東方高次元   作:セロリ

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97話 やっと出られたか……

やっぱこういう景色がないとね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近の地上はどんな様子なんだい?」

 

そう俺は紫に向って呟くように口を開く。

 

たまたまこの家に来ていた紫は、茶をすすりながらこちらを一度だけ見て一言。

 

「大変なんてもんじゃないわ……妖怪たちも面倒なことをしてくれるし、今代の博麗の巫女もなんだかんだ言って結構大変そうだし……」

 

そう言いながら自分の肩を叩くようにしてため息をつく。

 

どうやら彼女は彼女なりに疲れがたまっているようで、しきりに何かをしてほしいかのように俺の方をチラチラとみてくる。

 

見かねた俺は、はいはい分かりましたよとばかりに立ち上がって、彼女の後ろに回り込む。

 

その様子を見て表情を綻ばせる紫。

 

ありがとうと一言呟きながら、肩を揉みやすいように姿勢を傾けてくる。

 

俺はそれに応えるように肩に手を置いて肩の凝りを解す様に力を込めていく。

 

が、ちょっと違和感がある。彼女の肩はこっているとは思えない程にやわらかい。が、彼女にとってはこれでも凝っている方らしい。

 

なんとも不思議ではあるが、とりあえず揉んでおく。

 

「ちょ、いったた……もう少し優しくお願い……」

 

と、なんとも痛そうな声を上げながら俺に力を緩めるようお願いしてくる紫。

 

「あ、ごめんごめん」

 

そう謝りながら力を緩めていく。

 

すると、先ほどとは違ってまた気持ちよさそうに目を細めていく。

 

なんとも心地よい時間。してる方もされる方も癒される、そんな時間。

 

さてさて、これからどうしたものかな。紫に昼御飯でも作ってあげようかという考えが浮かび始めた矢先、彼女から声がかかってくる。

 

「耕也……前に地上で商売をしてみたいと言っていた時期があるわよね?」

 

と、唐突にその話題を出してくる紫。

 

もちろん、其れは俺の言ったことに間違いはないので、素直に返していく。

 

「そうだね、その通りだよ紫」

 

その返事に紫はゆっくりと首を盾に振ってから一言

 

「ねえ、今日は下見を兼ねて地上を見て回らない?」

 

そう言ってきたのだ。

 

確かに俺は地上で商売がしたい。やはり人間たるものお天道様の下で暮らしたいという気持ちがあるうえに、俺が今のような不安定な職種に就いているというのも中々頂けない。

 

だからこそ、俺の最終目標としては人里のはずれでも良いから、煙草屋を営みたいのだ。

 

その願望を基に紫へと素直に言葉を伝えていく。

 

「大歓迎。是非お供させてもらうよ」

 

俺の返事に満足がいったのだろう。機嫌をよさそうにしながらうんうんと頷いていく。

 

外の世界に繰り出した事はあるが、まだ幻想郷の地上にまで行ったことはない。本来ならば逆の順番で繰り出すべきなのだろうが、あいにく俺はその逆になってしまっている。

 

とはいえ、それで俺が何かやばい事に巻き込まれるという事はないだろうし、何より今回は紫が同行してくれるのだ。何かが起こるという事の方が考えにくい。

 

そんな事を考えているうちに紫は肩の凝りがほぐれたのか、気持ちよさそうにため息をつきながら手をポンポンと叩いてくる。

 

それに俺は素直に応じ、肩揉みをやめていく。

 

すると、紫は立ち上がって俺の方を向き直り一言。

 

「さっそく案内するわ」

 

毎度毎度彼女たちに振り回されている俺は案外安全だったりするのかもしれない。あくまでかもしれない、ではあるが。

 

移動した先に着くまでそう時間はかからず、とはいっても隙間なのですぐに付くのは当たり前ではあるが、とにかく着いた先には視界いっぱいの緑と未舗装の砂利道。

 

黄色い砂と土が表面を覆うこの道は、なんとも田舎に来てしまったとでも言えそうなものがあった。

 

