東方高次元   作:セロリ

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78話 俺の芋羊羹……

勝手に食べられると俺が悲しくなるぞ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ…………ここは……?」

 

自分でも全く理解が及ばない状況にいる俺は、思わずそのような言葉をつぶやくしかなかった。起こす体は妙にだるく感じ、もっと眠りたいという信号が脳から送り出される。

 

起床直後のためか、朧で安定しない視界の中でようやっと確認し、そして疑問に思ったことがある。

 

確認したこと。それはなぜか、俺は裸でやわらかい布製の敷物の上に横たわっていたこと。そして裸のためか、冷たい外気に思わず体がブルリと震えてしまう。

 

疑問に思ったこと。俺がどうして裸で寝てしまっていたのか? しばらく、思いだそうとしても記憶があいまいであり、いくら脳内で自問自答しても、解決の糸口が全く見えない。

 

自分の記憶があいまいであるということが分かり、なんとも嫌な気分になりながら、脳をフル稼働させて自分の記憶が途切れるまでの部分まで思いだそうとする。

 

俺は確か、小町に罪の大幅な軽減方法を教えてもらうということに、意気揚々と船に乗り、裁判所まで。

 

「確かそこから俺は……そうそう、映姫と会ったんだっけ?」

 

独り言を記憶回帰の補助にしながら、俺はさらに思いだしを行っていく。

 

あの後確か俺は、映姫と一対一で罪の軽減について話をしていた……はず。

 

しかし、そこからが結構記憶が曖昧な世界に突入するのだ。映姫からの飲み物を飲んで、しばらく話して謝罪し……そこから記憶が全くない。

 

……なぜ記憶がないのだろう?

 

俺は確認のつもりで周囲を見渡してみると、この布製の敷物の上に何故か見覚えのある顔が……。

 

「…………へ?」

 

なぜこの人が裸で、しかも俺の横で寝ているのだろう?

 

そんな阿呆が発するような声とともに、そんな新たな疑問が出てくる。俺にはこの状況が全く理解できない……むしろしたくないと言った方がより的確だろうか?

 

俺が裸で、しかも映姫も裸……そして、俺に昨晩の記憶がない。

 

だが、もしここで俺の記憶があると仮定して……いや、仮定なんぞしてもしなくても変わらない。

 

とりあえず、この最も可能性が高いと思われる答えに達した瞬間、俺の全身から全ての血が抜け出てしまったような感覚が襲った。

 

体が、芯から冷えてしまったような……そんな感じだ。その形容が最も合っているだろう。

 

「あ……あ…………うそ……だろ?」

 

俺は、今自分が何をしているのか、そしてこの体にぜ力が入らないのか? そんな疑問すら吹き飛ばしてしまうほどの、混乱した事態に陥ってしまった。

 

なぜここに映姫がいるのだろうか? しかもなぜ裸でここに横たわっているのだろうか?

 

再び先程と対し変わらない疑問が俺の中で湧き上がり、それがさらに勢いを増して吹き出てくる。

 

「あ……ああ…………」

 

俺は無様にそのような声を発することしかできない。俺がこのベッドで、裸で、隣には映姫もいて、こちらも同じく裸で、同じベッドに寝ていて、そしてスヤスヤ眠っていて…………。

 

そして、現時点で俺の中に昨日からの記憶が全くない。つまりは、俺は…………

 

其処まで考えた時点で、先ほどよりも強い焦燥感と嫌悪感、吐き気が襲ってくる。

 

この状況で俺がしたこと……恐らくは……。

 

それ以上考えたくないとばかりに、首をブンブン振りたいが、体に疲れか、それとも先程の考えに至ったせいで気力がないのか?

 

自分でも良く分からなくなってきたこの感覚に、体を支配され、唯映姫と反対側を見続けることしかできなかった。

 

しかし、其れでも脳は勝手にこの現場の状況から予測しうることを網羅していく。さらには最も可能性の高いものが、俺の中で明確に、確実に、明瞭に俺の頭からほかの可能性を全て無くす。

 

それが全く許されるものではなく、確実に地獄行きになることが分かっているので、思わず俺の口から、ため息が出る。……声すら出てこない。

 

そして同時に目が潤むのを感じ、なぜこんな馬鹿で、阿呆なことをしてしまったのだろうと自分の中で激しく後悔しながらも、自分の置かれている現状を再び確認しなければと思い、首を映姫が寝ている方向に向ける。

 

ふと、其処に1つだけ、ほんの少しだけ、ぼやけているかもしれないが、暗雲垂れこめていた思考の中に光明が見えた気がした。

 

それは、映姫の表情、布団の整い様。そして目。もし、俺が昨晩俺の予想通りの行動を起こしていたのなら、映姫の顔には涙の一筋、布団の乱れ、表情の曇り等があってもいいのではないだろうか?

