冤罪は怖いです……
やはりいつも虐げられるのは妖怪ばかり。話し合えば害のない妖怪にまで危害を及ぼす。
妖怪の方がよっぽど理知的ではないか。だが、人間と妖怪は平等であるべきである。
それが今まで妖怪と人間の双方に接してきた私の持つ一つの帰着点であった。
そして今回もまた、見知らぬ妖怪が私に助けを求めてきた。
名前を教えてはくれなかったが、突然私のいる部屋に半裸で飛び込んで抱きつき、すすり泣き始めた。
私はそっと抱きしめ返し、彼女を落ち着かせる。
すると彼女はだんだんと落ち着いてきたのか、幾分余裕が出てきた。涙を流しながらではあるが飛び込んできた訳を話す。
「白蓮様! 助けてください。襲われているんです!」
襲われているというのは、おそらくこの子の服装から察するに、強姦されかけたというところだろう。
だが何者だろうか? この娘からはかなりの妖力が内包されているのが分かる。
「ここに来たからにはもう大丈夫です。……それと一体誰にそんな事をされたのですか? もう少し詳しく話して下さい。でないと私も対処のしようがありません。」
そう、相手が妖怪か人間かによって対処の方法が全く違ってくる。
しかしこのつよい妖力を持っている娘がなぜやられてしまったのだろう?
並の妖怪、人間の集団で囲んでも太刀打ちできないほどのようだが、一体誰が……
そんな事を考えていると、私たちがいる部屋の縁側方向の障子が勢い良く開かれた。
開かれた先には、都でも有名な人間がいた。彼は私と会ったことは無いかもしれないが、私は遠目で見たこともあり活躍も名前も知っている人物だった。
その名は大正耕也という人物。なんでも仙人らしく、その持つ力は守りにおいて右に出る者はいないという。
そんな有名な人物がなぜここに? まさか私を封印しに来たのだろうか?
と、そんな嫌な予感が脳裏に走る。
それは私にとっても至極当然のことだった。何せ私は表向きでは人間を助けているという形をとっているが、裏では自分の身体を維持するために妖怪を助け、妖力を補充している。
覚悟を決めるべきか。
そう私が緊張を強めているとぬえが大正耕也を指差し、叫んだ。
「こいつです! 白蓮様! こいつが私を捕まえて犯そうとしたんです。」
この子が言った事は私にも最初は信じられなかった。
彼の評判からするとそう考えるのは難しかった。
しかし私は、この子のつらそうな顔を見てると信じざるを得なかった。
おまけに大正耕也は左手に、ぬえの破れた服と思われる黒い布の切れ端を持っていた。疑いが確信に変わるのは十分だ
そしてさらにぬえの告白が続く。
「散歩をしていたら突然襲われて、服を破かれて欲望のままに私を犯そうとしたんです。すごく怖かったです。助けてください白蓮様!」
その言葉を聞いた瞬間に、私の中から怒りがグラグラと湧いてきた。
そしてあらためて、大正耕也の評判を思い出すと余計に怒りが湧いてくる。
彼の評判は上々で、気は少し弱いが礼儀正しい青年と言うのが一般的だという。
しかし、ふたを開けてみれば妖怪を手籠にしている。最悪最低だ。
私の怒りは裏切られた気持ちによる反動からくるものもあっただろう。しかし、女を力づくでとは………。
私も女であるため、このような感情になるのは仕方ない。
それにしても許せない。懲らしめてやる。いや退治だ。
ぬえを落ち着かせてから、起立し大正耕也の正面を見る。
何か言い訳をしているが関係ない。
「全く男という生き物は………誠に厚顔無恥である! 南無三!」
右手に溜めた強大な妖力弾を目の前の男に向けて放った。
白蓮の放った妖力弾が見事自分の身体の鳩尾にヒットし、視界は真っ白になり続いて爆発音が響き渡る。
何でこんなことに……。
視界が晴れると自分に手を開いている白蓮と半壊した縁側があった。
「やはり、攻撃は効きませんか……。それを武器に彼女を犯そうとしたわけですか。」
あまりにもひどい言いがかりの為に思わず声を大にして反論してしまう。
「違います! だ、大体なんで俺が女の子を犯そうとしなくてはならないんですか!? い、一方的すぎやしませんか?」
だが俺の言葉を聞いても彼女は薄く笑みを浮かべるだけで、一蹴する。
「声が震えてますよ? それにあまりにも必死ではないですか?」
「それはいきなりの冤罪に追い打ちの攻撃ですよ! 必死になるのも無理はないでしょう!」
「ですが、あなたの持っているその切れ端は何ですか? どう見ても彼女の服にしか見えないのですが。」
話が進むごとに誤解を解くどころか、どんどん悪い方向に進んでいる気がする。いや気のせいではないだろう。確実に進んでいる。
「ですから、何と言ったら良いのやら。彼女は「もういいです。そんなに言い訳をしたいなら牢屋でするといい」っ!!」
そう言うと白蓮は俺に殴りかかってくる。
その速度は半端ではなく、視認できないほどであった。おそらく神奈子の速度を一瞬上回っているだろう。
打撃音がした後、俺はたまらず戦線を離脱して空中より様子見を始める。
彼女は一体どこに……?
