東方高次元   作:セロリ

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35話 バレたらマズい……

なんとか回避せねば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やばい。本当にやばい。まさか聞かれてるとは思わなかった。

 

自分の迂闊さにつくづく呆れる。一体どうしてあんなことを幽香の目の前で言ってしまったのだろうか?

 

確かにあの時は看病などの疲れで判断力が劣っていた。それに幽香からも寝息特有の規則正しい呼吸音が聞こえていたのだ。

 

だから藍の事をつい自然に藍と呼んでしまったのだ。確かにそう気付くべきだった。この時代での藍の名前は玉藻前だったのだ。

 

それに早く気づいていればこんな面倒くさい事態には発展していなかっただろう。

 

だが、今更悔いても仕方が無い。目の前にはその質問を投げかけた幽香がいるのだから。

 

「ねえ、早く答えてくれないかしら?」

 

無茶な事を言ってくれる。

 

一体何て言えばいいというのだ。俺は三次元の存在で君たちは二次元の存在なんだよ。ってか?…んなバカな。

 

それとも、俺は君たちとは違う世界から来たんだよ。とでも? アホもいいところだ。

 

そんな事を言ったところで何も解決しないだろうし、何より幽香にどんな影響があるかも分からない。

 

極力俺の素性は明かしたくはない。

 

だが、いい考えが浮かばない。どうしたものだろうか?

 

別世界から来た。その程度のことぐらいなら大丈夫だろうか? いや、だがそれが後々の障害になるかもしれない。

 

結局答えを出すことができないまま、俺は幽香に対して口を開いた。

 

「え~とだな……実は言うと、その…か「嘘は嫌いよ?」……」

 

だめだ、どうしよう。嘘を吐かなければならないのだが、自分の中でも彼女に対して嘘を吐くのが苦しい。

 

だが、これだけは譲れない。幽香、ひいては今後の為にも。

 

「実を言うと、昔に怪我をしている狐に会ってね。どうも罠に掛かったらしくて切り傷を負っていたんだ。それで、あまりの痛々しさに見ていられなくて助けたんだよ。一応その後、藍という名前を付けて怪我が完治するまで一緒に過ごしていたのだけれど、その時の狐の雰囲気が少し玉藻と似ていてね。それでつい呼んでしまったというわけなんだ」

 

我ながら少し、というより致命的に苦しい言い訳だが、どうなんだろう?

 

どうせ突っ込まれるだろうと覚悟していると、予想外にも幽香から放たれた言葉は意外であった。

 

「……ふんっ。まあ、そういう事にしてあげるわ。一つ聞きたいのだけれどあなた、玉藻に惚れていたりなんてするのかしら?」

 

そういうと、幽香は最初よりも目を濁らせ、きつくしながら質問してくる。

 

なぜそんな質問を? と思いながら、否定の言葉を述べる。

 

「いや、全く。第一会ったばかりで惚れるというのも変だろう? 一目ぼれなんて言葉もあるが……」

 

それを聞くと、幽香は心底安心したような顔をして、朗らかな笑みを浮かべる。

 

「そう、それを聞いて安心したわ。いいわね? 玉藻に誑かされないように。分かったわね?」

 

突然の態度の変化に戸惑いながらも、彼女の言葉に対して素直に返事をする。

 

「あ、ああ、気をつけるよ」

 

そう俺が言葉を返すと、幽香は鼻歌交じりで、妙に足取り軽やかに家へと入っていく。

 

だが、幽香は入る前にこちらへと振り向き、少し声を小さくして言う。

 

「今度から、見え透いた嘘を言うのはやめなさい。私は嘘は嫌いよ。それと、名前を知っている理由を話したくないのは分かったからこれ以上は聞かないでおいてあげるわ」

 

やはり嘘だというのは丸わかりだったらしい。

 

だが、それ以上に聞かれなかったことに対しての安心感が大きい。

 

バレていたらどんなことになっていただろうか? 考えるだけでも気が滅入る。

 

…だが一体何なのだろうか?

 

俺は幽香の行動と、突然の言動に戸惑いながらも少しの間考える。

 

幽香は俺が名前を知っていたという事に対してではなく、あらかじめ知っていたために惚れていたのではないのかという疑問のほうが大事だったのだろうか?

 

しかし、これは彼女の問い詰める態度からも察することができる。

 

だとすると彼女は俺に対して好意を持っているのだろうか?

 

そんな事を一瞬考えてしまったが、下らない妄想だと判断して棄却してしまった。

 

「そんなわけないよなぁ~。……やっぱないない、ありえないな。こんな男に惚れる方が難しいだろ」

 

自分の考えに独り言をつぶやきながら、苦笑して幽香と同じく玄関へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関から廊下を歩きすぐの所にある別の寝室。耕也の家に来る時はここで私はいつも寝ている。

 

私は、耕也に対して詰問をした後に真っ直ぐにここに来た。

 

そして詰問の内容を頭の中で何度も再生してみるが正直思う所、今回の耕也の態度があまりにも不自然だ。

 

私に対して嘘を言ったのは初めてなのだ。しかもあそこまで下手な嘘を言うのは一体なぜなのだろうか?

