東方高次元   作:セロリ

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最新話であります。どうぞ。


106話 朝起きたら吃驚した……

確かにルール通りにはいかないかもしれないけれども……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が次第に覚醒へと向かって行く。

 

瞼の外側は既に明るさを取り戻しており、もう朝だという事を俺に知らせてくる。

 

もうココまで来ると目を覚ませざるを得ないので、大人しくそれに従って目を開けて行く。

 

「少しまぶしいな」

 

そうしゃがれた声で呟くと、俺はゆっくりと上半身を起こして景色の把握に努めて行く。

 

目覚めたばかりで開けにくい目をゴシゴシと擦り、室内の明るさに慣れさせていく。とはいえ、そう短時間で目が慣れるという訳でもなく、この覚醒直後の気だるさも手伝って片目までしか開ける事が出来ない。

 

閉じては開け、閉じては開け。

 

そう何回かやっていると漸く両目とも瞳孔が狭まり、漸くぱっちりと開ける事が出来るようになる。

 

そうだ、今日は三日目。……いや、丸一日寝ていたという事を含めると今日が4日目という事になるはずである。

 

漸く解放される日が来るのだという事を知ると、少し嬉しくなる半面、どのようにして荷物を取り返そうかと悩む自分がいる。

 

何せ、相手はレミリア・スカーレット。俺をすんなり返してくれるのかという僅かな不安もある。

 

俺はそんな事を考えつつ、ゆっくりと息を吐き出してから、周りの状況の把握に努める。

 

「ん?」

 

思わず、そんな素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

朝起きてみたら、いつもとは景色が違う。違和感がある。そんな印象をこの部屋に覚えたのだ。

 

そして、それはすぐに俺の中で具現化して、答えを導き出してくる。

 

「ああ、部屋が何時もより赤いのか……」

 

ん? 部屋が赤い?

 

それは単純な答えであったが、単純であったがゆえに理解するのに時間が掛かってしまった。この部屋が赤いという現象が一体何を意味するのか。

 

考えてから数秒。本来ならもっと早く気付く筈であったが、起きてすぐの頭では中々答えが浸透していかなかったのだ。仕方のない事であろう。

 

そして、その答えが頭の中に浸透しきった時、身体がまるで石化したかのように固まり、布団の温かみが一瞬で消え去って行くのが分かる。

 

次いでこのほわほわした温かみが凄まじい勢いで抜けて行き、まるで裸のまま吹雪の中に放り出されたかのように身体が冷たくなっていくのを感じた。

 

数瞬の後、身体が条件反射の様に布団を蹴り飛ばし、俺は慌てて窓にまで近づいて行く。

 

(冗談だろ……?)

 

俺の視線の先に広がっていたのは、視界の殆どを埋め尽くす赤い霧であった。

 

薄らと森は見える程度の透過度は確保されてはいるモノの、これでは余りにも目に毒である。

 

脳内部まで犯されそうなこの毒加減に、俺は思わず顔を顰めて振り返って、部屋の中に視線を移していく。何とも言えないこの気持ち悪さを解消しようとしてみた物の、先ほどの真っ赤な光景が目に焼き付いてしまって、中々解消しない。

 

いや、むしろ霧のせいで部屋の中が薄紅くなってしまっているので、部屋にまで紅い霧が侵食してしまっているのではないかと錯覚しかけて余計に不安になってくる。

 

領域があるのでこの霧は俺に対して何の害も及ぼしはしないが、それでも気分的に嫌になるのは必然である。

 

俺は現状にそう感想を付けながら、今自分の置かれている状況について考えを巡らしていく事にする。

 

(紅魔郷が始まるという事は、もうそろそろ霊夢達が動き出すはず。……いや、確か当日に動き出すという事は無く、数日後に動き出していたはず。ならば、俺がこの霧と付き合って行くのは更に長くなると見るべきか……?)

 

いや、俺がさっさとレミリア達から荷物を取り返せばいいのだが……。

 

俺が取り返せばいいという考えは当初からあったものの、俺の視線の先にある出口から先に出られなければ全く意味がない。

 

隠密にでるとしたらジャンプしかないのだが、あいにく彼女が入ってくる時にしか外側を見る事が出来ないし、それに彼女が邪魔になっているせいで、余り良く見えない。

 

そんな事を考えながら、俺は少しだけ怒りというか……苛立ちの様な物を頭に抱いているのを自覚してくる。

 

というよりも、俺が此処に何時までもいるという事自体がおかしいという事である。この3日間回復させる、療養させるという名目上でこの部屋に閉じ込めているのは良いが、ソレがあまりにも長いと感じているのだ。

 

確かに俺の体力が回復仕切っていないと判断しているのならばソレも致し方なしと判断するべきかもしれないが、彼女の目の前で俺はハキハキと話したり、自分の

 

第一この霧を発生させた時点で俺の帰還が妨げられているのだ。怪し過ぎると疑う方が自然と言うべきだろう。

 

さとりの俺の考えが一致していたあの「嘘」という事も鑑みると、どう考えても俺を療養する為とは考えられない。むしろ俺を此処に閉じ込めるためといった方が正しいと見るべきだろう。

 

もっと早くこの考えを固めるべきであったが、10年前のあの光景やらここであったあの朗らかな笑み、そして何よりももう少し信じてみたいという気持ちがそれを抑制していた。

