東方高次元   作:セロリ

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79話 手段があまり無いとは……

俺の力じゃあ魔界には行けないし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠い眼を擦りながら、俺は布団から起き上がる。

 

「やっぱ眠い……流石に疲れの全ては取り切れなかったか……」

 

まあ、そんな事を言っても仕方ないと思いながら、俺は寝る前の事を頭の中に浮かべて整理していく。殆ど寝惚けているような状態で行動を行っていたので、少々靄が掛かってしまっている。

 

確か……家に帰ったら、燐がいて、空がいたと。そしてその二人は俺の芋羊羹を食べていて、更には客人が……。

 

「ああそうだ……そうだった……」

 

俺は布団から身を起こしたまま、そう小さく短く呟く。またその客人がいた事と、その居た理由を思い出し安堵のため息を吐く。

 

「聖白蓮の封印解除か……俺には不可能だぞ? ……うん」

 

そう呟きながら、布団から立ち上がり、疲れの拭いきれない身体の重さに顔をしかめながらも、ゆっくりと居間へと移動する。おそらく客人達、ムラサや一輪は燐達と寛いでいるはずだ。

 

そう勝手に決めつけながらも、むしろそうしていて欲しいと思って襖を開ける。呆れられて帰っていたらそれはそれで俺が傷つく。

 

そして襖を開けると、ガヤガヤとした騒がしさが耳に届いてくる。大凡俺の願望が当たっていたという事だろう。

 

睡眠をとると人間の体温は低下するため、廊下に出た瞬間思わず身体がブルッと震えてしまう。俺はついつい両手に自分の呼気を当てて寒さをしのぐような動作をしてしまう。そしてその動作が地底ではまったく似合わないという事に気付き、苦笑してしまう。

 

「何やってんだ俺」

 

この場に燐や空がいたら俺を見て笑いそうだなと思いながら廊下を歩き、居間と廊下を隔てる襖を開ける。

 

するとそこにいたのは、もちろん睡眠前とは変らず燐と空とムラサと一輪。

 

卓袱台の上にあるのは、最近俺が燐に良く食べさせている現実世界での菓子類である。これらを見ながら判断すると、四人とも寛いでいる様子であり、先ほどの態度とは随分と違っているのだと思わせる。憶測でしかないが、燐たちが彼女達の持っていた妙な緊張をほぐしていたのだろう。

 

俺が開けた事に気がついたのか、彼女達は一斉に俺の方を見てくる。

 

何とも恥ずかしく感じながらも、頭を下げつつ

 

「遅れてしまい申し訳ありません。ムラサさん、ええと……」

 

詫びを入れつつ彼女達の名前を言おうと思ったのだが、紹介されていたのはムラサのみだった事に発言中に気が付き、思わず何と言って呼んでいいのか俺は戸惑ってしまった。

 

下手に此処で一輪を呼んでしまうと、何故会ってもいないのに知っているのかと問い詰められそうであり、ソレを考えると、此処でどもっておいた方がまだマシなのである。何とも阿呆な登場に変わりはないが。

 

俺の情けない沈黙を破ったのが、当の本人である一輪であった。

 

「大正耕也さん。まだ名乗っていませんでしたが、私は雲居一輪。よろしく」

 

「あ、はい。申し訳ありません。此方こそ宜しくお願いします」

 

そう返事をした所で、ふとある違和感を覚える。この場においてこの違和感を認識するのは、おそらく一輪本人以外では俺のみであろう。

 

彼女は入道の妖怪。ゆえにもう一妖怪、雲山がいなければならないのだ。ソレが彼女とセットでないからこんな違和感を感じるのだ。

 

が、ソレもただ屋根の上に配置させているだけという事も考えられるし、すぐにその違和感を解消させられた。

 

その違和感を無くした後、ニコニコしながら手招きする燐の方を見て頷き、ムラサ達と机を挟んで相対するように座る。そしてソレを見届けた燐たちは空気を察してか、無言で居間から退出して行った。

 

俺は燐たちにありがとうと思いながら、見送った瞬間に、先ほどまでの和やかな空気が一変した事を感じた。そう、俺が眠る前の空気に近い。ムラサ達を中心とした重く暗い空気があたりを支配し始めているという様に感じてしまう。

