桃華ちゃまにお兄ちゃまと呼ばれたいだけの小説   作:しゅちゃか

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いつもより長めになっております。そのうち前後で分けます。

いつも誤字報告をしてくださっている方、助かっております。
この場でお礼を申し上げさせていただきます。ありがとうございます。
拙作では有りますが、これからも宜しくお願いします。


第五話

 レッスンを続けること数日、今日も今日とてレッスンかと思いきや今日は何やら報告があるそうで、武内さんの事務室にいつもの三人で集合することとなった。346プロダクションの建物の中、四階にその部屋はある。ノックして在室かどうかを確かめると、相変わらずのバリトンボイスで「どうぞ」という返事が返ってきた。

 

「失礼します」

 

「お疲れ様です。みなさん、どうぞお掛けください」

 

 そう言われたのでソファーに座る。

 報告の内容は十中八九アイドル活動についてだろうが、何か進展でもあるのだろうか。心なしか、俺の両側に座っているありすちゃんと桃華もそわそわしているようだ。

 

「それで、俺達に報告って何ですか?」

 

「はい、本日は報告が二つ、一つは椿さんに……そして、もう一つは桃華さんと橘さんのお二方にお知らせしたい事があります」

 

「俺と……」

 

「私たちに……?」

「わたくしたちに……?」

 

「ええ、まずは椿さん」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「あなたのソロCDデビューが決まりました」

 

「……へ?」

 

「CDですか!?」

「CDですの!?」

 

「うおっ!? ビックリしたあ!?」

 

 余りに唐突な事に俺より驚く二人。自分の事のように喜んでくれているのは嬉しいが、もうちょい声のトーン落として……

 

「はい、つきましては、この後曲調と椿さんのイメージのすり合わせを行いたいと考えているので、少しお時間よろしいでしょうか」

 

「……ええ、わかりました」

 

「椿さん……?」

 

「お兄ちゃま……嬉しくありませんの?」

 

 反応が薄い俺をおかしいと思ったのか、二人が心配そうに尋ねてくる。

 

「え? あ、いや、そんなことない、嬉しいよ」

 

 しまった、なんだか誤魔化したようで微妙な雰囲気になってしまった。

 

 そう、嬉しいのは確かだ。

 

 俺だってこの数週間努力してきたのだ。その努力を形にできる場を貰えて嬉しくないわけがない。だが、引っかかる所もある……CD出すにしては少し早すぎないか?

 

「……で、二人への報告ってのはなんですか?」

 

「あっ、そうですわ!」

 

「もしかして……私たちも?」

 

「いえ……ですが、お二方にはあるユニットに参加いただこうと考えています」

 

「ユニット、ですの?」

 

「ええ、L.M.B.G(リトルマーチングバンドガールズ)、というユニットです」

 

「りとるまーちんぐ……」

 

「ばんどがーるず……?」

 

「はい、十代前半の方を中心としたユニットで、それぞれのメンバーに担当パートがある、所謂吹奏楽をモチーフとしたバンドです」

 

「へぇ……面白そうですね」

 

「ありがとうございます。現在七名の方が在籍しており、桃華さんと橘さんを加入させた後も、他のアイドルを随時参入させていく予定です」

 

 ってことは九人! 今でさえかなりの大所帯なのにこれからも増えていくのか……

 

「そんなに大人数なんですか……ライブとかはどうなるんですか? 確か最大五人一組まででしたよね」

 

 疑問を抱いたありすちゃんが武内さんへと問いかける。

 確かにそうだ、大人数のアイドルグループが珍しくなかった前世に比べて、こちらではライブやフェスに人数制限がかけられている。九人という大所帯を一遍に出せるライブは無かったはずだ。

 

「はい、LMBGでは新曲が決まるたびにユニットから代表メンバーを選出し、そのメンバーでライブ等に出ていただくことになります」

 

「なるほど……」

 

 ありすちゃんが納得した様に呟く。まあ妥当なところだろう。

 

「私たちが……」

 

「ユニット……」

 

