東方高次元   作:セロリ

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64話 死体はあちらです……

俺を死体にはしないでおくれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さんの死体を運ばせてくれないかい?」

 

そんな声とともにゴトゴトと何かが転がるような音が聞こえてくる。

 

この地底でそんな事を言う妖怪は、一人しかいないなと思いつつもその声の方向に振り向く。

 

やはりその予想は当たっていたようで、濃い緑色の服に赤い三つ編み、そして何より猫である事を表すネコ耳。まぎれもなく火焔猫燐。

 

先ほどのゴトゴトとした転がるような音は、猫車の車輪と地面の接地面から発せられていたようだ。

 

燐は二つの妖怪の死体をチラチラ見ながらこちらをしきりに観察しながら近づいてくる。ただ、先ほどの死体という言葉を俺に言った割には、物騒な雰囲気が全く感じられないので、冗談で言ったのだと俺は判断したい。

 

そして俺が燐に向かってやんわりと断ろうとしたが、その言葉が出ることは叶わず、ヤマメが口を開く方が先であった。

 

「おやおや、お燐じゃないか。丁度良かった。今、お前さんの主は在宅かい?」

 

その声に俺から顔を外してヤマメの方を見て淡々と答えていく。

 

「もちろんいるさ。さとり様がこんな所に進んでくるとでも思うかい?」

 

ソレを聞くとヤマメは少し苦笑しながら

 

「不躾な質問だったね、許しておくれ。いやまあ、在宅だってことが分かっただけでも儲けもんだよ。実を言うと、私の隣にいるお前さんがお兄さんと呼んでいた男をさとりに会わせたいのさ。できるかい?」

 

そう言いながら俺の肩をポンポンと叩きながら質問内容の説明していく。

 

俺は彼女らのやりとりが終わるまでしばし沈黙しておこうと思う。ここで俺が余計な口出しをして会話の円滑性を乱しては今後に支障が出る可能性があるからだ。

 

ヤマメの言葉を聞いた燐は、訝しげにヤマメに尋ねていく。

 

「会わせるのは良いのだけれども、何でわざわざ?」

 

「いや、この男は人間でありながら地底に追いやられてしまってね。さとりの所でこの地底について教えてやってくれはしないかい?」

 

「地底の事について教えるぐらいならさとり様じゃなくてもヤマメ自身とかそこら辺の妖怪に聞けばいいじゃないか?」

 

「仮にもあんたの主はここの管理者だろう? 新参者の顔を把握しておくのも勤めの内だと思うがね」

 

するとヤマメの言葉が決定打となったのか、燐は耳を少しへタレさせて了承する。

 

「分かった分かった。……案内するからさ。そこの…え~と………お兄さん?」

 

燐が俺からの自己紹介を受けていなかったためか、少し呼びづらそうに視線を泳がす。

 

すかさず俺は自ら名乗り出て呼びやすいように配慮する。

 

「大正耕也と申します。よろしくお願いします」

 

「あ~よろしく人間の耕也。あたいの名前は火焔猫燐だよ…………それにしてもお兄さんが死体になったら良く燃えそうだしこいし様も喜びそうだねぇ……」

 

物騒な事を平気な顔をして俺に言ってくるあたり、妖怪と人間の違いがここに明確に現れてくる。

 

まあ仕方のない事だと思い、邪険にするのも良くないので燐の話しに乗る。

 

「え? そんなに燃えそうですか自分の身体は? そんなに肥えているわけではないと思うんですけど。ちなみに死体になるのは勘弁です」

 

そういうと、燐は人差し指でチッチッチッとしながらクルリと一回まわりして喋り始める。

 

「あ~残念残念。そして違う違う、違うんだよお兄さん。何故だかわからないけれども妖怪の本能が訴えるのさ。この人間はおいしそうだ。この人間は良く燃えそうだ。死体収集家にとってみれば集めてみたくなりそうだ。…………ってね」

 

いやまあ、どうせそこらへんなんだろうとは思っていたが、何ともまあ我ながら変な身体だと思う。どうせこれも高次元的なモノが作用しているんだろうけどさ。

 

そこまで思ったところで、燐が側にある猫車の取っ手をつかみ、再び話しかけてくる。

 

「とまあ、話はここまでにして。耕也。お兄さん? どっちでもいいか。とにかく、さとり様の所まで案内してあげるよ」

 

俺はその言葉に促されるままに、返事をする。

 

