東方高次元   作:セロリ

68 / 116
68話 待っていてくれ……

私も腸が煮えくりかえっている……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腸が煮えくりかえるという表現は、まさに今のような状態を表すのだろう。

 

つい先日までゆるりゆるりと流れて行った平穏が、こうも易々と破られてしまうという事態に歯痒い気持ちとなり、同時に悔しいという気持ちも混在してきている。

 

いずれこうなる事は予想はついていた。だから私達の家に来るように誘ってみたのだが……結果はこのざまである。

 

目の前の灰と炭を眼にした時、嫌なモノが胸の内からこみ上げてくるのが分かる。

 

私はそのどうしようもないほどの嫌な気持ちが原因で、思わず紫さまから頂いた服を千切れそうになるまで握り締めてしまっている。

 

だが、辛いのは私だけではない。紫さまも同じ。いや、それ以上かもしれない。

 

そこまで考えてから、私の手がブルブルと震えてくる。ここまで怒りを露わにした紫様は初めてだ……。

 

無表情でありながら、今までどの怒り顔よりも恐怖心を湧きあがらせるほどの威圧感。

 

この大妖怪の私ですら恐怖のあまり震えてしまうほどであり、普通の人間がいたら泡を吹いて失神してしまうだろう。それほどなのだ。

 

そして何より、同時に深い悲しみを滲ませる姿。それは一人の人間に対しての深い想いと不安。

 

あの数刻前にもたらされた情報が全ての原因だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

耕也の家から帰ってから数日後、私達は普段と同じような生活に戻っていた。

 

この誰が建てたかもわからないような広い屋敷は、紫さまが偶然見つけたらしい。

 

本当に偶然なのだろうかと思ってしまったのは内緒である。

 

私は先日の耕也の持っていたアレについては特に気にしてはいなかったのだが、紫様はどうもそれが気になって仕方が無いらしい。

 

私からすれば、アレぐらいでウンウン悩んでいる紫様を見ていると、まだまだ生娘に等しいなと思ってしまう。

 

いや、決して紫様を侮辱しているつもりはないのだ。ただ、あのような時代が私にもあったなと思うと、何とも微笑ましく思ってしまう。

 

「あ、あの良く分からない円盤に一体何が入っているっていうのよ……。あの円盤で男は満足するの……?」

 

と、紫様は私の向かい側で机に頬をつけながら、炬燵の中で悶々と唸っている。

 

たしか円盤というのは、……あの時強制的に開かせた箱の中にあった透明な箱に入っていたモノの事だろう。

 

まあ、おそらく耕也のやっていたげえむと同じような感じで操作するモノなのだろう。

 

だが、紫さまの言っている事も理解できなくはない。私達がいるというのにも関わらずあのようなモノを収集しているのは流石に褒められるものではないのだ。

 

そう、確かに男は得てしてそういったモノが好きであり、そういったモノを求めるのは仕方が無い生き物だという事は分かる。

 

しかし、それでも頂けない。理解はできても共感はできない。だが、さすがに私も紫様ほど引きずっている訳でもないのだが。

 

おそらく風見幽香も我々と同じような気持ちになっているだろう。

 

いや、それ以上だろう。あそこまで独占欲の強い幽香だ。私達と同じような気持ちと言うはずがない。

 

私はあの時耕也に説教した事を反芻ながら、幽香の様子を思い出していた。

 

「ねえ、藍。…………耕也は、何者なのかしら」

 

と、唐突に紫さまが質問をしてくる。

 

私は少し質問の意図が分からず、困惑気味になりながら返答をする。

 

「あの、紫さま。質問の意味がよく分からないのですが……」

 

「だから、耕也は本当にこの日ノ本の人間なのかってことよ。…………いや、この世界の人間なのかしら……?」

 

紫様の言っている事私はようやく理解した。ああ、そういう事なのかと。私が前に思った事と同じ事を、考え始めている……いや、会ったときから考えていたのだろう。

 

そしてどうしても答えが出てこないために私に補助を求めたと言った方が正しいか。

 

これは私もずっと考えていた事でもあり、耕也に何度教えてもらおうと聞いた事か。まあ、その度に誤魔化されたり、答えられないと断られたりしたのだが。

 

紫様は耕也に聞くという事をせずに、限られた情報の中でそれらを吟味して何とか終着点までに持っていこうとしているのだろう。

 