 

俺はこの様子に若干の希望を持ちそうになったが、自分でも何を考えているのだろうか? と思って破棄した。

 

馬鹿か……。映姫がそんな俺と……? 阿呆か。

 

と、再びぼやけ始めた視界の中で、俺は天井を見上げた。

 

 

「ふあ……おはようございます。耕也……」

 

ついに映姫が目覚めたことにより、吐き気、自分への嫌悪感が爆発的に増す。

 

俺が首を横に向けると、なんとも素晴らしい笑顔の映姫がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が思っていた通りだが、この男はやはり存外心配性なところがあるようだ。

 

耕也が目を覚ましてから、今までずっと耕也の表情などを見ていたのだが、耕也はどうしてもこの予期せぬ状況に置かれると、自分に非があるかどうかをすぐに確認し、その可能性が濃厚だと悟った瞬間に自己嫌悪に陥るようだ。

 

無論、完全に自分が悪いのかは確信している様ではないが、其れでも無理やり自分に非があるようにしてしまうのだろう。

 

私が短時間でそう感じてしまうほど、先程の耕也の表情の変化と狼狽の様。涙が溢れそうな目はそれを物語っていた。

 

少し、私も意地が悪いのかもしれない。彼があそこまであわてる姿というのを初めて見たので、それがもっと見ていたという気持ちになってしまい、止めることをせずに彼を見守り続けていたのだ。もちろん、耕也には起きているとはばれない様に。だが。

 

「おはようございます……耕也」

 

だから、もう少しだけその驚き、狼狽する様を見てしまいたくなり、耕也が自問自答をし始めたあたりからいきなり声をかけたのだ。

 

すると、案の定彼は目を見開き、そして唖然としたと思いきや、目を白黒させて狼狽し始める。

 

いつもの私とはだいぶ違うなと思いながら、私は彼に安心させるような言葉をかける。

 

「耕也……、どうしてそんなに慌てているのですか?」

 

と、安心させるために頬笑みをして段階的に理解させるように。

 

耕也は私の方を見ながら少々顔を青くしているが、私が動揺しておらず、さらには笑みを浮かべているということで、釣られて動揺を抑えていた。

 

私は、耕也の動揺が収まりつつあるということに一定の満足感を覚えながら、それとは反対に耕也の同様する姿が見られなくなるのを実感すると、少々残念な気持ちにもなる。

 

だが、それは仕方のないことなのだ。耕也が安定してくれなければ、こちらからの話が進まない。

 

そう自分の中で完結させ、耕也の返答を待つ。

 

耕也はしばらく私と目を合わせた後、周囲へと視線をふらつかせる。あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 

落ち着かない。耕也は、次の私に対しての返答を出しかねているようだ。

 

まあ、耕也の事だから予想はつく。彼の言いたいことは、大凡私を無意識の内に襲ってしまったという事だろう。睡姦してしまったのはこちらだというのに。

 

だが、彼が答えにくいのは仕方がない。ここは私が補助をしてやるべきだろう。

 

そう思った矢先、力が入らないのだろう。彼は横たわったまま私の方を見て、口を開く。

 

「誠に申し訳ございません」

 

と。

 

それを口火に、彼は大きくため息を吐き、目を閉じる。まるで、もう好きにしてくれと言わんばかりに。

 

私はそれを見た瞬間に、早く安心させてやらなければという感情が間欠泉のように噴出し、心を支配し始める。

 

「耕也、貴方は悪くありません。大丈夫ですよ?」

 

そう言って、彼ににじり寄り、裸のまま抱きしめ、彼に自分の鼓動を聞かせてやる。

 

人間は、母親の胎内にいた時からずっと、この鼓動を聞いており、其れを聞かせてやることによって精神的に安定するのだという。

 

そして、彼は私の行動に驚いたのか体をビクリとさせ、私から離れようと首を動かすが、有無を言わさず私は彼を強く抱きしめ続ける。

 

「あ……え…?」

 

と、彼がつぶやく。まだ完全には状況を把握しきれていないようだ。私がなぜこのような行動に移ったのか? そして、なぜ怒らないのか?

