東方高次元   作:セロリ

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61話 気絶は中々に嫌だ……

家は無くなるし何処だか分からないし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…………ふあ、あ~~」

 

目覚めると同時に大きな欠伸をしてしまう私。視界に映り込んでくるのは、見慣れた白い天井と花柄の布団。

 

少し首を左に向ければ、大きな窓が外はこんなにも明るいよ、とばかりに日光を室内に降り注がせる。

 

今日もいつもと同じような生活が始まるのだと思うと、少し気落ちしてしまう。

 

いや、気落ちしてしまうというよりは、何か物足りなさが増えたと言うべきだろうか? いや、以前と比べて格段に自分の中の心に躍動感が増えたと言うべきなのだろうか?

 

以前はただ降りかかる火の粉を払い、自分の家族の一員である花達の世話をしていればそれで満足だったのだから。

 

それが今となっては、物足りなさを感じる事が常となってしまっているのだから、随分変わったものだなと自分のことながら笑えてきてしまう。

 

決して家族である花達を蔑ろにしているわけではない。……そう、そろそろ段階を上げていく必要があるのではないかと思う。

 

今ある家族に賑やかさをひとつ加えても良いのではないかと思うのだ。そうすれば花も喜ぶし、私としても大歓迎なのは言うまでも無い。

 

そんな事を考えているうちに脳が半ば覚醒し、私は脳を完全に覚醒させるため、顔を洗いに洗面所までノソノソと歩いていく。

 

寝室を抜け、階段を下ってすぐの所に洗面所はあり、私は寝惚けて他の部屋に入らないように若干注意し、時折ふらつきながら部屋に入っていく。

 

この白い陶器で構成されている洗面器は、耕也が取りつけてくれたものであり、最初の方こそ違和感があったが、時が経つごとにその利便性と使用頻度によって今では違和感がすっかり無くなってしまっている。

 

蛇口に接続されているハンドルという部分を捻ると水が出てくるのだから不思議だ。水は耕也から自動的に供給されているらしいのだが、……何とも不思議だ。

 

だが一々気にしていては疲れてしまうので、さっさと顔を洗っていく。すると、鏡に映った自分の髪の毛が一部分跳ねてしまっている事が分かる。

 

まあ、少し癖のある髪だから仕方が無いと思いつつも、直さなければ格好がつかないと思い、いつもの所に置いてある自分愛用の櫛を手に取ろうとする。

 

すると、取ったと思ったが手が空振りしてしまい、櫛が手に収まらない。

 

「あら?」

 

そんな素っ頓狂な声と共に洗面器の横にある小物入れに視界を移す。

 

櫛が無い……。……はて、一体どうして無いのだろうかと少し疑問に思ってしまう。いつもならここにあるので見なくても手に収まるはずだったのだが……。

 

私は昨日うっかり別の所に仕舞ってしまったのだろうか? という考えが浮かび、洗面所のありとあらゆる引き出しを引っ掻きまわしていく。

 

とは言っても、自分は御洒落といったモノにそこまで固執しているわけでもなく、日用品の中に化粧などの道具はほとんど持っていない。

 

だから耕也からもらった爪切りや耳掻き、予備の歯ブラシや治療用の絆創膏と抗生物質、風邪薬などしかない。だから小さい引き出しの部分は空の部分があるため、すぐに無いという事が分かる。

 

では、洗面器の真下にある大きな収納スペースとやらにあるのだろうか? 普段の私の行動からしてこんな所に入れる要因が感じられないし、入れるとは到底思えない。

 

だが万が一という事もあるので、二つの扉を左右に開いて中を見やる。

 

中には洗剤と柔軟剤、入浴剤や口内洗浄用のリステリンぐらいしかない。そしてわたしはリステリンを見た瞬間口をへの字にして余計な事を思いだしてしまう。

 

ああ、口の中が爆発する奴だと。

 

耕也はオリジナルタイプが好きだといって私に勧めてきたが、初日に教えられた通りにやったら見事に敗北して、洗面器に思いっきり吹き出してしまった苦い記憶がよみがえる。

 

あれは口の中に毬栗を入れたような感じという形容が合っているだろう。とにかく刺激が強すぎる。……耕也は慣れだと言っていたが、私は慣れない。紫にやらせるのも良いかもしれない。

 

ここまで考えながら一つの答えを出す。

 

ここに櫛は無い。と。

 

自分の部屋に置いた可能性もある事にはあるが、昨日は部屋で櫛を使ってはいない。

 

…………ん? 使ってはいない?