私には想像もつかないような数多の可能性をその頭で導き出しているのだろうが、私にはそれはできない。

 

式であり、同等の力を得るといってもその処理能力には追いつく事ができない。

 

それにしても、この世界の人間か……。考えた事も無かった。

 

「この世界の人間かどうかですか…。 ……前にちょっかいをだした月人という線は無いのですか?」

 

そう、私は月人と言う線が一番強いと思ってしまっていたのだ。あの異常なまでの技術を内包する家。さらには老いる事が無いという事。

 

そしてさらには、私達妖怪を見ても恐怖をほとんど抱かないという点である。

 

月人は、耕也とは性格も価値観も違ってはいるが、その他の性質は案外似通っているのである。

 

それを紫様は聞くと、首を横に振りながらそれを否定する。

 

「それは私も考えたわ。確かに彼の家はこの日ノ本には無いモノがあるし、またその機械達に振りまわされることも無く使っている上に不老でもある。でもねえ藍……一つ見逃しているわ」

 

そう言って少しの間呼吸をして間をおく。

 

「……彼にはね、月人でも抗えない僅かな老化と言うモノが無いのよ。さらには魂の質も違う。月人という枠でも捉える事ができないほどのね」

 

「つまりは、完全に老いる事が無い上に魂は月人のそれとは違っている。それが何よりの根拠であると?」

 

「ええ」

 

確かにそれが紫さまの判断した上での答えならそれはそれで間違いはないのだろうが、いまいち釈然としない。

 

私の力では彼の魂の質や老化の具合などは分からないからだろうが、それにしても……。

 

未だに数多の可能性を捨てきれない私はその場で考え込んでしまっていた。

 

確かに彼はあの時に遭遇した月人とは全くと言っていいほど価値観も違っていた。しかし、なよ竹のかぐや姫と同様にこの地に流刑となった月人の可能性もあるのだ。

 

しかし彼は人間だと言っていたし、それを嘘だと決めつけたくない。しかし、人間とはあまりにも違う力を持っている。

 

創造する物質も、全くの代償も無しにやってのける上に、あの紫さまの能力すらも完全に抑え込む。

 

しかし彼は人間だと言っている……。私はそれを信じたい。

 

そして私はこのモヤモヤとした気持ちを解消したいがために、紫さまに提案をする。

 

この提案は非常にズルイモノであり、耕也ならおそらく答えざるをえないであろうというモノである。

 

「紫様、今度思い切って聞いてみましょうか? 此処まで関係を深めたのにも拘らず、素性を明かさないのは反則だという事で……」

 

だが、紫様は顔を顰めて私の意見にすぐさま賛成するという事には至らなかった。

 

「藍。……さすがにそれは此方が反則だと思うわよ? 確かにそれなら絶対に耕也は答えてくれるでしょうね。あのお人好しの耕也なんだから。でもそれを盾に使われたら耕也は悲しむわよ?」

 

紫さまの言う事は最もである。

 

……何を考えているのだろうか私は? そんな事をしても後々に傷跡を残すだけだろうし、誰も得をしないだろうしな。

 

少し頭を冷やした方がよさそうだ。耕也の事を考えると、どうしても冷静な判断ができなくなってしまう。

 

「そうですね紫様。彼が自主的に話してくれるまで待ちましょう。申し訳ありませんでした」

 

「いいわよ。……それより、今回の事とは別に今度はいつ耕也の家に行こうかしら?」

 

そう聞かれて私は少しだけ今後の予定を考える。

 

今は特に何かしらの大規模な作業を必要とするモノはなく、今後も何かしらの横やりが入らなければ暇になるのは必至。

 

耕也の家に行くのは明日でも明後日でもいいのだ。……さすがにいきなりはマズイかもしれないが、酒でも持って行けば大丈夫であろう。

 

「そうですね紫様。……今度は酒でも持って明後日頃に行きませんか?」

 

「いいわね。まあ、都で酒を買うなんて至極簡単な事だし、明後日頃にしましょうか」

 

そう紫さまの返事を聞いて、私は席を立とうとした。

 

だが、次の瞬間に私は驚くモノを眼にする。

 

「紫、藍。……話があるわ」

 

誰も知らない筈のこの屋敷の庭に、何故か幽香がいた。

 

何時もの幽香とは違う、少しだけ汚れた服を纏う幽香がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幽香。……どうやって此処を知る事ができたのかしら?」

 