 

とはいえ、耕也が玉藻に惚れているという事は無いという事が分かってひと安心している自分がいる。

 

それにしても……藍というのは一体?

 

元々玉藻の名前なのだろうか? それとも、藍というのは本当に唯のうっかりで言ってしまった事なのだろうか?

 

どちらにせよ耕也が何らかの秘密を握っているという事には違いない。苦手な嘘を吐きながらもその情報の漏洩を回避しようとしたのは。

 

私はその今までの情報をもとに推測を口に出す。

 

「知られてはいけない事なのか、それともただの世迷言なのか。まだ判断をするには早すぎるってことかしら……」

 

だが、いずれにしろいつかは話してもらおう。私の伴侶になるべき男なのだ。隠し事は御法度よ。

 

でも、もしそれが本当に知ってしまった事で耕也が傷つくという事にはならないだろうか?

 

私が知ってしまったことによって、彼が傷つくという事になってしまったら目も当てられない。一応この事は玉藻に聞かないことにしておこう。

 

………ちょっとまって? よくよく考えなおしてみれば、彼の行動にも今まで不自然な点が十分にあったではないか。

 

私の貰った掃除機、冷蔵庫、洗剤、洗濯機。そう、どれもこれもがこの国のどこを探しても手に入らないような物ばかりだ。

 

これの意味するところは何だろうか? 彼は遠い所から来た異邦人なのだろうか? だが髪の色や言語、生活習慣は日本人のそれだ。

 

ますます分からなくなる。おまけにいつしか見せた、何でも知っているようなしぐさ。妖怪を全く恐れないうえに良く分からない力。

 

それに最初に私と会った時さえ、花を何より大事にしているという事を知っているかのように避けて歩いていた。普通なら踏み潰すなりするはずなのに。

 

いや、分かっていたのだろう。あらかじめ私の事が。

 

考えれば考えるほど複雑になっていって頭が焼けつきそうだ。

 

一体何者なのだろう? もっと彼の事が知りたい。

 

……だが、これ以上考えても答えは出ないだろう。

 

私はそう考えながら、昼寝をしにかかった。

 

(……あら? 確か耕也は玉藻に食事を作りに行ったのよね? だとすると……マズイ! こうしてはいられないわ!)

 

そう考えた私は布団から飛び起きて居間へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ~し、できた。後はら……玉藻さんに持って行くだけだな」

 

あぶねえあぶねえ。またうっかり口に出すところだった。

 

本当に危機感が足りない。これ以上ボロを出すのは致命的だ。

 

今後もし幻想郷の住人になった場合、これがもとでトラブルとかはごめんだからな。

 

そんな事を思いながら、俺は完成した卵粥の入った器を盆に載せて藍の寝ている居間に持って行く。

 

居間と廊下を隔てる襖はしっかりと閉められている。おそらく幽香が閉めてくれたのだろう。

 

俺は藍が寝ている

 

「玉藻さん、失礼します」

 

居間と廊下を隔てる襖を開け、中へと入る。

 

すると藍が入ってきた俺に気付き、寝ている体勢から俺を出迎える。

 

「ああ、耕也。食事を持ってきてくれたのか。ありがとう」

 

「大した物ではないのですが。なるべく消化に良い物をと思いまして、卵粥にしました。」

 

そう言って俺は盆を置きながら彼女に近づく。

 

「大丈夫ですか? 少し身体を起こせますか?」

 

彼女に食事をしてもらうにはどうしても上半身を起こしてもらわなければならないため、可能なのかどうかを問う。

 

すると彼女は困った顔をしながら

 

「すまない、まだ力が戻らなくてな。身体を起こすほどの力が無いのだ。良ければ手伝ってもらえないだろうか?」

 

やはり朝の立っていた様子だと、相当無理していたのだろう。仕方が無い。少し食べさせづらくなるのは我慢して、抱き起す感じで上半身を立ててもらおう。

 

「では玉藻さん、ゆっくり起こしますので、首は座らせておいてくださいね?」

 

「うむ、お願いする。」

 

その言葉を聞いて、俺は藍の背中と首付近にかけて腕をまわして抱き起す。

 

他人に食べさせるのなんて初めてだ。少し緊張してしまう。

 

だが、早く回復してもらわなければお互いに困るだろうし、何より藍も早く動けるようになりたいだろう。

 

だから、俺は彼女に食べさせるために粥のレンゲを持ち、粥を掬おうとする。

 

「では、口を大きく開けてください。温度は丁度いいはずなので、熱くは無いと思います」

 

そう言いながら粥を彼女の口へと持って行く。

 

だが、それは突然の闖入者によって遮られた。

 

「耕也。それは私がやるわ。あんたは他の仕事をしていなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり入ってきて何を言っとるんだこのお方は。

 

今せっかく俺の重要な第一歩を踏み出そうとしているというのに。

 

幽香の突然の言葉に少々戸惑ってしまう。

 

まあ、とりあえず返事を返さなければ話が進まないため、素直に疑問を述べる。

 

「なぜに?」

 

すると幽香はいつになく厳しい顔になり

 

