桃華ちゃまにお兄ちゃまと呼ばれたいだけの小説   作:しゅちゃか

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第六話

 ついにミニライブ本番当日となった。

 

 場所は駅ビルのCDショップ。衣装に着替え舞台裏で待機している俺の周囲では、数名のスタッフさん達がいそいそとライブの準備をしている。

 ついにこの日が来たか、という感じだ。軽い緊張とともに唾を飲み下す。

 

 いい感じだ、と思う。有る程度の緊張と熱、そして冷静さが同居しているような気分だ。

 俺が精神統一をしていると、武内さんが声をかけてきた。

 

「いよいよですね、椿さん」

 

「武内さん……ええ、櫻井椿の初ライブ、成功させて見せますよ」

 

「はい、その意気です」

 

 そう言って武内さんはニコリと笑い、スタッフさんのもとへと向かった。ステージの軽い打ち合わせでもするのだろう。

 

「お兄ちゃま、わたくし達も応援してますわ」

 

「はい、椿さんのステージ、楽しみにしてます」

 

 桃華とありすちゃんも応援に来てくれたようだ。二人とも多少なりとも俺のステージに期待してくれているようだ、これは期待にこたえるしかない。

 気持ちを新たにしている俺にありすちゃんが話しかけてきた。

 

「椿さん、緊張してる時の対処法って知ってます?」

 

「ああ、緊張してる事を自覚する、でしょ?」

 

「ふふっ……そうですね、歌なんて特にいいですよ」

 

 そう言って二人で笑いあう、このやり取りをしたのも大分前のように思える。

 そんな俺たちのやり取りを見てむむむと唸る桃華、仲間外れにしたわけじゃないんだ、ごめんよ。

 

「櫻井さん、そろそろ準備おねがいしまーす」

 

「あ、はい!」

 

 そう言ってスタッフの一人に返事をする。いよいよ出番だ。

 

「いってらっしゃいまし、お兄ちゃま!」

 

「椿さん、頑張ってください」

 

「ああ、行ってくるよ」

 

 二人のためにも無様なところは見せられないな。

 二人の声援を受け、舞台袖に居る武内さんのもとへと歩く。打ち合わせは終わったようで、今は観客席の確認をしていた。

 

「お客さん、どの位いますか」

 

「想定していた人数より、少し多いですね……」

 

「うへぇ、そうなんですか。精々五人ぐらいだと思ってました」

 

「それはいくらなんでも卑屈すぎます」

 

 そんな軽い冗談を武内さんと言い合う。

 ふと、武内さんの雰囲気が真面目なものに変わっているのに気付いた。真剣に伝えたいことがあるのだろう、俺は武内さんに向き合った。

 

「椿さん、笑顔で、楽しんで来てください」

 

 やっぱりそれかと思って苦笑した。

 でも、本気だ。長い付き合いとまでは言わないが、今までそれなりに話してきたから解る。いつも同じようなことを言っているが、いつも本気なのだ、武内さんは。

 ならば俺も本気でそれに応えたい、そう思った。

 

「ええ、行ってきます。プロデューサー」

 

 そう言ってスポットライトの当たる舞台へと走り出した。

 

 おれはようやくのぼりはじめたばかりだからな、この果てしなく遠いアイドル坂をよ……

 

 ―――

 

 とまあ、こんな感じで俺の初ライブはつつがなく終わった。

 ライブでハプニングが起こったとか、デビューにして空前絶後の大ブレイクとか、そんなことは一切なかった。ただ、俺が楽しんで歌って踊って喋って、来てくれた人もまあある程度は楽しんでくれただろうと、そう思えるライブだった。

 

 アイドルとしてひと段落したとはいえ俺もまだまだ現役、今日も今日とてレッスンだ。

 今日は応用レッスンの、トレーナーさんもいない俺一人でのレッスンだったが、突如困っている様子の武内さんが現れた。何やら俺に相談があるようだ。

 

