東方高次元   作:セロリ

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102話 俺は食べさせません……

食べられても、食べさせません……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫との会話から数日。燐と地上に出るのは拙い事と、暴れるという事自体が非常に拙いという事を認識しての地上への出掛け。

 

紫曰く

 

「静かにしてれば地上に出るのは構わないわよ。ただし、攻撃禁止。どのみち防御力が高いんだから攻撃されても平気でしょう? ジャンプで逃げなさいな」

 

との事。何とも理不尽と言えそうな事を言われたが、前科があるため即時了承する事にした。

 

また、地上に出る時も単独のみという制限も付けられてしまったため、燐が地上に出られる事は無くなってしまった。

 

仕方がない事でもあるし、当然のこともである。

 

俺はそんな事を反芻しながら、息抜きの為にまた地上に出ているのだ。

 

(やっぱ1人だとつまらないなあ……)

 

欠点はやはり面白みが全く無いという事である。普段なら燐が横にいるから此方としても色々と世間話や馬鹿話をして暇をつぶせるのだが、今回ばかりはそうはいかない。

 

本当に息抜きの為だけに地上に来てしまった感じである。

 

それに、俺が行った事のある地上は大した広さではないため、ジャンプで出られる所には限度がある。

 

また、高高度に上昇する事も禁じられているため、その移動範囲の拡大を図ることも非常に難しい。

 

できるとしたら自動車で探索関係を行う事だが、それは言われていないとはいえ好ましいとは言えない。むしろ積極的に禁ずべき事だろう。

 

湖岸付近にジャンプした俺は、地底とは違った閉塞感を味わいながら、そのストレスを発散させるかのようにタバコに火を点けて吸い始める。

 

「ぼへ~……美味いけれども、この状況じゃああんまり美味くないなあ……」

 

ロングピースは非常に美味しいとはいえ、閉塞感を拭いきれるわけではない。ニコチンが頭を掻きまわしたとしてもだ。

 

咲夜を助けてからあまりこの湖に来るのは宜しくないとは思っていたが、紅い点の様にしか見えないまでに離れたこの地点ならばばれる事は無いだろうと思って、今回はジャンプをする事にした。

 

そして、今回は俺の願望が通じたのか湖には濃い霧が立ち込めており、紅魔館どころか中心の湖面すら見えない状況にある。

 

この霧がより閉塞感を齎してくるなあ、と思いながらもひたすらタバコを吸って行く。勿論携帯灰皿は持ち合わせており、灰、吸いがらは全てその中に入れている。

 

やがてタバコが根元まで燃焼し、その役目を果たさなくなったのが見えたため、俺は灰皿に入れて暫く周りの景色を見つつ明日の業務をどのように進めていこうかのんびりと考える

 

どんよりとした霧に、カラッとした日差し。何とも対照的な光景に思わず笑ってしまいそうになる。普段このような光景を見る事はできないから、いつもより風景を楽しむ事ができ、じっくりと見ていく事にする。

 

暫くすると、霧が更に濃くなり、此方まで包まれてしまいそうになってくる。

 

まあ、攻撃も食らわないしこのまま昼寝に移ってしまうのも一つの手かなと思う。

 

そう考えると、人間の身体ってのは不思議なモノで、段々と眠気が襲ってくるのだ。

 

最近は煙草屋関係で色々と忙しかったからなあ、と眠気に対して言い訳をしていくと、もうすぐにでも眠ってしまいそうになるほどで、瞼が段々と閉じられていくのが分かった。

 

胡坐をかいたままウツラウツラと船を漕ぎ始める俺。

 

もし、この状況を他の人間が見ていたら自殺行為だと怒るか、笑うかするだろう。勿論、俺はそのつもりは全く無いが。

 

人里はあと10年後ぐらいかあ……。

 

そう思った瞬間に

 

「隙アリ!!」

 

そんな大きな声がしたかと思うと、いきなり背中に異物がズボリと入った感覚と同時に、とんでもなく冷たい物が入ったという感覚がしてくる。

 

