ゼロからのシンデレラ   作:powder snow

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第十一話

「やっぴ~! 新人アイドルのミズキで~す! 若さピチピチピーチで頑張りま~す。よ・ろ・し・く・ねっ! ぶいっ!」

「……」

「………」

「…………」

 

 アイドルの黄色い声……もとい、若作りした声が事務所内に響き渡る。

 声の主は新しくここの所属となった新人アイドルの川島瑞樹だ。彼女は今時の女子高生でもしないだろう“ぶりっこ”なポーズを決めながら、猫なで声を出している。

 既に社長と綾霧とは顔を合わせていたが、楓とは初対面となるためその挨拶にと場を設けたのだが、いきなりの展開に三人とも無言で固まってしまっていた。

 そんな反応がが返ってくるとは思わなかったのか、当の瑞樹は心外だとばかりに腰に手を当てて頬を膨らませた。

 

「ちょっとちょっと、そんなに呆れなくてもいいじゃないの。今のは私なりにキュートなアイドルをイメージしてやっただけなんだから」

「……キュートなアイドル、ですか」

「そうそう。アイドルっていえば可愛くてプリティでキュートじゃない? フリフリの衣装を着て、ステージに立ってぇ。そこにいるだけでファンに愛でられるような。プロデューサー君もそう思うわよね?」

 

 楓が事務所にやってきた時と同じように、プロデューサーである綾霧と瑞樹との間ではもう契約書類等のやり取りを経ていた為、自己紹介程度の挨拶は済んでいた。

 しかしその時の瑞樹は至って普通の態度だったために、この豹変っぷりに少し戸惑ってしまう。

 

「そう、ですね。キュートなアイドルについてはいずれ語り合うとして、川島さんはクールにいきましょう。クールに」

「クール? 私ってキュートじゃない?」

「どちらかと言えばクールです」

「え? キュート?」

「……売り出す路線としてはやはりクールが一番イメージに合うと思います。ので! 川島さんの中のキュートなアイドル像は少しだけ横に置いておいてください」

「まあ、プロデューサー君がそこまで言うなら、この場は納得してあげてもいいけれど」

 

 横に置いておくという言い方が気に入ったのか、瑞樹は意外とすんなり引き下がってくれる。それから当初の目的を思い出したのか、楓の方へと向き直った。

 

「あなたとは始めましてよね? 改めまして、川島瑞樹よ。今日から本格的にここのお世話になることになったから、よろしくね」

「はい。高垣楓です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げた楓の手を、瑞樹が強引に取って握手をする。その時に見せた瑞樹の笑顔は、とても自然で飾らない、素敵なものだった。 

 

「高垣さん。こちらの川島さんは元地方局のアナウンサーで、異業種からのアイドル転身組みなんですよ」

「あ……それって、私と同じ……」

「あら、楓ちゃんもそうなんだ」

「え?」

「あ、ちゃん付けは嫌だった? ダメなら直すけど」

「いえ、別に構いませんよ」

「じゃあ楓ちゃんで。なんなら私のことも瑞樹ちゃんって呼んでもいいから!」

 

 瑞樹の喋りを聞いていて、やたらハイテンションな人だなと綾霧は率直に思った。反面、言葉がハキハキとしていて聞き取り易く、さすがは元アナウンサーだなとも思う。

 実際に仕事を組んでみなければわからないが、これはこれで落ち着いた感のある楓とは良いコンビになるんじゃないかとも感じていた。

 ちなみに楓と瑞樹との年齢差は三歳である。

 

「それで、楓ちゃんは以前どんなお仕事をしていたの? もしかして普通のOLだったりする?」

「いえ、以前はモデルのお仕事をしていて、そこで会ったプロデューサーにスカウトされてアイドルに」

「へえ、スカウトねえ。私は自分の意思でこの世界に飛び込んだから、そこは違う点ね」

 

 前職をスパっと辞めてアイドルへと転身。それもアナウンサーという花形職を捨ててまで。転職して成功する保障はないし、安定感も全然違うだろう。

 それでもこちらの道を選ぶだけの理由が瑞樹にあったのだとすれば、それは一体なんなのか。

 そのあたりの疑問を綾霧は直接瑞樹に聞いてみようと思った。

 

「でも川島さん。思い切りましたね。アナウンサーって合格するのが難関だってよく聞きますけど」

「そうなのよぉ。なんてたって競争率500倍よ、500倍! 本当、大変だったんだから」

「500倍ですか。それは、また……難易度が高い……」

「地獄の就活だったわ。でもね――」

 

 そこで一旦言葉を切って瑞樹が小さな間を作る。どう伝えれば相手が納得しやすいのかを自分の中で吟味するように。

 恐らく彼女は、彼が何を聞きたいのか察しているのだろう。

 

「私は、私じゃなきゃできない仕事がしたかったの。自分が主役になれない人生なんて面白くない。そう思ってたからね」

「アナウンサーという職には川島さんの求めるものが無かった?」

「何年かは頑張ってみたけど、基本は与えられた原稿を読むだけよ。華やかな部分は若い子なんかが持っていって、私が主役になれる余地なんて残ってなかった」

「主役――」 

「周りも私にそんなの求めてなかったし。そういうの窮屈じゃない? だから辞めちゃったの」

「……そういう気持ち、少しだけわかる気がします」

 

 瑞樹の言葉に、楓が同意する。

 主役になってスポットライトを浴びてみたい。

 女の子なら誰しも、そういう思いは少なからず持っているものだ。

 

「ありがとう楓ちゃん。――自分自身をもっと表現したい。夢に向かって邁進しよう。そう思ってここに来たわけ。言っとくけど私は本気よ、プロデューサー君」

「熱意は十分に伝わりました。きっとアイドルという職業に川島さんの求めるものはあると思います。道は、険しいと思いますけど」

「望むところよ。それだけに私のプロデュース、期待してるからね!」

 

 片目を瞑りながら、綾霧に向かって親指を付き出す瑞樹。

 楓とはまた違った魅力が彼女にはある。それを引き出すのもプロデューサーとしての自分の役目だと、綾霧は気持ちを引き締め直した。

 

「とりあえず今日は宣材を撮りに行きましょう。アイドルとしての第一歩です、川島さん」

「宣材?」 

「……せんざいというと、お洗濯に使ったりする――」

「それは洗剤です、高垣さん」

「じゃあ秘められた力が――」

「それは潜在能力とかの潜在」

「ふふっ。ナイス突っ込みです、プロデューサー」

 

 欲しいところに欲しい突っ込みが入ってご満悦。そういう感じで楓が微笑んでいる。それを見た瑞樹が意外そうな感じで目を丸くしていた。

 

「そっか、楓ちゃんってそういう人なんだ。ちょっとだけ人となりがわかった気がするわ」

 

 うんうんと頷いてから、瑞樹が自分の中の情報を修正していく。これから付き合っていく上で、相手の趣味などを理解していくのは重要なことだ。

 

「宣材、宣材写真ね。OK、いいわよプロデューサー君。バッチリメイクするから綺麗にお願いね」

 

  


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