「新人アイドルの教育、ですか?」

 

「……はい」

 

 武内さんが気まずそうに目を背ける。自分でも突っ込みどころ満載なこと言っているのを自覚しているのだろう。346では、先輩アイドルが同じ部署の後輩アイドルを指導するというのは珍しくない。だがそれはデビューして数年たって名の売れたアイドルがやることだ。

 

 

「その、色々言いたいことは有るんですが……早すぎません? 俺、アイドルとしてはまだまだぺーぺーのド新人ですよ」

 

「それは……重々承知しているのですが……」

 

 ほとほと困り果てた武内さんは理由を語り始めた。

 何でもこの間ミニライブ、新人のデビューにしては上の予想以上の人の入りとCDの売り上げがあり、上でちょっとした話題になっているらしい。そんな中で、アイドルとして一定の強度があると認定された俺に、TV番組を始めとする様々な他のアイドル活動をやらせてみようという事で、その一つが後輩の育成らしい。

 

「勿論、椿さん単体で行っていただくわけではありません。トレーナーさんに補佐についていただきます」

 

「……逆じゃないですか、普通」

 

「……私もそう思います」

 

 武内さんが言う、きっとこの事は武内さんも不本意なのだろう。

 

「ですが、椿さんの実力なら私も問題は無いとも考えています。どうでしょう、お願いできますか」

 

「……まぁ、かまいませんけど」

 

 トレーナーさんが居るのならそこまでおかしな教育をすることもないだろう、ならばやってみるのいいかもしれない。俺にとってもいい経験になるかもしれないし。

 

「ありがとうございます、宜しくお願いします」

 

「ええ、まあなんとかやってみますよ」

 

 家庭教師なら何度かやった事あるし、何とかなるだろ……

 

 ―――

 

 そう考えている時期が、俺にもありました……

 臨時のトレーナーをやる事になった日の当日。自己紹介も兼ねて、生徒となるアイドルとの顔合わせに行ったのだが……

 

「オレさ、アイドルなんかになる気ないし、ここに居るのもオヤジが勝手に応募しただけだから……てきとーに頼むぜ」

 

 この明るい茶髪のボーイッシュな女の子は結城晴さん。初対面でクソほどもやる気のない発言をされた時はどうしようと思ったが、発言から察するに、今の彼女は特にやりたくもないアイドルをやらされているのだろう。それは確かにやる気もなくすだろう。せっかくなので楽しんでやってほしいものだが……

 

 色々と前途多難そうだ……

 いかんいかん、気持ちを切り替えていこう。先輩アイドルとしてきちっとせねば。

 とりあえず何とかしてトレーナーさんが来るまでにやる気を出してもらえるようにしよう。

 とは言ってもどうしたもんか、とりあえず話してみるか。

 

「もしかして結城さん……やる気無い?」

 

「みりゃわかんだろー、だいたい、俺にアイドルの衣装なんて似合わねーし。オヤジは着せてーみたいだけどさ」

 

 結城さんが床に寝っ転がりながら言う。アイドルと言っても何もカワイイだけじゃない、クールなアイドルだっているし、結城さんはそう言う売り出し方をするだろう……するよね?

 何故か一瞬嫌な予感がしたがそれは置いておく。すると結城さんが起き上がり吐き捨てるように言った。

 

「帰ってもオヤジにどやされるだけだし。オヤジもどうかしてるぜ、オレがアイドルなんて……サッカーならともかくさ」

 

 サッカー……か。

 その単語聞いた時、俺の脳内でいくつかの記憶が呼び起こされた。これなら説得できるかもしれない。

 

「結城さんってサッカーやってるんだ」

 

「おうよ! ってもしかして、あんたも?」

 

「俺はやってるってわけじゃないけど……ちょっとそのボール貸して」

 

「お、おう」

 

