東方高次元   作:セロリ

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46話 それはちょっとよしてください……

こらこらこら……落ち着こうよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「耕也、来てるわよ奴ら……」

 

そう危機感を募らせながら俺に忠告してくるのは風見幽香。俺の良き友人であり、頻繁に交流がある妖怪の筆頭である。とはいっても幽香一人しか交流が無いのだが。それに藍はあれから何の音沙汰もないし。

 

仕方が無いので俺が呼んでも呼ばなくても来てくれる幽香と共に時間を過ごしているのだが

 

「ほらほらほら、右下にいるわよ。気付かれちゃうじゃない。ライト消さなくちゃ」

 

「大丈夫大丈夫。奴らはそんなに察知能力が優れているわけじゃないから」

 

傍から見れば何とも奇妙な会話が繰り広げられているのだ。

 

それもそのはずで、俺たち二人は目の前にある一つのものに目が釘付けになっている。

 

「スタミナがBADじゃない。レトルトシチュー食べなきゃ。あと粉塵と水分不足も」

 

「わかってるわかってる。大丈夫だって。………あ。やっべぇっ! 気付かれた!」

 

俺の情けない声に反応するかのように、幽香は焦った声で叫ぶ。

 

「だから言ったじゃない! 早く逃げなさいよ! 正直妖怪の私でも怖いわよこれ!」

 

「やべえやべえ! 逃げろ逃げろ。こいつやけにスタミナあるんだけど!? どういうことなの……」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 早く逃げなさいよ!」

 

そう言われながらも俺は必死に回避して回避して何とか生存しようと逃げ回る。

 

だが、敵はあまりにもしつこすぎる上に速度が同等なため中々逃げられない。

 

「うっそだろこんちくしょうっ! 挟み撃ちとは卑怯な。…………ああ、待った待ったそれは反則だってっ! ぎゃあ、やられた……」

 

「いやあ~っ! 怖すぎよこれ。難し過ぎじゃないのこのゲーム」

 

「BLACK LABOはちょっと俺にはきついものだというのがよく分かった……。うわ~無理だこれ」

 

俺たちは、偶にはゲームというのも面白みがあっていいものだという訳でやっていたのだが、正直なところ朝っぱらから何やってんだというレベルである。

 

面白いのだが、難し過ぎて攻略は不可能に近い。単に俺が下手なだけなのだろうが。

 

それにしても俺がゲームをしてられるというのは本当に平和な証拠である。最近は妖精の悪戯もあまり聞かないし、さらに妖怪のやっている襲うという話もあまり聞かない。

 

まだまだ妖怪の跋扈している時代だというのに一体何が起こったのだろうか? 単に俺が働き過ぎたせいで妖怪が寄り付かないのだろうか?

 

そこで俺は一つの仮説を立ててみる。

 

もし、先の鬼との決闘が影響しているのだとすると?

 

その鬼との決闘のせいで妖怪たちの活動がもっと控えめになってしまったとか? 俺の活動範囲を中心として。

 

いやあ、まさかそんな。いやそんなバカな。鬼と戦ったせいで職が無くなるとか勘弁してよ? いや、喜ばしい事なんだけど、俺の懐が色々と寂しくなったり……。

 

そんな事を独りでボヤンボヤンと考えていると、家中に奇妙な甲高い音が鳴り響く。

 

はて、これはどこかで聞いたことのあるような…。ああ、そうだそうだ。

 

「耕也。この音何?」

 

幽香も不思議そうな顔をしながら尋ねてくる。おそらく幽香は聞いた事のない音だろう。

 

長らく聞いていなかったので、何の音か忘れてしまっていたが、インターホンの電子音じゃないか。

 

そう答えが頭の中で浮かび上がり、俺は再び鳴らされる音に弾かれるように立ち上がり、玄関へと向かう。

 

「どうやらお客様らしい。幽香はちょっとここで待ってて。もし幽香がいるとばれたら俺がヤバい事になるから」

 

そう言うと、幽香はすでに分かっているかのように手をひらひらさせながら、苦笑して言う。

 

「はいはい、分かってるわよ。さっさと行って稼いできなさいな」

 

俺はその言葉を背に玄関へパタパタと走る。

 