「え……あ、つんめった! わわ、わあああああああ!」

 

一瞬の惚けたような声を出してから、ソレが突然の事だったために俺は飛びあがるように立ち上がって背中に入っている異物を取り出そうと必死になってしまう。

 

「だああああ! な、何が入ってんだ!」

 

眠りに入ろうとしていた頭では、正確に物事を判断する事が出来ず、俺はただひたすら背中を掻き毟るという意味のない行動をしていた。

 

ゲラゲラと笑い声の様なものも聞こえてくるが、そんな物を気にしている余裕も判断力も無く、唯ひたすら服の中に入っている何かを出そうと必死になる。

 

そして、俺は漸く服を摘まんでバタバタと上げ下げする事によって、異物を取り出す事が出来た。

 

上下させた瞬間、ボロボロと落ちてきたのは何と

 

「氷じゃねえか!」

 

掌に乗る程度の大きさを持つ氷が7粒も出てきたのだ。

 

脳が氷によって段々と覚醒させられていくのが分かった途端、こんな事をするのは1人しかいないという考えが持ちあがってくる。

 

勿論、俺の良く知る阿呆。

 

「こおおらあああああ! チルノ! お前だろ!」

 

そう言いつつ、俺は後ろを振り向いて唸るように大声を出す。

 

いや、別に怒ってはいないのだが突然の事でついつい声が大きくなってしまったのだ。

 

すると、案の定後ろにいたチルノと、俺達2人に視線を交互に向けておろおろとしている緑色の羽の大きな妖精がそこにいた。

 

「あっはははははは! ひっかってやんのー!」

 

悪戯が成功して余程嬉しかったのだろう。腹を抱えて息苦しそうに笑い転げるチルノ。此方としてはなんともイラつく光景だが、そこはぐっと我慢する。妖精のやた事、妖精のやった悪戯。

 

「流石にやめようと言ったのですが……ごめんなさい」

 

そう言いながら此方に向かってぺこぺこと謝りだす妖精。恐らく大妖精であろう。正式な呼び名などは原作では言及されてはいないものの、恐らく大ちゃんとでも読んでおけばよいのだろうか。ちと分からない。

 

「謝ることないよ大ちゃん。人間のくせにこんな場所で眠りこけてるんだもの。自殺ってやつよ自殺! 起こしただけでも感謝してほしいよ!」

 

と、笑いを止めて少し冷静になったチルノは腕組をしつつふんぞり返って自論を展開していく。

 

何とも悔しい事に、反論できない。チルノが言っている事に間違いは無いのだ。

 

こんな所で眠っている俺は、先ほどの俺の考えと重なるが、自殺行為以外の何ものでもないのだ。だから、チルノはその人間を起こした。

 

が、その起こしたというのはどう考えても、その人間の事を思ってというよりも悪戯を仕掛けてその驚く様を見たいという願望の方が強いのだろうが。

 

まあ、妖精なのだから悪戯好きという性質がある事には仕方がないとは思う。

 

とはいえ

 

「はいはい、起こしてくれてありがとうねチルノ。できれば次回からはもっと優しく起こしてくれないかな?」

 

人間としては、氷で起こされるのは溜まったものではない。

 

俺はふんぞり返っているチルノの額に思いっきりデコピンをしたい気持ちを抑えながら、そう希望を伝える。

 

すると、チルノは露骨に嫌そうな顔をしながら

 

「ええ~? 耕也の驚く顔が見られないから嫌よ」

 

何とも願望丸出しの直球を投げ込んでくる。

 

まあ、相手は子供の様なものだし、変な事を言って癇癪を起こされては溜まったものではない。だが、少しぐらいの仕返しは構わないだろう。

 

「そうかそうか……なら俺はこれからずっとチルノちゃんって呼んでやろう。なあ、チルノちゃん?」

 

なんというか、子供らしさをなるべく出して言ってみたのだが、自分でも気持ち悪いと思った。

 

事実、チルノは氷妖精なのに自分の両腕を重ね、激しく摩擦させて震え声を出してくる。

 