「くそっ! 一体どうしたら……。」
そう呟いた瞬間に背後から声がする。
「ボケッとしている場合ですか?」
慌てて後ろを振り返ると、無数の妖力弾を携えている白蓮がいた。
とにかく誤解を解くために話しかける。
「ですから誤解なんですよ! ちゃんと話を聞いてください。」
だがその声を無視して弾幕ごっこのように打ち放ってくる。
速度はそれほどではないが、数が多すぎる。
何発もの被弾をするが俺はいたって無傷である。
だが俺の無事な姿を確認すると白蓮は舌打ちをして再び殴りかかってくる。
やはり彼女の最も得意な戦法は肉弾戦なのだろう。
しかし彼女が接近する前に俺は攻撃を開始していた。
「この分からず屋が!」
白蓮の正面に手をかざし、そこから膨大な量の蒸気を放出する。
するとバカ正直に突っ込んできたためか、白蓮に見事に命中した。
「くっ! なんて卑怯な!」
熱と目くらましに耐えかねたのか飛行して避けて行く。が、それでも大量の蒸気に埋もれていく。
やはりこのくらいでは駄目か。
距離が近いとはいえ、妖力で身体をコーティングし、身体能力を大幅に上げた白蓮に中途半端な攻撃は通用しないようだ。
どうしたものか。とはいっても俺の攻撃は弱い攻撃と強い攻撃の差が激し過ぎる。
それに俺はもとより人間だから肉弾戦も期待できない。
魔法も神通力も霊力も妖力も何もかもが使えない。
何とかして誤解を解く方法は……。
仕方が無い、一度地上に引き込んで態勢を立て直すか。
俺は莫大な蒸気に埋もれている白蓮を後目に、地上へと降り立つ。
そろそろ蒸気から抜けてくるころだな。
そう思った矢先に白蓮が自分を中心に蒸気を風で吹き飛ばす。その姿はまるで戦女神ではないのか? と思えるほどであった。
「よくもやってくれましたね。あなたのせいで色々とボロボロですよ。」
そう言いながら俺と同じ舞台の地上へと降りてくる。
すかさず俺は彼女に直径1mの鉄球を100km/hで放つ。
「何をしてくるかと思えば………はぁ。下らない。」
そう言いながら白蓮は片手で何なく受け止めてしまう。
本当に化け物だな。
今の現状を鑑みるにそう思う事しかできない。
卑怯かもしれないが、領域を使って短期決戦にした方がいいかもしれない。
ぬえを早くとっちめなければならないため。
俺は、これから行う事に少しの罪悪感を覚えながらも実行する事を決意する。
「白蓮! 今から俺がする事を恨むなよ! 恨むならぬえを恨んでくれ。」
「…は? 何を。」
白蓮が呟くか呟かないかの時間で、俺は外側の領域を拡張し、自分を中心に半径500mを領域に設定する。
領域に包まれた瞬間に、白蓮は自身に起こった変化に変化に戸惑い、狼狽する。
「い、一体! 何が起こったというの! ………何をしたのですか! 大正耕也。……力が、急速に抜けていく……。」
「聖さん、それはさすがに言えませんよ。なんせ奥の手に近いので。」
外の領域に入ってしまった者は、妖力などといった力は霧散してしまい使用する事ができなくなる。さらには固有の~程度の能力すらも。
つまり相手は純粋な体術で戦う事しかできなくなる。よって自分を圧倒的有利な立場にする事ができる。
だからこれは、俺の中で最終手段の一つにしている。滅多なことでは使わない。
実際には使わなくても対処できるというのが正しいのだが。
まあ、要するに神秘的な力は一切合切使えなくなるという事なのだが。
そんな事をボヤボヤ考えていると、白蓮が我武者羅に突っ込んでくる。
「この卑怯者があああ~~~~~っ!!」
腐っても妖怪。俺には逆立ちしても出来ないような速さだ。
だが、もう脅威ではない。俺は彼女に塩水を放水する。
俺の手から放出された塩水は彼女に見事に命中してずぶ濡れにする。
「わぷっ! ……このっ!!」
再び態勢を立て直そうとするが、もう遅い。
すでに俺が彼女の左手を掴んでしまっているのだ。
「すまない。」
そう呟いて高圧電流を流しこむ。すると彼女は激しく痙攣し始める。
「がっ………あっ………!!!」
すぐに俺は電流を流すのをやめる。やり過ぎてしまっただろうか?