 

此処に閉じ込める理由で考えられる物としては、もう一つぐらいしか見当たらない。

 

「俺の事を……考えたくないがそう考えるしかないのかなあ」

 

やはりそれしかあるまい。俺が寝ていた時は、勿論浮浪者……とは言わないが、それに近い様があったのかもしれない。どちらにせよ俺がこの場に連れ込まれたのは、恐らくそう言った目的だからだろう。

 

だとすると、彼女が起こしている行動や、レミリアの起こしている異変は全て納得がいく。勿論、俺に対してのみ異変を起こしている訳ではないだろうが、それでも厄介である事に変わりはないだろう。

 

もし俺の垂足が正しければ、今日あるいは近い日に俺を処理しようと行動に移すはず。

 

俺は此処まで予想した所で、まるで死刑囚ではないかと思ってしまい、思わず小さく笑ってしまう。

 

とはいえ、これ以上此処にいたら精神的にも肉体的にも色々と宜しくないので、処理をするために来るのであればサッサと来てほしい。

 

まあ、これまでの推測が外れて実は異変が終わってから解放してくれるなんて事も無いとは言い切れないので、気長に待つべきなのだろう。

 

此処で変な行動をとって咲夜に怪しまれるよりも、無知を演じていた方が色々と身のためになるだろうし、これから起きる事にも対応しやすい。

 

ゆっくりと窓から遠ざかって、ベッドに腰掛けて行く。

 

壁掛け時計に目をやると、まだ午前の6時55分である。咲夜が飯を持ってくるのはもう少し経った7時丁度。

 

5分程度の猶予はあるので、ソレの間に歯を磨くなり何なりして時間を潰すのが最善であろう。

 

そう判断して、俺はこれまたゆっくりと立ち上がって洗面所に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大正様。そろそろ全快になっているころだと思いますので、御昼はお好きなモノを御作りいたします。何が宜しいでしょうか?」

 

朝食を食べてから暫くして、咲夜が俺にそう話しかけてきた。

 

あれ、ちょっと推測と違っているのかなとも思っていたが、まだ外れ切っている訳ではないので、安心して良いと判断する。

 

俺は咲夜の言葉に、違和感のないように嬉しそうな笑みを浮かべて返事をする。

 

「おお、好きなモノですか? 本当に好きなモノを食べても良いのですか?」

 

すると、先やはニッコリと笑みを浮かべて、コクリと頷いて此方に言葉を返してくる。

 

「ええもちろんです。大正様が全快したならば、普通の食事もなさった方が宜しいでしょうから、此処は一つ大正様の一番御好きな食事を一番豪華にしてお召し上がりいただきたいと考えております」

 

一番好きなモノを一番豪華なモノにして食べさせる……か……。

 

先ほどまで考えていた事と結びつけると、本当にあの言葉が似合うな。

 

俺はあまりにもピッタリと合ってしまったため、笑みを浮かべてしまいそうになるが、そこはぐっと抑えて一つのフレーズを頭に思い浮かべるだけにする。

 

(死刑囚の為の最後の晩餐)

 

アメリカで行われている制度だったもので、死刑囚が最後に自分の好物などを口に運んで、この世での最後の楽しみを味わう制度だった。

 

だったというのは、現実世界では既に廃止されている制度であるためだ。

 

しかし、この状況があまりにもソレと合致しているため、笑ってしまいそうになったのは仕方がない事だろう。

 

俺はその考えをしまいこんでから、どんな料理を彼女に頼もうかなと考え始める。

 

(ま、此処は無難に蕎麦でもいいかな)

 

幻想郷で手に入れられる素材はそこまで多くはないだろうから、俺としては作りやすい料理を選んだ方だと考えて、彼女にその決定案を伝える。

 

「そうですね、でしたら蕎麦を食べたいと思います……月見てんぷら蕎麦です」

 

すると、彼女は俺の答えが意外だったのか、眼を少々見開かせてから

 

「それで宜しいのでしょうか……? もっと豪華なモノが宜しいのではないでしょうか……? 例えば霜降り牛のステーキや、寿司等もご用意できますよ……?」

 

彼女の想定していた料理とはかけ離れたメニューだったためか、聞き返されてしまった。確かに最後の晩餐だったらファストフードの蕎麦ではなく、ステーキ等を食べるべきなのかもしれない。

 

まあ、特に可笑しな注文ではないだろうから、俺はそれを改めて頼んでみる。

 

「ええ、お願いいたします。全快したと聞いたら無性に蕎麦が食べたくなってしまいまして……」

 

すると、俺の意図を汲んでくれたのか、咲夜は意外そうな顔から一転、柔らかな笑みを浮かべて一礼してから

 

「かしこまりました。では、腕によりを掛けて御作りさせて頂きます」

 

と、返事をしてくる。

 

そしてそのまま何かを思い出したように、両手を静かに重ね合わせてから

 

「そうでした大正様、その昼食をとる際にですが、御嬢様が共に食事をとりたいと仰っておりますので……此処ではなく、大広間での食事となりますが宜しいでしょうか?」

 

何とも申し訳なさそうにしてくるが、俺としては予想外でも何でもなく、想定の範囲内の言葉であった。

 