 まだ現実感が無いのか、二人がしみじみと言う。ユニットまで決定するということは、もうCDデビューの企画も進んでいるのだろう。二人が自分の曲を歌うのも時間の問題か。本人たちにとっては意外な話だったのか、ぼーっとしていた二人のうち、先に復活したのは桃華だった。

 

「ふふ……この櫻井桃華に不可能は有りませんわよ? ユニットのリーダーでも何でも、華麗にこなして見せますわ!」

 

「なにちゃっかりとリーダーに収まろうとしてるんですか……それに、リーダーに相応しいのは私の方です。いつでも冷静で的確な判断が出来ますから」

 

「むむむむむ……」

 

「むむむむむ……」

 

 相変わらずこの二人は喧嘩しがちだ。そこまで深刻な対立は一度もなかったものの、この関係を初めて目撃するであろう武内さんは、微妙にオロオロしている。

 

「はいはい二人とも喧嘩しない……武内さん、LMBGは既にリーダーとか決まってないんですか?」

 

「え、ええ、リーダーと言いますか、例外として20歳の方が一名在籍しているので、その方に引率をお願いしています」

 

 え、何それは……逆に大丈夫なのかそれ……

 

「まあ、大人の方がいらっしゃるんですのね」

 

「それなら仕方ありません」

 

 そして相変わらず「大人」と言うワードに弱い二人はあっさり納得した。武内さんもひと安心だ。

 

「つきましては、このあとメンバーとの顔合わせと、集合写真の写真撮影がございます……宜しいでしょうか?」

 

「ええ、勿論ですわ!」

 

「大丈夫です、かまいません」

 

 そう言う二人、また新しいことに挑戦できるのが嬉しいのか、少しワクワクしているように思える。

 

「それと……レッスンについてですが、次回から基礎レッスンに加えてそれぞれに応じた応用レッスンを行っていくので、個別にスケジュールの調整を行います」

 

「え……」

 

「それって……」

 

「基礎レッスンの回数を減らす……ってことですよね」

 

「はい、橘さんと桃華さんの応用レッスンは同日ですが、椿さんは別日、という形になります」

 

「……」

 

「……」

 

 二人が黙り込む。

 そうだろうな。同じになるとは端っから思っていなかったが、CDもユニットも別となると同じレッスンをする意味もない。

 

 まあ、要は三人で会う回数が減るということだ。なんだかんだこの三人でレッスンをするのは楽しかったし、充実していた。それが少なくなるというのは、その、なんだか……

 

「……少し、寂しくなるな」

 

「あ、あら、そうですの? ふふん、お兄ちゃまもまだまだ子―――」

 

「そうですね、寂しいです」

 

「ふぇ!?」

 

「だなあ……ほぼ毎日、この三人でやってきたんだもんなぁ」

 

「えへへ……同じですね、私たち」

 

「……ふん! お二人ともまだまだお子様ですのね! わ、わたくしは全然寂しくありませんわ! 寂しくありませんわ!」

 

「むぅ……」

 

 なぜ二回言ったし。

 

 桃華は基本的に俺以外の人が居る前で本音を言うことをあまりしない。それが所謂「子供っぽいもの」なら尚更だ。桃華が強がっているのは明らかで、三人の時間が減るのを残念がっているのは確かだろう。そう思ってくれているのは少し嬉しい。でも、人には言わないと伝わらないことだってある。実際にありすちゃんは桃華の言葉を信じてしまっているようだし。普段は大人びている桃華でも良いが、こういう時ぐらい本音を言ってほしい。だから少し意地悪な事を言った。

 

「そっかー、桃華は三人で一緒に居る時間が減っても平気なのかー、ざんねんだなー」

 

「え!? あ、いえ、そういうわけではなくて、う、ううううう…………わ、わたくしも……」

 

「ん?」

 

「本当は……わたくしも、さびしいですわ……」

 

「え……桃華さんも、ですか」

 

「……」

 

 桃華が恥ずかしそうにこくりとうなずく。そんな桃華の姿に何を思ったか、桃華の手をとったありすちゃんは、ほほ笑みながら言った。

 