 

私はこの体勢を解除し、彼の顔が真正面に見えるぐらいまでに体をズラし、正面から、至近距離で彼の顔を見る。

 

「あの……、映姫様?」

 

と、耕也は尋ねてくる。正面から見られるのが恥ずかしいのか、顔を少々赤くしながら、顔をずらそうとする。

 

その恥ずかしげにする彼の態度も、また愛しくあり、彼の行動は実に私の欲を誘うものだった。

 

「耕也……。ごめんなさい。謝るのは私の方です。一応八雲紫たちからは許可を頂いていたのですが、……貴方と体を重ねるということを。貴方が愛おしく、余りにも愛おしかったので、私の独占欲が抑えきれなくなり貴方を襲って犯してしまいました。すみません……」

 

「紫たちが……?」

 

「はい、私が体を重ねる許可を。貴方の正妻が風見幽香であり、私を含めた者は妾であるということも聞きました。すべて私が納得してのことです。……ですが、ここに貴方の気持ちが一切介入していません。……貴方の考え、気持ちを知りたいのですが……」

 

すると、彼は三十秒ほど自分の思考の海に入り、やがて考えがまとまったのか、こちらを見ながら口を開く。

 

「もし、それが映姫様の本心であれば、そして紫たちが納得しているのであれば。俺から口を挟むことは何もありません。全力で…………え~」

 

と、今度は何かを言いづらそうに眼を泳がしながら、はぐらかそうというかなんというか。

 

が、私は彼の言いたいことが明確に分かってしまった。またそれを理解した瞬間に心の中で温かいものが、じんわりと広がってくるのが分かる。

 

そして、今度はそれを彼の口から直接聞きたいと思ってしまい、彼の顔を逃がさないように両手でガッチリと固定して、問う。

 

「最後の言葉を言ってください……。いえ、言いなさい」

 

すると、彼の顔に熱が入ってくる。確かにこれを言うのはかなり恥ずかしいことだろう。

 

そして、普段の彼からこんな言葉が出るとは到底思えないし、彼自身も全く柄にない言葉を言おうとしていると自覚しているのだろう。

 

だからこそ私は彼の口からそれを聞きたい。柄にない言葉であり、それは私にとっても非常にうれしく、また彼をもっと愛しく感じる言葉だからであろうから。

 

耕也は口を開くづらそうにしていたが、ついに観念したのか、顔に少々赤みが差したまま、口を開く。

 

「…………分かりました言います言います。……全力で支えます」

 

ついに言わせた。その言葉を聞いた瞬間に、じんわりとだったものが、火山の噴火のように爆発的に広がってくる。そして、それは心地よい響きとなって頭のてっぺんから爪先まで一気に満たし、ピ~ンとした快楽をもたらす。

 

やはり、私の予想は当たっており、それを直に聞くことができて本当によかったと思っている。

 

だから私は、彼の顔を見ながら、一言言う。

 

「ええ、私もですよ? 紫たちに負けるつもりはありません。……本来なら監禁をしてでも…………という感じでしたが。ですが……」

 

といって、私は口を閉じる。そして彼の顔を再び見ながら、一言。

 

「貴方が私を支えてくれるのなら」

 

そう言って、彼の顔に口を寄せ、むちゃくちゃに唇を貪っていく。

 

「んんぅ……れぅ……ん……んん」

 

一瞬私の行為に目を見開いた耕也だが、私が構わず唾液を流し込み、また彼の唾液も呑み込んでいき、歯ぐき、歯、内頬を舌で蹂躙していくと、目をトロンとさせてくる。

 

私はそれに妙な心地よさを感じる。征服感というものだろうか? この妙な心地良さが体を満たし、私はそれを続行していく。

 

彼の口を塞ぎ、口付けの快楽に体をピクリピクリとさせる彼を後目に、さらに続けていく。

 

やがて、彼の性感が高まってきたことを確認すると蹂躙していた口づけをやめ、口を離す。

 

銀の糸が1つではなく、いくつもネットリと掛るのを確認するのを見てから、彼に言う。

 

「耕也……もう少しだけ、仲を深めあいましょうか?」

 

眠ったままではなく、今度は彼の顔が快楽に歪んだものになるというのを予想し、内心ほくそ笑みながら彼の返事を待たずに貪っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頭がぶっ壊れる……? いや、むしろ廃人になるかと思った……」

