妖精は侮ってはいけない……
「あ゛~~~~、眠い。」
そう言いながら俺はのそのそと布団から起き上がる。朝に声がしゃがれてしまうのはなぜなんだろう? という疑問を頭の片隅に浮かばせながら顔を洗いに洗面所に向かう。
時の流れは早い物で、あっという間に源平の合戦が起き、そして鎌倉に幕府が成立した。
平安京にいた同僚の中には鎌倉へと住居を移し、そこで頑張っている者もいる。
だが俺は今自分の住んでいる家に愛着があり、鎌倉幕府からのオファーが来ても断り、住み続けている。
中には俺の判断をもったいないだの信じられないだのと言う人もいるが、俺としては自分の判断は間違ってはいないと思っている。
だが、その判断の代償として依頼数がかなり減ってしまったのも事実である。
理由としては、先の合戦で没落してしまった貴族が多かったことと、鎌倉に引っ越してしまった人も多いといった感じだ。
だが、平安京での長年の働きが功を奏したのか、平安京から離れた村や里から依頼が来るようになった事である。
そして、今日もとある村からの依頼が来ているので早めに家を出なければならない。
「今日の依頼はたしか……筍狩りの護衛だっけ? あの人柄が良いお爺さんの。」
自分の依頼内容を口に出して確かめながら、いそいそと出かけるための準備を始める。
荷物には弁当やら水筒、そして同僚から餞別にもらったどんな致命傷でもたちまち治してしまうという治癒の札を入れる。
霊力のない、また力でも他人の傷を治す事のできない俺にとってはこの上なく助かる品である。
次に服を着替えて、歯を磨き、ボサボサの頭を直し、最後に朝食をいただく。
そして今日の依頼の理由をブツブツ言う。
「確か、今日の依頼で入る山は妖怪が出るからなんだっけ? 言っちゃあ何だけど、ご老人は身体を大事にしてもらいたいよまったく。」
いつもなら危険のない竹林に入って筍を採るらしいのだが、最近収穫量が減ってしまって他の山に行かざるを得ないようだ。
おまけに妖怪が出ると言われているとはいえ、人の手入れがされてないせいか、収穫できる筍も豊富なのだそうだ。
俺はご老人の事情を反芻しながら、依頼料を思い出す。
「それと依頼料は確か……採った筍の3割だっけ?…今日は筍パーティーだな。ついでに幽香にもお裾分けをしようか。」
依頼料が少ない事と独り身である事を自虐ネタにして笑いながら、飯を平らげる。
水を飲んでごちそうさま。
「じゃあ、行ってきます。」
返ってくる事のない返事だと分かっていても出かけるときはしてしまう。現実世界で親に対してしていた時のように。
今回の依頼の老人の名前はガンさん。齢80を超えるというのにそこらへんの若者よりも力があり、また身体の調子も全く悪くならないという凄まじいお方である。
それもそのはずで、彼にはこの時代の人間としては非常に珍しい能力持ちの人であり、能力名はたしか「元気に生きる程度の能力」だったはず。
だが、それを抜きにしても元気いっぱいの人で、見ているこっちまでも元気を貰える。
俺は今日の任務をひそかに心の中で楽しみにしながら、待ち合わせ場所まで向かう。
村の中心部に大きな井戸があり、そこに今回は待ち合わせである。
俺が井戸を視界に捉えると、すでにガンさんがいるのが確認できた。集合時刻よりも早く着たのに…。
井戸にまで小走りで近づくと、ガンさんは片手を大きく振りながら話しかけてきた。
「おおう、耕也。今日もすまんなぁ。いくらわしでも妖怪はさすがに対処できんのでな。よろしく頼むぞ?」
「ええ、任せてください。本当にヤバい時は真っ先にガンさんを家まで転送しますから。」
「頼もしいのぉ。では、行くかの? 耕也。」
「はい。」
短いやりとりをしながら俺達は目的の山へと足を進めていく。
ガンさんと歩きつつ、俺は最近の村の作物の収穫量。そして飢餓状況や健康状態を話していく。
「作物はどうですか? 去年のような不作ではないといいのですが…」
するとガンさんは顔を少し渋くしながら答える。
「う~む。今年か…やはり日照りで雨不足になりがちだのう。今年が不作になるとかなりつらい。元々人手も足りないから土地があっても収穫量が増えないのでな。」
米は危険水準になりつつあるか…野菜はどうだろう?
