東方高次元   作:セロリ

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26話 子供が泣くだろうが……

やめんかいこのバカ者……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おいしい。本当においしい。なんておいしいのだろう。

 

人間の恐怖はおいしい。できる事なら恐怖を液体にしてその中を思う存分泳いでみたい。

 

人間の恐怖する顔。正体不明の私を見て驚き、泣き、畏怖して逃げ惑う者たち。それが非常にうれしい。

 

この平安京という都は私にとって本当に居心地がいい。

 

さあ、今日も私のお腹を満たしておくれ?

 

「ふふ、あなた達の恐怖いただくわ。」

 

そう独り言を言い、私は都へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都についてまず目に映るのが、私を見上げる人間たちのさまざまな顔。

 

ある者には私がさまざまな動物の融合した姿。またある者には光の玉。そしてまたある者には怪鳥に見えるのだろう。それは見る物によって千差万別。

 

しかし私を見たものから滲み出てくるのが恐怖。その恐怖をさらに増幅させるために、道端にいる猫や鳥などに能力を使い、化け物に見せる。

 

途端にあたりに悲鳴が響き渡り、蜘蛛の子を散らしたように人間達が逃げる。

 

「く、来るな化け物ぉ!!」

 

「いやぁ、いやああああぁぁぁ!」

 

「ぬ、鵺だ、鵺の野郎の仕業だ! 陰陽師を呼んで来い!」

 

ああ、おいしい。おいしいわ。

 

でも

 

「やっと来たわね、陰陽師たち。それと……あいつはいないわね? よし。」

 

もっと強い奴からなら得られる恐怖は格別である。

 

陰陽師達は通常の人間に比べて霊力が格段に高い。

 

それに普段から戦い慣れしているせいか、滲み出る恐怖も非常に洗練されている。

 

でもあの男だけは勘弁だ。あいつのせいで最近の食事が腹いっぱいまでできなくなってきているのだ。

 

あの男がいると私の能力が一切使えなくなってしまう。おまけに妖力も空を飛ぶことも。

 

自分の純粋な身体能力を使い、ほうほうの体で逃げるしかできなくなってしまった。

 

名前は……大正耕也と言ったか。とにかくあの男と相対した時は初めて人間に恐怖した。奴は領域で封じただの何だのと言っていたが。

 

まあ、今回はいないのだから存分に食らわせてもらおう。

 

もしあの男が来た場合は、どうしてくれようか?

 

…そうだ、あの人をぶつけてみようか。

 

「大正耕也。もし来たら逆に退治してあげるわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、また現れやがったか。いつもいつもいつもひっきりなしに現れやがって。」

 

そう俺はひとりごちりながら平安京の朱雀大路を走っている。人前で飛ぶと驚かれるので極力都内では飛行を避けている。

 

火災などにより平城京がボロボロになってしまって、都が移され平安京になったのだが、妖怪はまだまだ跋扈している。

 

だから俺は今でも陰陽師として日々都民のトラブルの解決のため、奔走しているのだ。

 

普通ならここまで長く生きている人間を見た場合、化け物認定され封印されてしまうのだが、何とか俺は仙人という逃げ道を利用して追及の手を逃れている。

 

仙人であるという証明のための、試験のようなものをさせられた時は本当に退屈で苦しかったが、耐える事ができた。

 

具体的な例としては、50日程飲食などをせずに一室にいることである。

 

そして現在、跋扈している妖怪の中で最も陰陽師達の頭を悩ませているのが封獣ぬえという妖怪である。

 

ぬえという妖怪は本当に厄介で、動いてる人間や動物や非生物を化け物か何かに見せてしまう。

 

この彼女の持つ能力のせいで陰陽師達は攻撃目標を混乱させられ、同士討ちまで起こしてしまう始末なのだ。

 

最近の彼女の行動を振り返るとどんどん苛立ちが強くなってくる。

 

駄目だ、最近ストレスが溜まっているせいか少々怒りっぽくなっている。いかんいかん。

 

そんな事を考えながらひたすらぬえが現れたと報告された場所まで走っていく。

 

すると、明らかに狼狽しながら自分の走っている方向と真逆に走っている人達がいる。

 

そろそろ場所が近いのだろう。

 

周りに目を配らせていると、逃げていると思われる人たちから声がかかる。

 

「耕也様、あっちにぬえがいます! どうか追っ払ってくだせえ。」

 

声を掛けられると急いでいてもつい返事をしてしまう。

 

「あっちですね? ありがとうございます。また追っ払ってやりますよ! いや、むしろ今回はとっちめてやりますよ。」

 

答えると次には顔見知りの子供が泣きながら

 

「耕也の兄ちゃん~、前にもらったぼくの飴が蛇になっちゃったよぉ~。 わぁ~~ん…。」

 