「じゃあ、私達、三人一緒ですね」

 

「橘さん……」

 

「あの、ありすって、呼んでください」

 

「……! ええ! ありすさん!」

 

「……まあでも、基礎レッスンが無くなるわけじゃないから……二人とも、応用レッスン頑張ってな」

 

「はい、椿さんもCDデビュー応援してます」

 

「もう、お兄ちゃまったら……でも、お兄ちゃまならきっと大丈夫ですわ」

 

 二人から声援を貰う。そんな応援をされたらシスコンとしては頑張らざるを得ない。まあありすちゃんは実の妹ではないが……妹のように想っているという事で。

 

「ありがとう二人とも……武内さん、今から行きますか?」

 

「ええ、ではこの後第二会議室へいらしてください。お二人は千川さんの指示に従って、三階の待合室へお願いします」

 

「はいっ!……あの、ありすさん、今までごめんなさい、張り合う様な真似をして……ユニットで一緒に頑張りましょうね」

 

「桃華さん……いえ、意地を張っていたのは私も同じですから……」

 

 そんなやり取りを背に事務室を出る。二人が今までより仲良くなったのはとても喜ばしいことだ。だが、今俺は先ほど感じた寂しさとは別の寂寥感を感じていた。思わず、前を歩く武内さんに声をかける。

 

「武内さん……子供が大人に近づくのって、意外と早いんですね……」

 

「……ええ、そう思います」

 

 ―――

 

 用意されたPCから流れる音楽を集中して聴く。アップテンポで軽い曲調の爽快なナンバーだ。

 

「これが、俺のデビュー曲になるわけですね」

 

「はい、さわやかさを前面に押し出した内容となっています」

 

「さわやかさ、ですか」

 

「そうです、今主流のクールな……例えば『ジュピター』のような男性アイドルではなく、快活とした男性像をイメージして作曲を依頼しています」

 

「……なるほど」

 

 俺が快活かと問われれば首を傾げざるを得ないが、クールかと問われればはっきりと否定するだろう。確かに方向性は間違ってない気がする。

 

「それで、いつごろリリースするんですか?」

 

「はい、来月の頭にCDの宣伝を兼ねてミニライブを行っていただきます。場所は駅ビルのCDショップです」

 

「ラ、ライブですか……」

 

 緊張からか少し言葉につまってしまった。ライブ……すなわちアイドルとしての櫻井椿が世に放たれ、評価を受けるということだ。ついにこの日が来たかという感じだ。背中に冷や汗が伝うのを感じ、思わず口が閉じる。

 

「……」

 

「―――なので、前日には社内の方に……椿さん、どうかなさいましたか?」

 

「うぇ!? あっ、すいません……聞いてませんでした」

 

「……ご緊張、なさっているようですね」

 

「ええ、まあ……」

 

 今度は前の宣材写真の時のように気軽にとはいかない。失敗してもいいなんてことは無いし、俺がアイドルとしてやっていけるかどうかの指標にもなるだろう。加えて、俺は346プロが育てた初の男性アイドルだ、俺がここでこけてしまえば武内さんや、男性アイドルのプロジェクトに深く関わった人々の評価がどうなるかは想像に難くない。それに、こんなにCDデビューが早いということは、それだけ上が結果を欲しがっているのだろう。そんなことを考えていると、なんだか気が重くなってきてしまった。少し思考がマイナスに傾いている中、さっきまで首をさすっていた武内さんが急に口を開いた。

 

「椿さん、余計なことは考えないでください」

 

「……やっぱり、解っちゃいますか」

 

「はい、流石に何を考えているかまではわかりませんが……」

 

 どうやらよっぽど顔に出ていたらしい。少しばつが悪く感じて武内さんから目線を逸らすが、武内さんは構わず続けた。

 

「私は、このライブが、椿さんのおっしゃっていた「楽しんでアイドル活動をする」という目標の一歩目になると考えています。他の事は考えず、ひとまずライブを楽しむことだけを考えてください」

 

「……いつもの笑顔で、ですか?」

 