「うう~、あんたが言うと気持ち悪いのよこの変態!」

 

変態、そう来たか。

 

うん、男は皆変態。これを随分前に言った気がするが、生憎領域はそれを不要なモノと判断して、朧気なモノにしてしまったようだ。

 

まあ、とりあえずチルノを適当に言いくるめてしまおう。

 

「じゃあ、俺の背中に氷を入れないって約束するかい? するなら言わないって約束しようじゃないか」

 

すると、妖精の遊びを取られてしまうのがちょっと嫌なのか、暫くそこでう~んと頭を捻り始める。

 

とりあえず、俺がこの先どんなに年を取ろうが、あのような起こし方には慣れないだろう。氷を背中に入れられるのは流石に勘弁。

 

俺はそんな考えを頭の中に膨らませていると、チルノが漸く答えを出したのか、頭を抱えるのをやめる。

 

「わかったよ~…………その代わり、飴玉頂戴!」

 

先ほどの条件を忘れて更に要求を重ねてきたチルノ。

 

まあ、妖精は基本的にぽわぽわしているので、こういった事は大体は予想できてはいたが。

 

「わかったわかった。飴上げるから、ほら。大妖精さんもおいで?」

 

そう言って、俺は飴玉を二つ創造して2人に渡す。

 

「ありがとー!」

 

「あ、ありがとうございます。私の事は大ちゃんとか、そんな感じで呼んで下さい」

 

「あいよ」

 

チルノは嬉しさを全開に。大妖精は少しおどおどした感じで申し訳なさそうに受け取って行く。

 

そうおどおどしていても、甘いものには眼が無かったらしく、チルノと同じく巻紙を急いで緩めて自分の口に放り込んで幸せそうな笑いを浮かべる。

 

やはり幻想郷で甘いものはあまりとれないのだろう。だから、彼女達は此処まで喜びを露わにする。

 

まあ、でも無理はない。こんなに広大な湖を持つとはいえ所詮は幻想郷、外の世界に比べたら雀の涙ほどの面積しか持っていないのだ。

 

おまけに砂糖を生産できるような気候を持っている訳でもないし、人里の人数だけでは厳しいだろう。恐らく。

 

ひょっとしたら紫が必要最低限の砂糖をチョッパって来ているのかもしれないが、これは俺の憶測にすぎない。

 

その瞬間に、俺は思わず舌打ちをしてしまう。

 

(マズったな……煙草屋じゃなくて砂糖や塩の生産を行えばよかったかも知れないな……)

 

そちらの方が極めて安定的に供給を行えるし、価格もそれなりにしても売れる事間違いなし。なのにも拘らず、俺は紫に煙草を売ると言ってしまった。

 

いや、後で変更できる事は容易いのだろうが、既に地底で煙草屋を始めてしまったので何とも変更しづらいのだ。地上と地底で交互にやるのだから、統一した方がずっとやりやすい。

 

まあ、砂糖や塩ってのは生命線だから、あんまり派手にやり過ぎるとかえって恨まれて焼き討ちとかあり得るうえに、値段をもっと安くしろとか不当な圧力をかけられかねない。

 

ならば、少数の人間、妖怪が買って行く煙草の方がずっと安全ではないだろうか?

 

そう俺は自己完結をして2人が向かい合ってほっぺをつつきあっている姿を眺めてみる。

 

こうして見ている分には可愛いのだが、彼女等は人間よりも強い力を持っている。特にチルノは妖怪の力を上回る事もあるのだ。何とも矛盾している姿に感じてしまうが、ソレがこの幻想郷の一部分なのだろう。

 

俺は彼女達の姿を見ながらそう思ってしまった。

 

とはいえ、レミリア達の様な例もあるだろうから、この幻想郷では俺の方が変な考えなのかもしれない。

 

そう考えていると、バリバリという何かを噛み砕く音に俺は意識を戻される。

 

見れば、チルノが小さくなった飴玉を歯で噛み砕いて飲み込んでいる最中であった。

 