が、この前に行った都会と違って心が穏やかになる。都会に行ったときは心が踊り、笑って楽しむことができたが、今回はまた別の楽しみがあるのだという事を早々に理解させられたのだ。

 

ふうっと軽く息を吐くと俺はいつもとは違う空気を持ち、ニッコリとこちらを見て微笑んでくる紫の後を着いていこうとした。

 

 

 

 

 

 

八雲紫。もちろんこの幻想郷でその名を知らぬ者はいないであろう。ただしまともな思考回路を持つ者に限られはするが。

 

目の前の美女は、俺の前ではそういった強者たる特有の雰囲気を出さないのだが、俺達が地上に降り立った瞬間に周囲の空気が一変したのだ。

 

もちろんその原因は紫以外無く、ほんわかしていた地上の空気が鉄線で縛り上げたようにギリリっと緊張したのだ。

 

恐らくこの行動の本質は、自惚れてさえいなければ俺のためだろう。

 

他の雑魚妖怪から俺を守るため、そして妖怪の賢者としての威厳を周囲に放つため。

 

一見優雅に見えるのだが、触れれば切れてしまうかのような、日本刀のごとく鋭さを兼ね備えた凛とした佇まい。

 

妖力こそ放出しないものの、存在感だけで相手を怯ませることのできる圧倒的な存在感、威圧感。

 

事実ここに来た瞬間に俺を睨みつけた妖怪が、キャンキャン悲鳴を上げながら、文字通り尻尾巻いて逃げだしていったのだ。

 

とはいえ、どうも先程の妖怪は俺を食おうとしていたのではなく、単に不審者を見るかのような感じで睨みつけてきただけであったが。

 

そして、このきつい緊張を破ったのは、意外というかなんというか。

 

幻想郷でも見られる集団であった。

 

「あ、にんげんだ~」

 

「なんか妖怪もいる~」

 

「なんか強そ~」

 

「にんげんはよわそう~」

 

「悪戯してもいいかなあ?」

 

「怒られるよ~」

 

キャッキャッとそんな事を言いながら真ん前を通り過ぎていく妖精たちであった。

 

一瞬で緊張感が緩んでしまったのか、紫がげんなりしつつこちらを見て一言。

 

「これでも賢者ですからね?」

 

眉毛をハの字にしつつなんとも困ったような表情でそう言ってくる紫。

 

「うん、大丈夫。分かってるって……」

 

基本妖精たちは陽気な連中が多く、虫取り網で捕まえられそうなほどにおっとりほんわかした者もいる。

 

だから、紫の放つ威圧感等まるで気にしないという輩も結構いるのだ。

 

妖力を放出すれば、さすがに尻尾巻いて逃げていくだろうが。

 

紫は妖精たちが飛んで行った方向を見てげんなりしつつも、目的の場所を目指そうとするかのように手招きして歩き始める。

 

「今日はさすがに人里まではいけないけれども、この地で最も大切な場所に行くことにするわ。人里はまた後日。ごめんなさいね」

 

と、申し訳ないと口の間で右手チョップをする紫。

 

俺はそんな紫を見ながら、大丈夫だよと返事をしてから少々考える。

 

(幻想郷で最も大切な場所と言ったらあそこしかないよな……?)

 

と。

 

もちろん、その大切な場所とは幻想郷の維持を担っている最重要施設の1つ、博麗神社であろう。

 

俺をそんなところに連れて行っても仕方がない気がするが……。と、思うものの俺は紫に何かしらの考えがあってそう言った事をするのだろうと解釈する。

 

そして同時に今代だけではなく先代の博麗の巫女に会える可能性もあるのだ。

 

俺は紫に隠れてその事に期待し、自然と頬が緩んでしまうのだ。

 

が、それも途中で行き着いた大きな湖で状況が変わることになる。

 

「ね、この湖も結構きれいなものでしょう?」

 

そう言ってきた紫は随分とこの湖がお気に入りのようだ。

 

だが、その先にある赤い城のような館を見てちょっとだけ睨んだような顔になる。

 