この部屋で処理するのではなく、彼女の主の前で処理をする。恐らく食事をとった後に何かしらのコンタクトをとってくるのだろう……。

 

そう考えた所で、俺はその時にバッグの在り処を聞けばいいのではないだろうかという考えが浮かんでくる。どうせ処理するのだから、教えてしまっても良いだろうという考えに彼女達は至るはずなので、此方の要望もすんなり通るはず。

 

おそらく俺の予想は当たってくれるはず。俺に対しての情報を全く持っていない彼女達ならば、無警戒で接してくる事間違いないと踏んでいるがゆえにだ。

 

俺はそこまで簡単に短く考えてから、咲夜に了承の返事を伝える。

 

「ええ、喜んで。助けて頂いた御礼も全くしておりませんし、願っても無い事です」

 

できるだけ低姿勢に。できるだけ怪しまれない様に。できるだけ自然体で。

 

咲夜は俺に対して一度だけ礼をすると、そのままゆっくりと後ろを向いて立ち去って行った。

 

さてさて、この後どうなるのやら。

 

そんな事を思いつつ、重く閉ざされた出口をぼんやりと眺めていた俺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

時計が真上に短針と長針を重ね合わせる時間。正午。

 

ソレがもうそろそろ近づこうとしている。まだ確定ではないが、ソレが俺に対する死刑執行の合図と言っても過言ではない。死刑執行という言葉が俺の脳内を駆け巡っても、此処まで平静を保っていられるのは領域の御蔭以外の何物でもない。

 

俺はその平静に寄っ掛りながら、咲夜から配られた本の一冊に目を通している。

 

題名は、世界のカニ料理全集。

 

持ち運ばれた時には、目が点になっていたが、暇つぶし程度には面白いと思って読んでいた。

 

そして、そろそろこの本の無いようにも飽きてきたため、別の事を考え始めている俺がいる。

 

そう、紅い霧の事である。勿論それが発生したのは俺が寝ている間に違いは無いので、何時頃発生したという正確な認識は不可能である。

 

しかし、窓から見た景色から鑑みると、明らかに妖怪の山にまで広がっていると見て間違いないので、広がった速度はかなりの物であろう。

 

また、確か人里にもその霧は侵食したため、ソレが元となって人々が家にこもったという事も関連書籍に書かれていたはず。

 

まあ、もし俺が巫女が来る前に色々と危害を受けるのであれば、サッサと情報を聞きだして荷物をとり返して逃げるだけだが。

 

そう考えつつ、またページをピラリとめくって、ひたすら時間が流れるのを待つ。

 

そう言えば、咲夜は本当に俺の事を覚えていないのだろうか?

 

ふと、そのような疑問が頭の中に浮かんできた。

 

10年以上前だから記憶から抹消されていると考えてしまえばそれまでなのだが、人間はふとしたきっかけでソレを思い出してしまうモノである。

 

もし、俺の処理の最中、あるいはその前に俺の事を思い出したら一体どうなるのだろうか?

 

レミリアの命令に背くのだろうか?

 

それとも俺の事に気付きながらも忠実に彼女の命令をこなすのだろうか? 俺の血を彼女に献上するのだろうか?

 

まあ、俺は魔法を使えるわけでもないから彼女の記憶を掘り起こす事は叶わないのかもしれない。しかし、そのきっかけを作る事はできる。

 

塚田博人といった偽名を彼女に名乗っていたのだから、ソレを彼女に言ってしまえば、何かしらのアクションはとってくれるかもしれない。

 

不明瞭な事だらけで正直な所自信は全く無いが、それでもなるべく彼女達と争いたくはない。今後色々と関わる可能性もあるのだから。

 

が、実際に処理云々が行われるのならば、そんな甘い事等言ってはいられないだろう。全力で抵抗しなければ荷物も取り返す事はできないし、ましてや敵に対してグチグチ言っても意味を成さないのだろうから。

 

自分のとるべき行動を定めてから、俺は本から目を話して空中に向かって言葉を放つ。

 

「紫?」

 

俺が此処にいることなんて彼女にとってみれば間違い探しよりもずっと簡単に分かる事だろう。どうせ彼女は俺の行動を逐一チェックしているのだから。

 

が、言葉を放っても全く反応が帰ってこない。

 

「紫、どうせ見てるんだろう? 今ここには誰もいないんだ。出て来ても良いでしょうよ」

 

と、外に漏れないと思われる程度の声で呼んでみるが、全く出てこない。

 

どうせ俺のあたふたする様を見て爆笑しているのかもしれないが、幻想郷の危機が迫ったらちゃんと仕事もするだろうし、問題はないのだろう。偶には助けてくれても良いと思うのだが……血も分けてるし、紫なら俺の荷物の在り処なんてすぐに分かるだろうし。

 

とはいえ、出てきてくれないのなら仕方がない。此方の力で何とかするしかないだろう。孤軍奮闘なんて今までに何度もあったのだから、場馴れしてはいる。

 

俺はふう、と溜息を吐いて本をベッドに置いて窓に目をやる。

 

(朝よりも更に濃くなってるな……)

 

最早視界が殆ど効かないレベルにまでなっている。此処でこのレベルの濃さなら、人里あたりも相当な濃霧になっている可能性が高い。

 

