第五話:天国と地獄
目を覚ますと辺りは薄暗かった。
夜といった青い感じではなく、今にも雨が降り出しそうなぐらいの薄暗い、灰色の暗さだった。
(ここは…何処だろう?)
辺りを見渡すが何も無い。
「何も無い」の文字通り本当に何も無い。
地面、地平線、あるのはそれだけ。植物も無ければ人もいない。
殺風景中の殺風景、キングオブ殺風景だ。
気にしてみると大怪我だった身体の傷が全くない。
あれだけの大怪我を全く傷跡も無く治す事など出来るのだろうか?
もしかすると、寝てしまった間に殺られたのかもしれない。
そして此処は死後の地獄なのかもしれない。もしくは夢の世界か…
もし地獄だとすると孤独地獄なのだろう。
そんなものあるかどうかも知らないが。
ずっと立ち止まっているわけにもいかないので、少し歩いてみることにした。何か見つかる可能性に賭けて果ての果てまで歩いた。
なのに、私は全く疲れなかった。そして、依然として何も無かった。
(なんにもない)
何処まで歩いたんだろうか、1年にも感じるし1時間ほどにも感じる。本当に何も無い。静か過ぎて耳が痛くなる。
(いつまで此処にいればいいんだろう)
出口が見つからない、もう諦めるしかない。
そう思い元来た道を戻ろうとし、振り返った時、私の2、3メートル先に黒髪の子供が体育座りで座っていた。
ビックリした。心臓が飛び出るかと思った。
「…どうしたの?大丈夫?」
私が声をかけるとその子供は顔を上げた。
…その子は少女だった。泣いていたのか少し目が赤い。
「……」
少女は何も話さずに私を見ていた。
いや、少女の目は私を少し逸れて私の後ろを見ていた。
少女の目に何が映っているのか…。少し怖かったが私も振り向くと。
「蜻ェ繧上l縺溷ュ」
「繧ウ繧、繝?r谿コ縺輔?縺ー」
ドコの言葉か分からなかったが、6人の男達が私達に向け口々に叫んでいる。気付くと四方八方を囲まれており、逃げ道はすでに残っていなかった。
6人の男は黒い頭巾を深く被り、薄暗いこともあってか、顔まではわからなかった。
ズボンや服は所々擦り切れているが、見た目は中肉中背。
貧困でも無ければ高貴でも無いといった所、もといただの村人のような感じだ。
皆、左手に松明を持っており赤く煌々と燃えていた。
右手には鍬や鎌、レーキといった道具を皆それぞれ持っていた。
見なくても分かる…彼らは私達を殺すつもりだ。こんな多人数で挑まれたら、戦うまでもなく一方的な死が待っている。
おっと、ここが地獄なら殺される事は無いのか。
「谿コ縺幢シ∵ョコ縺幢シ∵ョコ縺幢シ」
そして、悪しくも私の予想は的中し彼らは襲い掛かって来た。
鍬が私に振り下ろされる。私は震える少女を抱き、強く目を瞑った。
「…ッ!!」
私は仰向けの状態から上半身を一気に引き起こすと、先程の薄暗い色と打って変わり純白が眼前を覆った。自分を見てみると着ている服も白衣のようなもので、すぐにここは病院だと分かった。
(良かった…夢か)
「あ!やっと起きましたか!」
横から可愛らしい声が聞こえてきた。
声のほうに頭を向けると……可愛いらしいウサギがいた。
…訂正しよう、ウサギじゃない。いや、ウサギなのだがウサギじゃない。
白いブラウスに赤いネクタイ、その上に黒のブレザーを着て、下は膝上までのミニスカート、三つ折りソックスに茶色のローファーを履いている。
ここまでは只の女子高生だ。しかし一際私の目を引いたものがある。それは赤い目と薄紫色の髪、最後にウサギの耳だ。
「…可愛い」
…おっと思わず本音が出てしまった。
「え!そ、そうですか…/////」
ちょっと照れてる…可愛い
「何でウサギのコスプレなんですか?」
疑問に思ったので聞いてみると、
「違いますよ!本物のウサギですよ!」
ホラ、と言って彼女は後ろを向きふわふわの尻尾をみしてくれた。
確かに偽物には見えない。しかしこれは…確かめないわけにはいくまい!!
ガッと手を出し兎の尻尾に触れるとモフッ、フワッとした感触を得た。
「ひゃあ!触るのは駄目です!」
いちいち反応が可愛い。
「いやーごめんなさい。反射的につい…」
もちろん嘘だ。
彼女は名を”鈴仙・優曇華院・イナバ”と言った。
さっきの夢のせいで1人になるのがちょっと怖かったので兎の彼女に逃がす隙を与えず、マシンガントークを始めた。兎の彼女とは精神年齢が同じなのか、想像以上に気が合い、楽しい時間を過ごした。
しかし、時の流れは無情なもので、嫌な時は遅く、楽しい時は早く過ぎてしまう。
もちろん時間は私にだけ贔屓してくれるはずもなく、これまでと同じく楽しい時間だけを早めていった。
「…ウドンゲ、何してるのかしら。」
「…ひッ!!お、お師匠様?」
彼女の後ろのドアを開けて現れたのは、彼女が「お師匠」と呼ぶ人。
赤と青を強調した服装で、赤と青の帽子、白の長い髪を三つ編みにしている女性だ。彼女がお師匠と呼ぶので、多分、彼女の上司なのだろう。
「目が覚めたら伝えてと言ったはずなんだけど?」
はにかんで言うのがまた怖い。
「あ、これはですね、えっと…」
そのお師匠という方がそんなに怖いのか、彼女はかなり焦っている。
「…ごめんなさい!鈴仙さんは悪くないんです…」
悪いのは私なので、少しだけ恐かったが勇気を出して謝った。
頑なな人ではなく、理由を説明するとすぐに納得してくれた。
「すみません…」
「別にいいのよ、うどんげに危ない事が無いようにしたかっただけだからね」
…竜ってそんな怖がられてるのか…それとも自分が山を破壊したからだろうか?多分、どっちもだ。
「そういえば、申し遅れたわね。私はこの世界の医者、八意永琳よ。」
「私はただの人間の…名前はまだないです。」
「人間?貴女、竜じゃないの?」
うどんげさんも疑問そうな顔でこちらを見ている。
多分これから何回も説明しないといけない内容を永琳に話した。
「私って2人いるんです。一つの体に2つの魂が入ってるんです。」
「解離性同一性障害…かしら?」
「かいりせい…何ですかそれ?」
優曇華が、永琳に質問する。
たしかに、私の生きていた世界にもその精神病はあったが、なぜこの世界の者が知っているのか?とにかく、この状態は病ではない。
「いえ、そういうんじゃなくて、もっと何か……特殊なやつです。」
私自身も分からない。やっぱり竜に聞かなければ。
(身体の形貌融合化、魂の精神分離化だな。それを、転生中に行った。)
竜が私の中で喋った。
(うお!いつの間に起きてたんですか!?)
