東方高次元   作:セロリ

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昨日できなかったので投稿しました。


33話 やべえやべえ……

何でもするからお願いします……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(今日も何もない一日だったわね。)

 

そんな事を思いながら私は風呂に入った後の火照った体をほぐす。

 

いつも通りの一日。朝起きて顔を洗い、朝食を食べ、向日葵たちの世話をやり、薪割をして、水を汲み、昼食を食べ、向日葵畑の見回りをし、夕食を食べ、風呂に入って歯を磨き寝る。

 

いつも通りだ。違うとすれば耕也のくれた掃除機や歯ブラシ、歯磨き粉といった物が生活をより充実させてくれたことだ。

 

私はその日々のちょっとした事でも充実感を覚え、楽しんでいる。

 

今日の平穏な一日を振り返りながら寝室に近づき、いつものように扉を開ける。

 

するとそこで玄関から、扉を大きく叩く音がする。誰だろうか?こんな時間に。

 

(久しぶりに喧嘩を売りに来た陰陽師かしら?)

 

そんな事を考えながら、小走りで玄関に近づく。

 

「はいはい、どちら様?」

 

そう言いながら扉をそっと開ける。開けた先には大正耕也が大粒の汗を垂らしながら立っていた。

 

「……あら、耕也じゃない。どうしたのそんなに慌てて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜分遅く申し訳ない。緊急事態なんだ。大至急俺の家に来てもらいたい」

 

一体どうしたというのだろう? 彼がここまで焦っているのは初めて見る。

 

だが彼が焦っているという事はそれほどに事態が窮迫しているという事だろう。

 

私はそう予想を立てて彼に訳を聞くことにする。

 

「だからどうしたの? そんなに慌てて」

 

すると彼は目を少し泳がせながらこう言い始めた。

 

「幽香の妖力が必要なんだ。それも大量に。一刻を争う事態なんだ。頼む。いや、お願いいたします」

 

そう言って、彼は土下座をし始めた。

 

私は彼の事を自分のモノにしたいと思ってはいるが、このあまりにもへりくだった所は正直あまり好きではない。

 

もっと彼には堂々としてもらいたい。

 

だから私は少し声をきつめにしながら言う。

 

「何で土下座なんてするのよ。そんなことをする暇があったらさっさと目的の場所へ連れて行きなさい。一刻を争う事態なんでしょ?」

 

私がそう言うと彼は、一瞬戸惑いの表情を見せたが、次には満面の笑みを浮かべて喋りだす。

 

「ありがとう! 助かった! これで何とかなる」

 

そう言った彼は、私の腕を掴んで目的地で転送した。

 

だがそこで私の眼に映ったのは、私の心を二つの意味で大きく乱すものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は幽香の腕を掴んで藍のいる部屋にジャンプすると幽香の方を向き、お願いを述べる。

 

「実は彼女に妖力を分けてほしい。最初は血まみれの瀕死の状態だったもんだから気が動転してしまって。治癒の札で何とかここまで持ってくることには成功したけれども、肝心の妖力がスズメの涙以下しか無いらしくて意識が全く戻らないんだ」

 

俺は後ろで固まっている幽香に振り向きながら協力してほしい旨をベラベラと伝える。

 

横たわっている彼女は大妖怪の九尾、藍。彼女の保有する妖力は膨大な量であるとは想像に難くない。

 

現時点において藍の妖力はほとんど空に近いというのも分かる。顔はやつれ、本来ならば立派な尻尾も毛並みがバラバラになっており、酷く痛んでいる。

 

相手の妖力の残量が分からない俺はここから判断した。

 

そして今の状態から安定できる状態までにもっていくのは並の妖力では不可能だろう。

 

俺の知り合いの妖怪では、現時点では幽香が一番の妖力の持ち主である。だから俺は彼女に頼らざるを得ない。

 

おまけに妖怪にとって大量の妖力を供給する行為は凄まじい疲労を生むという事も重々承知している。

 

だから俺は非常に申し訳なく思いながらも幽香に対して土下座までしてお願いしたのだ。

 

土下座したらする前よりも不機嫌になったのは不思議だったが。

 

俺の言ったことに対しての幽香の返事は予想外のものだった。

 

「あんた、こいつ九尾じゃない……。それも何十年か前に都で暴れていた……。……まあいいわ、とりあえずは妖力供給ね」

 

あれ? そんな事件あったっけ? 少なくともそんな記憶は無いのだけども……?