と、炬燵から這い出て姿勢を整えながら、突然訪問に来た幽香に対して言う。

 

此処はもはや妖怪も人間も近寄らなくなった隔離の地。この場所を知る者は誰もいないのだ。此処に辿りつく方法としては二つ。

 

一つは私と共にスキマを通ってくる事。もうひとつは私の妖力を辿るという事。……ただしこれは成功する可能性は限りなく低いが。

 

まあ、そんな事は些細なことである。目の前の幽香を見ればそれは自ずと分かる。

 

幽香は、態度だけは冷静になってはいるが、いつもの冷静な目をしておらずどこかしらに焦燥感を漂わせている。

 

それも本来なら此処に来るはずなど無い幽香がここに来ているのだ。何か重大な事が起きているのだろう。

 

私はそれを聞くために、幽香の返答を待たずして口を開く。

 

「まあ、貴方がここに来たのがどういう手段であれ、別に咎めたりはしないわ。……それで、一体どうしたのかしら?」

 

そして私は、幽香の顔を見ながらジッと彼女の返答を待つ。

 

しかし次に言った彼女の言葉は、私にとっては到底信じられない事であり、笑って吹き飛ばしてしまうような内容であった。

 

「耕也が……人間に封印されたわ」

 

そう、こんな内容だったのだ。私はそれを聞いた瞬間に耕也の今までの力や性格、行動を瞬時に思い出して冗談を言うなと言わんばかりに否定してしまう。

 

「幽香。ふふふ……変な冗談はあまり言うモノではないわ。冗談にしては質が悪いわよ?」

 

しかし、幽香は同じような事を言う。

 

「紫……嘘ではないわ。耕也が封印されたのよ……」

 

と、再度同じような事を言う。

 

脳にピリピリと嫌な何かが駆け抜ける。それと同時に嫌な予感もしてくる。だが、その事態を受け止めるには時間が短すぎ、まだ私は否定を繰り返してしまった。

 

「いい加減にしないと怒るわよ? 幽香、あの耕也が封印される? 馬鹿な事を言わないで。耕也の力がっ――――!!」

 

私が言っている間に幽香はしばらく私に接近して、その場で畳の上に押し倒す。

 

両肩を強く掴まれ、派手な音を立てながら背中を畳に押し付けられる。その力は尋常ではなく、私の肩がミシミシと言いながら鈍く痛みだす。

 

そして私が幽香の顔を見やると、幽香は顔を歪めさせながら震えた声で言ってくる。

 

「私がこんな無様な格好で冗談を言う奴だと思っているのかしら? …………耕也は、…耕也はねぇ……」

 

幽香がそう言いながら顔をクシャリと崩しながら眼を潤ませながら私に耕也の事を訴えかける。

 

そして私は漸く幽香の言っている事を受け入れ、消化し、震えそうになる声で返答する。

 

「ほ、本当に……耕也が……。……い、一体どうして」

 

それを言うと、幽香は潤ませた目から大粒の涙をボロボロと流しながら、ゆっくりと頷きつつ片手で目を覆う。

 

そして私の肩からゆっくりと手を離してその場に座り込む。

 

真っ赤に充血した眼を見せながら、私にポツリポツリ話し始める。

 

「遅かったのよ……私はあの日に櫛を忘れた事に気づいて、翌日取りに行ったのよ。……そうしたらすでに耕也の家は焼かれた後だったわ。そして残されたのは多数の矢の残骸」

 

「待って……落ち着いて話しましょう。こっちへ来て座りなさい」

 

そう言って私は幽香に座るよう指示し、落ち着かせようとする。

 

幽香はその言葉に頷くと、ゆっくりと立ち上がり、炬燵の中に入り、私を凝視する。

 

その様はまるで、行き場を失った子供のような雰囲気を持っており、早く話を聞いてやらねばと思わせるものがあった。

 

私は幽香の対面に座ると、藍を横に座らせ、幽香の話を聞く事にする。

 

「では、幽香。耕也について詳しく話してちょうだい」

 

私は幽香に現状について話すように促す。

 

幽香は頷いて、今回の起こった封印について話し始めていく。

 

「先ほども言った通り、耕也は封印されたわ。……同じ人間の手によって。私達が帰ったその日の夜に軍と陰陽師が襲撃し、そのまま封印らしいわ。でも、封印場所の特定にまでは至って無いのが現状。都の上層部まで脅すのは難しくてできなかったわ……」

