東方高次元   作:セロリ

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次の話しでストックが切れます。頑張って執筆したいと思います。

では、最新話をどうぞ。


104話 ちょっと悩むなこれは……

うまいこと時間を作らねば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「身体の方は大丈夫ですか?」

 

そう微笑みながら、話しかけてくる目の前の少女。髪の色は銀、カチューシャ、メイド服等といった衣服を身に着けている彼女は俺も良く知る人物であった。

 

十六夜咲夜。10年程前に彼女と相対したが始めであり、その後は特に会う事もなく、紅魔館の住民とも会う事は無かった。

 

だから、今回が二度目の邂逅となる。

 

俺にとっては本当に偶然なモノであり、もし彼女が覚えているのなら俺と会うのは10年ぶりとなるので、本当に久しぶりであろう。

 

やはり10年の月日が経つと、彼女も随分と容姿が変わってしまっている。むしろこれは成長を喜ぶべきなのだろうが。

 

腰の位置より少し上ぐらいにまでしかなかった身長が、既に俺の目の位置、大体170cm程にまで伸びているのが分かる。

 

モデルの様なスラッとした足に、まるで西洋人形かと思わせるような整った顔。17歳程だというのにも拘らず、彼女からは既に成熟した女性の雰囲気が顔を覗かせている。

 

ゆっくりと俺は話しかけてくる彼女に向かって

 

「こ、こんにちは……」

 

ニッコリとした彼女は、そのまま滑るように歩いて、銀色のトレーが乗った台車を押してくる。

 

「こんにちは、吃驚しましたよ、まさかあのような草原で横たわっている人がいるなんて思いませんでしたから……ちなみに、お名前を聞いても? 私はこの紅魔館の使用人である十六夜咲夜と申します」

 

それにならって俺も彼女に返答していく。

 

「助けて頂いてありがとうございます。私の名前は大正耕也と申します」

 

すこし苦笑しながら話す彼女は、久しぶりに会った俺の事等一切覚えてはおらず、そのまま俺の名前を記憶するようにウンウンと頷く。

 

やはり10年前のあの出来事は、彼女にとっても大した事では無かったのかもしれない。いや、もしくはあの時に襲われた妖獣だけの事が強烈に記憶に残り、俺達の事だけを忘れてしまっただけなのかもしれない。

 

どちらにせよ、俺はあの時名前を明かしてはいなかったし、むしろ偽名を名乗っていたのだから仕方がないだろう。

 

そう思いつつ、俺は彼女が口を開くのを黙って見る。

 

「大正耕也様ですか。ありがとうございます。では目覚めたところですが、昼食などいかがでしょうか?」

 

そう言うと、トレーに乗っていた鍋の蓋を開けて、中身を見せてくる。

 

「丸一日寝ていた事もありますし、消化の良い御粥を用意しました」

 

そう言って、此方の体調を気遣った料理を提供してくる。やはり、人に対する接し方等といった事はちゃんと仕込まれているようだった。

 

俺はそれに素直に感心しつつ、御礼を述べる。

 

「ありがとうございます。此方も空腹でしたので」

 

そう言うと、咲夜は手を口元にやりふふ、と軽く笑ってから

 

「そうですか、此方としても用意した甲斐がありました。湖で寝ていたころから何も食べていないでしょうから、お腹がすいていると思っていたのです」

 

その言葉を聞いてから、俺は彼女に聞かなければならない事がある事を思い出した。

 

彼女に出会った瞬間、身体中の神経がざわめき、冷や汗が出て、それと同時に質問事項すら流れ出て行ってしまったのだろう。

 

俺は用意された粥を一口飲みこんでから、側に立っていた咲夜の方に顔を向けて質問を開始する。

 

「あの、所で私の――――」

 

その質問をしようとしたところで、咲夜がいきなり慌て始めたかのように懐中時計を取り出して見やる。

 

「あ、申し訳ありません。次の業務に移らなければならない時間となってしまいましたので、私はこれで失礼いたします。お話しはまた次の機会にゆっくりと……」

 

何とも申し訳なさそうにお辞儀をしてから、咲夜は急ぎ足で部屋のドアに近寄る。

 

そして次の瞬間には、まるで転移でもしたかのようにその姿が掻き消えてしまう。

 

俺は粥を掬ったスプーンから、ドボドボと中身を落しながらその光景を見続ける。

 

彼女が確実に能力を使ったのは俺にでもわかる。が、何故一般人だと思っている俺の目の前であのような力を使うのか、唯単純に理解できなかったからだ。

 