 

そして、まるでこの畳みに突然傾斜ができたかのように、ズルズルと此方までその空気に引き込まれてしまう感覚さえある。

 

俺が現れたことで、彼女達は本題に入ろうとしているのだろうか。それとも、俺が来た事で本題を思い出し、反動が来てしまったためか。

 

その部分は俺には把握しきれていないのだが、彼女達にとっては勿論、俺にとっても重要な案件になるのは間違いなさそうだ。いや、間違いないだろう。

 

何せ、彼女達にとっては白蓮という何にも代えがたい存在が遠く遠くの世界である魔界に封じ込められてしまったのだから。さらに言えば、今彼女達は封印されたばかりといっても過言ではないだろう。

 

確かに人間達にとっては彼女の行為は裏切りに等しいものだったに違いない。自分たち人間だけの味方だと思っていた人が、すでに人間ではなく、そしてその身体を維持するために妖怪から妖力を譲渡してもらっていたのだから。

 

だが、彼女を慕っていた妖怪達にとってはたまったものではない。彼女の思想に賛同し、人間と平等の関係を築き上げるという事に奔走していたのだから。だからどうしてもその思想を実現させるには彼女の力が絶対必要で。

 

そして彼女に救われたムラサにとっては賛同者、信者以上の付き合いがあったと言っても良いだろう。そこで突然彼女がいなくなってしまったらどうか? 俺だったら助けたいに決まってる。関係があの鵺での一件以来の俺ですらそのような選択肢を浮かべ、選ぶのだ。ムラサにとってみれば尋常ではない事態であり、選択するのは必然と言っても良い。

 

そこまで考えてから、この重い沈黙を破ろうと俺は努めて静かに話を切り出す。

 

「まずは、下らない私情により遅れてしまい、誠に申し訳ありません。ムラサさん、雲居さん。どうか先ほど仰られてました、白蓮さんの事についてお話しくださいませんか?」

 

と、再度謝罪してから彼女らが詳細に白蓮の事を話す様に仕向ける。

 

俺が話すのと同時に、ムラサ、一輪の身体が強張るのが見て取れる。話したくもない程嫌悪するモノなのだろう。一瞬顔をムラサが歪めてから、此方を力強い、しかし何かを抑えたような眼で切りだしてくる。

 

「まず率直に依頼内容を改めて。大恩ある聖白蓮の解放をお願いしたいのです。……そして、依頼内容の詳細を言いますが宜しいですか?」

 

と、深呼吸をしながら言ってくる。

 

俺はその言葉に、はいと言いながら、シャープペンとメモ帳を取り出し、依頼内容の把握と記憶に努める事にする。

 

カチリカチリとノックを親指で叩き、スライダーより芯が出た事を確認すると、ムラサと一輪の方を見て

 

「お願いします」

 

と、一言う。

 

「はい、では……」

 

それにムラサが一言返し、眼を瞑りながら言う。

 

「まず、聖が封印されている場所は、この地底、そして地上のどこでもなく、魔界、その中でも法界と呼ばれている世界に封印されています。この法界というのは通常、人間ではどうあがいたとしても辿りつく事のできない場所なのですが……」

 

そう後半の声を段々と小さくさせながら、搾りだすように言ってくる。その様子は何とも俺に言いづらそうな、言いたくないような感触を持ってである。

 

彼女の雰囲気から、言葉から、頭の中に一つの疑問点が湧いてくる。

 

先ほど彼女が言った、人間ではいけない場所。行けない場所なのにもかかわらず、何故俺に依頼をしてきたのだろうか? 正直なところ、魔界に行くというのならば、人間の俺なんぞよりも地底に古くからいる妖怪に依頼した方が、遥かに可能性がある。

 

少々頭の中で首を傾げたくなってしまったが、それを抑え、彼女が口を開くよりも先に俺が疑問を投げつける事にした。

 

「途中ですみません。魔界とは、人間ではいけない所。なのになぜ私に依頼を?」

 

すると、横にいた一輪が少々眉をへの字にして言ってくる。

 