 

その幽香の言葉の中に私は不自然な点を見つけた。

 

耕也が軍や陰陽師の連中ごときで封印される程弱いわけが無い。しかも今の幽香の言葉では力づくで封印したかのように聞こえる。だとしたらなおさら封印できるはずが無い。

 

つまりは他の手段を用いたという事だろうか? 考えられる手段としては耕也の性格を利用する方法。

 

そう、耕也の性格を利用して封印までに至らせたと考えた方がいいだろう。

 

私はそこまで考えてから力づくで行ったかどうかが明確なのか、幽香に尋ねる。

 

「幽香、耕也に対する封印の手段やその攻撃の経緯まではわかるかしら?」

 

すると、幽香は案の定首を横に振って否定する。

 

「いいえ、そこまでは……」

 

「だとすると、人間のやりそうな事で一番可能性が高いのは……人質を取るという事でしょうね。耕也の性格を考えるとそれが一番効果的でしょう」

 

自分で言っておきながら、その内容に怒りが湧き、思わず扇子を握りつぶしてしまう。

 

しかしこれが一番可能性が高いと私は思う。もし耕也が何の制約も無しに襲撃を掛けられたとしたのならば、幽香の所に避難するか、幽々子の所に避難する可能性が高い。

 

もしそれができなくても、他の場所に避難しているはずなのだ。それができないというのならば、それは耕也に対して心理的に不可能な状態にしてしまうという事。

 

それをする上で一番なのが、人質なのだ。二重に三重に人質を取って。

 

しかし、ここまで考えて一つの重大な点を私は忘れていた。

 

そしてそれに気付いた瞬間に私の中から笑いがこみ上げてくる。

 

一体どうしてこんな事に気が付かなかったのだろうか? と。

 

そうだ、封印封印と言われていたためにその先入観にとらわれていたが、改めて考え直してみると、それが酷く滑稽なものに思えてきてしまう。

 

その滑稽さのあまり、自然と笑いが口から出てきてしまう。

 

「ふふふ……」

 

その笑い声に、幽香は顔をしかめ、藍も咎めるかのような顔をしてくる。

 

私は流石に説明もせずに笑ってしまった事に罪悪感を覚え、謝罪しながらその笑いの理由を述べていく。

 

「ごめんなさいね二人とも。……でもねえ、私達は随分と封印という言葉に釣られていたようよ? まあ、妖怪だから仕方が無いとは思うけど」

 

私はそう言いながら次の言葉を言う。

 

「耕也はねえ……封印なんかされてはいないわ。思い出して御覧なさいな……私の能力すらも効かない人間に対して行使できる封印術なんて持ってるわけが無いでしょう?」

 

そう言うと、藍と幽香は漸く気がついたようで、少し表情に光を取り戻した。

 

私はそれを見ながら頬笑みを浮かべ、それに応える。

 

しかし、封印されていないという事に確信を持ったとしても、依然不安はぬぐえないというの現状。

 

一体耕也はどこに連れて行かれたのか? おそらく陰陽師達は封印したと息巻いているのだろうが、実際には封印されていない。

 

ならばその封印まがいをした場所の特定が次の達成目標であり、必ず特定しなければならない事である。

 

私は封印に適している場所を洗い出す。

 

膨大な量の知識の中から、耕也の家の立地場所より、最も近く、最も封印に適している場所。

 

正直なところ、この場所を特定する前に都にいる陰陽師どもを殺してやりたいと思っているのだが、耕也がそれを聞いてどう思うかと考えると、さすがに気が引けてしまう。

 

だから今はしない。耕也の要望があればするのだが、さすがに耕也は望みはしないだろう。

 

また、耕也の封印場所は、私達との交流があるという事で封印されたのだろうから、大規模な封印が必要になり、それに伴って術式に耐えられるような場所が必要となってくる。

 

そして深く考えている中で導き出されてくるのが、地底。

 

普通なら魔界に封印するのが一番の安全である。

 

また、あの魔界は聖白蓮という法僧が封印された事で知られている場所。当然それを知っている人間ならそこに封印をするだろう。

 

だが、封印を敢行した場合、魔界に入る際に耕也の力が邪魔してしまう為に入る事ができない。

 

耕也自身が望んで入るのなら入れるかもしれないが、今回はそうではない。もし魔界に封印するための術式を掛けたらたちまち耕也の力で解除され、魔界に入る事ができずに騒ぎになる事は間違いないのだ。