まあ、どの道異変に関しては霊夢が解決するのだろうという考えが押しのけてでてきたので、それに従って視線を再び真正面に戻す。

 

すると丁度カチリと言う音と共に、時計から12時を知らせる音楽が鳴り始める。

 

軽快な音共に、正午であるという事を知らせると同時に、咲夜がこの部屋に来るという事を認識させる。

 

そして認識したと同時に、ドアがノックされ、咲夜が入ってくる。

 

が、俺の視線の先にいた咲夜は先ほどまでの咲夜とは全くの別人かと錯覚してしまうほどの変わり様がそこにあった。

 

数時間前まで健在していた柔らかで朗らかな笑み、他人を持ちあげて常に自分は一歩引いていた姿が、全く無かった。

 

いうなれば命令をを徹底的に全うする機械、まるで此方を人間と思っていないかのような極寒の眼差し。一体どう言う育ち方をしたらこのような目が出来るのだろうと尋ねそうになるほどである。

 

もはや彼女は俺にとって人間ではなく、本当にロボットと表現しても差し支えない程の無機質さがにじみ出ていた。

 

「大正様、御食事のご用意が整いました。御嬢様が御待ちになっております。此方へどうぞ……」

 

俺はその声に促されてゆっくりと立ち上がって彼女のそばにまで近寄る。

 

「宜しくお願いします」

 

そう言うと、彼女はコクリと頷いて

 

「では、ご案内いたします」

 

そう返して、先行していく。

 

初めて見る扉の外の世界。カーテンは閉じられ、彼女の持つ蝋燭及び壁や天井に吊り下げられているシャンデリアなどが頼り。

 

恐らくレミリアが起きているために行われた処置であろう。薄暗く、また濃密な禍々しさも含み、一歩一歩踏み出す事を恐ろしく感じさせるほどである。

 

後ろから見る咲夜は、此方からの話しかけに一切応じないとでも言うかのような威圧感が放たれている。

 

俺はその話しかけづらさに素直に従い、黙って彼女の後ろについて行く。

 

妖精が飛び交っているはずなのに、俺達が歩いているこの廊下は全くいない。もしかして彼女の命令によってなされている者なのか、ソレとも別のフロアを掃除中なのか。

 

答えは彼女のみぞ知るといったところだ。

 

そんな事を考えていると、目の前を歩いている咲夜から言葉が飛んでくる。

 

「大正様……。お聞きしたい事があります……宜しいでしょうか?」

 

唐突に言葉を投げかけられたものだから、少々驚いて肩をビクリと震わせてしまう。

 

何も話さないだろうと踏んでいたが、どうやら俺の予測は外れたらしく、彼女からの質問を受ける事になってしまった。

 

「はい、どうぞ……」

 

俺の言葉に彼女は身体をピクリとも反応させず、唯言葉のみを返してくる。

 

「大正様は……外の世界からいらしたのですか?」

 

確かに俺は外の世界から来たというべき格好をしている。勿論、彼女はそれを確信しているからこそ、俺に対して質問を投げかけたのだろう。俺が「幻想郷の外の世界」の住人であるという言葉で。

 

勿論、俺はこの答えに対して

 

「はあ……外の世界ですか……?」

 

そう言えば彼女からこの世界は幻想郷であるという言葉を投げかけられていない。そう思って俺は彼女にそう返した。

 

実際この返答は正解だったようで、彼女は淡々としながらもしっかりとこの世界について述べて行く。

 

「はい、貴方が迷い込んでしまったのは、忘れ去られたモノ達が辿りつく最後の楽園……幻想郷という場所です……」

 

勿論、外の世界の人間ならこう返していくだろうという、らしさを前面に押し出して

 

「え? ……忘れ去られてしまったモノ…………ですか。いや、そんな唐突にそのような話をされても……夢だったり……します?」

 

そのように答えて行く。

 

とりあえず、このような答え方が一番であろう。助けてもらったは良いが、大した質問もできずに数日経ってしまったのだ。この状況が信じられないという外来人を演じる事が最も自然だと思う。

 

すると、咲夜は俺の言葉に素直にコクリと頷き

 

「大正様の仰りたい事は良く分かります。私も同じ立場でしたら唯ひたすら混乱するだけでしょう……。大正様」

 

と、唐突にその言葉を放ってから足を止め、此方に振り向いてくる。

 

急に立ち止まって、此方を向いてくるもんだから俺は少しのけぞるような形で立ち止まってしまう。

 

そして、俺の方をじっと見つめて咲夜は

 

「信じられないかもしれませんが、これから目にする事は全て真実です。御嬢様にお会いになっても、決して失礼の無き様お願いいたします」

 

此方に対して十分な説明もないまま念を押して言ってくる。

 

口調からして、此方の質問は一切許さないとでも言うかのような厳しさ。並の人間であれば、それだけで足がすくみすぐに頭を下げてしまいそうな程の強烈な威圧。

 

態度にこそそれは現れてはいなかったが、彼女の目、オーラからして分かる。

 

俺は勿論

 

「わ、分かりました……」

 

常人を装って彼女に返答する。

 

すると、咲夜はフッとその威圧感を引っ込ませて此方に向かってニッコリと微笑んで

 

「御嬢様は気難しい方ですので、宜しくお願い致します」

 