「実は、すでに協力を募ってみたのですが、全く相手にされなかったのです。これについてはあまり気にしないでください。……そして、人間である大正耕也さんを頼った理由としましては、すでに聖と会い、またその実力も十分に聖から聞いております。ですので、今回私達は貴方の助力を得たくここに」

 

一輪は、妖怪に断られたられたというのを余り聞かれたくはないようであった。おおよその予想はつく。

 

単純に聖の思想が気に入らない妖怪がいた事。そして、面倒事に手を出す気が起きなかったという事だろう。表情から察するに、前者の方がウェイトが高そうだ。

 

そりゃそうだろう。彼女の思想は、神、仏、人間、妖怪は全て平等であるというものであり、この地底では到底罷り通らない思想である。どう考えても。

 

此処にいるのは、人間に退治、追いやられ、封印されて来た者ばかりだ。そこで、全てが平等であるという思想を持つ聖を助けてくれと依頼しても、門前払いを食らうのが容易に想像できる。

 

そこで、この地底でも唯一の人間である俺に白羽の矢が立ったのであろう。俺としては、この件に首を突っ込んでも、別に何か問題があるとは思えないから協力しても良いかなと思っている。

 

ただ、一つ問題がある。先ほど彼女が言っていたように、俺には魔界に行く手段がない。鼻血出して逆立ちを24時間しても、出来っこない。

 

その疑問を彼女に言う。

 

「あの、すみません。御依頼はお受けしたいと思います。ええ……ですが、先ほどムラサさんが仰っていたように、私はどのように魔界に行けば宜しいでしょうか?」

 

ムラサが依頼してくるのだから、さすがに魔界まで行く手段は欲しい。俺は、その事を聞きたくて、2人の顔を見やる。

 

すると、俺に顔を見られたくないのか、何故か2人とも眼を逸らす。試しにムラサの方に眼を向けると、更に別の方角へと顔を向けて行く。

 

嫌な予感しかしない。いや、むしろこの予感は当たっているとしか言えないだろう。この状況化すると。

 

結果を知りたくないという気持ちもあるが、恐る恐る口を開きその目を逸らす意図を確かめる。

 

「あの~……もしかして、行く手段すら無いとか……? 違いますよね?」

 

そう言葉を口にすると、彼女らは露骨に身体をビクつかせ、何ともやりづらそうに此方をチラチラと見て、再度視線をずらそうとする。

 

もうその態度だけで分かった。行く手段が彼女達にも無いという事が。

 

だが、引っかかる事があるので、俺は彼女にもう一度だけ尋ねる事にする。

 

「あの……本当にないのですか? 正直に仰ってください……」

 

その言葉が引き金となったのか、ムラサと一輪がコクリを頷く。

 

彼女達の考えられる手段の中では、俺が魔界に行く手段が無いと。だが、やはり引っかかるものがある。

 

確か、彼女の船には魔界に侵入する事ができる機能があるはず。ソレを使わないのか? また、飛倉の破片を使って彼女の封印も解いていたはず。

 

ならば、彼女の手の中にはすでに解放の手段がそろっているはずなのだ。ソレが何故、今使えないのか? 俺はそんな疑問が噴水のように湧き、頭の中を埋め尽くす。

 

その様を不思議に思ったのか、ムラサが首を傾げながらも、申し訳なさそうに聞いてくる。

 

「あの……どうしました?」

 

俺は彼女の顔を見ながら、少々遠まわしに星輦船の事を聞こうと口を開く。

 

「あの、つかぬ事をお聞きしますが、魔界に行く事の出来る法具等そういったものは、地上、あるいは地底に存在するのでしょうか……?」

 

結構露骨な質問ではあるが、彼女が俺の言わんとしている事を察してくれるのならば、俺の質問にすぐに答えられるはずである。

 

案の定、彼女はすぐに反応を示した。しかし、その顔は忘れていた、今気付いた。というものではなく、苦虫を噛み潰したかのような顔。

 

その瞬間に、聞いてはいけない事だったと思い、慌てて謝罪するために、口を開こうとする。

 

が、その事を謝罪する前に、彼女が口を開いた。

 