 

だから消去法として地底となってくる。おまけに藍のように石に封印された場合は、魔界の例と同じように封印できず騒ぎになることは必至なのだから。

 

ただ、今回地底に封印した場合は、封印ができないという事が漏えいしていないのだから、二重の容器に耕也を入れて封印した可能性がある。

 

こうすれば外側の容器は耕也に触れていないのだから、封印は可能である。……表向きではあるが。そしてその容器を地底に送ればそれでおしまい。

 

実際にはもっと簡素なものであり、陰陽師達が勝利に酔って気付かなかったという可能性が大なのだが……。

 

私はそこまで考えてから二人にある提案をする。

 

「二人とも。……地底に行こうと思うのだけれど、どうかしら?」

 

私の提案に案の定二人は困惑の表情を浮かべながら質問してくる。

 

「紫様、どうして地底に行くのですか?」

 

「紫、確かに……封印には適している場所だけれど…」

 

私はその困惑を拭い去るために、先ほどの推測を二人に説明していく。

 

説明していく内に、段々と納得したような表情となっていき、私の案に賛成をしてくる。

 

「わかったわ。……紫がそこまで言うのならばね…」

 

「分かりました紫様」

 

「なら決まりね。……すぐにでも出発したいところだけれども、幽香。ここで少し待っていて。藍、付いてきなさい」

 

そういうと、幽香は私の考えが伝わったようで、相変わらず充血した目で私に対して両省の返事をする。

 

「分かったわ……行ってきなさいな。……ただし、見ても暴れないようにね……?」

 

「ええ、分かっているわ」

 

そう幽香に返しながら藍と共にスキマの中へと身を沈めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在、目の前に広がるのは折れた無数の矢の残骸、碌な消火活動が行われていないせいか、未だにブスブスと微かな煙を上げている部分が見え隠れしている有り様である。

 

数日前までは健在だったあの家が、今では見る影もなく、灰と炭と化してしまっている。

 

私は恐る恐る紫さまの表情を見る。見た瞬間に、見なければよかったと思ってしまうと同時に全身の血が凍りついてしまうような感覚に襲われる。

 

紫様は、先ほどの表情とは違い、無表情になっており、その怒り様が今回が突出しているのだという事を嫌でも把握してしまうほどである。

 

実際私も心は怒りで満たされている。満たされているのだが、紫さまの怒りに圧倒されてしまているのだ。……情けない。

 

再び取り出された扇子は、紫さまの手によって粉々に砕け散り、無残に地面へ散らばるしかなかった。

 

そして煙が立つ木が放つ奇怪な音は、私の中の心をさらに荒れさせてしまう。

 

「藍……。十分に見たわ。行くわよ。幽香をこれ以上待たせても仕方が無いわ」

 

と、そこで紫様が帰還を私に指示する。

 

「はい、わかりました」

 

確かにこれ以上は此処に居ても仕方が無いだろう。耕也を探す方が先決なのだから。

 

そう言って私達は再びスキマへと身を投じて行った。

 

スキマを抜けると、すでに幽香は準備を整えており、いつでも行けるようになっているようだ。

 

「さあ、幽香、藍。地底に行きましょうか。……もし外れてもまた探せばいいだけの事よ」

 

そう言いながら紫様はスキマを再び開く。スキマから覗ける景色は岩がゴツゴツとしており、草木一本生えていない不毛の地が広がっていた。

 

私はまだ確定してもいないというのに、耕也に会えるという喜びが先行してしまっていた。

 

「……此処に耕也が」

 

「藍、まだ確定しているわけではないのよ?」

 

紫様が私の逸る気持ちをたしなめる。

 

「失礼しました」

 

と即座に紫様に謝り、再び気を引き締める。

 

だが、紫様にも私と同じように声に嬉しさがにじみ出ている。

 

幽香はその後ろで口に手をやり、笑いをこらえている。口調と感情の落差に笑いそうになっているのだろう。

 

私がジト目でけん制すると、先ほどまでの笑いを吹き飛ばして素知らぬ顔で明後日の方角を見て誤魔化す。

 

……全く、油断のならない女だ。

 

「二人とも……下らない事はしてないで…………行くわよ?」

 

「はい、紫様」

 

「ええ」

 

紫様の言葉に私と幽香は答える。

 

……さあ、待っていてくれ耕也。今行くからな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。