 

そんな事をつぶやきながら、俺はノロノロと足を進めていく。

 

本当はあの誤解が解け、俺が悪くないと知った時点で映姫に対して怒るべきだったのだろうが、今ではそんな気力もわかないし、あの状況では怒るという考えに至るほど余裕がなかった。

 

なんとも微妙な気分になりそうな俺だが、心の中で映姫みたいな美人で妖艶でエロいムチムチな大人な女性にならと思ってしまっている俺が少なからずいるのだ。

 

と、そう思った時点で先程の行為からの疲れがどっと噴出してくる。

 

「やべえ、やっぱ寝ても疲れが……」

 

ものすごく帰りたいという気持ちが強くなってくる。

 

だが、世話になった小町に礼を言ってから帰らなければいけないと思っているなので、小町のいる休憩所に向かわなければいけないのだが。

 

映姫に聞いたところ、すでに仕事のノルマを終えた小町はダラダラと休憩室で過ごし、時には寝ているという。

 

体に余り力が入らないため、歩きがいつもより遅くなり、挙動も不安定になっているが、其れでもここまで送ってくれた小町には最低限礼を言わないといけない。

 

「ふあ~……」

 

大きなあくびをしながら、ひたすら廊下を歩き続ける。

 

正方形に形どられた大理石の廊下を歩いてると、景色の変化が余りないので眠気をさらに加速させていく。

 

「帰ったら寝てやる。絶対に……」

 

そんなしょうもない独り言をのたまっていると、大きな板で作られ壁に貼り付けられた看板が目に留まる。

 

そのプレートには、大きく太く力強い字で、休憩所と書かれていた。

 

「ここ……だよね? なんだか字が休憩所というオーラを放ってない気が……」

 

今にも動き出してしまいそうな字で書かれた板に、そんな感想を持つと、俺はココに小町がいるんだなと確認して中に入っていく。

 

「失れ……いや、必要ないか。休憩所だし」

 

つい癖で「失礼します」と言ってしまいそうになったが、休憩所に入る際にそんな事を言うやつはいないだろう。と、考えて言葉を引っ込める。

 

俺は何故かこの時代にある蝶番式の扉の取っ手をつかみ、開けて、中を確認していく。

 

中は、長方形の長い机が10列並び、それぞれ60人は優に座れるのではないかという大きさがある。

 

ここ本当に休憩所なのかい? 食堂の間違いじゃない?

 

そんな感想を持ちながら、一列ずつ確認し、小町がいないかを確認していく。

 

すると、右から4列目の奥に、赤く程良い長さの髪を、一部短く二つにまとめた頭が机に乗っかっていた。

 

服装は死神装束。奥の壁に掛けているのは死神の鎌であろう。

 

「小町さん見っけ」

 

と、小さく俺は呟いてから小町の方に歩いていく。

 

あいにく寝ているのだが……起こさない方がいいだろう。メモでも置いていくのがベストなのだろうか?

 

と、考えていると

 

「んあ?」

 

そのポヤンとした声と共に、頭がガバリと持ち上げられ、こちらの方を向いてくる。

 

それに俺は少々驚いてしまい

 

「おお……」

 

と、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

向けられた顔はもちろん俺の予想した通り小町であり、寝ていた際に机に押しつけていたのか、額に赤く跡が付いている。

 

俺はそれに思わず噴き出しそうになってしまいそうになるが、怒られるのは嫌なのでその気持ちは抑え込んでおく。

 

小町は眠たそうな眼を擦りながら、こちらの顔を再び確認して声を発する。

 

「何だい何だい、変な気配が近づいてくると思ったら。耕也じゃあないか。あたいに何か用かい? ふあ~あ~……」

 

そうあくびをしながら尋ねてくる。

 

その表情は、眠りを妨げられての不機嫌さはなく、今ちょうど起きようとしたとでもいうかのようなもの。

 

その予想が間違いではありませんように。と、思いながら俺は彼女の対面に座る。

 

少々休憩するには堅い椅子だなと思いながら、小町の顔を見て話す。

 

「いえ、用があるというわけではないのですが、先程の道案内のお礼を言いに……」

 

そういうと、小町は一瞬目を大きく開いたが、次の瞬間には口を大きく開けて笑っていた。

 

