桃華ちゃまにお兄ちゃまと呼ばれたいだけの小説   作:しゅちゃか

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第十話

 麗らかな日差しの中、346プロ内のカフェテリアでゆっくりとコーヒーを流し込む。午前のレッスンも終わり、今日はもうオフ。さてこれからどうしようかというところだ。

 

 なんて格好つけてみたものの、結局はやることなくて暇なだけ。今晩はCDデビューおめでとうのささやかな外食パーティーを桃華と行う予定なので先に帰るわけにもいかない。事務所に戻って志狼君達の遊び相手でもしてようか。

 

「お兄ちゃまー!」

 

 と、そこまで考えた所で我が愛しの妹の声が耳朶を打つ。振り返ると、桃華が満面の笑みで手を振りながらこちらへと駆け寄ってくる。こうやって346プロ内で話す機会が出来るのも久々だ。

 

「お疲れ様、桃華、ちょっと遅いけど今からお昼?」

 

「ええ、CDの収録が長引いてしまって……それよりお兄ちゃま、今日のこと忘れていませんわよね?」

 

「勿論だよ、桃華に相応しいオトナのお店を予約してるからね、楽しみにしててよ」

 

「ふふん、それならいいのですわ。オトナのレディーであるわたくしをしっかりエスコートしてくださいまし」

 

「仰せのままに、お嬢様」

 

 そう言って桃華の手を取り隣に座らせる。俺に似合わない気障ったらしい台詞だが、桃華はこういった多少芝居がかったやり取りを好む。桃華が喜ぶのなら多少の恥は何とやらだ。

 また、オトナのお店とはいったものの正直ただのシックな雰囲気のあるレストランなので、そこまで値段は高くない。我ながら良い店を見つけたと思う。

 いやらしい想像をした人は先生の所まで来なさい。

 

 一連のやり取りを終えた俺だがさっきから少し気になることがあった。

 

「ところで……そちらのお二人は桃華の知り合い?」

 

「え? お二人って……わひゃあ!?」

 

 桃華が振り返ると、至近距離に女性二人が立っていた。

 と言うかそもそも最初から桃華の後ろにぴったりくっついて来ていたんだが……気づかなかったのか。

 

「聞きました奥さん? わひゃあですってよ、わひゃあ」

 

「あーらなんとまあお可愛らしいこと、流石オトナのレディーですわね」

 

「もう! 志希さんもフレデリカさんも、いきなり後ろに立たないでくださいまし!」

 

 始めに発言した一人はウェーブのかった長髪の、学生服を着崩している女性だ。それに便乗したもう一方の女性はショートボブの金髪で、何処か日本人離れした雰囲気を醸し出している。

 

「にゃはは、いきなりなんて立ってないよー。桃華ちゃんが気付かなかっただけだもーん」

 

「仕方ない仕方ない、お兄ちゃまに夢中だったんだよね。ねー、お兄ちゃま?」

 

「え? 俺?」

 

「っっ! もう!」

 

 そう言ってぽかぽかと二人を叩く桃華。

 あー、これは……きっと悪い人たちではないんだろうが、こういう感じの人桃華は苦手だろう。自由人というか、フリーダムというか……現にこうやってからかわれているし。少し助け船を出そう。

 

「あー、桃華? お二人を紹介してもらえると嬉しいんだが」

 

「あ、ええ……んんっ、こちらCDのアルバム収録をご一緒させていただいた、一ノ瀬志希さんと宮本フレデリカさんですわ」

 

 そう言って交互に二人を指しながら紹介してもらう。

 

「どうもー、一ノ瀬志希でーす。気軽に志希ちゃんって呼んでいーよー」

 

「フレちゃんはー、遥かフランスからセーヌ川を渡ってやってきた、姓はフレデリカー名もフレデリカー、人呼んで宮本フレデリカでーす。気軽にフレデリカ様って呼んでいーよー」

 

「これはどうもご丁寧に、志希さんとフレデリカ様さんですね。桃華がお世話になってます。桃華の兄の櫻井椿です」

 

「わーお、ボケ殺しー? 志希ちゃん、この人手ごわいよ~」

 

「私はボケたつもりはなかったんだけどにゃー」

 

「突然の裏切り!? ひどい! うう~桃華ちゃーん、慰めて~」

 

「ああもう! おだまりなさい!」

 

 あの桃華が振り回されている……って偶に俺がからかう時もこんな感じだったわ。なかなか個性的な方々のようだ……特に俺の周りを文字通り"嗅ぎ回って"いる一ノ瀬さんの方が。

 

「……くんくん……くんくん」

 

「うおっ……」

 

「まあ! 何をなさってますの!? お兄ちゃまから離れなさいー!」

 

 桃華にぐいぐいと引っ張られてようやく俺から離れる志希さん。

 美少女に顔を近づけられて、首の後ろの当たりを嗅がれる。文字にすると羨ましい事この上ない感じだが、俺は突然の事で驚きまくって固まるしかできなかった。童貞舐めるなよ!

 

「キミ、不思議な匂いがするね。匂いが移ろい、彷徨って不定形。だけど、移り変わる匂いの奥底で変わってない匂いが根っこの部分にある……それが、キミをキミたらしめるものなのかな?」

 

 ……いきなり匂い嗅がれたと思ったら、自分の匂いについて哲学的な評価を下された……なんだこれ。言葉のトーンから察するに褒められてはいるようだが、匂いでそこまで解るものなのだろうか。

 

 だが、真面目な話をすると心当たりはある。俺の根っこの部分、俺を俺たらしめているもの。

 

「その匂いって……」

 

「んん?」

 

「多分、薔薇の香りがしてたんじゃないんですか?」

 

「……にゃはっ、キミ、面白いね。自分のアイデンティティーを客観的に理解している人なんて、中々居ないよ?」

 

 それはどーも、まあ人生2週目ですから。 伊達にあの世は見てねーぜ!