「はい、お願いします。……ああ、少しだけ待って下さい」

 

そう言って俺はヤマメの方を見て頭を深く深く下げて地底に来てから何から何まで世話になった事について礼を言う。

 

「ヤマメさん、この度は人間であるにもかかわらず、行く宛てのなかった私を助けて下さった事に深く御礼を申し上げます。誠にありがとうございました」

 

そういうと、ヤマメは頬をカリカリとしながら赤い顔で

 

「や、やめておくれよ。恥ずかしいじゃないか。それに……ほ、ほら、皆も見ているし、ね?」

 

そう言って俺の頭をポスポス叩いてくる。

 

「失礼しました。では、また」

 

俺も少し場所を選べば良かったと後悔しながら最後に軽く会釈をして燐の元へと駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、耕也は一体どうしてこんな所に? 大体はここにいる死体の言ってた大声で予想はつくんだけどね?」

 

そう言って微笑を浮かべながら俺の方を見てくる。彼女の押している猫車には先ほどの妖怪の死体が入っており、地面の凹凸によって血と肉が金属と接する不快な音を時折発する。

 

俺はその様をなるべく見ないようにしながら燐の質問に答えていく。

 

「まぁ、上では一応陰陽師をやっておりまして。それで日々の生活の為の銭を稼いでいたのですが。……ちょっとしたきっかけで妖怪と関係を持つようになりまして。……ここまで言えば後はお分かりになるかと思いますが、その後都の方にバレてしまったためにここに来たのです」

 

そう言うと、燐は微笑を浮かべながら俺に向かって口を開く。

 

「そりゃあ耕也、あんたが悪いよ。陰陽師が妖怪と関係を持っていちゃあ本末転倒だよ? でもソレをネタにしてきたこいつらも悪い」

 

そう言いながらコツコツとその赤く鋭く伸びた爪をコツコツと猫車の枠部分に当てながら言ってくる。

 

「まあ、そうですよね。本末転倒ですよね……ソレのせいで多くの人に迷惑をかけてしまったのも事実ですし」

 

「そうだねぇ、妖怪の私が言うのも変だけど。でもまあ、今はここでどう暮らすかを考える事だね。うん、それが一番だ」

 

彼女なりに俺を気遣ってくれているのだろう。むず痒そうな顔をして言ってくる。

 

「ありがとうございます。燐さん」

 

俺が礼を言うとさらにむず痒そうな顔をしてその場で足踏みをし始める。自分で妖怪らしくない事をしていると思ったのだろうか?

 

「いいよいいよ。こんな事をいう柄じゃあないんだけどね。人間と妖怪じゃあ価値観も違うし」

 

やはり思ったのだが、今彼女の言っている言葉は妖怪の思考からは大分外れている。確かに彼女にとって人間の価値観に合わせるのは辛いモノがあるだろう。

 

俺の価値観はこの時代の人間とも、妖怪とも違っているのだろう。心の奥底で、そして気付かない部分でゲームの世界だからと思っていた部分もあるのかもしれない。

 

ただ、俺の陰陽師として今までしてきた行動が、あの平助のいる村に大きな迷惑をかけてしまった事には変わりはないのだ。

 

おそらく俺は裏切りの陰陽師、又は妖に身を堕とした陰陽師として伝承に残るのだろう。

 

この上の幻想郷になる土地でも、稗田家に書かれるのだろうか? ……妖怪の章に。

 

そんな事を考えながら歩いていると、突然燐が話しかけてくる。

 

「耕也耕也、あれだよ。あたいの主である古明地さとり様がおわす地霊殿は」

 

と、先ほどとは打って変わって楽しそうな表情で大きな建物を指差す。

 

ふと顔を上げてみれば、そこには西洋を思わせるような黒を基調とした、殺伐とした雰囲気を醸し出している巨城が鎮座していた。

 

だが、どこか日本的な何かを思わせるような雰囲気を同時に持ち合わせているものであった。

 

また、途中から城まで続く道は未舗装の砂利道から石畳へと変わり、その変わった瞬間からその城の持ち主の土地に入ったという事を思わせる。

 

つまりは、もうすぐ対面するのだ。心を読む妖怪、古明地さとりと。

 

石畳を一歩一歩踏みしめるごとに緊張が増してくるのが分かる。戦う訳でもないのだから緊張する必要はないのに、何故か緊張をする。

 

この近づけば近づくほど、その巨大な様相を露わにしてくる城を前にしているせいもあるのかもしれない。

 