何をそんなに急いで飲み込む必要があるんだか、と思わず笑ってしまいそうになるが、次の瞬間に噴き出してしまった。

 

「耕也! つなまよねーず御握りが食べたい!」

 

「ぶは! あははははは!」

 

よりにもよってソレを言いたいだけに早く噛んだのかい。

 

あんまりにも可愛らしいために思わず笑ってしまった俺がいた。自分でも以外ではあるが。

 

まあ、彼女がそこまで激しく所望するならば、俺も出さなくてはならないなと言う思いで、俺は彼女に応えた。

 

「あいよ、そうだね……丁度いい時間帯だし、ここらで御昼にしようか」

 

朝出るのが遅かったせいか、ちょっとしたイベントが起きただけで時間が飛ぶように過ぎ去ってしまう。

 

まあ、それだけ俺が楽しかったという証拠でもあるし、ソレを忌避するような要素は一切無い。

 

「やった!」

 

「御馳走になります……」

 

「はいはい、気にしないでおくれ」

 

そういて、俺はレジャーシート、蒸しタオル、御握りその他おかず等を創造し、10秒とかからずにピクニック会場を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

談笑しつつ昼飯を三人で食べていて時、ふと俺は何かの視線を感じて後ろを見てみる。

 

「ん? 何か居たような気が……」

 

湖と反対側に位置する森は非常に葉の密度が大きく、日の光を殆ど通さない。

 

だから、森の中は暗く、此方からでは相手の姿を確認しづらいのだ。だが、妖怪の様な気配もするし、なんだか舐めまわすような視線も感じる。

 

何とも言えないこの首筋あたりがピリピリする状況は、俺が苦手とするモノなので何とかしたい。

 

しかし、眼を凝らして見ても何も見えない。唯森の暗闇が広がっているだけ。

 

外部領域を拡大して反応を見てみたいが、チルノや大妖精を驚かしてしまうだろうし、不快な気分にさせてしまうだろうから、それはできない。

 

かと言って、俺がこの場を離れるのは和やかな雰囲気を壊してしまうし、2人を心配させてしまう可能性もある。

 

そんな懸念が俺の頭を駆け巡り、俺はその場を立つ事を止めて、再び握り飯に被りつく。

 

が、俺の行動はやはり2人の目にはおかしいモノに映っていたらしく、チルノから質問を受ける。

 

「耕也、どうかした?」

 

散るのは、何か見つけたのだろうかと言ったニュアンスで質問をしてくる。ポ○リスエットをごくごくと飲みほしながら。

 

大妖精もチルノに賛同するように、此方を見ながらコクコクと頷いてくる。

 

俺の思い違いではないのは確かだが、彼女達を無駄に心配させる必要はないだろうという判断の元

 

「大した事じゃないよ。ちょっと虫が後ろにいた気がしてね。振り返っただけだよ」

 

そう言うと、ソレを鵜呑みにしてくれたのか、なんだつまんないと言いながら再び握り飯と唐揚げを頬張り始める。

 

すると、後ろからの気配が段々強くなるのを感じ、更に殺気の様なモノも感じるようになった。妖精達2人は特に何も気付いていないようだから、俺だけに向けられているのだろう。

 

恐らく理由は俺が人間だからという極単純なものだろう。妖精は捕食対象ではなく、人間は捕食対象。この幻想郷ではごく普通にまかり通った常識。

 

スペルカードルールが制定されていない時代では尚更それは自然な事になっているのだろう。とはいえ、弱い妖怪などがそれを行うらしい。

 

紫曰く、力の強くなってしまった妖怪はそこに存在するだけでも人間に恐怖を与えられるから、別に食う必要が無いし、飽きたとのこと。俺という例外はあるが。

 

とはいえ、人間を食う妖怪と言っても妖精が襲われない可能性も無いとは言い切れない。モノ好きな妖怪もいる可能性だってあるのだ。

 

もし俺ではなく、チルノ達が襲われる事態になったら、盾になってチルノを適当な上空に逃がしてやればいいだけの事だろう。

 