 

俺がそんな事を考えていると、幽香は藍に被さっている布団をめくり、腹の臀部よりに手を置いた。

 

そして彼女は大きく深呼吸をして態勢を整える。

 

様子から察するに彼女は妖力供給は初めてなのだろう。だとすると俺はさらに彼女に申し訳ない事をしたと思う。

 

いきなり呼ばれて、理由も話さずに仕事を頼んだ。しかも初めての妖力供給で膨大な疲労が伴うはずなのだ。

 

だが、幽香は嫌な顔一つせずに引き受けてくれた。その部分には多大な感謝をしなくては。

 

様子を見ながらそんな事を考えていると、幽香の手を置いた部分から緑色の淡い光が漏れ始めた。

 

幽香の妖力供給が始まったのだ。

 

だが幽香の様子は先ほどの緊張した顔と打って変わって冷静な顔へとなっている。

 

彼女も冷静な心が第一と考えているのだろう。だが、やろうと思ってもなかなかできる事ではない。

 

これは幽香の長年積み重ねてきた心のコントロール方法なのだろう。

 

そして幽香が供給でしばらくその状態を維持していると、妖力供給量が安定してきたのか、こちらに話しかけてきた。

 

「……よくよく考えたら、耕也が九尾の事を知らない筈だわ。だってあんた数十年ぐらい実家帰りとか言って、洩矢神の所にいたじゃない。丁度その間だったのよ」

 

確かに。思い直してみればそんな感じだったなぁ。掃除の為にちょくちょくこの家には戻ったけれど都には全く行かなかった。

 

溜まりに溜まった休暇という形ではあったが。そしてさらに、陰陽師の質と数が格段に向上してそれほど俺の出番が必要なくなったのも要因の一つではあるが。

 

でも、もし都にいたら確実に招集されていただろう。その場合はどうなっていたのだろう?

 

藍と対峙しなければならなかったのだろうか? いや、こんな考えはよそう。

 

「考えてみればそうだった。確かにあの頃はいなかったよね。……それでどう? 彼女は持ち直しそうかい?」

 

俺が藍が助かるかどうかを聞いてみると、幽香は妖力を注ぎ込みながら、静かに、しかし深く頷きながら答える。

 

「安心しなさい。この狐は大丈夫よ。もうしばらく注ぎ込めば安定するわ。ほら、顔色もかなり良くなってきているでしょ?」

 

その答えに釣られるかのように藍の顔を見る。

 

随分良くなってきているようだ。当初は死人のように青白く見ていられないほどだったが、血の気が戻りつつあり、それに応じて尻尾も毛並みが良くなってきているようだ。

 

俺はこの経過にひとまず安心感を得ながら、今度は幽香の顔を見る。

 

妖力を注ぎ込んでから随分たつが、やはり玉粒の汗を額に浮かべている。

 

疲れが蓄積されつつあるようだ。本当に申し訳ない。

 

彼女には終わった後ゆっくり休んでもらって、美味しい物を好きなだけ食べてもらおう。

 

俺がそんな事を考えていると、幽香は俺の方を向いて顔を渋くしながら言った。

 

「また、自分が迷惑をかけてると思ってるのね?…本当に馬鹿なんだから。気にするなって言ってるでしょう?」

 

考えている事が表情に全て出ていたようだ。

 

仕方が無いと考えつつも謝っておく。

 

「すまない。でも終わった後はゆっくり休んでくれな? 頼んだ俺が言うのもなんだが」

 

すると幽香は頷きながら

 

「ええ、そうするわ。多分疲労困憊になりそうな予感がするから」

 

そう言いながらまた作業に集中し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直この狐がうらやましく思う。なぜなら耕也に看病されているからだ。

 

最初にここに来た時は九尾の狐に会ったという事の驚きが大きかったが、妖力を供給しているうちにだんだん嫉妬の方が大きくなっている。

 

だが、耕也にお願いされたのだから仕方が無い。

 

それに耕也がここまで九尾に入れ込むのはなぜだろうか?