ペコリと軽く頭を下げてから再び正面に向き直って歩いて行く。

 

この何とも気まずい雰囲気が、呼吸を妨げているような感覚に陥る。ソレもそうだ、俺の中の常識では通常は窓が開けられているのが普通であって、このような分厚いカーテンに遮られている訳ではないのだ。

 

そして、また歩くうちに咲夜から声が掛けられる。

 

「大正様、先ほどの質問の続きですが、宜しいでしょうか?」

 

「はい」

 

「大正様は、外の世界で一体何が起きて、何が理由で此方の世界に来てしまったのでしょうか……?」

 

外の世界で一体何が起きてこの世界に来てしまった……か…………。

 

現実世界からの補助により今でも鮮明に思い出される。一体どうしてあの時俺がこの世界に来てしまったのか分からないあの現象。

 

どんなに考えても答えが出てこないし、帰還するという目途も全く立たないというこの現状。

 

が、今その事は質問に対して意味は成さないので、置いておこう。

 

彼女が言いたいのは間違いなく、俺が外の世界で一体何をしてきたのか。俺が現実世界でしてきた事を、そのまま言ってしまえばいいのだろう。

 

紫がこの場で俺の発言を聞いていたとしても、後で外の世界についてある程度知っていたと言えばそれだけで解決するのだから特に問題にはなるまい。

 

俺はそう踏んで彼女の言葉に答えて行く。

 

「ええ、確かに私は外の世界から来ました。ですが……どうしてこの土地に来てしまったのかは分からないのです……」

 

と、申し訳なさそうにしながら彼女に答えて行く。

 

彼女は俺の答えに少し考えた後、自分を納得させるかのようにコクリコクリと頷き話しかけてくる。

 

「では、大正様。気づいたらこの地にいたと……そういう解釈でよろしいでしょうか?」

 

「はい、その通りです」

 

咲夜はまるでそれが本当なのかどうかと聞いているかのような口調でこちらに再び確かめてくる。

 

恐らく彼女の考えでは、俺が自殺しようとしていた者だからこそ、この地に流れ着いたという事なのだろう。

 

だが、俺は休日に山菜とりをしていたら気絶してしまっていた。そう答えたので、思惑とかなり違っていたのだろう。

 

とはいえ、ここまでくれば誰だって気づくはずである。彼女が俺を外に出すために案内している訳ではないということぐらい。

 

レミリアに会わせ、共に食事をしてからはい、さいなら。……なんて事などあり得ないのだ。

 

彼女の嘘、そして妙に待遇の良さに加えて、全快したとみてから逃げられない様に赤い霧を発生させてから当主に会わせる。本当に最後の晩餐ではないか。

 

もはやここまで来ると、つくづく運が無いなと思ってしまい、思わずこの場で大笑いしてしまいそうになる。

 

ゆっくりと歩いていく彼女の後姿を見ながら、俺は今後どの様な行動をとって、彼女達から逃げおおせるべきか……かつ、こちらの荷物をどこにあるのかを引き出すか。

 

どちらも失敗することは許されない事であり、なんとも面倒くさい事態になってしまっている。

 

そして、もうひとつ。俺がここにいる間に、魔理沙や霊夢が来なければ良いのだが……。

 

このもう1つの懸念事項がなんとも厄介なことになってくる。せっかく成功したとしても、彼女たちの性格だ。

 

疑わしきものは罰せずではなく、疑わしき者、そうでない者一緒くたにして吹き飛ばして行くのだから質が悪い。

 

彼女達ともしこの紅魔館で出会った場合、確実にこちらに対して攻撃を仕掛けてくるに違いない。

 

ましてや異変が起こっている最中にこの館にいること自体が異常事態なのだから、咲夜と同じ従者扱いをされて攻撃を仕掛けてくる事間違いなしなのだ。

 

もし出会ってしまった場合は、なんとかこちらも説得などを試みるが、効果としては……薄いと考えるべきだろう。

 

俺はそんな事を考えながら、目の前の咲夜に対して質問を投げかける。

 

「ところで……質問をしてもいいでしょうか?」

 

すると、咲夜はコクリと頷いてから

 

「はい、答えられる限りでしたら……」

 

そのように返答してくる。

 

俺はその言葉を聞いてから、彼女に対して質問を開始していく。

 

「あの、先程朝起きた時に、窓の外を見てみたのですけれども……あの赤い靄は一体なんですか……?」

 

この質問をしていなかった事について、咲夜は怪しんでいたというわけではないだろうが、一応不思議がっていたとは思うから聞いておく。

 

また、この質問に対する答え方によっては、俺も戦うという事が確実になると考えなくてはならない。

 

命を狙われているという事が確実になっている訳ではないが、その可能性の方が極めて高いので、この行動は妥当と言えよう。

 

そう考えながら、彼女の答えを待っていると、咲夜は

 

「ええ、一年に一度だけあのような赤い霧が広がるがるのです……」

 

そのような事を言ってくる。

 

勿論俺はこの異変の原因を知っているので、彼女が嘘を言っていることぐらい当然分かる。

 

彼女は俺を安心させるために言っていたのだろうが、恐らくそれは悪意ある安心のさせ方であろう。

 

警戒心を削ぎ、後々でそれを隠したまま処理するという事。

 