「有るにはあるのです。私の依り所である星輦船というモノです。これは聖の弟である、命蓮様の法力が込められた飛倉を改造し、建造された船。これが唯一の手段です。ですが、この船は私とともに、地中深くに埋められてしまったのです。その際、何とか最後の力を振り絞って地中から這い出た私ですが、船までは……」

 

そう深く溜息を吐いたムラサが、掌を天に向け、力を込めるように強張らせる。

 

が、出てきたのは大きな水の玉が、一つ、二つ、三つ。その水の玉は何とも弱弱しいオーラを持っており、ソレが数秒後には形を崩すように消えてしまう。

 

その様をムラサは自嘲気味に笑いながら、俺に向かってそのままの表情で口を開いてくる。

 

「御覧の通り、私は今封印されたばかりといっても過言ではないので、力が殆どありません。この様ですよ……」

 

俺は、ソレをフォローしたい気持ちになるが、この場の空気がその行動を許してくれそうになく、唯黙りこむしかなかった。

 

彼女の力では、地中深くに埋まっている星輦船を掘り出すことはできない。そして、俺の力を持ってしてもソレを掘り出すことはできないであろう。

 

下手したら星輦船が大きく破損して今後使えなくなる可能性もあるのだ。そんな事になったら、今後幻想郷での宝船として、命蓮寺としても機能しなくなる可能性もあるのだ。

 

「あと何年するか分からないのですが、少しずつ力が戻りつつあるのは分かります。そうしたら、聖を解放する事は可能でしょう……しかし」

 

その言葉を言った瞬間、先ほどの自嘲気味で、弱弱しい雰囲気を纏っていた彼女とは大違いの、まるで別人かと思えるほどの強い力を宿す目で、此方を睨むかのように見据えてくる。

 

「そんなに長い時間を待つことなどできません。……私達は、今すぐにでも聖を解放したい」

 

思わず俺がたじろいでしまいそうになるほどの威圧感のある声で。余程聖が封印されてしまった事が悲しく、逆鱗に触れてしまっているのだろう。苦しいのだろう。辛いのだろう。

 

しかし、彼女はこの間封印した人間について一言も恨み事を言わない。俺の手前というのもあるだろうが、今までの状況説明等を話している状態なら、罵詈雑言を撒き散らしてもおかしくない。だが、彼女はそんな事をしない。

 

聖が目指している思想には、このような事態になる事は予め想定しており、覚悟はできていたという事なのだろうか。それとも、聖から予めそのような事を言ってはいけないと教えを授かっていたのか。はたまた彼女はすでに思う存分別の場所で恨み事を撒き散らし、この場で言わないだけなのだろうか。

 

俺にはどれかは分からないが、一番最初の考えが近しいのではないだろうかと思う。

 

そう彼女の行動について少々考え、彼女らの依頼を受けるという事を改めて了承する。

 

「お気持ちは良く分かります。先ほども同じような事を言いましたが、私にできる事なら喜んで協力します。え~つまりは依頼を受けるという方向でご了承ください」

 

改めて依頼が確定した事を理解したのか、ほんの少しではあるがムラサの強張った肩が解れるのを感じ取った。

 

が、その安心感もすぐに消えていく。

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございます耕也さん」

 

と、ムラサと一輪が言ってくる。俺は返事を返しながら、どのように依頼を完遂するかを考えて行く。ソレがどうしても現時点では思いつかない。

 

自分の力不足のせいで、少々焦っているのだろうか? さっきから全くと言っていいほど頭が回らない。

 

とりあえず、少々考える時間が欲しい。そう思った俺は、2人に今日の所はお引き取り願う。

 

「すみません。現時点では、少々魔界に行くための手段が思い付かないのです。ですので、また後日お願いできますか? 大変申し訳ありません」

 

そう頭を下げながら、彼女達に問う。

 

すると、さすがにこの部分に関しては、彼女たちにとっても早急に解決しなければならない問題だと分かっているのか、2人とも頷き、立ち上がる。

 

「では、私達もなるべく考えますので。どうかよろしくお願いいたします」

 

2人は声を一字一句同じに合わせて、頼み込んでくる。

 

「はい、分かりました。では、また後日宜しくお願いいたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、ちっと思い付かんぞこれ……どしよ」

 

そう、スパゲティーをフォークに絡めながら、独り言を言う。

 

