桃華ちゃまにお兄ちゃまと呼ばれたいだけの小説 作:しゅちゃか
またあれからしばらく話を聞いた。
一瞬外で待ちぼうけをくらっているボディーガード君達に思いを馳せたが、もう少し耐えてもらうことにした、ごめんよ皆……
話を聞くと、美城プロダクションの男性アイドル事情はどうやらややこしいようだ。
なんでも、346プロは今まで女性のアイドルしかプロデュースしていなかったが、最近男性アイドルのプロデュースに踏み出すことが決定した。しかし346プロには男性アイドルのプロデュース用のノウハウが無く、一から作り上げるのは時間がかかりすぎる―――そこで美城プロは中堅プロダクションである315プロの買収に踏み切ったのだ。他分野でも成功している美城だからこそできる荒業である。まあ買収と言ってもすげ変わったのはトップの首だけで、元315プロのアイドルたちは今までと変わらずアイドル活動が行えているようである、よかったね! ……いや、よかったのか……?
315プロを傘下に収めた346プロは元315プロのアイドル達の育成を引き継ぎながらも、346プロ初の男性アイドル獲得に乗り出した。そして栄えある第1号に選ばれそうなのがこの俺ということである。
「……どうでしょうか」
「いや、どうでしょうかって言われてもなあ……」
そもそも、俺にアイドルなんて務まるのかというのが一番の疑問である。
確かに、生まれ変わってそれなりに見れる面にはなったとは思うが、飛びぬけてイケメンというわけではないし、愛想の振舞い方なんて解ろうはずもない。
「そもそも、何で俺なんですか……?」
「それは……笑顔です」
「あ、言うと思った」
「まあ! わたくしとおそろいですわね、お兄ちゃま」
少し嬉しそうに桃華が言う。なんだろうかこの子は、一々俺のツボに刺さる様な発言をしないといけない義務でもあるんだろうか。
笑顔ですbotと化した武内さんは置いといても、俺にアイドルなんて務まるとも思えないし、それに―――
「その権利は、必要としている他の誰かにあげた方がいいんじゃないんですか?」
「それは……」
俺の言葉もまた正論であると感じたのか武内さんが言葉に詰まり、俯く。
そうだ、俺が一番気にしているのはそこだ。普段の俺にアイドルが務まらないと思っているのは事実だが、アイドルの演技となれば不可能ではない。伊達に櫻井家で十数年間暮らしてきたわけではないのだ。社交界とかでそういったものが必要になる場合がある。だが、演技でアイドルをやるなんて本気でアイドルになりたい人たちに失礼なんじゃないだろうか。アイドル達が行うキャラ作りとはまた違った、アイドルという職業を根底から否定するような行いであるように思える。そんなことを言った。
「本気でアイドルに成りたいなんて思ってもないし、そんな情熱もない、そんな俺がアイドルやるなんて―――」
「―――いいのでは、ないでしょうか」
「……え?」
一瞬、耳を疑った。
「本気で思ってない、ということは、多少なりとも興味はあるということでしょうか」
「あ、まあ多少は……」
だが、興味があるなんて言ってもアイドル活動とはどんなことをするのか、とかいった最早好奇心にも満たないものである。そんな俺に構わず、武内さんは続けた。
「多少の興味、というだけでも理由としては十分に思えます」
「それに、演技などなさらなくても、私は櫻井さんの頭を撫でている時の、自然な笑顔が良いと思ったのでこのお話をさせていただいています」
「私は、他の誰でもない、貴方が良いアイドルになると思ったんです」
……聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるような口説き文句だ。
武内さんが俺にそこまでのものを見出してくれていたのは意外だった。しかし、そこまでの理由がありながらも「理由は、笑顔です」だけの一言だったとしたら、少し言葉が足りなさすぎる気がする。
まあ、そこはどうでもいいか。そこまで必要としていてくれるのなら努力するのも吝かではない、さっきも言った通り全く興味が無いわけではない、要は俺自身が他のアイドルに失礼にならないよう意識を変えればいいだけのこと。
その意識をどうやって変えようか悩んでいたところ、桃華から声がかかった。
「お兄ちゃま、今の生活は楽しくて?」
「ああ、そうだな、桃華と一緒なら何でも楽しいよ」
「でしたら、桃華と二人で新しい世界に踏み込んでみませんこと? きっと、もっと楽しいですわよ」
楽しい……か。
アイドルをやっていて楽しいと思えるなら、それでいいんじゃないんだろうか。意識の改革なんて必要ない、胸を張ってアイドルをやっている、と言えるような気がする。
「それに、どんな世界だったとしても……お兄ちゃまと一緒ならわたくしも安心できますわ」
「……そこまで頼りにされちゃったらな」