また、これからの話し合いが上手くいくのだろうかという不安感と焦燥感がそれを後押ししているのかもしれない。舌戦が得意でないのも要因の一つであろう。

 

対する燐は俺の状態とは真逆であり、近づくにつれて喜びが顕著になってくる。

 

主と会う事が嬉しくて嬉しくて仕方が無いのだろう。

 

進んで地底の商店街へと足を運ばない妖怪さとり。その心を読むという能力ゆえに人妖の両方から嫌われている妖怪。

 

そんな彼女をずっと見てきた燐は、商店街のことをあまり良く思ってないのかもしれない。俺の憶測でしかないのだが、燐にとってさとりという存在は主であると同時に親、家族なのだろう。

 

だから彼女は嬉しそうにする。

 

俺にも家族とかいたなぁ……。もう会えないのだろうけどもね。…………でもまあ、やっぱり何年たっても親には会いたいねぇ……。

 

燐の事を考えながら自分の家族の存在を思った俺は、そのまま黙って燐の後についていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ここが地霊殿だよ耕也」

 

地霊殿の中へと案内されると、まず目につくのがその豪華さである。一体どこで発注し製造したのか分からない色鮮やかなステンドグラス。

 

そして、シャンデリアとは違うのだろうが、それに似たような大きな明りの数々。もちろん明りは電球ではなく炎なので薄暗い。しかしその薄暗さを大きなステンドグラスからの透過光が補助しているため、城内の歩行に支障はない。

 

その光を辿って下を見てみれば、床は大理石でできているとくる。

 

さらにはこの時代の日本にはないであろう蝶番のあるドア。一体何故こんなモノがあるのだろうか?

 

地底は良く分からない。色々と歪だから仕方が無いのだろうか?

 

「耕也、突っ立ってないでこっちに来なよ。こっちこっち」

 

そう言って周りを眺めている俺に歩くように要請してくる燐。

 

「はい、すみません。今行きます」

 

そう言って部屋を再び眺めながらドアを開けて通る。

 

「燐さん、なんでこんな扉が? 地上にはこんな機構で開閉する扉なんて一つもありませんよ?」

 

すると、燐は首を傾げながら俺の疑問に答えていく。

 

「いや~、あたいには分からないねぇ……。住み始めたときにはすでにこんな感じだったからさ。やった事と言えば私物の整理ぐらい?」

 

と、俺に聞き返すように言ってくる。

 

「じゃあ、何ででしょうね~……」

 

マジで何なんだ?

 

そんな不思議だなと思いながら歩いていると、曲がり角からスイッと人影が眼の端に映る。

 

俺は何の違和感も持たずに、一瞬見えた誰かとも分からぬ人に向かって咄嗟に頭を下げて挨拶をしてしまう。

 

「こんにちは、お邪魔させて頂いております」

 

挨拶が終わったと同時に、顔を上げてその姿をこの目に捉える。

 

その姿は、黄色い独特な形状をした上着に緑色のスカート。非常によく整った綺麗な顔を持ち、緑がかった白い髪の毛に黒い帽子。

 

それは紛れもなくこの館の主の妹であり、そして無意識を操ることのできる古明地こいしであった。

 

こいしは俺の突然の挨拶に驚いたのかその場で飛びあがり、次の瞬間にはガバッと振り返る。

 

その顔には驚きが色濃く表れていた。俺はその瞬間にしまったと思い、咄嗟の芝居をそこでうつ。

 

その場で首を傾げながら明後日の方向を向き、周囲を探すフリをする。

 

それでもこいしは俺の顔から視線を外さず、驚きから怒ったように顔を険しくしながらずっと俺の方を見てくる

 

物凄く疑われている。というよりも完全に俺を補足している。

 

こんなさとりと話す前の所でイザコザ等起こしたくないため慌てて芝居をうっているのだが、効き目はどうにも薄い。

 

「耕也? ……何してるの?」

 

と、そこに燐から声がかかる。助かったと思いながら急いで燐の方を振り返り、こいしにも納得してもらえるような言い訳をする。

 

「いえ、…………今さっき視界の端に人影が映って挨拶をしたのですが見当たらなくなってしまいまして……いや、見間違いだったんですかねえ」

 

俺がそう言い訳をすると燐は納得したかのように眼を閉じながら何回か頷く。

 

「あ~~……それは後で分かるようになるから安心しなよ。さ、早くさとり様の所に行こう?」

 