適当にホールトマトとバジル、ベーコンを基に仕立て上げたのだが、目の前にいる燐と空の舌にはあったようだ。

 

「ちょっと酸っぱさがあっていいねこれ……」

 

と、チュルチュルと麺を口の中に入れて行く燐。対する空は、喋る事もせず黙々と頷きながら物凄い勢いで啜り込んでいく。

 

トマトソースが端整な顔に飛び散り、何とも悲惨な事になっているが、食後に拭けば大丈夫であろうとタカをくくって俺もかきこむ。

 

が、正直なところ、味よりもこれから先の事が不安になって仕方が無い。

 

「思い付かない……やっぱどう考えても俺じゃあ魔界にはいけないじゃないか……本当ににどうしようか?」

 

何時になく焦っている気がするが、どうにもこの焦燥感を抑える事ができない。

 

俺の様子を見かねたのか、燐が口をとがらせながら聞いてくる。

 

「耕也耕也やい。一体魔界だの何だの、何をそんなに焦ってるんだい? お姉さんに話してごらんよ」

 

と、こう言う俺が悩む時だけお姉さんぶって、年上をアピールする燐だが、正直俺の方が年上な気がしてならない。

 

が、彼女なりの気遣いだと俺は解釈し、彼女に向かって口を開き、助言を賜ろうと言葉に出す。

 

「いや、実は先ほどの依頼で、急に魔界に行かなければならないのですが、その手段がいっくら頭を捻っても出てこないのですよ。……依頼者の力を持ってしても不可能でして……」

 

そう言うと、燐は残りのパスタを全て口の中に放り込み、皿を空にする。

 

「他の妖怪に助力してもらうとかは、考えなかったの? ほら、八雲とか」

 

確かにその通りである。自分の力でも、依頼者にもできなければ、第三者の力を借りれば良い。

 

しかし、そのような事ができるのは一人しか思い付かない。

 

紫である。

 

だが、彼女は忙しい身であるため、俺が気軽に頼んでいいかと言えば……。彼女の手伝いなら喜んでするが、俺が頼みに行くのは何ともやりづらさを感じるのだ。

 

だから、この件はなるべく彼女に頼らずに解決したいのだが

 

「確かに紫さんに頼むってのも一つの手ではありますが、彼女は忙しい身でして……なるべく法具やら何やらで解決したいのですが……ありませんかね?」

 

「え~? ……ちょっと待ってね………………」

 

そう言うと、両腕を組んでうんうんうなり始める。関係ないのにも拘らず、こうして手伝ってくれている燐には本当に感謝している。

 

勿論空にも感謝している。が、口の周りにべったりと付いているトマトソースを拭いてくれると非常に助かるのが本音。

 

そんな事を考えていると、燐が突然耳を立ててポンと手を叩き、ニッコリとして口を開く。

 

「一つだけあるよ!」

 

「え、な、なんですか?」

 

俺は首の皮一枚繋がったかもしれないと思いながら、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

燐は満面の笑みを浮かべて俺に口を開き、言葉を発する。

 

「いやねえ? 前に風の音で聞いたんだけれども…………あ…」

 

と、唐突にその満面の笑みを歪めて、一気に顰める形となってしまう。燐の急激な表情の変化に俺は着いて行けなく、ついつい質問をしてしまう。

 

「ええと、……どうしたのですか?」

 

すると燐は、大きく手を顔の前で交差させ、バッテンマークをする。そして、しかめた顔から急に眉毛をへの字にして少々悲しそうな顔をする。

 

「にゃ~……やっぱだめー。……いやあ、合わせ鏡ならイケる気がしたんだけれども、よくよく考えてみたら駄目だったよ~」

 

そう言うと、燐は表情をそのままに口から軽やかに言葉が滑り出す。

 

「合わせ鏡で、その間を悪魔が通る。つまり、魔界に通じているってことなんだから、そこを狙って行けばいいと思ったのだけれども……」

 

そう言葉を述べた時点で、燐は苦笑しながら両肘を折り曲げ、掌を上に向けて首を横に振る。まるで外国人がやれやれとでもするかのように。

 