「はい、今行きますので少々お待ち下さい」

 

そう声を呼び掛けながら。

 

そして玄関に向かいながら一つの考えが浮かぶ。

 

やったね。俺にもやっと依頼が来たんだ。いやあ、良かった良かった。

 

そう思いながら扉を開ける。

 

「どちらさまでしょうか?」

 

その声と共に。

 

そして開けた先にいたのは

 

「久しぶりだな耕也。恩返しに来たぞ」

 

久しく姿を見ていなかった藍と

 

「はじめまして大正耕也殿。八雲紫と申しますわ。手紙を読んでいただけたようで、私藍ともども大変うれしく思いますわ。そして何より、こうして現実にお迎えに上がる事ができた事を心から嬉しく思います。ふふっ」

 

妖しい笑みを浮かべた紫が日傘をさしながら立っていた。非常に余計なひと言を添えて。

 

何でここにいるのよ二人とも。それが会った瞬間に浮かんできた一つの感想であった。……てか、手紙書いたのお前らかいな。

 

藍だけならともかく紫は非常に厄介だ。果たして迎えに来たと言ってもどんな要求をしてくるのやら。

 

俺の命をもらいに来たというのだろうか? でもそれは藍がいる手前できないだろう。藍がそれを望んでいるとしたら目も当てられないが。

 

ではもし俺の命を狙いに来たと仮定した場合、一体どんな理由からだろうか? もしかして鬼との決闘のせいで妖怪の活動を弱めてしまったから制裁に来たとか?

 

分からない。それに、もし俺が邪魔だったら住居燃やして速攻で暗殺の一手だと思う。だったら殺しに来た可能性は低いと見るべきか。

 

自分の妄想に否定をしてさらに別の考えを出す。

 

だったら、一体どんな理由なんだ? 俺の頭だとこれ以上はちょっと分からない。藍の恩返しに付き添ってきたというのも変な話だし。

 

あ~、分からん。藍もいるのだしそんなに悲観するようなことじゃないと見るべきだとは思うが……。

 

俺は頭の中で少々悩みながらも答えを出せずにいた。

 

そこでふと気付く。

 

やばい、この寒空の中で立たせるのは非常に失礼だ。何より俺も寒い。

 

そう思った俺は客人2人を玄関先で待たせるわけにはいかないので中へ入るようあわてて促す。

 

「た、立ち話というのもなんですし……な、中へどうぞ。紫さん、玉藻さん」

 

俺がそう言うと藍が一歩前に出て、一言言い放つ。

 

「実はな、私はもう玉藻ではなく、こちらにおられる紫様の式、八雲藍となった。以後は藍と呼んでくれ、耕也」

 

「あ、はい。分かりました……」

 

いや、それについては十分、というか前々から知っていたから別に驚きはしない。

 

だがこの藍という言葉を聞いた瞬間に、また非常に厄介な問題点が浮かんできてしまった。知らぬが仏だというのに。

 

そしてこの厄介な問題点を自分の頭で完全に認識した時点でかなりの冷や汗が出てきた。そして俺は表情には出さないものの、頭の中ではそれはもう大慌てであった。

 

マズイ、マズすぎる。この状況は本当にマズイ。冷や汗どころか脂汗が出てきた。

 

俺だけしかいないのなら上がってもらっても構わないのだが、中には………幽香がいる。

 

これだけにはさすがに気付いてほしくないのだが、玉藻が藍に改名した事が幽香にばれた場合、俺に今度は矛先が向いてくる可能性が非常に高い。

 

おそらく問いただしてくるだろう。なぜ前に呼んだ名前と同じ名前になっているのかと。お前は一体何を知っているのかと。

 

これから幽香含めて4人で話し合う事になるのだろうが、とんでもないことになるのは予想に難くない。

 

あんまりのタイミングの悪さに胃がキリキリと悲鳴をあげて吐きそうな気持ちになってくる。

 

吐いた方が楽かもしれない。

 

……ここは俺の家であると同時に陰陽師の家なのになあ……。

 

そして一つ思った事がある。紫と幽香と藍は……というか妖怪達は何でこんなにプロポーションが異次元なんだろう? 胸もヤバいし身体ムチムチですし。妖艶な大人といった感じだろうか?