 そう言って結城さんは荷物置きにおいてあったボールを俺に渡してきた。

 ボールを受けっとってから、置いてあるラジカセから音楽を流す。レゲェ調の音楽だ。

 結城さんは俺が何をしたいか良く分かっていないようで、俺に懐疑の視線を向けている。

 

 知識では知っているが、やるのは初めてだ。上手くいくかどうか。

 

 サッカーボールを床に落とし、音楽に合わせてステップを踏む。

 その時サッカーボールを足に巻き込むようにする。一見単純にステップだけを踏んでいるようにも見えるが、俺の足からボールは離れず、まるで足に吸いついているような動きを見せている。何とか成功しているようだ。

 

 ちらりと結城さんを見やると、さっきとは一転して、きらきらとした瞳で俺の足さばきを見ている。ちょっと大人びているように感じたが、やはり年相応な所もあるのだろう。

 

 やがてサビに入り曲のテンポが上がる、それに合わせてステップも加速させ、動きも高度にしていく。足の動きだけではなく、上体も使って回転、所謂マルセイユルーレットのような動きも加えてステップを踏む。

 

 そして、曲が終わると同時にステップを止める。

 初めてだったが意外とできるものだ、椿はダンスやってるからな!

 

「すげーじゃん! ホントにサッカーやったことないのか?」

 

 結城さんも喜んでくれているようで何よりだ。って違うわ、説得しなきゃ。

 

「まあね、今の足さばきの練習にはダンスが用いられるんだ。自分の中でテンポやリズムを作って、フェイントとして相手に押し付ける。そんなテクニックだよ」

 

「知ってる! ジンガだろ? あんな動きになんのかぁ……すげーな」

 

 ここまですげーすげー言われるとちょっとそわそわしてしまう。

 だが中々好感触なようだ。ここぞとばかりに俺は言葉を続ける。

 

「結城さん、サッカー上手くなりたい?」

 

 結城さんはこくこくと頷く。本当にサッカーが好きなのだろう。

 

「じゃあさ、とりあえずちょっとの間だけで良いから、真剣にレッスンやってみない? 内容も今のステップが出来るようになるやつにするからさ」

 

「え……でも、オレにアイドルなんて……」

 

「勿論、本当にアイドルになるのが嫌だったら止めてもらっていい。結城さんのお父さんも真剣に言えば分ってくれるよ。アイドルなんて嫌々やるものじゃないしね」

 

 そう言って一度言葉を切る。結城さんはまだ少し悩んでいるようだ。

 

「だけどこれからアイドルの仕事に触れてみて、続けるかどうかの判断を下すまでの間、せめてその間だけは自分のために、楽しんでレッスンやってみない?」

 

 とりあえず言える事だけの事は言った。これでも尚難色を示すようなら本当に止めさせた方が良いだろう。本人のためにもならない。

 真っ直ぐ結城さんを見て答えを待つ。やがて顔を上げると、意を決した様に口を開いた。

 

「わかった。レッスンはやってみる……感違いすんなよ! まだアイドルやるって決めたわけじゃねーからな!」

 

 俺はその答えにほっと一息ついた

 よかった。とりあえずはやる気になってくれたみたいだ。あと、後半の言葉は結城さんのプロデューサーさんとかに言って。俺に言われても困る。

 

「けど、まあ、レッスンの間はよろしく頼むよ、センパイ……ん」

 

 そう言ってぶっきらぼうに手を差し出してくる。握手とは、なんだかんだ言ってスポーツマンなんだなぁ。いやウーマンか。

 

「ああ、宜しく、結城さん」

 

「硬っ苦しいなぁ、晴で良いよ晴で」

 

「え、うん、じゃあ晴ちゃん?」

 

「……ちゃん付けは止めろよな、ロリコンかよセンパイ」

 

「え!? 何で!?」

 

 晴って呼び捨てすることで落ち着きました。

 




デレマス12歳組コミカライズ記念に晴君登場。
ありすちゃんがメインっぽいですね。

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