「その為に私たちが居ます」

 

 武内さんが真っ直ぐにこちらを見つめながら言う。冗談めかしての返答だったが、あまりの力強い言葉に少し圧倒されてしまった。

 

「武内さん、本当にそればっかりですよね……」

 

「本当に、良い笑顔だと思っているので」

 

 ためらいなく言う。本当にブレない人だ。

 でも、ここまで御膳立てしてもらっておいて、うだうだ考えたままってわけにもいくまいよ。俺は気合いを入れるように自身の両頬を叩いた。

 

「っし! 腹は括った! 任せて下さいよ武内さん、無人島の開拓なりライブでスケスケの衣装着るなり、何だってやってやりますよ!!」

 

「そこまでしていだたかなくて結構です」

 

「アッハイ」

 

 ―――

 

「とは言ったものの、ライブねぇ……」

 

 先ほどまでの重苦しいような緊張は無くなったが、全く緊張しなくなったわけではない。やはりアイドル活動なんて、前世を含めても初めてのことであり、新しいことを始めるのは多少なりとも緊張するものだ。

 

 落ち着かないし、散歩でも行くか。

 そう思うと同時に歩き出す。向かったのは中庭で、休み時間にはアイドルを始めとして美城の社員が良く利用している場所だ。

 生い茂る草木の間をゆっくり歩く。身体を吹き抜ける風が心地よく、さっきまでの落ちつかない感じを洗い流してくれるようだ。

 

 折角だし次はカフェの方にでも言ってみるかと考えていると、突然背後から声がかかった。

 

「あーっ! やっと人が居た!」

 

 甲高い少女の声だ。振り向くと、ウサギのマークが三つ並んだ服を着た、短いツインテール―――所謂ビッグテールだ―――の女の子がこちらへ走ってくるのが見えた。

 

「すいませーん! あの、プロデューサー見ませんでしたか?」

 

「プロデューサー?」

 

 プロデューサーを探しているということは、この子もアイドルなのだろう。

 だがしかし、プロデューサーと一口に言ってもここは天下の346プロ、それこそプロデューサーの人数なんて両手じゃ足らないほどいるんだが……

 

「あのね、目がこーんなになってて、いっつも「笑顔です」って言ってる……」

 

 少女がジェスチャーを交えながら言う。あっ武内さんだわコレ。

 

「武内さんのことかな、ちょっと連絡とってみようか」

 

「知ってるの!? ありがとー! あっ……ありがとうございます」

 

「ちょっと待っててね、君、名前は? ……あと、無理して敬語使わなくていいよ」

 

「ほんと!? 私、赤城みりあです! ねぇねぇ、もしかしてお兄ちゃんもアイドルなの?」

 

「うん、まあ、デビューはまだだけどね。俺は櫻井椿っていいます、よろしくね」

 

「すっごーい! やっぱりアイドルなんだ! じゃあじゃあ、椿お兄ちゃんって呼んでもいーい?」

 

「ああ、いいよ」

 

 わぁい、妹が増えた。

 

 と言うのは冗談としても、何というか、人との距離を詰めるのが上手い子だ。突然一気に近づいてくるのだが、人柄からかそれが不快に感じない。確かに良いアイドルになりそうだ。

 

「やったあ! ねぇねぇ、椿お兄ちゃんって―――」

 

「うぇええええん!」

 

 みりあちゃんの話声を遮り、耳をつんざくような泣き声が響く。何事だと周囲を見渡すと、年齢は幼稚園生ほどだろうか、一人の女の子が座り込みながら泣いていた。

 

 泣き声を聞いたみりあちゃんの動きは早く、俺がその子を見つけた瞬間にはすぐそばに駆け寄っていた。

 

「どうしたの? 迷子になっちゃった?」

 

「ひっく、ひっく……ママぁ……うわぁああん!」

 

「そっかあ、ママとはぐれちゃったんだね……寂しいよね」

 

 宥めるように言う。それでも女の子は泣きやまず、声を上げて泣く。俺も如何にかして加勢しようと思ったその時だった。

 