そう言って再び歩き出す。その足は先ほどよりも若干はやめであり、こちらも早めないと置いていかれてしまうほどである。

 

燐の言葉を聞きながら俺はこいしの方をチラ見してみる。こいしは俺の芝居が何とか効いてくれたのか、少しだけホッとした顔で胸を撫で下ろしている。

 

撫で下ろしたいのは俺の方なんですけどね。

 

俺はそう思いながら燐に返事をする。

 

「分かりました」

 

そう言って後についていく。

 

しかし気になるのは、やはり後ろ。誤魔化しに成功したとはいえこいしは俺の方を着いてくることにしたようだ。

 

領域のせいで能力が効かないもんだから、燐には聞こえないであろうこいしの足音が俺に聞こえてしまうのだ。さらには気配も。

 

こいしはピッタリと俺の後方約1mを歩き、俺と燐を見ているようだ。俺は変にこいしの行動を気にしていると怪しく思われてしまうのでなるべく前方に意識を集中させる。

 

おそらく傍から見れば非常に滑稽な光景になっているだろう。紫や幽香が見たら腹を抱えて笑いそうだ。

 

そしてしばらく長い廊下を歩いていると、突然脇付近に刺激が与えられる。

 

思わずその刺激によって湧きあがるくすぐったさと、不意打ちに思わず声を上げてしまう

 

「うおわぁっ!」

 

その大声に燐の尻尾と耳がピンと天井を向き、その場で飛びあがる。

 

そして俺の方をジト目で見て文句を言ってくる。

 

「ちょっと耕也。変な声を上げないでよ。あたいがびっくりするじゃないか……」

 

「す、スミマセン。ちょっと唐突に痒みが生じてしまいまして」

 

分かっている。こいしだ。突然こいしが俺の脇をくすぐってきたのだ。しかも俺が燐に誤魔化している間は腹を抱えて爆笑している。

 

俺には思いっきりその笑い声が聞こえるというのにも拘らず、燐には一切聞こえていないという何とも奇妙な光景が形成されてしまっているのだ。

 

俺はさとりの部屋に着くまでこいしに笑われ、燐にまるで変態でも見るかのような目で見られ、終始いじられることとなってしまった。こんちくせう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さとり様、会いたいという人間がいるのですが、良いですか?」

 

と、さとりの部屋のドアをノックして入った燐がさとりに向かって話しているのが聞こえる。

 

その間俺はドアの外で待っているのだが、まだ後ろにピッタリとこいしがいるのだ。

 

と、そこで後ろから声が掛かってくる。小さな声で。

 

「ねね、本当は最初から私の事が見えてたんでしょ? 聞こえていたなら右手を握ったり開いたりしてみて」

 

もちろんですとも。どうせそんなこったろうとは思ってはいたが、所詮人間が咄嗟にやった芝居なんて格の高い妖怪であるこいしには通じなかったようだ。

 

さすがにここまで来たからには、こいしもゴタゴタを起こしはしないだろうと思って素直に手を動作させる。

 

すると

 

「おぉ~~~っ!」

 

と、小声で歓声をあげて小さく拍手する。

 

「ね、ね、……どうして分かったの?」

 

と、俺の顔の右横に顔を持ってきて聞いてくる。俺はそれが正面に見えるように顔をこいしに向ける。

 

「まぁ、それは後でお話しします。もうすぐ燐さんが来てしまうので」

 

「わかったよ~。……それと、燐さんなんかじゃなくて、気軽にお燐とか呼べばいいのに」

 

さすがに本人が許可してもいないのに呼ぶのは失礼だと思い、こいしにその旨を伝える。

 

「いや、さすがにそれは失礼ですって」

 

その言葉を言った直後にドアが開き、燐が出てくる。そして俺に手招きをして入れと伝えてくる。

 

俺はそれに促されるままスルリと中へと入っていく。

 

中に入ると、さとりは四脚の丸いテーブルの右にある白い椅子に腰かけており、先ほどまで読んでいたであろう本を閉じたまま持っていた。

 

俺を眼にすると、少しだけ訝しげな顔をしたが、すぐに元の飄々とした表情へと戻り、持っていた本をテーブルの上に置く。

 

対する俺は中へ入ってすぐさとりに向かって深く礼をする。

 

俺が中に入ってもさすがにこいしまでは中へ入ってこないようで、そのままどこかへ去って行った。

 