 

人間を惑わせ、油断させるためだったりするとか?

 

そんなしょうもない事を考えながらも紫たちの後から俺も家の中へと入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして大正耕也殿。八雲紫と申しますわ」

 

やはり見た目は唯の凡夫だ。凡人だ。普通だ。

 

確かに鬼との戦いは圧倒的なものだったし、攻撃が効かないという点や物質を創造するという点も非常に素晴らしい。

 

だが、彼の力は一体どこから出てくるのだろうか? ほとんど無条件で物質を創造したり攻撃を遮断したりしている。

 

通常は攻撃や固有の能力、そして防御を発動する際には自分の持つ気や霊力や神通力、妖力、魔力を代償に発動させている。私ですら境界を操るのに膨大な妖力が必要だというのに。

 

一体どんな手品を隠しているのだろうか? だが、見た感じでは礼儀正しい青年。……全く分からない。

 

しかし、私を案内する際に非常に怯えていたような気がしたのだが……もしかして私の存在に対してなのだろうか?

 

だとしたら私が単に過大評価のし過ぎなのだろうか?

 

だとしても結果は変わらない。色々話を聞いたら攫ってしまえばいいのだ。そう、攫ってしまえば。

 

藍は元々この案に大賛成だったし、友人の幽々子も初めての男友達という点でも喜ぶだろう。

 

そして私の数少ない友人の一人となってくれれば……。

 

そんな淡い希望を抱きながら玄関内へと入っていく。

 

中は思ったより、というかまるでこの時代とは思えないほどの精密さを誇った内装であり、床は光を反射するほどのツヤが出ている。

 

何だか自分が場違いな所にいるような感覚さえ覚える。この国にこんなにきれいな木の床があっただろうか?

 

おまけに藍はさも当然とばかりにスイスイと進んでいってしまっている。

 

だが、ここで私がこの雰囲気に飲まれるわけにはいかない。交渉がうまく進むようにしなければ。上手くいかなければ結局攫ってしまうだけなのだが。

 

そんな事を考えながら足を進めていくと、ふと小さな妖力を感じる。人間の家に妖怪が?それも陰陽師の家に?

 

おまけにその妖力の持ち主は私も意識しなければ気付かないほどだ。しかもこれは意図して抑えているようだ。一体どんな化け物がいるのだこの家は……。

 

全く、耕也だけなら楽に話が進められたのに、なんで余計な妖怪がいるのだろうか?さっさとどこかにほっぽり出してしまおうか?

 

そう思いながら通された居間に入っていく。

 

そしてそこで目にしたのは、ものすごく不機嫌な顔になっている女妖怪と藍がいた。

 

一体どういう事なの……?

 

そんな感想が浮かんでくると同時に耕也が居間へと入ってくる。

 

そしてこの光景を見て一言

 

「もう勘弁してよ……。胃に穴が空いちゃいそう……」

 

という何とも情けない声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何であんたがここに来るのよ」

 

「おや、これは異なことを言う。私は耕也に恩を返しに来ただけだぞ? それに私の主も耕也に会いたがっていらっしゃるのだしな」

 

そう言いながら出会った矢先から超険悪ムードである。

 

頼む。藍は自分の名前をここで言わないでくれ。頼むから。バレたら後で俺に矛先が向くんだからさ。

 

いや、もうほんとお願いします。

 

だがさらに、いつどう転ぶか分からないほどのヒヤヒヤものの口論は増していく。

 

「あらあら、尻尾巻いて逃げた女狐が一体どの面を下げてこの家まで来たのかしら?」

 

「おや、そんな事を言う割には何の進展も無いそうじゃないか。全く唯の乳臭い子供だったのか?」

 

ああ、やめてくれ。頼むからこれ以上俺の胃に負担をかけないでくれ。これ以上酷い事になったら家が吹っ飛ぶ事態になりそうだ。

 

だが、俺の希望もよそに2人の話はさらに過熱していく。

 

「へえ、言ってくれるじゃない。唯の尻軽女がねえ?」

 

「それで一本取ったつもりなのかな? 行き遅れ」

 

「玉藻あんたいい度胸してんじゃない」

 

あ、やばい。幽香その言葉を言ったら藍が反応しちまう。

 