 みりあちゃんは自分の服が涙や鼻水で汚れるのも厭わず、女の子を抱きしめた。背中に回した手を一定のリズムでポン、ポンと優しく叩く。人の体温は人に安らぎを与えるという言葉通りか、しばらくしていると女の子はぐずってはいるものの、声をあげて泣くようなことはしなくなっていた。

 

「もう大丈夫だよ。みりあと椿お兄ちゃんが一緒にいるから、ね?」

 

「ぐすっ……うん」

 

「わぁ、もう泣き止んだの? 偉いねー!」

 

 そう言って、女の子を撫でるみりあちゃん。えへへ、と笑う女の子に既に涙は見られず、完全に泣き止んでいる。

 

「そうだ! ママが見つかるまでみりあとお喋りしよ?」

 

「うん……」

 

 あの子の事はみりあちゃんに任せておいて良いだろう。俺は女の子の母親の捜索も兼ねて、武内さんに電話をかけた。

 

 ―――

 

「了解しました。お母様の方は社内放送で呼び掛けます。そちらに赤城さんを迎えに行きますので、お母様をその時にお連れします。社内なので滅多なことは起こらないと思いますが、椿さんはお二人の保護をお願いします。申し訳ありません、ご迷惑をおかけします」

 

「いいえ、大丈夫ですよ、それでは」

 

 そう言って電話を切る。保護と言っても、あのみりあちゃんの様子からみると、俺は本当に見ているだけで良いような気がするが……

 

「おねえちゃん、アイドルになるの?」

 

「えへへっ、そうだよー。この前決まったばっかりなんだけど、いーっぱいカワイイ服着て、いーっぱい歌うんだよ! 楽しみだなー」

 

「すごーい! ねぇねぇ! お歌歌って!」

 

「うん! いいよー、どんなお歌が好きなのかな?」

 

「あのね、やよいちゃんのごーまいうぇい!」

 

「あははっ! みりあそれならダンスも踊れちゃうよ! 一緒に歌おうね!」

 

 二人はもうすっかり打ち解けているようだ。本当に俺の出番は無いようだが―――

 

「ねぇ! 椿お兄ちゃんも一緒に踊ろうよ!」

 

「んぇ!?」

 

 まさかのキラーパス!?

 いや、確かに基礎レッスンでよく踊らされるけど……

 

「椿お兄ちゃんもアイドルなんだよっ」

 

「そうなの!? すごーい!」

 

 女の子がきらきらとした瞳で俺を見つめる。

 この期待は裏切れんな……よし任せろ。ダンスレッスンと習い事で鍛えた俺の足腰が織りなす華麗なステップ、見せてやる!

 

「みりあの初ライブだよ! 楽しんでいってね! せーのっ」

 

 そう言って歌いながら踊りだすみりあちゃん。それに追従するように俺もダンスを始めた。女の子は手拍子しながら、少し舌足らずな声で一緒に歌ってくれている。勿論BGMも何もない、歌声だけのアカペラだ。

 歌はデュエットのように、一小節を俺が歌うと次はみりあちゃんが歌う、という風に歌っている。やがてサビに入り、曲は盛り上がりを見せる。一緒に歌っている女の子はとても楽しそうで、なんだかこっちまで嬉しくなってきてしまう。

 

 やがて歌い終わると。女の子が拍手しながら歓声を上げた。

 

「すっごーい! おにーちゃんとおねーちゃん、とっても可愛かったよ!」

 

 興奮しているのか、すごいすごいと言いながら俺たちの周りではしゃぐ女の子。

 普段は可愛いなんて言われても微妙な顔をするだけだが、こんなに喜んでいる女の子を見ていると、そんな気持ちも吹き飛んでしまう。

 俺の心に有るのは一人の女の子を笑顔にしたという達成感。みりあちゃんも似たような気持ちを感じているのか、俺とみりあちゃんは顔を見合わせると、どちらからともなく笑いあった。

 

「とっても、とーっても、楽しかったね! 椿お兄ちゃん!」

 

 満面の笑みでみりあちゃんが言う。楽しみながらアイドル活動をする、その一端が見えた気がする。なんだか、アイドルの笑顔にこだわる武内さんの気持ちがわかった。

 

「ねーねー! 次はキラメキラリ踊って!」

 

「うん! いいよ、椿お兄ちゃんもいいよねっ」

 

「え゛、うん……まぁ」

 

 ああうん、またダンスがキャピキャピしてて可愛いやつですね……

 歌えるけどさ! 踊れるけどさ!