 

そう、昨日は櫛を使ってはいない。……と言う事は。

 

そこで櫛の行方を大凡ではあるが推測する事ができた。おそらく耕也の家にあるではないかと。

 

もしかしたら昨日の掃除の時にうっかり落としてしまったのかも知れない。

 

「仕方が無いわね。……水やりが終わったら耕也の所まで取りに行きましょうか」

 

そう言いながら跳ねた髪の毛がある頭のまま私は朝食を取りに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の飛ぶ速度では、耕也の家まで二時間近くかかってしまう。すでにそのほとんどの空路を消化している。別に疲れはしないのだが、どうも他の妖怪に比べて飛ぶ速度が遅い。

 

それを耕也は、ディーゼルターボのようだと言っていたが、なんの事だか良く分からない。

 

ようするに速度よりも多少遅くはあるが、重い物を運ぶ方が力の方向性が向いているとのこと。……たしかに力は突出しているとは思うが。

 

「それにしても、もう少し早くならないものかしらねぇ……」

 

さすがに耕也よりは速く飛べるものの、天狗の速度と比べたら言わずもがな。負けるのは必至である。

 

私としては、天狗の半分でもいいから速度が欲しいというところが正直な所である。

 

天狗に今度無理矢理聞きだしてみようかと冗談半分に思いながら空を飛んでいく。

 

もうそろそろ着くころだと思いながら、昨日のしょんぼりとした耕也の様子を思い出す。

 

たしかに3人で延々と説教をしたのはやり過ぎたかなとは思う。ただ、あれはいただけない。えろげーと言っただろうか? あんな卑猥なモノを100以上持っているのは本当にいただけない。

 

男は得てしてそう言ったモノを思い浮かべたり、持ちたがるのは分かる。だが、こうなんと言うのだろうか? 女としての何かがそれに対して嫉妬というか何と言うか。とにかくそのモヤモヤとした感情が湧きあがるのだ。

 

多分紫や藍もそういう感情を持っていたのだろう。……もっと寛容かと思っていた紫が怒ったのは意外だったが。

 

ふと気がつくと、自分の今飛んでいる位置が考えによって少し分からなくなってしまい、その場で焦って空中で停止をしてしまう。

 

「多分もう少しだと思うのだけれども……」

 

そう言いながら再び速度を上げて耕也の家へと向かう。

 

少し花達に聞いてみましょうか?

 

そう思い立ち、私は一気に高度を下げて花達に聞きに行く。降り立つ場所は、花が所々咲いている程度の草原であり、植物はそよ風を気持ちよさそうに受け流している。

 

「大正耕也の家ってこの方角であっているかしら?」

 

そういうと、花の妖精が私に対して肯定の意思を示す。彼女達は、無数に張り巡らされている小さな小さな霊脈を元に、道行く人々からの会話から得た情報を頼りに是非を決定していくのだそうだ。

 

「合ってるのね? ありがとう」

 

そう言って人間達に見つからないようにさっさと空へと上がっていく。

 

距離としてはもうすぐなのだから、そこまで焦る必要もないだろう。

 

そんな事を思いながら飛んでいくと、見慣れた景色が広がってくる。

 

耕也の住んでいる家付近に来たという事が分かる。私は改めて空中で止まり、周囲を見渡す。

 

やはり自分の記憶からしても、ここが目的地付近である事を改めて確認できる。

 

私はそのままユルリユルリと飛びながら耕也の家が見えるまで飛んでいく。

 

もうすぐ、もうすぐである。

 

何度もここに来ているというのに、耕也と会うという事を考えているだけでも心が温かくなる。

 

だが、次の光景を見た瞬間に自分の身体が凍りついてしまったように空中で動かなくなってしまった。

 

やっと見えた耕也の家がある場所は、真っ黒になっていたのだ。

 

「え……? 私…は……場所を間違えたの…かしら?」

 

そんな言葉が自然と口から出てしまう。

 

無理もない。昨日まで健在しており、耕也達と掃除をした家がこんなにまで無残な姿になっているのだ。

 

そして周りには折れた矢の残骸……。

 

火事。襲撃。

 

この言葉が頭に浮かんだ瞬間に、身体がフルフルと、そしてガタガタと震えだし始めた。

 