「野菜はどうですか?」
「野菜はまあ、何とか。漬物もあるしの。」
野菜はまだ大丈夫か…でも水もきついだろうな。井戸を見たら水位が明らかに低くなっているのが分かった。
「そうですか……自分にも何かできるといいのですが…」
と、当たり障りのないように返しておく。
正直これは自然の摂理なのだろうから介入していいのかどうか悩むが、いざとなったら俺が米や水を捻出しよう。
「うんにゃ、村の問題であるし、これも自然の流れじゃて。」
考えたすぐ後に自然の摂理と言われてしまったが。
まあ、様子見だな。
そう思いこの話題を打ち切ることにする。
するとガンさんも同じことを思っていたのか、別の話題を提供してくる。
「実はのう、ケンの家に息子が生まれたんじゃよ。」
そう言いながらガンさんは我が事のように笑みを浮かべる。
俺もそれを聞いて驚きつつも心の中に温かい物が湧きでてくる。
その温かい物は喜びへと変換され、表情として出てくる。
「いや~、よかったですねぇ。念願だった第一子。今度酒でも持って行きましょう。ああ、それで名前は何にしたのですか?」
そう言うとガンさんは少々考えるようなポーズをとりながら答えを出す。
「マサといったかな。確かそんな名前じゃ。」
マサか、覚えておこう。
そんな事を話していると目的の山の前まで来てしまった。
「ではガンさん、入りますか?」
「うむ、頼む。」
俺たちは覚悟を決めて険しい山道へと入っていく。
山へ入ったはいいが、妖怪というか、鳥の鳴き声もしない。どうなってんだこれ。
ガンさんの方を見ると、同じく不思議そうな顔をしていた。
念のために聞いてみる。
「こんなに静かなものなんですか? この山は。」
するとガンさんは首を横に振りながら答える。
「いや、いつもは村から見てると鳥が頻繁に飛んでいるのを見るうえに、時々猪が畑を荒らしに来たりするんじゃが。おかしいのう。」
じゃあ、何なんだ?
全く分からない。ただの偶然だろうか?
そう思っているとガンさんが声を上げた。
「いてっ!」
俺はその声に驚き、慌ててガンさんの方を見やる。
するとガンさんは自分の頭に当たった物がどういうものかを探すために地面にしゃがみこんでいた。
やがて見つけたのか、俺の方を見ながら手を差し出す。その中には
「松ぼっくり?」
そう、でかい松ぼっくりであった。でも何でここに。ここら辺に松の木なんてあったか?
そんな疑問を抱きながら周囲を見ようとすると、今度は俺に風切り音と共に何かが当たる。
領域に阻まれ当たる事は無かったが、さっきと同じ松ぼっくりであった。
「さっきから何なんだ?」
そう呟き改めて周囲を見やる。だが何もない。
絶対におかしい。そう思って俺はガンさんの方を向き、目で合図をする。
するとガンさんは俺を見ながら頷き、俺の真ん前にピッタリとくっつく。
そしてそのままエッチラオッチラと登っていく。
だが、しばらく登っていくとまた風きり音と共に何かが俺に投げられる。
再び阻まれ地面に落ちる。今度は何だろうか?
そう思いながら見ると拳大の石であった。
こんなのがガンさんに当たったら大けがだ。最悪死ぬ。
そんな事態を想像しただけで冷や汗が出てくる。
「ちっ、どこだ!」
俺は怒鳴りながら再度見回す。
するとどこからかクスクスという笑い声がする。どこだ? 一体誰なんだ? 妖怪か?