「いいから私と代わりなさい。生き倒れの人間にやった事があるから私の方がずっとこういった事には慣れてるわ。それより耕也は洗濯機にある洗濯物を風呂場に干してきなさい。カビるわよ」

 

と俺にさっさと仕事をやれと言ってくる。

 

理由というか訳はもっともなのだが、何故か腑に落ちない。

 

だが、ここは素直に幽香の厚意に甘えておこう。

 

「分かった、ならお願いするよ。…では玉藻さん、自分は洗濯物を干してきますので続きは幽香に代わってもらいます。すみません」

 

すると藍は気にするなとばかりに

 

「いや、こちらこそ迷惑をかけてすまない。看病してもらえるだけありがたいよ」

 

微笑を浮かべながら気遣いをしてくれる。

 

それに俺は軽く礼をしながら、幽香と交代して洗濯物を干しに廊下へと足を運ぶ。

 

生木のいい香りが漂う廊下を少々歩き、台所の少し手前の扉のノブを捻り中へと入る。

 

すでに洗濯機は服の洗濯を終えたのか音を発しなくなっており、洗い終わったという事を知らせるための電子音が流れている。

 

「丁度終わったところか。それにしても幽香はこういう細かい所に目が届くのが素晴らしいよな本当に」

 

そう一人呟きながら幽香に感心し、洗濯機のふたを開けて服を取り出していく。

 

「あ~あ、しわが凄いなぁ。これはアイロンでも苦労しそうだな。……さては、柔軟剤入れ忘れたうえに詰め込みすぎたな幽香のやつ」

 

まあ、詰め込み過ぎた時点で柔軟剤を入れても効果はあまりないので、入れても入れなくても大した差は無い。

 

アイロン掛けに苦労するという先の事を思い、若干気分が進まなくなってきてしまったが、こればっかりは仕方が無い。汚れが落ちただけでも良しとしよう。

 

だが、次の服を取り出した瞬間にそんな考えも吹き飛んでしまった。

 

「うわっ! このトレーナー毛羽立つからネットに入れて洗えとあれほど言ったのに何ともまあ酷い姿に。…また毛玉取り機のお世話になる日が来たのか」

 

なんと毛玉だらけのトレーナーがもんぞりと出てきたのだ。

 

おそらく他人から見たら、苦虫を噛み潰したような顔に見えるであろう顔をしながら洗濯物を次々とハンガーにかけて、すぐ隣にある浴室内の竿につるす。

 

もう一回幽香に良く教えないとな。本当に面倒なんだ毛玉って。色々な意味で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう演技はおやめなさいな。上半身を起こすことぐらいはできるのでしょう? それと粥を自分で食べられることも」

 

私がそういうと玉藻は不敵な笑みを浮かべながら身体を起こす。

 

「当然だ。私の身体はそんなにヤワでは無い」

 

まったく。本当に油断ならない。一体こいつは耕也に何をしようとする予定だったのだろうか?

 

自分で盆を引き寄せ、静かに粥を食べる玉藻に向かって詰問する。

 

「あんた一体何が目的なのかしら? 何がしたいのかしら? 耕也はあれでもかなり真剣にあんたを看病しているのだから変な真似はしないで頂戴」

 

すると玉藻はますます不敵な笑みを深くしながら、私の顔をジッと見つめて口を開く。

 

「それはもちろん、簡単な試験みたいなものさ。なに、試験といっても口頭での質問とかではない。要は接し方だな。」

 

接し方? 何のことかしら? いまいちよくわからない。

 

私がそんな事を考えていると、疑問に思っていると分かったのか、苦笑しながら答えを言い始める。

 

「まあ、言わなければ分からないな。その接し方というのは、欲に塗れているのかいないのかだな。私はな、自慢ではないが三国を蕩かした女狐だ。そのために昔から正体を知られては殺されかけ、逃げての繰り返しだった。それに寄ってくる男は身体目当てがほとんどだった。だから試したのさ。看病が私の身体目的ではないのか、それとも恐れからくるものなのか」

 

そこで玉藻は言葉を切って、深呼吸をする。

 

そして、今まで見たことのないような綺麗な笑顔を浮かべて言った。

 

「だが、予想とは全く違ったよ。ふふっ、彼は本当に優しいな。私の正体を知ってなおかつ恐れずに看病までするとは。こんな経験は数千年という長い年月の中でも初めてだよ。うん、初めてだ」

 

玉藻は本当にうれしそうに、心の底から嬉しそうに言う。

 

だが、私にとっては気に食わない。なぜなら彼が盗られる気がするから。

 

だから釘をさしておこう。今後の為にも。

 

そこで私は声に少し重みを持たせながら玉藻に警告する。

 

「耕也は渡さないわよ」

 

すると、玉藻がキョトンとして、次にはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

 

「ほう、やはり好いていたか、あの男を。ふふっ、面白いじゃないか。そんなに挑発的な言葉を言われたら引くわけにはいかないなぁ。ま、覚悟しておくがいい。」

 

そして私と玉藻の間に、密かに花火が散った。耕也の与り知らぬ所で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、これお気に入りの靴下なのにもう穴があいてる。根性ないなぁ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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