そう思っていると、どうやら白蓮は気絶したようで俺に向かって倒れてくる。
そっと抱きかかえてやり、そのまま命蓮寺へと飛んで向かう。
寺についたらまず白蓮を寝かしつけて、寺の破損個所を修復しておく。
しかし何かが足らない気がする。居なくてはならないような?
「あ! ぬえはどこだ!」
戦いに没頭していたためか、ぬえの事をすっかり忘れていた。
俺はぬえ寺のあちこちを探し回る。しかしぬえはどこにもおらず、結局逃げられたという結論を出した。
そして、探している最中に思ったのだが、星やナズーリンがいない。彼女たちはどこにいるのだろう?
疑問が頭の中に残ったまま白蓮の眠る部屋へと戻る。
すると、すでに白蓮が起きていた。やはり妖怪は凄い。人間とは比べ物にならない程の回復力だ。
「なぜとどめをささないのですか? あの状況ではそれが最良の選択です。」
俺は彼女の答えに呆れながら答える。
「あのですねぇ、元々俺は聖さんと戦うつもりなんて毛頭なかったんですよ? ただ誤解を解くために必死になっていただけで。」
「その誤解とは一体?」
ジト目になりながら質問してくる。
「ではまず一つ。あの娘の名前は知っていますか?」
すると白蓮は横に首を振りながら答える。
「いえ、知りません。」
やっぱり。何ともややこしい。
「教えて差し上げます。俺は陰陽師ですね? それはお分かりかと思います。おそらくもう一つ、これを言えばなぜここに必死になってきたのか分かると思います。……彼女の名前は封獣ぬえです。聖さんにしたのは、全部自作自演だったんですよ。」
それを聞いた瞬間に白蓮はハッとした顔になり顔を両手で覆ってしまった。
「ごめんなさい! 私ったら何て勘違いを! 私は彼女の嘘も見抜けずに、ただ強姦という言葉に突き動かされていただけでした。本当にごめんなさい!」
そこまで謝られるとこっちの方が罪悪感が湧いてくる。
「大丈夫ですよ。顔を上げてください。俺には実害は無かったんですから。」
「はい……。」
そう言うと彼女は顔を上げる。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
罪悪感がどんどんと湧いてくる。少々つらい。確かに俺は悪くないのだけれども。
「それで、ぬえは?」
白蓮はぬえがいない事を気にしている。
「ぬえならもうここにはいませんよ。逃げました。」
すると白蓮はあらためて謝罪した。
「ごめんなさい。」
「いいですよ。またどうせ性懲りもなく来るでしょうから、その時に退治してやればいいんですよ。ああ、そう言えば、他の方々はどうしたのですか? 寅丸さんとかは。」
「彼女達は食糧や他の買い出しなどを……って何で知っているのですか!?」
「まあ、秘密であります。でも安心してください、誰にも言いませんし、言ってませんから。約束します。俺は約束を守る男ですから。」
白蓮は少しだけ顔を曇らせはしたが、それ以上文句を言う事は無かった。
その後は、飯を一緒に食ってから帰路に着いた。
帰路に着きながら思う。任務失敗の始末書どうしよう……。もう勘弁してくれ……。