飴であったであろう残骸を手にしながら言う。蛇だと勘違いして必死に踏み砕いたのだろう。何とも無残な姿になり果てている。

 

俺は泣き叫んでいる子供に駆け寄りながら、代わりの飴を創造し手渡ししてやる。

 

「ほれほれ、これで我慢しなさい。前にあげた飴より大きいだろう? だから泣くな。お前は笑顔が一番好きなんだろう?」

 

すると子供はグズりながらも笑顔を作り俺に礼を言う。

 

「ありがとう兄ちゃん。……ぬえ退治頑張って。」

 

「お兄さんにま~かせなさい! パパッとお仕置きしてやるから。」

 

今度は女性から

 

「耕也さん、退治が終わったら家に来ませんか? 色々とお世話して差し上げますよ?」

 

と妖艶な声でしなを作りながら流し眼を向けてくる。

 

なんだか危ない予感がするので丁寧に断っておく。

 

「いえいえ、こんな仙人を誘うなんてもったいない。美人さんなんですからもっと自分に見合う良い男を御誘いになってくださいな。」

 

「つれないわねぇ~。」

 

「ははは、すみません。」

 

そう言いながら、俺は再び駆けていく。

 

さらに少し走っていくと同僚の陰陽師の集団が目に映る。

 

随分と苦戦しているようだ。

 

中央に穴の空いたお札を目に張り、それを通して騙されないようにしているらしいが、どうもぬえの能力の方がずっと勝っているようで、お札の効果が薄く混乱している。

 

ぬえはその様子を見て空中でケタケタと笑っている。それはもう愉快そうに。そして美味そうに。

 

恐怖を食らっているというところだろう。

 

「あははははは!! 愉快愉快! こんなに慌てふためいてる人間を見るのは久しぶりだわ! もっと恐怖を頂戴。おいしい恐怖を!」

 

もはや恒例の景色となっている。

 

だが、感心している場合ではない。いつ同僚達がぬえの気まぐれで攻撃されるのか分からないのだ。早めに対処しなくてはいけない。

 

俺は危機感を再確認すると、メガホンを創造し、音量を最大にして声を大にして警告する。

 

「そこのぬえ! いい加減にしろこの脳足りん! 子供が泣いてるだろうが!」

 

ひどいハウリングと共にはじき出された音波は、人間よりも聴覚の優れているぬえに対して一定の効果をもたらす。

 

あまりの音量にぬえは能力を維持する事ができなくなり、耳を押さえながら空中で悶える。

 

だが、能力を維持できなくなっても、意地で自分の正体を晒さないように踏ん張っているようだ。俺だけにはゲーム通りの容姿にしか見えないが。

 

そして他人には不気味な声で、俺にはきれいな声で叫ぶ。

 

「~~~~~~~~っ!! …………うるっさいわね! いきなり何なのよ! 人を食ってるわけじゃないんだし別に良いじゃない!」

 

いやいや、実は困るんだよなこれが。

 

再びメガホンを口に近づけながら声を発する。

 

「いいか? お前のやってい「耕也殿、少し静かにして下さらんか? 我々も耳が痛い。」……すいません。」

 

仕方が無いのでメガホンを消し、機械式ではないメガホンを創り、声を発する。

 

「いいか?お前のやっている事はこの都の経済活動を著しく阻害する行為だ! ただちにやめたまえ! さもなくばお前を退治する。」

 

同僚の手前、格式ばった言葉でぬえを抑止する。

 

しかしぬえはそんなことは自分には関係ないとばかりに

 

「妖怪の私が何で人間の行動に一々気を使わなきゃならないんだよ。そんなくだらないことできるか!」

 

そう言いながら身体を反転し、さっさと逃げて行く。

 

追いかけなければ。今日という今日は少し懲らしめなければ。具体的には尻叩き200回分ぐらい。

 

「ちょっと行ってきます。」

 

そう同僚に伝えて自分もぬえを追いかけ飛行する。

 

「待たんかい! この下着丸見え娘!」

 

そう俺が言うと、ぬえは両手でスカートを抑えながら叫び散らす。

 

「黙れこの変態!」

 

「うるさい! 男は全て変態だ!」

 

そう反論しながら全速力で飛ぶ。

 

しかし悲しかな。どんなに頑張ってもぬえに少しずつ離されていく。

 

所詮は人間である。妖怪に身体能力や飛行などの術の練度で敵うわけが無い。

 

そうネガティブな事を考えていると、ぬえが妖力弾を無数に飛ばしてくる。

 

「これでも食らえ変態!」

 

だが俺は飛んでくる弾など避けずに正面からぶち当たって強行突破する。

 

「んなもん効くわけないだろ! いい加減諦めて投降せんかい!」

 