 

 ―――

 

「ありがとうございました!」

 

「おねーちゃん、おにーちゃん、ありがとー!」

 

「またねー! もうママから離れちゃダメだよ?」

 

 そう言いながら俺もみりあちゃんも女の子に手を振る。あの後すぐに母親は見つかった、俺たちの歌とダンスも気に入ってもらえたようで何よりだ。

 

「申し訳ありません赤城さん、迎えに行くべきでした」

 

「ううん、みりあもごめんなさい。行ったことあるから覚えてると思ったんだけど、迷子になっちゃった……」

 

 みりあちゃんと武内さんが謝りあう。みりあちゃんは武内さんに呼び出されていたが、迷子になってしまい、そのさなかに俺を見つけたようだ。こっちも解決した様でよかったよかった。

 

「椿さんにもご迷惑をおかけしてしまいました。赤城さんも、重ねて申し訳ありません」

 

「大丈夫だよ! だってね、一緒に歌ってあげたりダンス見せたあげたりすると、とーっても喜んでくれたの! 楽しかったぁ……」

 

「ええ、良い、笑顔でした」

 

「俺も楽しかったよ。きっとあの女の子は、みりあちゃんのファン第一号だね」

 

「ほんと!? えへへっ、そうだったらいいな……そうだ! じゃあじゃあ、椿お兄ちゃんもみりあのファンになってくれる?」

 

 みりあちゃんのファンか。まあ、アイドルとして進むべき道が見えたのはみりあちゃんのおかげだし? 歌と踊りも可愛かったし? ファンとしてはどこもおかしくは無いな。

 

「もちろん、これから応援するよ」

 

「やったぁ! 一日でファンが二人も増えちゃった、嬉しいなぁ」

 

 喜ぶみりあちゃん。本当にこの子はアイドルに向いている。こうして喋っていると、とても応援したくなってくる。純粋無垢というか天真爛漫というか……何をするにしても、心から楽しんでいるのだろう。

 

「あっ、じゃあ初めてのファンに、みりあがプレゼントあげちゃいまーす! 手だして?」

 

「え? はい」

 

 突然の事で思わず手を出す。するとみりあちゃんは右手で俺の手をつかみ、左手の指で俺の掌に何かを書き始めた。

 

「あか、ぎ、み、り、あ、っと……はーい! プレゼントはみりあの初サインでーす! どおどお? 嬉しい?」

 

「ふふっ、うん、とっても嬉しいよ、大事にしなきゃな」

 

「あははっ、大事にしてね! そうだ、椿お兄ちゃんのサインもみりあにちょーだい!」

 

 そう言って掌を差し出してくる。なんだかユニフォーム交換みたいだ。

 

「ああ、良いよ……櫻、井、椿っと」

 

「あはははっ、くすぐったーい! ありがとっ! みりあも大事にするね」

 

「赤城さん、そろそろ顔合わせの時間が迫ってきてますので……」

 

「はーい、ごめんなさい。じゃあね椿お兄ちゃん、また一緒に踊ろうね!」

 

 出来れば可愛い系のダンスは遠慮したいなぁ……

 

「ああ、またね。みりあちゃんもアイドル活動、頑張ってね」

 

「うんっ!」

 

「それでは、椿さん、お疲れ様でした」

 

「武内さんもお疲れ様です」

 

 会話が終わると二人は歩き出した。みりあちゃんは時折こちらを振り返りながら大きく手を振ってくれた。本当に良い子だと思う。

 

 そして今日の出来事で見えてきた気がする……俺がアイドルとして進むべき、道の一端が。


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