まあ、恐らく何時もの癖で移動の際に使ってしまったのだろうという推測をして、自己完結をしてしまう。

 

彼女が時間を止めた所で、俺に何か支障がある訳ではない。無差別に反応するよう設定した内部、外部領域ならば彼女が能力を使った瞬間、俺と彼女だけが動ける世界が完成する。

 

つまり、この状態では彼女の能力が効いていない事に等しいのだが、これは効かないという利点と同時に、大きな問題を抱えているのだ。

 

彼女が使う能力は時間停止。ソレも限られた空間ではなく、この世に存在する全ての空間に対して作用するのだから、性質が悪い。

 

もし俺がこの領域を攻撃、非攻撃的構わず、全ての非常識的な力を無効化するように設定したのであれば、咲夜の能力で日常生活に多大な影響が出てくるのだ。

 

煙草屋で商売をしている時に、地上で咲夜が移動の為に力を使えば御客さんが止まってしまい、話す事が出来なくなる。

 

燐と一緒に歩いている時に使われたら、燐がその場に止まって俺だけ歩いてしまう。

 

さとりの要望とかを聞いている際にも使われたら、何を言っているのか分からなくなってしまう可能性も高いし、一々それに対して俺が対処するのは非常に面倒くさい。

 

だから、10年前に咲夜を助けた後、俺は領域の設定を少しマイルドにしたのだ。

 

俺にとって害のある、または攻撃的な意図を持って使われる能力を無効化するように。何とも使い勝手の悪い領域だとは思うが、ソレも俺を守るために存在するのだから文句等出はしない。

 

俺は先ほどの光景から改めて自分の能力の利便性について考えてみた。

 

なんとも可笑しなことかもしれないが、段々とこの紅魔館にいる事自体が状況を不味くしている気がしてききてしまい、思わず身震いする。

 

また、先ほどの咲夜の行動からして少し違和感があった。

 

入ってきた当初は柔和な笑みを浮かべ、ゆっくりと、まるで水が流れるかのごとく滑らかな動作で歩いてきた。

 

そこまでは良い、そして自己紹介も大丈夫。特に問題はない。

 

が、その後である。俺が自分の持っていた荷物の在り処を聞こうと質問した瞬間、咲夜は慌てて此方の話しを遮ってどこかに行ってしまった。

 

一体何故彼女は俺の話しを遮るかのように去って行ってしまったのか。

 

そう思いつつ、俺はドアの方を見つめてみる。

 

(開いているのかな……?)

 

先ほど彼女が出ていった後、鍵を閉めたのかどうか。それに着いて気になってしまったので、そんな事を思いつつ俺はドアへと再び足を運んでみる。

 

一呼吸置いてから、俺は目の前のノブに手をかけて、ゆっくりと捻って引いてみる。

 

頭のどこかでは鍵が掛かっているというのは予想できていた。事実その通りで、俺の引いたノブは、途中で鍵が引っ掛かり開く事は無かった。

 

諦めて、俺は再びベッドに腰をかけて粥を口に運んでいく。

 

味は勿論頬が落ちるほど美味しい。粥を不味く作る事自体が難しいが、それでも彼女の腕は俺を確実に上回っている事は確かであった。

 

そうして舌鼓を打ちながらゆっくりと先ほどの咲夜の行動について考えてみる。

 

(何か引っかかるな……)

 

何とも言えない妙な感覚が残ってしまうのを感じながら、彼女の行動の理由を幾つか上げてみる。

 

一つ目は、彼女が俺の荷物の中身を見て、帰してはいけないと思ったのか。確かに魔法の森に生えるゼンマイは、通常の人間にとっては危険な代物である。危険な胞子や魔力を浴びて育ったゼンマイは、人間に対しては毒性を持つからだ。

 

だから、彼女は俺の荷物を知らないふりまでして、慌ただしく去って行ってしまったのか。いや、だったら彼女は俺に対して何かしらの説明などをするのが普通だろう。この可能性は低いと考えるべきか。

 

二つ目は、は俺の身体が十分に回復してはいないと考え、鍵を掛けてまで此処に閉じ込めたのかどうか。可能性としては十分にあり得るし、その考えを代表するかのような発言や、現物まで此処にある。

 

「消化の良い物をご用意いたしました」

 

この言葉と、目の前にある粥。確かにあのような場所に倒れて眠っていたのだから、俺が体力を消耗していると考えてもおかしくないし、内臓が弱っていると判断してもおかしくない。