しかし俺の言葉を聞いても首を激しく横にブンブン振りながら叫ぶ。

 

「そんなことできるわけないだろ! 妖怪の存在が危うくなるってのよこのバカ!」

 

「バカとはなんだバカとは! というよりお前速すぎなんだよ!」

 

俺はバカなことに、知らず知らずのうちに自分の限界という名の弱点を相手に伝えてしまっていた。

 

その言葉を聞いたぬえは途端にニヤニヤしながら、俺の方をあらためて向き直り

 

「あんたも所詮は人間ね。ほらほら、着いて来られるなら着いて来て御覧。」

 

そう言いながらさっきよりも若干速い速度で飛び去っていく。

 

負けじと俺も全速力で飛行するのだが、やはり離される。

 

どうしたものか。やはり外の領域で落とすか?

 

地面に落下しても、ここは低高度だし、死なないと思うが。

 

いや、それとも軽い攻撃で被弾させて速度を落とさせるか?

 

そんな事を考えながら飛行を続けていると、突然何かが被さり目の前が真っ暗になった。

 

「な、何だこれは!」

 

そう叫びながら黒い布のようなものを外すとその詳細が明らかになる。

 

「これは……服?」

 

そう呟きながら前を見る。

 

すると目の前には信じられない光景が広がっていた。

 

何とぬえが自分の服を破き始めたのだ。それも上半身のみ。

 

あの娘っ子は何をやっているんだ……

 

そう疑問に思いながら口にする。

 

「何やってんだお前! …………さてはお前、露出狂だな!」

 

俺がそう言うと空中でよろめきながら反論する。

 

「違うわよこの変態!」

 

全く何をやりたいんだ。俺が近づけば今間違いなくぬえの半裸が見えるだろう。

 

凄く、いや凄まじく見てみたいという気持ちを理性で抑えながらぬえを追跡していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく飛んでいると、ぬえがいきなり高度を下げ始めた。

 

この角度から判断するに、目の前の寺のような建物に向かっているようだ。

 

さては、今度の標的は坊さんたちを狙うつもりだな? でも半裸で?

 

そんな疑問を頭の中に浮かべたままぬえの降り立って行った寺へと入る。誠に失礼だが空から堂々と。

 

敷地内は広いのだが、しんとしていて、物音ひとつ………いや、する。わずかにだがどこかでする。

 

おれはその声を頼りに場所を特定し始める。

 

そしてぬえの破いた服の欠片が落ちている、縁側まで来た。

 

どうやらこの中から声がするようだ。何かすすり泣くような……?

 

まさかぬえが誰かに害を?

 

そう考えながら急いで目の前の障子を開け大きな声で言う。

 

「ぬえ! お前いった……い?」

 

俺の目の前の光景は非常に理解しがたいものだった。

 

ぬえが女の人に抱きついてすすり泣いている。

 

あれ? おまけに抱きつかれている女の人は聖白蓮に似ているような?

 

んんんんんん? ちょっと訳が分からない。

 

なんでこんな状況になっているの? ぬえはここにいる人を襲いに来たんじゃないの?

 

そんな事を俺が考えているとぬえが涙で濡れた顔でこちらを指差しながら叫んだ。

 

「こいつです! 白蓮様! こいつが私を捕まえて犯そうとしたんです。」

 

その言葉は人生で最も呆気にとられる言葉だった。

 

「……………………………………………………は?」

 

俺はそんな言葉をつぶやくことしかできなかった。

 

そんな俺をよそにさらにぬえは話す。

 

「散歩をしていたら突然襲われて、服を破かれて欲望のままに私を犯そうとしたんです。すごく怖かったです。助けてください白蓮様!」

 

すると白蓮が口を開く。

 

「そうですか。それはとても辛かったですね。でももう大丈夫ですよ。私が守って差し上げます。」

 

そう女神のような笑顔でぬえに微笑みかけると、今度は俺に顔を向けた。

 

正面を向いた瞬間に表情は完全に真反対になり、激情をあらわにしていた。

 

念のために一応聞いてみる。

 

「まさかその娘の言い分を鵜呑みにしてませんよね? 嘘ですよ? その娘の言っている事は嘘ですからね!?」

 

だが、それを聞いた白蓮は先ほどの笑顔に戻り、こう述べた。

 

「ええ、鵜呑みにはしていませんよ? あなたはもっとひどい事をしたのでしょう? ただ、この子はあなたが怖くて言えなかっただけで。ですから……」

 

そこで言葉を止めて再び激情を表す顔となり

 

「全く男という生き物は………誠に厚顔無恥である! 南無三!」

 

そう言って俺のいた所は光に包まれた。

 

こちらからも言いたい。これはまるで痴漢の冤罪であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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