俺は彼女の言葉に

 

「ああ、この土地ではそう言った現象が起きるんですね……珍しいですねえ」

 

さも、知らない様に返しておく。そうでもしておかないと彼女から余計な警戒をされてしまう。それだけは何としても避けておきたい。

 

咲夜は、俺の言葉にええ、と短く返してから再び沈黙してゆっくりと廊下を歩いていく。

 

そして俺は彼女の言葉から、答えを導き出していた。

 

もはや俺は彼女たちに全力で抵抗し、そして逃げ切らなければならないという事を。

 

明らかに自然現象ではないというのに、このような事が起きるとさも当然のように言ってくるのだ。俺ぐらいの人間ならば誰しもが彼女の言葉が嘘だという事は分かるはず。

 

いくら先程忘れ去られた者たちがここにたどり着くと言われたとしても、流石に無理がある。

 

そう考えをまとめたところで、前に地底での紫との会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スペルカードルール?」

 

俺は紫の唐突の発言に、あっけにとられているかのような口調で言葉を返していた。

 

対面に座っている紫は、コクコクと頷きながらカレーを飲み込んでこちらに返事をする。

 

「ええ、スペルカードルールよ。確か耕也には言ったわよね。あの……そう、吸血鬼たちが起こした面倒な事件」

 

確かにその話は聞いている。レミリア率いる紅魔館の集団が、霧の湖を拠点として幻想郷を支配しようとした物騒な事件。

 

当時は妖怪達に覇気が無くなりつつあり、そのせいで大幅に弱体化。よってレミリア達の侵攻を容易にしてしまった事が原因となる。

 

最終的な鎮圧は、今代の博麗の巫女である博麗霊夢及び妖怪の賢者、八雲紫によってなされたはず。

 

そしてその弱点が露呈した為に、急遽作ったカンフル剤がスペルカードルール。

 

その認識で合っているのだが、……魔力も妖力も霊力も無い俺に一体どうしてこのような話をするのだろうか? いやまあ、俺にもそのようなルールがあるというのを認識しておけという事なのだろう。

 

その事を短い時間で考えると、俺は紫の言葉に対して

 

「ああ、あったねえ。紫達が最終的に鎮圧した異変だよね?」

 

「そうよ、あの時私と霊夢が解決したんだけれども……まさか潜伏期間数年で、時期を見て一気に来るとは思ってなかったわ……」

 

と、言いながら横に視線をずらしつつニヤニヤする。

 

この顔はモロに来るという事が分かっているという顔である。

 

まあ、彼女の頭の中ではそう言った事も含めてこのような事がいずれ必要になると考えていたのだろう。

 

だからこのルールがそこまで反発も無く、素早く幻想郷に浸透していったのだろう。

 

紫はそのニヤニヤした顔をこちらに向けたと思ったら、急に真面目な顔になって口を開く。

 

「そこで、貴方に言いたい事があるのだけれども、良いかしら?」

 

その顔はまさに幻想郷を管理する賢者そのもの。僅かに緊張感がこの部屋に漂う。

 

「あ、ああ。構わないよ」

 

こちらとしては、紫がどんな質問をしてくるのか分からないため、なんとも答えづらい。

 

紫は俺の返事を聞いてから、少しだけ頬を緩ませてから言葉を紡ぎだす。

 

「耕也、貴方は元陰陽師であり、そして十二分に妖怪達と戦う力を持っている。それは非常に人間側にとって良い事だとは思うし、私達としても見ていて安心できる。そこまでは良いかしら?」

 

俺は間髪入れずにコクンと頷く。紫は俺に返答するかのように同じように頷き、再び話し始める。

 

「私が投入した事は、スペルカードルール。それは主に妖怪達の士気を上げるために、そして死者が出ずにかつ、公平にできる弾幕ごっこなのよ」

 

また、紫はここで一呼吸を置き

 

「ここから本題に入るわ。耕也、貴方はこれから地上での商売などで、地上に出る事が非常に多くなるでしょう。それは別にかまわないわ、人間ですもの……同じ人間と接したいというのは分かるわ。そこで……地上で妖怪と出会ったとしても、殺傷性のある兵器類は使わないでほしいの。分かるかしら……?」

 

深刻そうな顔でこちらに話してくるが、俺としてはああ、やっぱスペルカードができたらこうなるよなという予測はできていた。

 

要は、俺の持つ力がスペルカードルールの中では非常に邪魔なってしまうのだ。全員が概念攻撃などで、傷がつかなかったりするなかで俺だけが応戦した時に相手を木っ端みじんにする兵器を使っていたらもうナンセンス極まりないのだろう。

 

もはや俺の持つ攻撃は前時代的であり、使われる場面は非常に少なくなるのだろう。万が一使われるとしたら、ルールに従わずに人里の者を襲おうとする輩等にだろう。

 

まあ、そんな事はないと願いたいが。

 

俺は紫の言葉にたいしてコクリと頷くと、そのまま話し続けてくる。

 

「そこで私は今回、耕也用のスペルカードを作成したいと思っているのよ……いいかしら?」

 

スペルカードの作成……か。

 

確かに今後の幻想郷で付き合っていくにはそれなりのモノが必要になってくるとは思うし、それは推奨されるべき事なのだろう。

 