「ではお燐。席を外してちょうだい」

 

さとりは燐にそう命令をする。もちろんは燐はさとりの指示に素直に従い、部屋から出ていこうとする。そして出ていこうとする直前に立ち止まり、何かを思い出したかのような顔をして口を開く。

 

「分かりましたさとり様。……あ、お茶をお持ちしますね」

 

そう言ってドアを閉め、お茶を取りに行く。

 

そして燐が去ったすぐ後にさとりは俺に対して席を手のひらで指しながら座るよう促してくる。

 

「さて、……どうぞ座って。立ち話は退屈でしょうし」

 

「ありがとうございます」

 

そう礼を述べてありがたく座らせてもらう。

 

しかしこの位置で座ると、さとりを正面から見据えることになってしまう。さとりはこいしと同じように非常によく顔が整っており、どこか大人の妖艶さというモノを醸し出している。

 

そう、さとりを短く観察していると、再び向こうから声がかかる。

 

「では、自己紹介からといきましょうか。私は古明地さとり。この地霊殿の主であり、同時に貴方を案内していたお燐の主よ。……さあ、今度は貴方の番。どうも貴方の心は読めないようだから、口で言ってくれないと分からないわ」

 

「すみません。私は大正耕也と申します。 一応地上では陰陽師をやっておりました」

 

すると、さとりは納得したような頷き方をして再び口を開く。

 

「なるほど。とすると、色々な意味で貴方の能力を消す力は役に立ったのね? ここに来た理由までは分からないけど。……それに貴方が陰陽師をやっていたというのも頷けるわね。妖怪を恐れないその姿勢。失礼かもしれないけれども、正直な話、貴方は異常ね。歴戦の陰陽師であったとしても妖怪がうじゃうじゃいる地底に来たら普通は恐怖を感じるはず。なのに貴方はそれをこれっぽっちもにじませない。…………まあ、これについては別にどうでもいいのだけれども」

 

思わずどうでもいいのかい。と、突っ込みを入れたくなってしまったが、俺としてもどれぐらい地底で暮らすかが分からないので、本題に入りたい。

 

その気持ちが強かったためか、先ほどのさとりの言葉を軽く流して話し始める。

 

「では、本題に入りたいと思います。今回私がここに来たのは御助言を賜るという事の他でもありません。もちろん、御礼は必ず致しますですからどうか、よろしくお願いいたします」

 

座ったままで失礼かもしれないが、そのままの姿勢から深く頭を下げる。

 

「…………良いでしょう。取り引きという形でですね。でした―――」

 

「さとり様、お茶をお持ちしました」

 

話を遮られたのが気に入らなかったのか、少し眉を顰めるがすぐに元に戻し、燐に返答する。

 

「どうぞ」

 

そういうと、やや乱暴にドアが開かれ、銀色のトレーの上に乗っている湯気の立った湯呑が運ばれてくる。

 

「どうぞさとり様、耕也」

 

そう言って熱々の湯呑を置いていく。しかしさとりに渡す時と違って俺に対しての時はやけにニコニコしている。短い間だが、見た中で一番の笑顔。

 

「ありがとうございます」

 

と言って俺は軽く会釈をして茶を飲んでいく。

 

「あっ…………!」

 

さとりは俺がお茶を飲む直前に眼を見開きながら俺の手を凝視する。何かマズイ事でもしたのだろうか?

 

なんでだろう? なんで皆俺より上手く茶を淹れられるのだろうか? 俺だってそれなりの年数で淹れてきたつもりなのだが……。

 

茶のうまさに驚きながらもそれを一口一口と飲んでいく。

 

そして3分の1ほど飲んだ時に湯呑を置くと、二人の様子が先ほどとは全く違っていた。

 

さとりは湯呑を持ったまま硬直しているし、燐はトレーを手から滑らせて床に落としてしまっている。

 

…………もしかしてなんかマズイ事した?

 

いや、お茶の飲み方で特に何か致命的な事をしたわけでもないし、ちゃんと礼を言って受け取ったし……はて?

 

俺は二人の様子の変わりっぷりに少し焦りながら尋ねる。

 

「えっと…………。マズイ事をしました?」

 

するとさとりが若干手を震えさせながら言う。

 

「あ、あなた…………飲んだのよね?」

 

そして次に燐が口に手を当てて、耳をピンと立てながらとんでもない事を言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃにゃあ……人間なら即死する毒入れたのに…………」

 

 

 

 

 


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