治癒のお札って効くのか?……
「ひ……酷い目に会った。…もう勘弁。」
あの後は散々な目にあった。逃げる最中に追い打ちを掛けるように妖精から石を投げつけられるわ、道に迷うわで本当に凹んだ。
だが結局俺を追いかけた岩は、運のいいことに1本の大きな木に衝突し、軌道を変えたことによって俺は難を免れた。
そして逃げた後に後悔したのは、逃げなくてもいいことに気付いた事である。
本来なら逃げなくてもいいという事にも関わらず、自分の力をつい忘れて障害から逃げてしまう。しかし逆に言えば、これは自分の危機感がまだ薄れていないという事を表しているので、一つの妙な安心感を得ることもできた。
そして安心感を胸に抱きながら、妖精のいなくなった山から人里へとジャンプする。
妖精たちの起こした悪戯では済まないほどの所業をされた時、俺はガンさんを自宅の目の前にジャンプさせたはずなので、家の中にいるはずだ。
そう確信しながらスタスタと歩いて行くのだが、村の様子はいつもの活気はなく妙に静かである。
それもそのはずで、現時点では夜なので皆家の中に引きこもっているのだ。
偶には静かな夜の道を歩くのも気分転換になるだろうと思いながら足を前に出す。
夜道は暗く、視界が全く確保できないので、仕方が無く懐中電灯を4個程創造し、空中に浮かせ、視界を確保する。
やはり文明の利器万歳と思いながら歩みを進めていく。
そしていつも訪問する際の道の目印にしている、倉のような木造建築の角を右に曲がるとガンさんの家が見えてくる。
ここで合っているはず。
ガンさんは大丈夫だろうか? 怪我などしていないだろうか?
そんな心配が頭を過るが、足を止めるようなことはせずに玄関の目の前に立つ。
心配で少し波立ってしまった心の中を、深呼吸で沈めてドアをノックする
ノックしたすぐ後に、誰かが声を出しながら近づいてくる。
「はい。どちら様ですか?」
この声はおそらく、娘さんのトチさんだ。しかしトチさんは扉を開けずに中から声を掛けてくる。
しかしこれは当然のことであり、仕方のない事でもある。
なぜなら俺のいた世界とは違い、妖怪が我が物顔で地上を跋扈する世界。警戒があってしかるべきことである。
俺は大正耕也である事を証明するために、声を出してアピールする。
「夜分遅く申し訳ありません。大正耕也と申します。いつもお世話になっております。」
そう言うとトチさんはさらに質問を投げかけてくる。
「では、あなたは今日何をしに行きましたか?」
それに対して間をおかずに答える。
「ガンさんと筍狩りに行きました。」
するとすぐにドアが開き、トチさんが出迎えてくれた。
トチさんは俺の顔を見ると急に笑顔になり、安心したように話す。
「ああ、耕也さん。無事でよかったぁ。お父さんが青い顔で帰ってきた時慌ててたからどうしたのかと…!」
「まあ、ガンさんから既に聞いているとは思いますけれども、実は筍狩りの最中に妖精たちに襲われてしまいまして。」
たははっ、と笑いながら返す。それに対してトチさんは
「笑いごとじゃあありません。心配したんですから。まったく。」
と、少し怒ったように言う。
「すみません。ですが大丈夫です。この通り、怪我ひとつありませんから。…それと、ガンさんはどうですか? 怪我とかされてませんか?」
それを聞いた、トチさんは呆れたように笑いながら話し始める。
「お父さんたら酷いんですよ? 帰って来るなり今日の事を話し始めて、それで話し終わったら「耕也殿なら大丈夫。」とか言い出して寝てしまったんですよ?」
「ははは、相変わらずなお人ですね。でもそれは自分の事を信頼してくれている証拠だと思うので素直にうれしいですよ。」
「そう受け止めてくださると、こちらとしてもうれしい限りです。……そうだ。もう遅いですし、ぜひ泊って行って下さい。今日採った筍の料理もありますので。」
なんだか棚ボタな気がしながら、軽く礼をしてお邪魔する。
「ありがとうございます。では、よろしくお願いいたします。」
そう言いながら俺はガンさん宅に泊まることになった。
そして出された筍料理は、頬が落ちるほどの絶品でした。
朝目が覚めると、いつもの部屋ではない光景が目に映る。
俺はガンさんの家に泊まったのだと言うことを再認識しつつ、顔を洗いに行く。
顔を洗って、目覚めた脳で家の状況を確認する。
すでに家族の内、何人かは起きているらしく、台所からは良い匂いが漂ってくる。
服を寝巻きから普段着に変え、挨拶をしに行く。
「おはようございます。」
すると帰ってきたのは、ガンさんからであった。
「お、耕也殿。おはよう。昨日は助かったわい。ありがとう。」
ほっほっほっ、と笑いながら挨拶をしてくる。元気なのは相変わらずである。
そして俺は奥さんのトキさんに声を掛ける。
「トキさんもおはようございます。」
「おはようございます。耕也様。」
と、ものすごく丁寧な言い方で返してくる。
そして、俺は次々と起きてくる者、朝の薪割りから帰ってくる者に挨拶しながら、席に着く。
皆がそろった所でいただきますの挨拶をする。
今日の予定は何だとか、薪割はどれぐらい終わっただのと平和な日常会話が行われる。
そして俺も皆と談笑しながら朝食をいただく。
飯を食べながらふと思う。
この人数で食事をするのはいつ以来だろうか?と。
そして今まで生きてきた記憶を確かめてみる。… 多分皆で食べたのは大学生のころぐらいだった気がする。
懐かしい。本当に懐かしい。
いつか現実世界に戻りたいけども、無理だろうなぁ。
思わず涙がこみ上げてきそうだったが、グッとこらえて食べるのに集中する。
俺はその後、ガンさん達に別れを告げ自宅近くまでのんびりと飛んできた。
だが、地上に降りてみると、妙な事が起きているのが目に入る。
地面に赤いシミが、ぽつぽつと続いているのだ。それも量が多い事に気付く。この量は人間であれば確実に死んでいるであろう。おまけに後を辿っていくと自宅につながっている事が分かった。
俺は嫌な予感がしながらも、その血の跡をゆっくりと辿っていく。そして改めて思う。この量は尋常ではないと。
家の前まで着くと、やはり異常がある。ドアの鍵の部分に何か鋭い爪のようなもので引っ掻いた跡がある。もちろん鍵はその引っ掻きによって破壊されている。
という事は中に誰かいるのは確定事項であり、非常にヤバい状況になりつつあるという事が分かる。
俺はそっと扉に近づき、中を確かめようとする。そして開けようとした瞬間に何かが聞こえる。
そう、微かではあるがうめき声である。おそらく血の主であろう。痛みに耐えかね弱弱しく呻いているのだ。
こうしてはおれんと扉を勢い良く開け、中を確かめ始める。
そして玄関を上がり、血が引きずられ伸ばされたような跡のある、短い廊下を進み、跡の続く居間と廊下を分ける襖をそっと開ける。
だが、中が暗くてよく見えない。
俺は状況を確かめようと、居間の蛍光灯を点灯させる。
すると蛍光灯に照らされ、鮮明になった景色が俺の目に飛び込んできた。
その光景は…
おびただしい血にまみれた女性の姿だった……