次々と浮かぶ疑問を流していきながら注意深く見ていく。すると、4時方向の木の部分から羽のような半透明な物体が見える。それも5対。
俺は投げられた石を掴み、その怪しい木に向かって投げる。投げられた石は放物線を描き、小気味のいい音をだして木にぶつかる。
すると、当たった瞬間に羽のような者が一斉にびくりと動き、わらわらと姿を現す。
俺とガンさんはその意外な犯人に呆けたような声を出してしまっていた。
「「はぁ?」」
二人とも口をあんぐりとあけながら。
その犯人とは、でかくても身長70cm程の小さな小さな妖精たちであった。それが5人。
それがクスクス笑いながら腕組をしながらどうだと言わんばかりの態度をとる。
俺はガンさんに妖精に対して行う事について話す。
「ちょっと脅かすので耳ふさいどいてください。」
そう言うとガンさんは素直に耳をふさぐ。
俺は彼女たちの目の前に薄い黄色がかった液体を創造し浮かせる。
妖精たちは、その液体に興味を持ったようで顔を近づけようとする。
俺は、すぐさま妖精たちが顔を近づける前に横から金属板を当ててやることで液体に少しの衝撃を与える。
衝撃を与えられた液体は耳をつんざく激しい音と共に少量の煙を出す。
その音に驚いた妖精たちは
「~~~~~~~~っ!!」
と悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らしたかのように逃げていく。
やばい、なんかかわいいぞこいつら。
そんな感想を抱きながらガンさんに山を登ろうと促し、それをガンさんは承諾して登っていく。
その後は何もなく、目的地へと着き木の鍬のようなものを使って筍を掘っていく。
さすがにガンさんは長年やっているベテランだけあって、どこに筍があるのか、どんな角度から掘ればいいのかなどを熟知しており、どんどん掘っていく。
ちなみに俺は情けないことに、掘っている途中で腰が痛くなったので休憩している。
大体3時間ほど経っただろうか? ガンさんは40本以上を掘ってしまった。恐るべし。ちなみに俺は5本しか掘れなかった。
まあ、俺は筍を掘るのが仕事ではないので結果についてどうこう言う気はないが、情けない。
だが妖怪は出なかったので良しとしようじゃないか。
そう思いながら今回の分け前を控えめに10本貰う。
「良いのかい? もうちょっと多くなきゃいけない筈なんだが。」
「大丈夫ですよ。一人じゃ食べきれないので。……では帰りますか?」
そう俺がガンさんに提案すると、ガンさんは大きく頷き答えを返す。
「うむ、これくらい取れれば満足じゃし、日が暮れるのも問題じゃしな。」
「ええ、そうですね。妖怪の活発な夜に行動していたら危ないでしょ………ん? なんか妙に暗くないですか?」
最初に異変に気付いたのは俺だった。まだ、夕方に近いとはいえ、ここまで暗いわけは無いのだ。
「おかしいのう。雲は別に…………こ、耕也! あ、あれ…。」
その声に釣られて上空を見上げると、信じられない物が浮かんでいた。
なんと、大岩が浮かんでいたのだ。それも直径5メートル程の。
「はぁ!? なんじゃそりゃ!」
そう思わず声を上げてしまった。
しかも大岩は、先ほど撃退した妖精を含め100人以上にエンヤコラと支えられている。
「おいおい、さっきの仕返しか…?」
「妖精にあんな知恵があるとはのう…。」
そんな事を呟いていると、俺たちのいる斜面よりも高い所に停止し、妖精たちが一斉に離れ大岩を落とした。
ヤバい!
「ガンさん!!」
叫びながら身体が勝手に動き、ガンさんの肩に手を乗せ素早くジャンプさせる。
だが、ガンさんをジャンプさせたことにより時間のロスが生じてしまい、自分をジャンプすることができず大岩が接近するのを許してしまった。
俺はあまりにも焦ってしまい、逃げながらジャンプや受け止めるという手段さえも忘れてしまい、身体が勝手に逃げようと下へと足が進む。
幸い竹林が障害物となっているので、転がる速度は速くない。
俺は逃げながら叫びを上げる。
「俺はインディジョーンズじゃねぇんだぞ~~~~っ!!」
山には俺の悲痛な叫び声と、妖精の笑い声が響き渡る…。