 

陰陽師にとっては九尾の狐は一番の怨敵のはず。変わった人間の耕也にとってもいい感情を持つ理由が見当たらない。

 

もしかして彼女に惚れているのだろうか?

 

そんな嫌な考えが頭をよぎる。

 

しかし、それは理由としては弱い。九尾が万全の状態なら男を堕とすのは簡単だが、今の状態では到底不可能だ。

 

だとしたら何だろうか? 彼女に深い思い入れがあるのだろうか? 大昔に会った事があるとか?

 

謎は深まるばかりだ…。

 

でも彼女の顔からは悲しさが伝わってくるのが分かる。

 

顔には涙が流れた跡がある。一体何があったのだろう? 彼女が都で何をしたかったのか。そしてなぜこの国渡ってこなければならなかったのか?

 

だが、彼女からは私と少し似た匂いがする。

 

そう、まるで孤独に耐えられなかったかのような…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藍の治療の経過を見ながら考え込む。

 

なぜ、藍は気絶しながらもあのような言葉を呟いたのだろうか?

 

悲しみから来るのは分かるが、いまいち漠然としていて把握しきれない。

 

元来九尾とは悪役での活躍が多く、人間に対して良い感情を持っておらず、むしろ弄ぶ側だったという認識が大体である。

 

でもこの場合はその可能性は薄い気がする。もし彼女がそんな心を持っていたのなら、「愛され…」などと呟くはずはない。

 

ゲームではこの時代とは違うので予測することが難しいのだが、理知的でしっかりした性格だろうと思えるので、やはり可能性は薄いと断言したい。

 

では、何だろうか? 諸説あるかもしれないが、九尾は愛に溺れ、運命にもてあそばれた悲劇のヒロインという解釈もあるようだ。

 

これならば、矛盾なく説明できる。彼女が愛に溺れるあまり、対象の人間が誑かされたように他人からは見えたのかもしれない。

 

だからこんな極東の島国まで逃げてきたのだろう。

 

うん、これなら辻褄が合う。

 

そうだ。彼女が目覚めたらどう接すればいいのだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったわ……。成功よ」

 

藍の呟きの大元を考えていると、ふと幽香の声が聞こえる。

 

その声に弾かれるように二人の顔を交互に見る。

 

藍の顔はもう健康体そのものの色であり、今は疲労から来る眠りにシフトしているようであった。

 

同時に幽香も汗をダラダラと流しながら、満足げな表情を浮かべている。本当にお疲れ様です。

 

俺は二人の様子を見てホッとしながら幽香に話しかける。

 

「本当にありがとう。いや、ありがとうございます。風呂に入ってゆっくり休んでおくれ」

 

そう言うと幽香は頷きながら立ち上がる。だが、足元がおぼつかない。ふらふらしている。

 

「大丈夫? 肩貸そうか?」

 

そう言った途端に幽香の身体から力が抜け、弛緩した身体は重力に従って傾き、倒れ始める。

 

咄嗟に抱きとめ、そして彼女に衝撃がいかないようにゆっくりと地面に座り込む。

 

疲労から来る貧血だろうか? 何にせよこのまま寝かせた方がよさそうだ。

 

「幽香、大丈夫か?」

 

そう言うと、幽香は目を閉じたまま俺の声に小さく答える。

 

「……ええ、少し疲れが出たみたいね。悪いけどこのまま寝かせてもらうわ。風呂は明日ね」

 

そう言って彼女は黙りこむ。

 

それから数十秒間じっとしていると、幽香から規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

「あいよ、お休みなさい。幽香」

 

そう言って幽香を布団に寝かすために抱き起そうとする。

 

だが、彼女の腕が離れない。ものすごい力で俺の服をつかんで離さないのだ。

 

どうしたものか……。

 

短く思考をして結論を出す。

 

「仕方ない。一緒に寝ちまおう。お休み……幽香、藍」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は倒れたのは演技だ。

 

今日は私をここまで働かせたのだ。だから抱きついて眠るというくらいの御褒美があっても文句はあるまい。

 

実際に九尾に妖力を十分に送り込んだのは疲れたが、倒れるほどではなかったのだ。

 

だから、計画どおりね……

 

ふふっ、お休みなさい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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