 

三つ目の理由としては、先ほどの二つの理由ではない訳があって、俺を閉じ込めてでもしておきたい何かがあるという事。

 

もし、ソレが俺に対して危険が及ぶ事ならば、できればソレと遭遇する前に何とかして脱出してしまいたい。が、そのような危険な目にあっても命の危険性は元から無いのだから、此方がバッグの回収を最優先にするのは必然だろう。

 

俺は未だこの紅魔館の住人達と会った事が無い。それゆえに、何とも言えない不安感が襲ってくるのだ。

 

おまけに唯一会った咲夜も10年前とは比べ物にならないほど成長している上に、全てにおいて未知数の要素を持っている。実際に相対してみるとその威圧感というモノが分かるのだ。

 

人間にとって10年という年月は非常に長く、そして圧倒的な成長を可能とする猶予でもある。そしてナイフを持つ手がプルプルと震えていた頃とは違い、その凛とした出で立ち、あの頃よりも更に強い意志を宿した目。

 

何もかも違うのだ。そしてあの短い時間では彼女の性格等といった事を知ること等できはしない。だから、実質どうなるのか分からない。

 

また、今考えてもどうしようもない事ではあるが、バッグが何処にあるのだろうかという事を考え始めていた。

 

まず美鈴はあり得ないだろう。門番なのだからそんな気の散るような物を持っている理由などどこにもない。

 

一番の可能性が高いのは誰も持っておらず、倉庫か何かにしまってあるというものだが、とりあえず持ってそうな人物を列挙してみる。

 

咲夜の部屋、フランドールの部屋、そしてこの中で最も持ってそうな人物であるパチュリーの部屋である。

 

俺を最初に運んできたのが咲夜なので、責任を持って自分の部屋にしまってあるという可能性もある。

 

フランドールの場合は、流石にきついかもしれない。いくらなんでも地下室に入れるというのは考えにくいか。当主も同じような理由で。

 

レミリアが持っている可能性があるとすれば、ソレは俺のバッグの中に貴金属等といった非常に高価なモノが入っている時のみだろう。

 

それか、レミリアが個人的に持っておきたいと考える友人とか。

 

そして、最後のパチュリーが一番高いと考えたのは、魔法の森で採れたゼンマイがあるから。もし、彼女がそれに興味を持っているとするならば、彼女が確保している可能性の方が高い。また、保存用の札も貴重性が高いので彼女が欲しがるはずだ。

 

とはいえ、此処まで考えたとしても所詮は推測であって、事実ではない。

 

そう思うと、この先が思いやられる。下手に抜けだそうとすれば、今後の紅魔館との関係が、礼儀知らずという事でこじれてしまいそうになるし、バッグの回収もできない。

 

バッグの回収をしようとすれば、彼女がこの部屋から出してくれるまでこのまま待つしかないし、彼女の事だからきっと答えをはぐらかそうとするだろう。一体何の理由があるかは分からないが。

 

俺は溜息を吐いてから冷え切ってしまった粥を口に入れて胃に押し込んでいく。

 

「御馳走様でした……」

 

空腹感は感じないのだが、病人用に作ったであろうこの粥は少しというか、かなり物足りない。非常に美味しいのは事実だし、彼女には感謝しているが。

 

何と言うべきか、自分の満足感というものだろうか。ある一定の量を食べないと気分が晴れない。空腹感だけは感じないのにも拘らず。

 

後で適当にこっそりと食べるかなと思っていると、ドアが三回ノックされる。

 

「はい」

 

そう返答すると、ドアの向こうから声が聞こえてくる。

 

「大正様、食器を下げに来ましたが、召し上がられましたか?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

聞こえてきたのは勿論咲夜の声で、そう短く返答するとカチャリと開けてゆっくりと入ってくる。

 

先ほどの僅かな焦りがあったとはとても思えない冷静な表情を出し、此方に近寄ってくる。

 

「お味はいかがだったでしょうか? 御口に合っていたら良かったのですが」

 

途中で出てしまったから聞くのを忘れてしまったのだろう。

 

一応、彼女としては今後の好みに合わせていきたいと考えから来る言葉なのだろう。

 

俺はその言葉に素直に感謝しながら

 

「ええ、大丈夫ですよ。非常に美味しくて吃驚していた所です。御馳走様でした」

 

その声を聞くと、咲夜は顔を綻ばせて満面の笑みで喜びを表現してくる。

 