こう言う時に、戦いを禁じられているというのが大きな足かせに思えてくる。

 

さてさて、一体何時になったら襲いかかってくるのか。

 

そう思いながらひたすら食事をしていくと、背後の木々がバサバサと枝を激しく揺らす。そして、枝がバキバキと折れる音共に

 

「久しぶりでとんでもなく美味しそうな人間。小指でも良いから味見させてー!」

 

何とも可愛らしい高い声で宣言してくる。

 

意外性に驚くとともに、俺だけを狙ってくれた事に僅かながら感謝する。

 

まあ、このまま俺にもう突進してくればぶつかってそのまま気絶でも何でもするだろう。そう思って、ジッと身構えていた。

 

チルノ達は、突然の事に反応できずに口を開けたまま固まってしまってる。

 

そして、もう突進してきた妖怪は

 

「あ、ちょっと! 前が見えない!」

 

そんな訳の分からない事を言いながら俺のすぐ傍にまで迫っていた。

 

その良く分からない妖怪は、甲高い声を響かせながら、黒い球体となって頭上を通過して湖に突っ込む。

 

それなりの速度だったため、派手な音を立てて水しぶきを噴き上げさせていく。

 

流石に俺も反応が出来ない。本当にどう反応していいのか分からない。

 

「いや…………あれ?」

 

本当にそれしか呟く事ができなかった。

 

何せ俺に真っ直ぐ突っ込んでくると思っていたら、ソレが明後日の方向に飛んだ挙句湖に突っ込んでしまったのだから。

 

だが、あの僅かな間の時間でもその妖怪の素性を把握する事は俺には可能であった。

 

あの真っ黒い球体に身を包んでいる妖怪は、俺の知識では1人しかいない。

 

「ルーミア!!」

 

チルノがそう叫ぶ。

 

そう、チルノが叫んだルーミアと言う妖怪に間違いないのだ。

 

自分で闇に包まれた状態では視界がきかなくなり、自分が何処をどう言う風に飛んでいるかもすら分からなくなる。そんな妖怪はルーミア以外の何者でもない。

 

また随分と厄介なキャラが来たものだなと思いながら、俺はチルノに質問する。

 

「あの妖怪の事を知ってるの?」

 

あえてそう質問する。俺はこの時点では知らないとしたほうが自然であるし、俺が地底出身であることをチルノ達は知っているからだ。

 

すると、チルノ達は声をそろえて

 

「友だち」

 

何とも言えない苦々しい顔で答えてくる。

 

ああ、何と言うかそう言った反応をされると此方としても反応しづらい。

 

どうしたものかなと思っていると、プチョンという何とも間抜けな音共に、ずぶ濡れの少女が現れた。

 

黒い衣服を身体にまとい、髪の毛には紅い札が巻かれている。

 

間違いなくルーミアである。そのルーミアは、湖に落ちた事が随分と不快だったようで、ぶすっとした顔で此方にフヨフヨと飛んでくる。さながら幽霊の様である。

 

そして、顔を俯かせたまま死んだように俺の隣へ着地したルーミアは脱力したように座り込んで一言。

 

「……おなかすいた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このつなまよねーずってのおいしー! ね、チルノちゃん! 大ちゃん!」

 

「そ、そうだよね」

 

「う、うん」

 

と、大食い大会優勝者も真っ青な勢いで握り飯を頬張るルーミア。いや、最早頬張るというよりは口に放り込んでそのまま飲み込んでいると言った方が正しいのだろうか。

 

ともかく、わんこそばを食す時のように拳大の握り飯を食べているのだ。

 

もうすでに20個ほどが彼女の口に消えてしまっている。チルノ達も、彼女の食欲が此処まである世は思っていなかったのか口をあんぐりと開けて注目してしまっている。勿論俺も同じ。

 

一口で3分の1が食われ、その後に唐揚げやウィンナーを一つ丸ごと口に入れニコニコとしながら嚥下していく姿は、まるでブラックホールと言っても過言ではないだろう。俺がやったら確実に喉を詰まらせてしまうだろう。