だが、俺の中では先程の疑問が再び浮き上がってきてしまい、思わず紫に尋ねてしまう結果となってしまった。

 

「紫、俺は魔力とか全くないんだけど……作成って、無理なんじゃないか?」

 

俺が最も疑問に思っていた事の一つ。確かに、宣言する上では同じかもしれないが、スペルカードでは概念攻撃などの一定の手加減が加えられるという利点があるが、俺の持っているのは最早殺傷兵器以外の何ものでもない。

 

だから、俺が例えミサイルなどを宣言したとしても、魔理沙の様なミサイルみたいにはならないし、手加減したくてもしようがない。

 

おまけに紫も分かっているとは思うが、俺は領域などで弾幕ごっこに限らず全ての攻撃を無効化していしまう為、そもそも戦いが酷く詰まらないモノになってしまうのだ。

 

だから、俺はあえて彼女に聞いてみたのだ。彼女も恐らくそれに関しては考えがあるはずだから。まあ、紫に限ってこんな事はないだろうが、彼女もその事を考えていなかったら、今から考えれば良いだけの事ではある。

 

そして、俺の言葉を待ってましたとばかりに扇子で掌を打ち、此方に返答してくる。

 

「そう、その通りよ。貴方は霊力も何もかも無い本当に唯の人間。……それらの力を持つ人妖からすればね? ただ、貴方の領域については耐久スペルという形なら一応は成立するから安心して頂戴。問題なのは……」

 

一度言葉を切って、食べていたカレーが辛かったのか、汗をにじませながら牛乳を一気に流し込む。そして、ぷはっと軽く息を吐いてから

 

「そう、問題なのは貴方の使うスペルカードの選定よ。こんなモノは唯の紙材質でも宣言すればいいのだから、問題ないわ。ただ、貴方の持ちうる攻撃技を今一度此処で広げて、使えるものと使えないものに分けなければならないわ……という訳で」

 

そこまで言い切った彼女は俺の視線から一気に外れて、中間の畳みに視線を移してビシリと指をさして言う。

 

「では、貴方の持ちうる攻撃とかのリストがあったらここに出してもらってもいいかしら?」

 

確かに、彼女の前では大した攻撃を見せた覚えがない。基本的に防御関係のみであり、しかもそれはちと嫌なレベルの事でもあった。

 

そんな事を考えつつ、俺は彼女に返事をした。

 

「ああ、リストか……うーん、リストはさすがに無理だから、俺が大丈夫かなあと思った奴を出していくのはどう?」

 

と、申し出てみる。

 

というのも、俺の持てる攻撃手段をリスト化して紫に出すとしたら、其れはもうとんでもないほどの量になり、紫がチェックできる量を軽く超えてしまうと思ったからだ。

 

現実世界における古今東西にある軍事兵器のみならず、鉄パイプやバット等と言った小道具、そして化学薬品などと言ったモノまで様々である。

 

俺はさすがにそれを彼女に出すわけにはいかないので、このように言ったのだが、はてさて彼女の反応は……。

 

「ええ、良いわよ。貴方が選んだモノの中で私が危ないと思ったものは、全て取り除くわ。それで良いかしら?」

 

彼女の言っている事に勿論反論等ある訳も無く、唯々俺は

 

「はいよ、了解。じゃあ、選び終わるまで少し待ってておくれ?」

 

そう言って、彼女が頷くのを尻目に、策定を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、俺が良いかなあと思ったのはこれぐらいかな」

 

概念攻撃ができないというハンデを考えての策定は、かなりの時間を要し、彼女に対して申し訳なさがバンバン出てきたのだが、彼女もそれぐらい掛る事を分かっていたのか、特に気にした様子はなかった。ありがたい。

 

俺が選定し、彼女に提出したものは、最初よりも大幅に少なくなったものの、其れでもかなり多く残ってしまっているのが現状である。

 

俺が彼女に提出した候補は、先程の危険物を除き、あくまでも示威行為の1つであるゴム弾やスタンガン等。

 

彼女に恐る恐る提出してみると、彼女はう~んと悩む様に顔をしかめて、提出されたリストに目を通していく。

 

しばらく彼女の様子を見つつ茶を飲んでいくと、彼女はため息を吐いて口を開いていく。

 

「ええと、確かに見た限りでは大丈夫そうなものもあるかもしれないけれども、取り合えず駄目だというものを抜いていくわ」

 

そうすると、置いてあるボールペンを持ち、ペン先をカチリと出して

 

「これもダメ、これもダメよ。はい、これもダメね、危険すぎるわ。はいはい、これもダメよ……………ここからここまで全部ダメ。ダメなモノが多すぎるわ……」

 

声に出しながら容赦なく切り捨てていく。ゴム弾、スタンガンなどおよそ人の臓器に傷が付きそうなものは一切合財切り捨ていく。

 

その容赦なさ、素早さに俺は口を半開きにしてしまうほどのもの。

 

これ以上は俺の攻撃と呼べるものは無くなってしまいそうな……。

 

そんな感想を持っていると、紫は選定が終わったのか仕事をやり遂げたかのようなすっきりした顔を浮かべて

 

「さてと、これが今のところ使っても良いスペルカードよ?」

 

そう言って、横線で消されていない部分を抜き出して此方に見せてくる。

 