やはり自分が創った料理が他人から褒められるのは非常に嬉しい事なのだろう。俺も作ったものを幽香や幽々子、藍、紫に食べてもらった時に褒められた時は本当に嬉しかったものである。

 

咲夜は笑顔でお辞儀すると

 

「それは良かった……。ありがとうございます」

 

俺の言葉が最高の褒美だと言わんばかりの勢いで返してくる。

 

そして、咲夜は食べ終わった食器を台車ごと引き上げていく。勿論部屋を出る時に此方に向かってお辞儀をしながら。

 

俺は彼女が出ていく寸前、先ほどの荷物を質問しようと口を開く。

 

「あの、十六夜さん」

 

すると、俺の質問する姿が意外だったのかは分からないが、キョトンとした表情を一瞬浮かべてから、また微笑んで此方に向き直って言葉を返してくる。

 

「はい、如何なさいましたか?」

 

一瞬だけ妙な静けさが場を支配してくるが、それに構わず質問をしていく。

 

「私を運んで下さった事には非常に感謝しております。ありがとうございます」

 

そう言ってまずは改めて礼を述べる。

 

すると、咲夜も此方の方に向かって頭を下げて

 

「いえ、人として当然のことをしたまでですよ。お気になさる事は御座いません。ゆっくりと静養して頂ければ」

 

その言葉に感謝を示すために軽く頭を下げてから切りだす事にした。

 

「それでですね、一つ質問があるのですが、宜しいですか?」

 

「はい、何でしょうか? 私に分かることであればお答えいたします」

 

まるでつい先ほどの焦り様が嘘のように消し飛んだその答え方。質問されるのが不味いという顔ではなく、どんな質問でも答えてあげようとでも言うかのように、笑顔を宿したままそこに立ち続ける咲夜。

 

何とも言えない違和感をそこで感じてしまうが、途中で取り下げる事はできないので、そのまま質問を口にする。

 

「私の荷物を知りませんか?」

 

その言葉に、咲夜は少し首を傾げてから考え込むような仕草をして、此方に聞き返してくる。

 

「荷物…………でしょうか……?」

 

まるで何も知らない、そんな物見た事が無いかのような反応。勘弁してくれよと思いながら

 

「はい、私が腕に抱えていたバッグの事です」

 

直接的に物を指して言ってしまう。彼女が俺を運んだ時に、必ず目にしたはずのバッグ。気が付かない方がおかしいはずなのだ。

 

だが、俺の期待していた答えとは真逆の、頭を抱え込んでしまうかのような答えが返ってきた。

 

「バッグですか……。いえ、私が大正様を発見した時には既にバッグはありませんでしたが……」

 

「それは本当に……?」

 

思わず先ほどまでの敬語を崩して聞いてしまう。

 

だが、俺の言葉が彼女に別の答えを用意させる訳でもなく

 

「はい、私が大正様を発見した時には、既にバッグはございませんでした。もしかして、何か大切な物でもあったのでしょうか……?」

 

見つけられなかった事を悔やんでいるかのように、謝罪するかのように聞いてくる咲夜。

 

その心遣いは何とも嬉しいが、いかんせんちょっと予想と違い過ぎて困惑してしまっている俺がいる。

 

が、彼女を立たせたままにしておくのも非常に申し訳ないので、俺は言葉を搾りだしていく。

 

「いえ、大したものが入っている訳では……ありがとうございました」

 

この言葉を受けた咲夜は、申し訳なさそうに一礼してから、部屋を出て行ってしまう。

 

 

 

 

 

出て行ってから、しばらく。

 

何故鍵を閉めるのか等といった質問もあったのに、俺は先ほどの答えに一時的に吹き飛んでしまって、聞きそびれてしまった。

 

(一体どうして無かったんだ……? いや、確かに抱えていたはずだし、何かしらの悪意があって盗られるならば領域が反応して居てもおかしくはない。だが、そこら辺は曖昧な線があり、反応していない可能性というのもあるのだ)

 

俺が寝ていた時にバッグが消えてしまったという事は、勿論咲夜以外の誰かが盗ってしまったという事である。

 

一体誰か? 簡単に想像できる答えが3つ。そして、もう一つはあまり考えたくない答えが一つ。

 

前者の3つは、チルノが奪って行ったパターン、ルーミアが奪って行ったパターン、そしてどこかの妖怪が悪戯に持って行ったパターンである。

 