 

正直見ている側としては、それだけで腹いっぱいになってしまいそうである。創った側としては嬉しい事なのだろうが。

 

そうこうしているうちに、ルーミアは満足してしまったのか、大きくぷはーっと息を吐いて腹をさする。

 

「美味しかった―! ……それじゃあ、デザート頂きまーす」

 

といって、俺の腕をさもそこにあった食材の様に持ち上げて口に放り込もうと引っ張って行く。

 

「ダメだっての!!」

 

さりげなく俺の腕を食べようとするこいつは、俺が死んでいるとでも思っていそうな雰囲気さえ醸し出している。

 

何とも困ったちゃんである。

 

「えー? ちょっとだけでも良いでしょ? 此処まで食べたいと思ったのは初めてなんだし」

 

と、のほほんとした顔でサラっと言ってくるあたり恐怖感を煽ってくる。

 

そんな事を言われても俺は絶対に食わせたりはしない。

 

「ダメ、絶対」

 

「けちんぼけちんぼ!」

 

まるで駄々っ子を演じるかのように、伸ばした両足をバタバタさせて俺を非難してくる。

 

恐らく実力行使をしたいのだろうが、チルノ達がいる手前そんな過激な行動はできないのだろう。

 

まあ、やった所で彼女の歯が折れるとか悲惨な事になるので、やらない方が正解なのだが。

 

「けちんぼじゃないっての」

 

すると、ルーミアはぶすーっと頬を膨らませて、チルノ達に話しかけてしまう。

 

「ねえ、チルノちゃん、この分からず屋を何とかしてよー」

 

すると、チルノはハッとして

 

「だ、ダメ! 耕也は友達なんだから! 攻撃したら怒るからね!!」

 

焦ったような表情をして注意をし始める。なんとも嬉しい気持ちになるが、ルーミアとしては不満だらけだろう。

 

やはり、紫とか限定ではなく、妖怪全体にとって俺は非常に美味く見えるのだろう。何とも悲しい事に。

 

とはいえ、スペカルールが制定されれば、俺も地上での活動もしやすくなるだろうし、こう言った妖怪達も接しやすくなるだろう。

 

ルーミアは、チルノの言葉を聞いて、ふてくされた様に唇を尖らせて

 

「わかったよー……」

 

そう言う。

 

が、眼はまだ諦めていない模様で、好きあらば俺の腕を狙いに来そうな気もしてくる。

 

ふと彼女は、チルノの言った言葉に引っかかりを覚えたのか、ちょっとだけ目を大きくさせてから此方を見る。

 

「そうだ、名前って耕也って言うんだ」

 

そう、確かに俺達は自己紹介をしていなかった。まあ、食うとか言われた時点で普通は自己紹介も糞も無いのだが。

 

まあ、チルノの友人であるという事には間違いないのだから、此方としても悪い関係を築きたいとは思わない。

 

そんな事を思いながら俺はルーミアに向かって返事をする。

 

「そう、名前は大正耕也。チルノと大ちゃんの友達だよ。よろしく」

 

そう言って、俺は彼女に握手をするために手を差し出す。

 

「え、腕を食べさせてくれるの?」

 

と、この阿呆はどう解釈をしたのかは分からないが、握手様の腕を食べてもいいと許可を出したと勘違いした。

 

「阿呆か。握手だっての握手」

 

すると、ルーミアは

 

「分かってるってばー」

 

クスクスと悪戯が成功したとでも言わんばかりに笑いながら、此方の手を握ってブンブン上下に振る。

 

妖怪だからか、何とも力が強い。人間の大人よりもあるのではないだろうか? 特に俺の腕に危害を加えるような力ではないため、領域は無視を決め込んでいるが。

 

すると、握手を解いたルーミアが疑問に思ったのか此方に質問をしてくる。

 

「ねえ、耕也は一体どこに住んでるの? その格好だと外の世界にいるんでしょ?」

 

思わず俺は自分の服装を見てしまう。

 