「ああ、こんなに減って……」

 

余りの減少具合に俺は少々げんなりしながらも、その許可されたモノの詳細を見て行く事にする。

 

許可されたスペルカードは以下の通り。

 

 

 

散水「スプリンクラー」……大量の水滴を降らせる。目くらましにも使えるが、主に嫌がらせとボヤ騒ぎ用。

 

放水「消火活動」……上記カードよりも本格的に消火用に使えるカード……消防車並の水流で鎮火を。当たれば相手がびしょ濡れになる。

 

決壊「鉄砲水」……猛烈な水圧で、大量の水を相手に浴びせる。押し流されれば戦闘区域強制離脱ぐらいの効果はある。

 

崩壊「ダム爆破」……弾幕ごっこ用に調整された水柱による攻撃。相手の頭上から水柱が降り注ぎ、当たれば相手の高度を著しく下げる事が出来ると期待されている。

 

水煙「視界強奪」……本格的な目くらまし用カード。非常に濃密な水煙を発生させて、相手の視界を奪う。上手く使えば相手から逃げられると思われる。

 

大豆「鬼は外、福は内」……鬼に対してはとんでもない嫌がらせ、きっと友達を無くす。大量の炒り豆を辺り一面に降らせて戦意喪失を狙う。目くらましにもなるかもしれない。

 

○郎「ニンニク入れますか?」……刻み生ニンニクをこれでもかと言うほど広範囲に降らせ、嗅覚を奪って追跡を不可能にする。……と言うのは建前で実際は猛烈な嫌がらせ。

 

 

 

今見た限りでは、この7つ。

 

なんとも貧相な顔触れで、此方が戦わずとも負けてしまいそうなカードたちである。

 

俺としては、此処まで酷いカードではなく、もう少し男のロマンが活かされているカードがあっても良いのではないかと思ってしまう。まあ、弾幕ごっこは本来なら俺の様な男が参加するものではないのだから、これが丁度いいのかもしれない。

 

第一、俺が地上に出ていたとしても、戦う可能性が非常に大きいという訳でもなく平和に過ごす予定ではあるので、かえってこの結果は良かったのかもしれない。

 

俺は少し溜め息を吐きながら、彼女に言う。

 

「分かった、相手が弾幕ごっこを挑んできた時には、これで凌げって事なんだよね?」

 

そう言うと、紫はコクリと頷いて

 

「ええ、その通りよ。どの道貴方のは食らうではなく、時間制限機能付きの耐久スペルになるのだから、大丈夫でしょう……まあ、頑張りなさいな」

 

「分かった分かった……まあ、何とかしてみるよ」

 

そう言いながら、俺は紫が持ってきたカードに記入されていくのを唯ジッと見ていた。

 

 

 

 

 

 

「大正様? 如何なされましたか……?」

 

紫とのやりとりに集中していたためか、彼女の掛け声に反応できずにいた。

 

「ああ、すみません。少し考え事を……」

 

謝りはしたが、咲夜は考えごとに興味を示した訳でもなく、俺の様子を唯気遣っただけの様だった。

 

俺はそれについて人安心するとともに、もう目の前に紅く大きな木製扉が鎮座しているのを視界に入れる。もうそろそろである。

 

すると、咲夜は扉までスタスタと足早に歩いてから、此方にクルリと振り返ってくる。

 

そして

 

「では、この奥に御城様がいらっしゃいます。くれぐれも失礼のないように、お願いいたします」

 

一礼したから、彼女は扉の取っ手を掴んでゆっくりと開けて行く。ノックをしないのは既に彼女が念話で伝えてあるせいなのだろう。特にミスを犯したといった表情をしてはいない。

 

扉が開けられた瞬間に俺はまるで酸素が無くなってしまったかのような錯覚に陥った。

 

(なんつー威圧感だよ……)

 

まるで喉仏を直接強い力で押されているかのような、威圧感。

 

直下の地面が無くなってしまったかのような虚脱感さえ襲ってくる。普通の人間なら最早この時点で気絶してそうなのだが……いや、普通の人間なら力量差があり過ぎて分からないか……。

 

ある程度力を持った者なら、扉の奥から漏れ出てくる力に気が付くのだろう。本当に規格外と言うべきだろう。まさに鬼の一種、吸血鬼。

 

扉が完全に開かれ、俺は吸いこまれるかのように足を奥に運ぶ。

 

紅い絨毯を叩く靴底。だが、まるで歩いている気がしない。何とも言えないこのつらさ、収めてくれはしないだろうか? 息が詰まる。

 

そう思いつつ、更に足を進めて行くと薄暗い明りが急に明るくなり、丸いテーブルにちょこんと座っている少女が目に入る。

 

紫達の様な帽子、髪の毛は蒼みが少し入った癖っ毛。十代前半レベルと言っても過言ではないほどの華奢な身体。

 

だが、そこから発せられる威圧は紛れもなく彼女が本物の吸血鬼であるという事を如実に表していた。

 

何とも厄介な……。

 

そう思いつつ一礼をすると、レミリアがニッコリと笑って一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく来たわね大正耕也さん。全快したお祝いに食事でもいかが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の内容はいかがでしょうか? もし宜しければご批評等を宜しくお願い致します。

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