自分でも信じられない。昨日まであんなにワイワイとやっていたのに。

 

私はその認めたくないという気持ちとは裏腹に、身体は自然と空中を駆けだして未だに煙を噴き出している家の残骸へと足を突っ込んでいく。

 

「こうや……耕也……耕也ぁっ!」

 

そう叫びながら、我武者羅に崩れている柱や板を引き抜いて耕也を探し始める。

 

柱はまだ熱く、人間が素手でつかむと大やけどしてしまうような温度。もちろん妖怪の私ですらかなりきつい。

 

だがそんな事を気にしている余裕などなかった。ただ燃えていたために、脆くなっていたのが幸いであり、私の力を持ってすれば残骸の山を退けることが可能であった。

 

耕也の寝ていた場所は確か居間だったはず。

 

私は耕也の寝ていた場所を思い出しながら次々と破片を周囲にブン投げていく。

 

手が炭まみれになろうとも。手が焼けてしまっても。

 

頭の中には想像したくない一つの未来があった。それは耕也が死んでいる事。それだけは絶対になってはならない未来である。

 

また孤独になるのは嫌。……確かに今は紫達もいる。しかしかけがえのない人を失うのは私には耐えられない。

 

私は考えたくない事を封印するかのように首を左右にブンブンと振り、さらに残骸を退けていく。

 

空気が熱い。熱い煙が私の肺を直撃して激しく咳き込む。

 

「ゲホッ、ガホッガハッ! ……こ、耕也ぁ」

 

……だがやめることはできない。絶対に。

 

耕也よ、私を置いて死ぬことは絶対に許さない。孤独から救い出してくれた貴方が私を再び孤独に突き落とすということは重罪なのだ。絶対に許さない。だから生きていて。

 

そう思いながら私は最後の大きな残骸を全身全霊の力を込めて動かし、居間への道をあける。

 

居間があったであろう場所はもはや原形をとどめておらず、そこに何があったということすらも分からない状況になってしまっている。

 

私はいつもの記憶を頼りに、おそらくここに布団があったのだろうという目星をつけて作業に取り掛かる。

 

灰をどかしていくと、そこには、僅かながら焼け焦げた綿のような物を発見する事ができた。

 

それと同時に、私が残骸をどかし過ぎたせいだろうか? 家の柱がついに限界を迎え、ミシミシと奇怪な音を立てながら撓んで折れていく。

 

私は避難するために立ち上がり、窓があったであろう場所からギリギリまで観察してから急いで脱出していく。そしてその短い時間の中でも、私は非常に優れた観察力で見ていく事ができた。耕也の身体が無いかどうかを。

 

結果は…………耕也の身体らしきものは一切見当たらなかった。

 

私は外に出ると同時に家が崩れていく様を背後にしてその場にへたり込む。

 

耕也の身体は無かった。これはどういう事なのだろうか?

 

無事に逃げる事ができたのだろうか? それとも灰も残らず無残に骨ごと焼き尽くされてしまったのだろうか?

 

いや、私や紫の攻撃や能力干渉すらも効かなかった耕也だ。きっと大丈夫なはず。それにこの矢の残骸の散らばりようは、耕也が外に出た事なのだろう。だから焼死までには至っていない筈。

 

燻る家の残骸を見てしまった時は気が動転して、ここまでの事を考える事ができなかったが、いざ冷静に今までの耕也の力を考えてみると、火事や人間の攻撃ごときで傷を負うような人間ではない事を思い出す。

 

……でもやはり心配だ。どうしても不安が残る。

 

そう考えてくると、視界が崩れていく。涙が自然と出てくるのだ。

 

この涙は耕也の安否を心配する事からくるのか、それとも耕也が無事であることを確信してからくる安堵の涙なのか。

 

私はそれを判断する事ができず、ただただ黙ってその場で泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

散々泣いた後、私は一体何故耕也の家が燃えてしまったのかについて考える。

 

いや、考えるというよりもこれはすでに確信できる事である。

 

十中八九、耕也が軍に襲撃されたのだろう。あそこまでの矢の数は、夜盗ごときに用意できる数や質ではない。

 

原因としては明確だ。私たち妖怪と関係を持っていたからだろう。

 

その事を考えたときに、私の中で大きな罪悪感が生まれてくる。私のせいで…………。

 

耕也は襲われた時に後悔したのだろうか? いや。いやよ。私との関係を否定されたくない。

 

更なる不安が私の心を抉っていく。

 

いや、今は私の心よりも耕也の身の安否が第一だ。

 

私は別の考えに切り替えると、耕也がどうなったのかについて考えていく。

 

まず殺されたという事はないだろう。大凡現存する妖怪や人間、神も損傷を与えることは不可能だろうから。

 

となると、無事に逃げおおせてどこかに身を潜めているのだろうか? いや、だとしたら私か紫を頼っていはず。だとすれば今は紫の住居に避難しているのだろうか?

