ギュッと目をつぶり、これから来る痛みに恐怖しながら備える。
……あれ?来ない。痛みが……なぜ?
代わりに、唐突に地面がズシンと揺れた。
ふと眼を開けて周囲を見渡すと俺に攻撃を加えた蜘蛛もどきが、先の位置より20メートル程離れたところに仰向けになってもがいていた。
しかも攻撃を行った腕が根元から吹き飛び、タールのような色をした体液が噴き出ている。
ま……全く把握できない……おまけにグロい。
何がどうなってるんだ?俺はさっき奴にやられたはず。何で奴がひっくり返ってんだ?
立場がまるで逆になっている。
「い……今のうちに。」
奇跡か何かとしか思えないが、自分は生きている。だったら逃げよう。
まだ悲鳴とも、怒号とも、とれるような叫び声を上げる蜘蛛もどきを尻眼に民家へと足を向ける。
だが、現実はそんなに甘くは無かった。
「ガアアアアアアアーーーッ!!」
「おいおい、マジかよ……」
もう起きてきやがった。なんなんだ?こいつ。
しかもかなり怒ってるんじゃないか?これ。
蜘蛛もどきは、叫び声をあげながら、俺を今度こそ確実に息の根を止めようとしているのだろう。先ほどよりも猛烈な速度で突進してくる。
「グアアアアアアアアアアアアアッ!!」
奴は無事なもう一方の足で俺を再度貫こうとする。
俺は反応すらできずに、ただ奴の攻撃を見てることしかできなかった。
しかし、再び信じられない事が起こった。
前足が身体に届く少し手前で、突然壁か何かにぶつかったように弾かれ、そのまま奴は身体ごと吹き飛んでいった。
「な、何が起こったんだ?」
なぜ弾かれたのだろうか?こんな人間なんぞそれこそ一撃で葬り去ることができるはずなのに。
おそらく奴も同じことを考えているだろう。考えられるほどの知能があればの話だが。
そして両前足を失った奴は、苦痛の叫びをあげながら森の奥深くへと退散していった。
「もう・・・大丈夫なのか?俺は生きてるんだよな?」
自分の身体を両手で叩いたりなでたりして、無事であることを確かめた。
自分の命が助かった。自分の身が安全であると実感してくると緊張の糸が切れ、堰を切ったように涙があふれてくる。
拭っても拭っても涙は止まらない。
また泣いてしまった……もう20歳なのに……。
しかし、この感覚は懐かしい。
この心境は、子供のころに海で溺れかけ、なんとか自力で助かった時のあの安堵感。それに非常によく似ている。
この場所で泣いていては駄目なのは分かってる。でももう少しだけこの感覚を味わっていたい。
この生を実感できる貴重な時間を存分に堪能したい。
だから俺は、声を押し殺して泣き続けた。
平均文字数がどんどん減って行く……。50話から先の後半になれば増えるはずです。ではでは。