これらが本当ならまあ取り返せない事は無い。名も知らぬ妖怪の場合は紫か誰かに頼むしかないが。

 

そして、最後の最も考えたくない答え。

 

それは

 

「嘘吐かれてたりしないだろうな……?」

 

そう、嘘である。

 

あの時咲夜の態度には不審な点が一つあった。それは、対応の変化である。

 

当初質問した時は、まるで質問される内容が分かっているかのように焦り、そして早々と出て行ってしまった。

 

だが、今回はどうか? 少しの時間があったからこそなのだが、嘘のように落ち着き、そして答えを明確に出していった。

 

もしもだ。もしも、咲夜が此方の期待する答えを本当は持っていて、何かしらの策で俺の荷物の事を隠しているのだとしたら?

 

そんな疑問が湧いてくるのだ。

 

いや、だが彼女がいくら不審な点があったと言っても、それだけで決めつけるのは尚早だし、他の妖怪や妖精が奪って行った可能性も十分にあるのだ。

 

だから、彼女ばかりを疑っている訳にはいかない。

 

とはいえ、この時点で俺の手元にバッグが無い事は確かだし、ソレが何処にあるのかさえ分からない状況。

 

思わずベッドの上に寝そべって溜息を吐いてしまう。

 

「あ~……どうしよう……怒られる」

 

俺が本当に無くしたとなれば、さとりからの信用も少し失うだろうし、損失も与えてしまう。

 

外部領域を広げようにも、彼女達を範囲内に曝してしまう為に此方が怪しまれる可能性もあるし、バッグまで正確なモノを把握できるわけでもない。

 

完全に八方塞の為に、暫くその場に寝転がって天井を見上げ続ける。

 

この状態では、何時帰れるのか分からないし、ソレに咲夜は何時になれば俺が完全快方したと判断してくれるのか分からない。

 

鍵の掛かったドアが何時になった開くのかも分からずに、やることの無い俺は少しだけ眠る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと扉が閉められた後、私はほんの少しの安堵感を胸に宿して慣れた道を歩き続ける。

 

外見は赤に包まれているこの紅魔館。内装は非常に質の良い大理石の床、カーペット等を使用しており、御嬢様の威厳を増すものと言える。

 

この紅魔館1館のみで、人里の全ての土地と家屋を買収できる。それほどの価値のある書物、装飾品が犇めいているのだ。

 

だが、そのどっしりとこの地に構えている紅魔館とは対称に、先ほどまでの私の心は酷く慌てていたものだった。

 

私はあの時の事を思い出していた。

 

何時ものように人里に赴いて物品を買い、そして帰途に着く際に発見した男。

 

服は森から出てきたためか、少し汚れており、彼の表情も余り宜しくは無かった。疲れ果てていたといった方が適切だろうか? 自殺願望者がこの幻想郷に迷い込んだモノと本当にそっくりだったのだ。

 

通常ならばこのような人間は放置しておくのが、紅魔館の者としての常識。供給される人間の血を少し抜き取り、館外に放つだけしていれば良く、他の外来人に対して露骨な干渉は避けるべき。

 

それが八雲紫からの要望であったと御嬢様から聞いている。

 

だが、見てみれば何だ。この男はあまりにも血の質が良い、そう感じてしまうのだ。初めて見るはずなのに、この男の血は御穣様達に良く似合いそうだという考えが自然と頭に浮かんできたのだ。

 

私はこのような考えが浮かんでくるのは初めてであり、ソレを御嬢様に献上する事が全てを押しのけて優先させるべきだという思考があっという間に出来上がっていた。

 

だから、私はその考えに抗う事などせず、うなされるように眠る男を抱え上げて、私はゆっくりと紅魔館に向かって歩いたのだ。

 

そして荷物の在り処を聞かれた時には吃驚してしまい、不自然な行動をとってしまった。

 

一応此方では預かっていないという事を強調したのだが……バレていないと良いのだが。

 

ゆっくりと記憶の海から浮かんできた時、目の前に表れたのはレミリア御嬢様であった。

 

「っ!?」

 

余りにも突然現れたものだから、流石に驚いてしまった。声を上げてしまうほどではなかったが、それでも半歩後ずさりしてしまったのだ。

 

この行動があまりにも珍しかったのかは分からなないが、御嬢様はクスクスと笑いながら此方に向かって口を開いた。

 

「あの人間はどんな感じかしら……?」

 

あの人間の健康状態。大正耕也の血はどれほどまで回復しているかといった事だろう。

 