「じゃあ……お兄ちゃまも?」
「そうだね……アイドル、やってみようかな」
「ええ! 二人でトップアイドル、目指しましょうね!」
そう言ってにこにこと笑う桃華。
そういえば、幼いころから桃華はなんでも俺のまねをした。食べるものから習い事まで、俺の後について俺のやったことを何でもやりたがった気がする。そう考えると桃華も俺と一緒に何かをするということが楽しいのかもしれない。そうならばシスコンとしては嬉しい限りだ。
「何にせよ、父様と母様に許可をもらってからだな」
「ええ、それも含めてまた後日お話させていただきたいと思っています……あの、本当に宜しかったのでしょうか」
「今更何言ってるんですか、武内さんの……いえ、プロデューサーさんの言葉があったからこそやろうと思えたんですよ」
「それに、桃華もまだ目が離せませんし……近いところに居れば安心かなって」
「もう! お兄ちゃまったら! わたくしはもうオトナのレディーなんですのよ、子供扱いはやめてくださいまし!」
「そうだなー桃華はれでーだなあーかわいいなあー」
「んにゃあっ、もう! 頭を撫でないでくださいまし!」
「……」
「どうしたんですかプロデューサー、微妙な顔をして」
「その、お兄さんは、桃華さんのことを大変大切にしていらしゃるな……と」
「あ、はっきりシスコンって言ってもらって結構ですよ」
そういうフォローされると逆に傷付くんで。
―――
少女の兄が外へ出て行ったのはその後しばらくしてからだ。どうやらボディーガードを長く待たせていたらしい。加えて何か両親に連絡をするそうだ。おそらく、アイドルのことの話をするために事前に連絡しているのだろう。
「あの、櫻井さん。少しお話をさせてもらっても宜しいでしょうか?」
「あら、どうかいたしまして? プロデューサーさん?」
「……櫻井さんは、どうしてアイドルになることを決断してくださったのですか?」
「ああ、先ほどのお話ですわね」
「ええ、お兄さんの前では話せない、とのことでしたので……」
そう、先ほどの「兄にはまだ理由を話せない」という言葉。その言葉を聞いた時、彼女の兄の表情が、ほんの少し苦いものに変わったような気がしたのだ。アイドルを志す理由、彼女の兄とは先ほど話したが、彼女自身の理由のを詳しく聞くことはできていなかった。
「……」
「あの、話し辛ければ結構ですので……」
「いえ、丁度宜しいですわ……聞いてくださる?」
そう言って少女は、理由を語り始めた。
「わたくし、お兄ちゃまの妹としての自分に納得がいってませんの」
「妹としての自分に……ですか?」
「ええ、お兄ちゃまは昔から何でもできる方で、剣道や書道といった様々なお稽古で数々の結果を残してきましたの」
「そんなお兄ちゃまに憧れて、わたくしも一緒にお稽古に励みましたの……でも、駄目でしたわ。わたくしでは、わたくしと同じ年齢のときのお兄ちゃま以上の……いいえ、並び立つことのできる結果すら得られませんでしたわ……それでは、駄目ですの……」
「そんなとこは無いと思います。お兄さんはきっと、櫻井さんのことを自慢の妹だと思っていらっしゃいます」
男には確信があった。この兄妹とはたった数時間話しただけだったが、互いが互いを尊重し合って、大切に思っている、そんな兄妹であるように思えた。だから、あの兄が多少自分より成績が悪い程度で、努力している妹を蔑ろにするようには思えない。しかし、目の前で悔しそうに目を伏せる少女は納得できないようだった。
「ええ、きっとお兄ちゃまは心からそう思ってださってると思いますわ……でも、わたくしが嫌なのです……」
「何か一つ、わたくしに何か一つでも輝くものがあれば、胸を張ってお兄ちゃまの妹であると言える。そう思ったのです……」
「それで、アイドルに……」
「少し、邪な理由ですわね……」
「そんなことは、ありません」
「え?」
否定する声が強いものであったのを感じて、少女は驚きながら顔を上げた。
「アイドルになることで輝く自分になれるとしたら……それは、とても喜ばしいことだと思います」
穿った言い方をしてしまえば、アイドルになりたい理由なんてものは殆どの場合、人気者になりたいとかいった自分本意なものだ。それに男は、少女の理由を邪なものだとは思っていない。今の自分に納得しておらず、そんな自分を変えたい。一歩目を踏み出す理由としては十分すぎるものだ。
短い男の言葉が男なりの励ましだと気付いた少女は、我が意を得たりといった風に笑った。
「ありがとうございます、プロデューサーさん……でしたらこの櫻井桃華、全力で輝くトップアイドルになってみせますわ!」
男は話を聞いていて解った。
なんてことはない、この少女も兄に負けず劣らず
315プロは犠牲になったのだ……オリ主とMマスアイドル達との共演……その犠牲にな……