(…ずっと前だ)
竜の説明は自分でもよく分からなかったが…とりあえず永琳にそう説明した。
「へぇ…そんなことが出来るなんて、流石竜ね!」
私もそう思いますわ。ほんと。でも、それ以上に話を聞いて瞬時に理解した永琳も凄いと思う。
それから、永琳が興味深々に話を聞かれたが私は何も分からないので、竜の言葉を代わりに外に発した。
ある程度話をすると永琳は満足気な顔で質問を止めた。
「詳しい話はまたゆっくり聞かしてもらうわ。」
本当に凄い知識欲だ…感服する。
「で、今更なのだけど寝汗が凄いわね…」
「三日前からずっとうなされてましたから多分、悪夢でも見たんじゃないでしょうか?」
優曇華さんが代わりに答えてくれた、ずっと付き添ってくれたのだろう…ってちょっと待て!三日前!?
「え!?三日前!?三日前ってどうゆう…」
「あ、まだ教えてなかったわね。貴方は約三日と半日ほど眠っていたのよ。」
おうふ……せっかくの新しい世界を初日にして眠り続けるとは…
高校の修学旅行だったら何も観光せずに三日間バスの中で眠っていて、帰るときになって起きる感じの後悔的な気持ちだ。何たる無念……
しかしまあ多分まだこの世界にいられるわけだし、三日間ぐらいどうってことないか!
「で、さっきの話なんだけど、お風呂を使っていくといいわ。そのままだとべたべたして気持ち悪いと思うから。優曇華、用意をお願い。」
はいっと言って優曇華さんは部屋から出て行った。
「そうですか、それではお言葉に甘えて…」
私はベットから足を投げ出し、床に立った。
(あれ…痛みがない)
「フフ、驚いているようね。月の力を持ってすればあんな重傷でも、綺麗に治せるわ。」
それは凄い、もしかしたら私のいた世界よりも医学は発達しているのではないだろうか。
だが、少しだけ首に違和感を覚えた。首に触れると鉄の首輪のようなものが付けられていることに気付いた。
「ああ、それは首棘輪よ。貴方が逃げ出さないように、攻撃してこないようにするため。もしそうしようとしたならば首が体と離れるわ。」
永琳の眼つきが変わった。真剣な眼差し、または、威嚇する顔だ。
「私の可愛いうどんげを傷付けられるわけにはいけないからね。」
声のトーンを1つおとしている。ドラマで見た
「ええ、分かってます。私は戦うために来たんじゃないですから、そんなこと絶対しませんよ。まあ、信じてはもらえないと思いますが…」
つかの間の沈黙が漂い、永琳が口を開いた。
「なーんてね、分かってるわよ。貴方が危ない者じゃないくらい。」
(信じてもらってたんかーいッ!!)
シリアスな雰囲気に任せてちょっとキメたセリフを言ったのに、恥ずかしい…
「うどんげとの会話を聞いてたら分かるわ。あなたに害が無いことくらい。」
「いつから聞いていたんですか?分かってたならそんな凄まなくてもいいじゃないですか…」
「ちょっと反応が見てみたかったのよ。」
そう言って永琳は私の首の首輪に手をあてた。
ピコーン ガシャ
首輪は近未来的な音を鳴らして外れた。
「…いいんですか?私、もしかすると暴れだすかもしれませんよ。」
「もしそのときは…私が相手になるわ。それに本当に暴れるものは暴れるなんて言ったりしないわよ。」
この人には敵わない。多分、本当に私が暴れたとして負けるのは私だろう。
ガラリ
「お風呂の準備できましたよーあれ?取り込み中でしたか?」
「いや、何でもないわ。」
「はい。何でもないですよ。」
優曇華さんは頭に疑問符を浮かべているが、私は小さく笑みを浮かべた。
「あっ、あと着替え。あがったらこれ着てください。」
「はい。ありがとうございます。」
私はお風呂まで案内してもらった。大きなお屋敷だ。
脱衣所の鏡を見てふと疑問に思った。そういえば私はまだ自分の顔を知らない…
前世の私の顔は記憶から欠如しているし、竜が人間の私を創ったので、自分の顔を見るのはこれが初めてになる。ちょっとワクワクするが、正直ちょっと恐い。
目を瞑り鏡の前まで行きパッと目を開いた。
「え?これは…」
私は驚いた。私は自分の顔を見るのは初めてではなかったからだ。
鏡に映った自分は…夢で会った少女の顔とよく似ていた。