「鏡を通れるのって、悪魔だからだし。人間の耕也は通れないよねもちろん……あ~あ、上手い事考えたつもりだったんだけれどもねえ……」

 

その通りだろう。仮に悪魔が偶然都合よく現れたとしよう。そこで俺が鏡に向かって馬鹿正直に突撃した場合、もちろん考えるまでも無く結果は見えてくる。

 

俺が鏡に激突した瞬間、鏡をぶち破り、領域が強制的に発動し、後に残るのは鏡の破片と反対側にいる悪魔の爆笑姿である。

 

想像しただけであまりにも情けない姿になるという事が分かるので、俺は眉を顰めながらやりたくないと思った。

 

しかし、燐の考えには感謝しなくてはならない。俺が考えつかなかった事を考えつき、嫌な顔一つせず教えてくれたのだから。

 

「いえいえ、ありがとうございます。態々自分なんかのために考えて下さって。ありがとうございます」

 

すると燐は、いやいやと手を振りながら、此方に返してくる。しかし、このままでは何とも悔しい結果に終わるのが目に見えてくる。それは何とも阻止したい。やはり安易に紫に頼るという姿勢は良くない。俺の気持ちとして。

 

「やはり、法具とかはないですかね?」

 

「いやあ、聞いたことないねえ。ヤマメやさとり様やこいし様もとかもそう言うのには疎いし、他の妖怪じゃあ教えてくれそうにないし……お手上げ!」

 

と、両手をいっぱいに空中に広げ、お手上げ状態を表す。

 

「ですよね~……。元陰陽師の自分も知りませんし……」

 

と、溜息を吐きながら少々凹みそうになる。

 

しかし、法具も無い実力行使もできないという手詰まりとなると、本格的に紫の力を借りなくてはならない。

 

が、借りたくない。紫の負担を増やしたくはない。同じく幽香や藍、特に映姫なんてもっての外である。

 

「やっぱり八雲に頼った方がいいんじゃないの?」

 

と、意外な方から声が発せられてきた。空である。

 

「へ?」

 

と、あまりに意外な事を言ってくるものだから、つい素っ頓狂な声を発してしまう。今まで俺と燐の顔を交互に見て沈黙を守っていた空が、だ。

 

俺の声が変なのか、クスクス笑いながら、空は卓袱台に肘を置き、此方に身を乗り出させて口を開く。

 

「だって、お互い支えてなんぼでしょ? 八雲と耕也の関係って。……違う? ……耕也が迷惑かけたくないって気持ちは良く分かるけれども、それで解決しないなら何も意味が無い。だったら、親しい人、大切な人に助力を求めるのは必然でしょう?」

 

と、すらすらと。

 

確かに。と、俺は思った。空の言う通りである。俺が此処でただ無駄に悩み手を拱いているのと、紫に助けを求めて封印解除に向かった方が、遥かに効率的であり、完遂出来る可能性が最も高い。

 

やっぱり思い切りが違うなと思いながら、空に礼を言う。

 

「ありがとうございます。空さんの仰る通りです」

 

そう言うと、嬉しかったのか空が両手を腰に当てて胸を張る。まあ、胸を張った瞬間にメロンのように大きなおっぱいが非常に眼の保養になったのは俺だけの秘密。

 

に、したかったのだが

 

「ドスケベ」

 

と、燐に赤い顔で言われた瞬間に即座に瓦解した。

 

「ごめんなさい……」

 

と、声を発すると同時に、空が自分の今にも服を突き破りそうな程、大きくたわわに実った胸に視線を落とし、顔を真っ赤にして両腕で抱きかかえるように防御態勢をとり睨む。

 

「え、えっち………………」

 

そう今にも眼を潤ませそうな程顔を真っ赤にして、此方に文句を言ってくる空。

 

「本当にごめんなさい……」

 

いや、本当にイイモノです。大きなおっぱい。

 

この先行きが不安な事態と、今の良く分からない破廉恥な事態の板挟みになっている俺は、どこかで大きなミスをしてしまわないか心配になる。

 

頭を下げて謝りながら、自分の状況が何とも滑稽なモノに思えてしまい、つい苦笑してしまう。

 

そして一つ。

 

明日は紫に土下座しなくては……。

 

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 


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