おそらくこの展開だと藍が自分の名前を暴露してしまうような気が……。

 

そして俺の予想通りに藍が言ってしまう。

 

「私の名前はもう玉藻ではない。紫さまから授かった名前、藍という立派な名前があるのでな」

 

あ…言っちまった。

 

「あらら、ついに飼い主から名前を…………なんですって!?」

 

そう言いながら幽香は俺の方にものすごい勢いで首を向け、とんでもない睨みを利かせてくる。

 

一体、あの時お前の言った名前がなぜ今出てくるのだとでも言うかのように。

 

幽香のあまりの大声に俺たちは一様に驚き幽香に視線を向ける。

 

だが、俺だけは幽香の驚きようを理解していた。

 

やっぱりそういう反応が妥当だよなあ。分かってはいた事だけどいざ直面すると結構きつい。言い訳なんて全く用意してないし、今回ばかりはかなりきつい。

 

俺は何とかこの事態を打破しなければならないと思いながらも彼女らに話題転換のために話しかける。

 

「まあまあ、幽香も藍も落ち着いて。な? な? ほら、紫さんを立たせたままだと失礼だし。え~と、では紫さんもお座りになってください」

 

そう言うと彼女は微笑みながら頷き、藍の隣に座る。

 

一方幽香は不満たらたらな表情をしていたが、さすがにここで怒るのは良くないと判断したのか、渋々ながら座る。

 

そして俺は四角い卓袱台の紫と藍の対面に幽香と俺で座る。まるで面談みたいだ。

 

俺はこの場に何かが足りないと思い、短く思考して結論を出す。

 

あ、やっべ、お茶を出さなくては。

 

思い立った俺はすぐに立ちあがりお茶を持ってこようとする。

 

「ちょっと失礼します。すぐにお茶をお持ちしますので。」

 

そう言って台所へと急須などを取りに行きお茶を入れにいく。さすがに目の前でお茶を創造するのはあまりにも失礼すぎるし、それにこれがもとで何かされたら溜まったもんじゃない。

 

俺はすぐにお茶を入れてこぼさないように、しかし迅速に持って行き、何とか不機嫌にならないように配慮する。

 

藍ならともかく紫は妖怪だ。ゲームの時代ならともかくこの時代の紫はどんな心を持っているのか分からない。胡散臭いのは確かだが。

 

とりあえずは妖怪と人間には差があるという認識はあるだろうから御機嫌とりぐらいはしなければ。

 

だから俺は静かに襖を開けてサッサと彼女らにお茶を配る。

 

「粗茶ですが」

 

この言葉も忘れずに。

 

そして配り終えると俺は自分の席へと戻って正座する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく茶を飲む音と、ときどき俺が足を痺れないようにたびたび擦る音が響き渡る。

 

何時まで経っても会話が始まらない。何かヤバい事でもあるのだろうか? 幽香は相変わらず不機嫌そうに藍の方をジト目で見ている。

 

いい加減にしてほしい。これ以上俺の胃に負担がかかったら……。俺だけなんだぞ? この場で一番の場違いな奴って。さっさと終わらせたい。

 

そして温かい鍋を食べてだな…。あったかい風呂にどっぷりと浸かってだな。チャッチャと寝てしまいたい。

 

俺は緊張感のあまり現実逃避を少々はじめてしまった。だが仕方が無いと言えば仕方が無い。誰だって現実逃避したくなるだろう。

 

なんせこの場にいるのは幽香を含めて大妖怪ばかりなのだ。皆俺よりも長く生きてそうだし…紫はどうなのかは分からんが。

 

おまけに紫が目の前にいるということ自体が一番の大問題なのだ。この中で一番強い。それに境界を操る力も持ち合わせているもんだからもう手に負えない。

 

もし戦った場合、幽香をかばって戦う事は厳しいだろう。…………やっぱ心配性だな俺は。

 

この静寂の中で色々と考えていると、ついに紫が茶を飲み終わって口を開いた。

 

そしてその言葉が放たれると同時に俺の思考はしばらく停止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大正耕也殿、率直に申し上げますわ。私の式になって下さらないかしら? もちろん藍の式になるのでもいいのだけれど。いかがかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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