御嬢様はあの男の血を早く御飲みになりたいようで、此方と顔を合わせるたびに聞いてくる。

 

確かに大正耕也は人間としては破格の血の美味さを誇るだろう。人間である私が即座に判断できたほど、ならば御嬢様からすれば一刻も早く摂取したいと思うのも無理はない。

 

が、御嬢様が思うほどあの男は体力が回復してはいない。ゆえに、落胆させてしまう事になるだろう。私はその事を少し残念に思いながら伝えて行く事にする。

 

「申し訳ありません御嬢様。あの男は表面上は回復したように見えますが、内側がまだまだ回復が必要と思われます。休養を取らせて……後3日程あれば回復するかと」

 

すると、やっぱりそうよねとウンウンと頷きながら、目を閉じる。

 

「ちょっと考えるから待ちなさい」

 

そう言いながら、顎に手を当てて考え始める御嬢様。

 

その表情からは何を考えているのか分からないが、計算高い御嬢様の事だ。私には及び付かない事を考えていらっしゃるのだろう。

 

そんな事を考えつつ、私は黙って唯彼女の答えを待つだけ。

 

そして待つ事数分。

 

考え込んでいた彼女の口が三日月の様に割れて笑みを浮かべ始める。何か面白い、悪い事を考えついた表情。私はその表情に自然と恐怖が湧いてきてしまうが、グッと堪えて彼女の言葉を待ち続ける。

 

すると

 

「咲夜、3日後に私が邪魔な昼間を取り除くわ。恐らくその時に博麗霊夢が動き出すはず。ソレが此方に来たら目の前で男の首を切り裂きなさい……いいわね?」

 

その言葉に私は思わず

 

「首を切り裂くのですか……?」

 

聞き返してしまう。確かに妖怪は人間を食うものだという事はこの幻想郷では常識となっているし、人里もそのような妖怪から守るために存在しているのだ。

 

一部の強力な妖怪を覗くとはいえ、何故雑魚妖怪が行うような事を態々この紅魔館で行う必要があるのか?

 

私はそれを問うてみたかったのだが、口から出るのは唯の行動についての質問。

 

だが、レミリア様は私の意図をくみ取ってくれたのか、まあ待ちなさいと言って説明をしてくれる。

 

「確かに似つかわしくない行為だわ。この幻想郷で広まって暫く立つスペルカードルールに対してね。でもね、考えてみなさいな。このスペルカードルールによって私達が戦闘によって殺しを行わないという事が広まったらどうなるかを。いくらあの娘の持つ書物に人間が供給されていると書かれているはいえ、人里の人間に関係はないと思われてしまったら? 紅魔館への恐怖が薄れてしまったら?」

 

彼女はゆっくりと息を吸ってから更に続けて行く。

 

「確かにこのルールによって力を誇示するのも大切だし、ルールを尊重することも大切だわ。また、このルールが作られたのは私のせいでもある。しかし…………人間を屠殺している時に出くわさない何て事は、あり得ないとは言えないじゃない?」

 

そう言いつつ、ニヤニヤと笑い始める御嬢様。

 

考え得る限り、最も近い答えは再び弛緩してしまうであろうこのルールに刺激を入れる事。より博麗霊夢が異変解決者であるという事をはっきりさせるため。妖怪と人間の違いを明確にさせるために彼女はあえてこのような事をするのだろう。

 

そこまで考えてから、私は思う。

 

(本当に運が悪いなあの男は……)

 

本当にとばっちりであるとしか言いようがない。どのような理由できたのかは知らないが、自殺するために此処へ来たは良いが、結局人の手によって殺されるのだ。

 

まさに哀れであるとしか言いようがない。

 

ふと、そこで少しだけ疑問が湧いてきてしまう。

 

彼が自殺者だというのは間違いないだろうが、一体何故あのような荷物を背負っていたのかが気になる。

 

中身はゼンマイ。ソレも魔法の森でしか取れない良く分からない植物だ。彼は一般人であるし、入る事は死に繋がるはずなのだが、一体何故だろうか?

 

一応解析兼保管の為にパチュリー様の所に預けてあるが……。

 

そしてもう一つ疑問がある。

 

それは

 

 

 

 

 

 

 

 

(何故抱えた時に私から霊力が抜けてしまったのだろうか?)

 

 

 

 

 

 

 




今回の話しはいかがでしょうか? もし宜しければ御感想や御批評を宜しくお願い致します。

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