 

私の家の立地場所は都に近いから不向きであろう。だから遠い紫の家に逃げ込んだ可能性の方が高い。

 

私を心配してくれての事だとしたら非常にうれしいが、複雑な気持ちになる。

 

しかし、紫の家に逃げ込んだという確証はどこにもないのだ。まだまだ分からない事だらけだ。

 

私は都付近で無理矢理にでも耕也の行方を聞いてみようとしたときに、背後から陰陽師達の気配がし、それと同時に声がかかる。

 

「なっ!? …………風見……幽…香…………何故ここに!?」

 

私も陰陽師達がなぜここに来たのかという疑問をよそにゆっくりと振り向いていく。あまりにも良すぎる時機。

 

私はそのあまりにも良すぎる時機に笑みを浮かべながら、恐怖の色を浮かべた陰陽師達に向かって言う。

 

「自分達の不運を恨みなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の対峙した陰陽師達は10人ほど。ほとんどが雑魚、又は中堅以下の屑であり、私の足元にも及ばない。

 

瞬時に状況を把握した私は過剰な妖力を身にまとい、男たちを一人を除いて手足を折るなどの激痛を与えて気絶させていく。

 

「遅い」

 

「がっ!…………ぎゃああああああっ!」

 

私は最後の男に反撃の隙を与えることも無く、瞬時に男の懐に潜り込み鳩尾に軽く拳を入れ、左足の骨を折り、態勢を崩して転ばせる。

 

そのまま右手で首を掴み、窒息寸前までに力を込め、言い放つ。

 

「死にたくないのなら、これから私の言う事に答えなさい?」

 

そういうと、男は自尊心よりも恐怖が上回ったのか、痛みをこらえながら必死に首を縦に振ろうとする。

 

私はその合図を受け、男に質問していく。

 

「あなた達はここに何しに来たの? 言いなさい」

 

「わ、私は……クッ……この家の残骸の処理を頼まれて……来ました」

 

と、男は息苦しそうに私の質問に答えていく。

 

その男の言った言葉に一つ疑問が出るモノがあった。それは処理という言葉。

 

なぜ、この陰陽師達が処理に来たのかが疑問だった。そして陰陽師達が処理に来たという事は耕也についても何らかの情報を持っているはず。

 

つまり今私は、非常に機に恵まれているという事。

 

私は焦る気持ちを抑え、努めて冷静に質問をしていく。

 

「この家の処理? つまりあなたは耕也について何か知っているようね。耕也、大正耕也はどこにいるのかしら? 答えなさい。さもなくば」

 

脅しの一言を言うと、男は見てて哀れなほど顔を青くし、私の質問に答えていく。

 

「た、大正耕也は、上の陰陽師達がっ…………封印しまし……た……私達は下っ端なので、場所までは…。……こ、殺さないでください」

 

「場所を知らない? 現場にいたのでしょう? 嘘なら一族郎党殺すわよ?」

 

殺気をさらに強めながらそういうと、顔をますます青くしながらガタガタと震えて答えていく。

 

「し、知りません……っ! ほ、本当……なんです! 封印には、……力の強い者しか行かなかったので……私は……」

 

「耕也は五体満足で生きてはいるのかしら?」

 

「攻撃が効かないために…………グッ……五体満……足での封…印だったそうです」

 

情報を聞くだけ聞きだすと、私はこんな男など殺す価値も無いと思いながら男の拘束を解いて、その場から飛んで離脱していく。

 

そして陰陽師から聞き出した情報を頭の中で整理していく。

 

耕也は今現時点で生きているという事。しかも五体満足で。

 

どんな方法を使ったかは分からないが、耕也をどこかに封印したという事。

 

おそらく場所を秘匿しているのは、封印を解く者がいると困るからであろう。

 

