綾霧やスタッフの反応がそれを後押ししてくれたようで嬉しかったのだ。

 

「プロデューサー君の言う通り、決まってたわよ楓ちゃん。特に寝癖のとこあたりは“らしさ”が出てたと思うわ」

「あれは思わず口から出てしまっていて……あの、ご迷惑でしたか、プロデューサー?」

「いえ、そういうのは全然。ただ……そんなに寝癖付けて来てます、俺?」

「まれに? いえ時々ですけど。もしかしてプロデューサー、朝起きるの苦手だったりします?」

「んー苦手っていうか、結構夜更かししちゃうこととかあって。自分なりに身嗜みには気を付けてはいるんですけど」

 

 特に最近は忙しさもあって、睡眠時間を減らす傾向にはあった。

 楓がアイドルとして売れてくればくるほど綾霧の負担が増していたからだ。事務所の規模的に仕方ない面もあるので、不満を抱いているということは無かったが。

 

「なら同じですね。私もあまり朝は得意なほうではなくて……そうだ!」

 

 妙案を思いついたとばかりに、楓がパチンと両手を合わせる。

 

「今度見つけたら、私が寝癖を直してあげますね。どうせ事務所で一番に顔を合わせるわけですし」

「……いえ、その申し出はめっちゃ嬉しいんですけど」

「そんなに時間はかからないと思います」 

「そういうことではなくて……いえ、手を煩わせないように努力します……」

 

 椅子に座って、後ろに楓が立って。優しく寝癖を直してくれるならそれはもうご褒美の類になってしまう。そんな思いを抱きながら、綾霧はやんわりと魅力的な申し出を断わった。

 癖になったらヤバいからだ。

 

「それじゃあ高垣さん、川島さん。そろそろ戻りましょうか。時間も時間ですし、途中でなにか食べていきます?」

 

 話が一段落したとして、綾霧が仕切りなおす。 

 

「いいわね! 私中華が食べたいわぁ。帰り道にあったわよね、お店。楓ちゃんはなに食べたい?」

「私、ですか?」

「あ、お酒は駄目よ。プロデューサー君が運転出来なくなっちゃうから」

 

 冗談めかした言葉を紡ぎながら、綾霧と瑞樹が歩き出した。事務所の車を使ってここまで来ているので、お酒は厳禁なのだ。

 

「あの、プロデューサー」

 

 そんな彼の背中へ、楓がおずおずといった感じで声をかけた。その態度に少し違和感を感じながらも、綾霧が振り返る。

 

「どうしたんですか高垣さん? どうしてもお酒が飲みたいとか? それならタクシーを――」

「ちがいますぅ」

 

 ちょっとほっぺを膨らませた表情で楓が抗議する。だがすぐに表情を戻すと、少しだけ目線を逸らした。

 

「実はお願いというか、プロデューサーに一つ提案があって……以前から言おうとは思っていたんですけど……」

「提案ですか? それは、俺にできることなら、まあ」

「ん……」

 

 人差し指を唇に添えて、楓が考え込む素振りを見せる。言うべき台詞は決まっているのだが、少し言い難いみたいな様子だ。

 

「あ、プロデューサー君。私、喉が渇いたから先に行ってるわね。地下の駐車場でいいのよね?」

「はい。すぐに追いかけますから」

 

 気を利かせたのか、瑞樹が席を外すべく歩き出した。それを受けて綾霧も他人の目線が届き難い廊下側へと身を移す。そのほうが楓が話しやすいと思ったからだ。

 それを受けて、やっと楓が口を開く。

 

「お願いと言ってもそんな大したことではないんです。ただ最近はお仕事も増えてきて、色々な場所へ出向いたりするようになったじゃないですか。今日も多くのスタッフさんとお仕事をして」

「そうですね」

 

 彼女が何を言いたいのか掴めない綾霧は、相槌を返すことで先を促すことにした。楓のお願いなら大抵のことは叶えてあげるつもりだが、内容がわからなければ対処のしようがない。

 

「そこでは大抵“高垣”と呼ばれるんですよね、私。当たり前なんですけど高垣、高垣さんみたいに。ですからプロデューサーからは違うアクセントが欲しいなと……」

「アクセント、ですか?」

「だから、その、名前で呼んで欲しい……みたいな」

「あ……」

 

 お酒の席で冗談めいてそう呼んだことはあった。だが普段は確かに苗字呼びである。そのことについて楓なりに思うことがあるのかもしれない。

 

「駄目、ですか……?」

「いえ、そんなことは」

 

 楓に見つめられて、思わず佇まいを直してしまう綾霧。駄目だなんて答える気は毛頭ないが、だからと言って気軽に名前を呼ぶのは気が引ける。

 でも彼女がそれを求めるのなら――いや、自分もそう呼びたいのだと彼は気付き、慌てて一回咳払いを挟んだ。

  

「じゃあ、楓――」

「はい」

「――さんで」

「……はい。改めて、これからもよろしくお願いしますね、プロデューサー」

 

 嬉しそうに微笑んでから、楓が綾霧の隣へと並び立った。

 

 

 

 


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