 

「んもうっ! 志希さん、初対面の殿方……だけじゃなくて、人の匂いを勝手に嗅ぐなんて非常識ですわよ!」

 

「ふぇーい、ごめんなさーい」

 

「そうですわ、ひじょーに非常識ですわ」

 

「フレデリカさんも、真面目に言ってくださいまし!」

 

「えへへー、イッツフレンチジョーク!」

 

「ただのダジャレではありませんの!」

 

 桃華、苦労してるんだな……だがそれも経験、桃華も本気で嫌がってはないようだし、こういう今まで触れ合ったことのない人と触れ合うというのは貴重な経験だ。

 

「も、もう怒りましたわ……二人ともそこに正座なさい! お説教です!」

 

「わー、桃華ママが怒ったー、にげろー」

 

「にげろー」

 

「お待ちなさーい!」

 

 ……こ、これも貴重な経験だから……

 走りゆく桃華の背中を眺めていると、こっちの背中からも声が聞こえてきた。

 

「いったい、桃華さんはどうしたんですか?」

 

「あらあら、フレちゃんに振り回されちゃったのね、可哀想に」

 

「フレデリカさんですか……とても元気な方でしたね……」

 

 振り返ると、ありすちゃんとまた別の女性が二人立っていた。

 さっきの二人が美少女とするのなら、こちらの二人はまさに美人といった感じだ。

 

「こんにちは、ありすちゃん。ありすちゃんもCDのレコーディング?」

 

「こんにちは椿さん、椿さんの言う通り、私にぴったりのとてもクールな曲でした。CD、楽しみにしててください」

 

 そう言って胸を張りながら得意げに言う。それなら良かった。ありすちゃんにとって曲が自分に合っているかどうかというのは、とても重要なことだろう。モチベーションも変わってくるだろうし。

 

 と、言うことはこのお二人も……

 

「あっ、紹介します。さっきまでレコーディングで一緒だった、奏さんと文香さんです」

 

「どうも、櫻井椿です。ありすちゃんの同期としてアイドルやらせてもらってます」

 

「貴方が……ふふっ、よくありすちゃんからお話は聞かせてもらってるわ、速水奏よ、よろしくね」

 

「鷺沢、文香です……宜しくお願いします」

 

 ありすちゃんが俺の話を? 気になる……「ウザイ奴が同期にいてー」とかだったらショック死する自信がある。そんなこと言う子じゃないのは解ってるけど。

 

 話を聞いているのは何も向こうだけじゃない。CDの収録が始まってからありすちゃんと顔を合わせるたびに、丁度二人の話はよく聞いていた。

 

「宜しくお願いします、俺の方もありすちゃんからお二人の事はよく聞いてますよ。速水さんは大人っぽくて格好いい、鷺沢さんは知識量が凄い方だって。嬉しそうに話すものだから、本当に尊敬してるんだなって」

 

「つ、椿さん!」

 

「あら、自分への良い評価をそんな風に聞くなんて……何だか照れるわね」

 

「ありがとうございます……ありすちゃん」

 

「うう……」

 

 照れながら俯くありすちゃん。少し喋りすぎたか、悪い事をしてしまった。家庭訪問とかで親の前で先生に褒められるとこんな感じだったなぁ……

 

「それを言うのなら、貴方の話だって……例えば―――」

 

「奏さんっ!」

 

 聞かせてほしかったが、ありすちゃんの大声に遮られてしまった。例えば!? 例えば何!?

 

「ふふっ、そうね、女の子同士の秘密の会話だったものね、みだりにバラしちゃうのは良くないわね」

 

 ええっ、気になる! まあでも知られたくないのなら仕方ないか……

 俺が顔には出さないが気持ちしょんぼりしていると、速水さんがくすりと一つほほ笑んでこちらに近づいてきた。

 

「そう落ち込まないで、今度……埋め合わせしてあげるから」

 

「え……お?」

 

 速水さんが俺の顎を撫でるように持ち上げ、ゆっくりと囁くように言う。

 お? いいのか? うちら童貞やぞ? 少し思わせぶりな態度取られるだけで惚れるぞ? いいのか? そんなんでいいのか?

 

「むっ、奏さん! ダメっ、ダメですよっ!」

 

 そしてまたもやありすちゃんの大声に遮られる。こ、今度は助かった……意外と早く堕ちる所だった……

 

「あら、どうして駄目なの? ありすちゃん」

 

「あ、え? えっと、それは……そう! 私たちはアイドルなんですから、男性との過度な接触は厳禁ですよ! 厳禁!」

 

「それもそうね、ふふっ」

 

「解ってくれればいいんです」

 

 そう言って得意げにするありすちゃん。んもー、すぐ論破したがるー。

 と言うか、やっぱりこれからかわれてるやつだわ。知ってた。

 

「貴女も、イイ性格してますよね……」

 

「ごめんなさいね、良い反応してくれそうなものだから、つい」

 

「……お気に召しましたか」

 

「ええ、ばっちり」

 

「やはり……奏さんは進んでいますね……」

 

 何となく、振り回される桃華の気持ちが解った……

 




もうちょっと文香さんを喋らせれば良かった。
主人公との絡みはまた別の機会に。

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