「あっはっはっはっはっはっはっは! いや~ごめんごめん、……でも、耕也もマメな人間だねえ。態々礼を言いにここまで来るなんて」

 

と、珍しい人間を見たかのような表情で。俺があっけにとられていると、小町は椅子を反対向きにし、またがるように座りなおす。

 

男などがそれをやると、唯単に素行が余りよろしくないと思われがちだが、小町がやると単にエロくなるだけだと思った俺は、色々とダメなんだと思った。

 

まあ仕方がない。絶対に仕方がない。何ぜ彼女がやると、複数の支柱が入った支柱に胸が押しつけられ、行き場を失った胸は隙間からはみ出そうとする。そのもともとの妖艶さ、エロさを爆発的に増大させる行為を彼女は何のお公家も無くやってのけるから、なんとも質の悪い。

 

いや、質が悪いのはこんなことを考える俺の方か。

 

と、考えていると、小町はなんともこちらを不思議そうな顔をしながらこちらに尋ねてくる。

 

「耕也、どうかしたかい? もしかして、あたいの言葉が気に障ったかい?」

 

むしろ、気に障る事を考えているのは俺の方ですよと思いながら、ばれない様に答えていく。

 

「いえ、少々ボーっとしてしまいまして。すみません」

 

と無難に言葉を選びながら。

 

そして、続けざまに言葉を放って行く。

 

「そして小町さん、道案内ありがとうございます」

 

すると、小町は俺の顔を見ながら、再びキョトンとし、すぐに顔を笑みへと歪ませる。

 

そして、再びさも可笑しそうに手を口の部分にあてて、くつくつと笑う。

 

「ふふ、くくくくくく……本当に珍しい人間だねえ? 死神に態々近づいてくるうえに、死神に礼の言葉を言う人間なんて初めてだよ」

 

と、小町は俺の方をニコニコと見ながら、言ってくる。

 

確かに人間が積極的に小町達のような死神に近づきたいとは思わないだろう。小町はその役目が人間の命を狩るというものではないから、まだマシなのだろうが。

 

いや、そもそも死神自体は単なる橋渡しの役目しかもっていないはずだ。……てことは?

 

と、俺は少しだけ彼女の言った言葉の意味を考える。一体何が彼女たちを人間たちから遠ざけているのか?

 

「……ああ」

 

意外と早くその答えが見つかり、俺は思わず声を上げながらその答えを思い浮かべる。

 

結局は先入観なのだと。

 

死神。もうこの漢字からして遠ざけてしまっているのだろう。そしてその先入観が無駄に肥大してしまったことにより、大多数の人間から敬遠されてしまったというのもあるだろう。まあ、強いて言えばあと一つは、小町達死神とは遭遇率が低いのもあるだろうが。

 

「何が、ああなんだい?」

 

と、小町が笑みを引っ込めて、こちらを不思議そうな顔をしながら見てくる。

 

俺はそれを見ながら、彼女に一言つぶやく。

 

「いえ、先入観と遭遇率は大きいですよね……」

 

と。

 

俺の呟きを聞いた小町は、なんとも良く分からない苦笑いなのか驚きなのかという複雑な顔をする。

 

「先入観ねえ……やっぱりそうなのかねえ?」

 

と、小町は寄りかかっていた椅子から立ち上がり、服をパタパタさせながら言ってくる。

 

俺は、なんとも行き詰った感を感じ、どうしたものかと思いながら彼女の表情を見続ける。

 

そうすること、十数秒。小町は突然何かを思い出したような顔をして、次にはこちらに笑顔を向けて口を開く。

 

「そうだ耕也。あんた見たところかなり疲れてそうじゃないか? そうだろ? まあ、原因は言わなくても分かるけどね?」

 

と、ニヤニヤしながら言ってくる。対する俺は、小町の言った事に反応するのも億劫なほど疲れている。

 

正直ここから帰る際にジャンプするのが怖い。彼岸から自宅までジャンプしたら、それだけでヘトヘトになりぶっ倒れそうだ。

 

俺は其処まで考えたところで、小町に返答する。

 

「はい、確かに疲れています……欲を言えば眠りたいです……」

 

少々自分の欲を前面に押し出しながら、彼女の言葉に答える。

 

すると、小町は少々不満げな顔をしながらも、まるで分かり切っていたと言わんばかりの顔で、こちらの答えに口早に答えてくる。

 

「そうだろそうだろ? だったらあたいに任せなよ。あたいの船で送ってあげるからさ。どうだい? 悪くはないと思うけどね」

 

悪くないどころか、俺として非常に嬉しい答えであった。まあ、これだけ疲れた表情と態度を出していれば、彼女としても助け船を出さざるを得なかったということなのだろうか?

