最近竜の方に手を出してないので、今日は竜がメインの回です。
「失礼するぞ」
図書館の扉の開く音がする。
「…あなた毎晩来るわね、」
パチュリーが本から目を離さず無愛想に言った。
「本を読むのは好きなんだ。」
私は昨日の読みかけの本を手に取った。
私の名前が決まった日…あれから数日ほど経った。もう一人の自分もここの生活に慣れてきたようだ。
私は夜の間だけ活動している。もちろん昼も起きてはいるが前面に出ることはない。夜になればここに来る、そして朝まで本を読む。彼女が起きると交代だ。
「おすすめの本はあるか?」
読み終わった本を棚に戻してパチュリーに問いかけた。
かれこれこのやり取りも十数回だ。
「最近は『鬼の作り方』っていう本を読んだわ。」
「鬼なんか作っても邪魔なだけだ。」
「…じゃあこんな本は?『夜型のデメリット、朝型のメリット』」
「自分こそ読んだ方がいいんじゃないか?」
「読んだけど私には関係ない本だったわね。」
「じゃあ多分、私にも関係ないな。」
結局今日は『孤高の英雄』という本を読むことにした。
「…あなたもここの生活に慣れてきたわね。」
「ああ、確かに慣れたな。」
簡単な内容の本だった。
ある所に変わり者の勇者がいた。
彼はとても強く、あらゆる街や村を救っていたが人間嫌いや一匹狼の性格からか皆にはあまり歓迎されなかった。
「紅月も紅月よね、最初は紅茶すら入れるのすらままならなかったけど今ではまともになってきてるじゃない。」
「最初の紅茶か。あれは傑作だった。」
紅月の作った紅茶が不味すぎてレミリアが盛大に吹き出した事件…
私は思い出して少し笑った。
「…少し気になっていた事があるんだが、いいか?」
「何かしら?」
「なぜ…私を雇ったんだ?」
「レミリアが言わなかったかしら?咲夜が楽になるからって。」
「私が聞いているのは本当の理由だ」
少しの沈黙にパチュリーは口を開いた。
「あなたは勘がいいのね……あの子は何も気付かなかったのに」
「あいつも気付かなかったわけじゃない、ただ聞く勇気が無かっただけだ。」
また少し沈黙が続いた、今度は自分から口を開いた。
「私を雇った理由を教えてくれないか?場合によってはここを去らなければならない」
「あなたの考えていることはだいたい分かるわ…私達があなたを殺そうとしようと計画していると考えてる。違う?」
私は無言でうなづいた。
「残念だけど……それは違うわね。」
パチュリーはやっと私を見て答えた。
「まず私達があなたを殺すメリットがない、それに簡単に殺せるとも思わないわ。あの数で挑んで手こずったのだからね。」
彼女の目は嘘をついていない、私の勘がそう感じた。
「じゃあなぜ私を雇った?そっちに得は少ないはずだが…?」
「それは……」
「それは、あなたの見張りのためよ…楓」
言葉を淀ませたパチュリーに代わり、棚の奥から別の声が聞こえてきた。
「…その名前で呼ぶな、私の名前じゃない。それにいつからいたんだ?」
彼女は奥の棚からヒョイと出てきた。この館の主、レミリアだ。
「最初からよ。…紅茶の話しの時からね。」
レミリアはパチュリーを睨んだが、パチュリーは本にスッと目を移した。
「で、話を戻すけどあなたを雇ったのはあなたを監視するためよ。」
レミリアはこちらを見て言った。
「まだ疑っているのか…そろそろ信用してくれないか。」
故意では無くても紅魔館を破壊しようとしたことは分かっている。それで信用してくれと言っても、ただのワガママかもしれない。でも、そろそろ信用してほしい。ずっと監視されたままでは居心地が悪い。
「大丈夫よ、少なくとも私はあなたのことを信用しているわ。咲夜も少なくとも悪い竜じゃないって言ってるし、今までを見ても悪さの欠片も見つけられないしね。」
「じゃあなぜ私をここに置く?メリットは少ないだろう?」
「あなた……この世界に異変っていうのがあるのは知ってる?」
異変…この世界で起きる大規模な事件のようなものだと聞いたことがある。私がこの世界に来たときもちょっとした異変騒ぎだったらしい。
「ああ、それが?」
「異変を解決することは私たちにとって英雄になることよ。夜の宴で主役……憧れるわよね…」
あ、何が言いたいのかだいたい分かってきた…
「つまり、あなたが異変を解決して紅魔館の手柄になる。私は鼻が高いし、皆にも自慢できる。ワクワクするわ!」
「何だ、やっぱり子供か。」
おっと、心の声が口に出てしまった…
「子供ってなによ!?もう500年も生きてるのよ。」
「500歳児か…」
おっと、また口に出してしまった…
と、そんなこんななやり取りをしていると図書館の扉が開いた。
「お待たせしました、パチュリー様。必要なもの用意できましたよ!」
小悪魔が大量の荷物を持って図書館に入ってきた、どうやらこれから何かするらしい。
「そこに置いておいてちょうだい」
パチュリーはそう言うと読んでいた本を閉じて席を立った。
「邪魔になるか?」
私がそう聞くと、「儀式に巻き込まれたいなら居ていいわよ」とパチュリーが言った。もちろん巻き込まれたくなどないので、私は読み終わった『孤高の英雄』を棚に戻し新しい本を取り扉に向かった。
「そういえば、その本どうだった?」
人間嫌いの勇者はある時とても凶悪な竜に出会う。勇者は竜から村を守るために立ち向かうが、竜の強さは凄まじく勇者は膝を着いてしまう。竜の爪が勇者を捉えたそのとき、1人の女性が勇者を庇い大怪我をおおう。勇者は女性を抱いて走り、その修羅場から逃げ延びた。
勇者は持ち前の魔法で女性を治し、勇者は人間の優しさを知った。そして勇者は仲間をつくり竜と再戦し勇者達は勝った。
そして勇者は仲間を大切に思い、人々にも優しく接するようになる。
人々は勇者のことを『英雄』と呼ぶようになり、英雄は皆を愛し皆に愛された。
という形で物語が終わる。
「……何か自分勝手な作品だったな、」
「竜が悪者だったから?」
「まさか」
私は首を横に振った。
「勇者の人間嫌いが1度助けられただけで治る、たったそれだけのものだったのか、それに村人達だって勇者が人間好きになっただけで手のひらを返し皆が好きになる。現実はそんなに甘くないだろう?」
「現実と物語を比べちゃ駄目よ、そんなことしたら浦島は龍宮城に行けないわ。」
「その話をしたらダメだ、そんなことしたら桃から人なんて生まれない」
パチュリーがクスリと笑った。
「物語と並べては駄目だけど、あなたはまだ英雄じゃなくて勇者ね。」
「凶悪な竜じゃないだけマシだ。」
私は扉に手をかけ図書館を出ようとした。
「あ!そうだ!待ちなさい紅月!」
レミリアが思い出したように私を呼び止めた。
「何だ?」
「あなたに来客よ」
こんな夜遅くに?誰だろう?
「昼間は恐いメイドがいるから入れないらしいわ…、あなたの部屋にいるわよ。」
「わかった、すぐ向かう。」
私は廊下を歩きながらさっきパチュリーが言ったことについて考えていた。
私は勇者…たぶん紅月のほうは英雄だろう
私は昔、自分が英雄だった頃のことを思い出していた…