全く、厄介な事をしてくれる。

 

「それにしても一人も殺さなかったなんて……随分甘くなったものね…………これも耕也のせいよ」

 

と、独り言を言って耕也の情報を得るために、私は空を駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これはこれは……見れば見るほど厳重な封印の仕方だねこれは……」

 

私は突然降ってきた箱に対して、変な言い方をしながらそう感想を述べる。土蜘蛛として生きてから数百年、この地下で暮らしている。

 

その間特に封獣ぬえ等といった妖怪が下に降りて行ったが、こんな箱が来るのは初めてであった。

 

おそらく木製なのだろうが、それが分からないほどに雁字搦めにまかれた細長い札のようなモノ。それにはビッシリと文字が書かれており、一目見るだけで厳重なのが分かる。

 

それに加え、さらに強力そうな札がいくつも上塗りするように張り付けられている。だが本来なら感じるはずの、札に込められた霊力を感じる事ができない。

 

一体これは……?

 

私は好奇心を制御できなくなり、ゆっくりと近づいていく。まるで巣に掛かった獲物に恐怖を与えながら殺そうとするかのように。

 

そして近づけば近づくほどどんな奴が封印されているのかが気になってくる。きっと妖怪なのだろうが、何を地上でしでかしたのか気になる。

 

その箱に触れてみたいが、触った瞬間に私が消し済みになりそうな気がするもんだから、うかつに触る事ができない。

 

「む~、これはさわったらマズいかねえ? しかし、撤去するにも触らないといけないし困ったもんだよまったく。……最近の人間はどういう神経してんだい。蜘蛛騒がせな」

 

そんな文句を上にいる人間に垂れながら下の方を見る。

 

「下の連中も結構なことをしたんだろうけど、封印のされ方としてはこれほどの厳重じゃあなさそうだしねえ」

 

私は下を見ながらふと気付く。

 

「あ~……、もしかしたら触っても大丈夫かもしれないね」

 

なぜなら、私の妖力が通っている糸が、箱と接触していても煙一つあげないからである。ひょっとしたらこの封印は欠陥のあるモノなのではないだろうか?

 

そう推測すると、私はより一層箱に触れたいという衝動に駆られる。

 

その衝動に突き動かされるままに、私は箱にそっと手を近づけてみる。片目を瞑りながら恐る恐る触れてみる。

 

「ふぅっ……!」

 

そんな声とともに触れた瞬間に手を引っ込める。まるで熱いモノを触った瞬間に無意識に手を引っ込める反応のように。

 

引っ込めて改めて自分の手を見る。どこか欠損していないか、大やけどをしていないかなどを確認していく。

 

だがそんなことはなく、いつも通りの手が私の視界に映っていた。そして再度自分の手と、箱を確認していく。やはりこの封印には欠陥がありそうだ。と。

 

……しかし、妙な部分もある。なぜ、これほど厳重な封印に欠陥があるのか? また、なぜ欠陥があるのにも拘らず、妖力が漏れ出さないのか?

 

二つとも大きな疑問である。封印をした際に、何らかの失敗があったのだろうか? それに妖力が漏れ出さないという事は、中にいる妖怪が大した事のない奴なのかもしれない。

 

いや、大したことのない奴ならこんな厳重な封印などしやしないだろう。

 

………………気になる。ものすごく気になる。中を見てみたい。この不思議を見たい。

 

そう欲が私に箱を開けろと囁いてくる。

 

「昔っから妖怪は欲に素直なんだってね。ま、仕方がないさね」

 

そう言いながらペリペリシュルシュルと札をと長い札のような物を解いていく。

 

「ず、随分と巻いてあるねえ。……一苦労しちゃうよ」

 

少し苦笑しながらさらに解いていく。解いていくにつれ、木製の箱が目の前に現れてくる。

 

やはり木製だったのだ。

 

そう思いながら箱に手を掛ける。

 

「さ、御開帳~。……………………え?」

 

そんな間抜けな声を上げてしまった。口角がつり上がり、ヒクヒクしている。おそらく鏡で見たら相当滑稽な顔をしているだろう。自信はある。

 

……だが無理もない。無理も無いのだ。

 

何せ妖怪が入っていると蓋を開けてみたら、中にいたのは

 

「……………な、何で人間が?」

 

そう、青い顔をして気絶している人間だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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