 

なんとも申し訳ない気持ちになりながら、彼女の厚意を素直に受け取ることにした。

 

「ありがとうございます小町さん。本当に助かります……」

 

そういうと、小町は満足そうな顔をしながらウンウンと首を大きく上下に振って頷く。

 

「いいよいいよ。お詫びも兼ねていうのもあるからさ」

 

お詫びとは、ここに来る際に起きた戦闘の事だろう。いや、戦闘まがいと言った方がいいだろうか?

 

「じゃあ、あたいに着いて来ておくれ」

 

そんな事を考えながら、俺は彼女から下される指示に従って、船着き場へと行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっとついた……家に帰ったら眠りたい。12時間ぐらい眠りたい。思いっきり眠りたい」

 

そう願望が口からダダ漏れになりながらも、俺は目の前にある自分の家を見ながら、ため息をつく。

 

そして、ノソリノソッリと家に近づいて行くのだが、なんとも騒がしい気がする。

 

家の中にはお燐とお空がいるので、騒がしいというのには納得できるのだが、それでも何時もより騒がしい気がする。一体何だろう?

 

声から判断すると、お燐とお空のほかに聞いた事のない声が二つ。俺が聞いた事のない声が二つ。

 

お燐とお空が楽しそうに談笑している時点で物盗り等ではないだろう。万が一でも俺が何とか頑張ればいいだろうし。万が一があるのは困るけえれどもとりあえず眠い。

 

そんな事を考えながら、胸ポケットから鍵を取り出し、差し込む。そして力を加えて回していくが、開錠する際の抵抗感がまるでない。

 

「……ああ、本当に疲れてるな俺。中にいるのに掛けるわけないか……」

 

アホな事をしているな俺は。と思いながら俺は鍵を抜き、扉を横にスライドさせていく。そして、中にいる俺の知らない連中の顔を見に。

 

玄関を開けて、少々廊下を歩き、居間と廊下を隔てる襖を開けていく。

 

「ただいま。お客……さん?」

 

俺の視線の先には、お燐、お空。

 

そして何故此処にいるのか全く理由が分からないが、一輪と村紗がいた。

 

思わず俺は

 

「へ…………?」

 

と、声を上げるしかなかった。

 

俺の侵入と同時に向いてきた顔の口には、フォークらしきものが咥えられており、俺は彼女らが此処にいる理由が知りたくなると同時に、何を食べているのか? と言う事も気になっていた。

 

そして、俺は彼女達の食べているであろう物に視線を移す。

 

「俺の芋羊羹……」

 

それは、明日食べようと楽しみにしていた、冷蔵庫内でキンキンに冷やしておいた大好物の一つである芋羊羹だった。

 

「おふぁえひい!」

 

「おふぁふぁりほうひゃ」

 

と、フォークを咥えたままでお空が元気良く俺を出迎えてくれる。確かに食べてても良いと思ったのだけれども……態々冷蔵庫の奥にしまったものを食べるとは恐ろしい子達。

 

そんなどうでもいい事を考えていると、更に疲れが増してくるようで、俺は柱にもたれかかるようにして、お空たちに尋ねる。

 

「ええと、そちらのお客様達は?」

 

こんなだらしない格好で失礼だとは思ったものの、直すほどの気力も無く、ただボケーっと俺はお空かお燐が口を開いて紹介するのを待つのみ。

 

すると、一輪は口を固く閉じたままだったが、横にいた村紗が口を開いてきた。

 

「突然すみません。私は村紗 水蜜と申します。大正耕也さん。私達から依頼があります……」

 

「はい、どう言った御用件でしょうか?」

 

つい反射的に返事をしてしまったが、俺はその依頼と言う言葉が耳に入った瞬間に、とんでもなく嫌な予感がしてきた。

 

そして、その嫌な予感とは存外当たる確率が大きいらしく、嫌な予感とやらがピタリと当たった。

 

「私達の白蓮の封印を解いて下さい。お願いします」

 

俺は頭の中に水銀を入れられたかのように重くなるのを感じ、失礼ながらもその欲望を口に出す。

 

 

 

 

 

 

「すみません、とりあえず寝させてください……」

 

 

 

 

 


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