俺の視線の先にあったのはジーパン、肌着とTシャツのみ。ここら辺の気候は暖かいため、このような薄着でも十分活動可能なのだ。が、確かに似ていると言われても仕方がない格好である。

 

それに、この幻想郷でファッションだのなんだの言ってくる人はいないだろうし、流行も糞もないだろうから、地味でも十分闊歩できる。地底なんて最初こそ珍しがられたモノの、今では溶け込んでしまっている。

 

とはいえ、この時代になってくると外来人とかいるのだろうから、流石に格好としては不味かったのかも知れない。

 

「え、違うよ? 俺は地底に住んでるんだ」

 

嘘の様な誠の様な良く分からない返し方をしてしまった。とはいっても、厳密には殆ど合っているとしても構わないだろう。

 

何せ、俺は外の世界出身ではないし、地底出身というのは一応合っているのだ。事実今の生活基盤は地底にあるし。

 

俺の答えに、訝しげな目を向けるが、チルノ達がそうだよ、地底だよと言うと素直に認めてコクリと頷く。

 

「何か似てるんだけどなあ……外来人を博麗の巫女と一緒にいるのを見たときの服と。まあ、結構前の事だから記憶違いかもねー」

 

そうのほほんと呟くルーミアは、俺のイメージしていたやんちゃっぷりとは随分と違って見える。

 

まあ、確かに彼女の言うように俺の服装は、外の世界の持つジーパンなどといった服装に似ているモノがあるので言われても仕方がないのだろうが。

 

俺としては、このままバレて欲しくはないなあと思いつつ別の質問が無いか考えてみる。

 

すぐにそれは浮かんできたのだが、何とも陳腐な質問だと思う。まあ、相手も聞いてきたのだから別に平気だろう。

 

「じゃあ、俺からも質問。ルーミアは一体どこに住んでいるんだい?」

 

すると、ルーミアは困ったような顔をしてから、少しだけ考えるように首を傾げる。

 

なんだろうか。彼女の家は無いとか言うのだろうか?

 

そんな事を勝手に考えて憶測を重ねているとルーミアが此方を見て口を開いてくる。

 

「う~ん、家は普通の小さい小屋なんだけど……何処にあるかって言われたら、ちょっと分からないかも。森の中にあるし」

 

苦笑しながら、自分の家の位置を上手く説明できないと言ってくる。

 

ああ、確かに彼女の言うとおり、森の中では説明が難しいだろう。彼女の家まで今から行く事等できはしないし、あっちの方とか言われて指を指されても全く分からないのだから仕方がない。

 

「そっか、まあそれなら仕方がないよね」

 

「でも、この湖には良く遊びに来るから、また会うかもねー」

 

「うん、そうだね」

 

そして話しが終わって、俺はチルノ達の方を見る。どうやらチルノ達は俺達が話しこんでいるのを見てたのか、既に2人の世界に入ってしまったようで、ゲラゲラと笑いあって雑談してしまっている。

 

やっぱ陽気なのは変わらないんだなと思いながら俺は眺めていると、ツンツンと腕を突かれる。

 

うん? と思って俺はルーミアの方を見てみると、ルーミアは耳を貸せとばかりに自分の方へと招くような仕草をしてくる。

 

俺は、黙ってルーミアの方へと身体を傾けて、耳を近づけてやる。

 

すると

 

「ねえねえ、今度で良いから小指だけでも味見させてくれない? 先っちょだけ、先っちょだけだから。ね、良いでしょ?」

 

何とも言えない物騒な事を小声で俺に囁いてくる。

 

まだ懲りていないのかこの子は。

 

仕方がないため、俺はルーミアと同じ仕草をして、耳を近づけさせる。

 

その時点で何故かルーミアは嬉しそうな顔をして近づけてくる。まるで俺が了承したとでも思ったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲紫呼んで御仕置きしてもらうよ?」

 

その瞬間、ルーミアは苦虫を潰したような顔をして答えた。

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話しはいかがでしょうか? もし宜しければ御感想を宜しくお願い致します。

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