まるで面倒なところに館があるもんだと思っているかのように。まるでこの美しい景観を破壊したものを見るかのように。

 

もちろん、その赤い館とは紅魔館である。

 

思わず俺は目をそむけたくなってしまうほどの毒々しい赤色である。

 

が、それよりも俺は彼女の不機嫌さが気になってしまい、思わず聞いてしまう。

 

「紫、どうかしたのかい?」

 

すると、紫はなんとも忌々しそうに舌打ちした後、呟くように

 

「いえ、ちょっと新参が我が物顔をしてるのが少しね……」

 

そう言ってくる。幻想郷の懐は深い。幻想郷は全てを受け入れるという事を言っている彼女にしては随分と過激な発言である

 

と、言う事はよほどこの時代の紅魔館は過激的なのかもしれない。

 

そこで俺は1つだけ思い出した事があった。

 

ああ、そうだ。確かスペカルールが定められていないから結構面倒なんだっけ?

 

と。

 

が、こういった真剣な話や考えも、雰囲気もまたもや闖入者によって吹き飛ばされてしまったのだ。

 

「久しぶりに人間を見るわ!」

 

そう言って湖面付近を低空飛行しながらこちらに突っ込んでくる青い何かがいた。

 

その青い何かは湖の青さでうまい事隠れてしまい、なかなか姿を確認することができない。

 

と、漸くその迷彩が解ける距離にまで近づいた時、俺はあっと口を開いてしまった。

 

背中に付いた、風によって低いうなり声を上げる六枚の氷。その氷は自然の力強さを表しているようで、非常に鋭く、分厚く、周囲の空気を白く濁らせている。

 

彼女の飛翔によって空気が冷たくなるのとは反対に、彼女の表情が陽気さそのものを体現したかのような快活な笑顔。

 

そしてそのまま彼女はこちらの目の前で急停止すると、後ろの羽のような氷をパタパタさせながら話し始める。

 

「あたいの名はチルノ! そこの金髪妖怪は知ってるけれど、あんたは見ない顔ね。 見た限り人間だけど、名前を教えてちょうだい?」

 

と、一気にまくし立ててくるかのように大声で。

 

金髪妖怪と言われた紫はもう嫌とばかりに顔をげんなりとさせるが、チルノはそんな事を全く気にせずこちらを見て返答を期待したような目を向けてくる。

 

なんとも困ったなと思いながらも、俺は目の前の妖精に応えるべく口を開かせた。

 

「ええと、自分の名前は大正耕也と申します……」

 

そう俺が答えると彼女はへえ、と言いながら俺たちの周りを回り始める。

 

三対の氷羽が彼女の動作に合わせてバタバタ動くので、なんとも騒がしい。

 

いや、音量自体はそこまで高くはないのだが、何せ周りが静かなものだから、この音が強調されてしまうのだ。

 

紫は相変わらずげんなりとした表情を浮かべてどこか遠くを見ている。

 

その姿には先程までの威厳さ、賢者たる凛とした姿などなく、ただただ何かに疲れてしまったサラリーマンの様に哀愁が漂っていたのだ。

 

藍がこの場にいたらおいたわしや紫様とでも言いそうなくらい今の彼女は可哀そうであった。

 

相当な威厳を振りまいているはずなのに、妖精達から無視されてむしろ存在感の無い俺の方が注目されるというなんとも悲しい状況なのだ。

 

そしてもちろん妖精最強、最も妖怪に近いか下手な妖怪を簡単に超えている力を持つチルノにすら放置されているのだ。全く持って悲しいだろう。

 

俺だったらなんとも言えない悲しみに包まれていたかもしれない。

 

心の中でそっと紫に謝りながら、俺はチルノの返事をひたすら待つ。

 

だが、一向に俺へと返事をしないチルノ。ただただ俺の事を面白そうに見てぐるぐると回る。

 

一体何がそんなに面白いのだろうかと思いつつ、彼女の行動をずっと見ていく。

 

そう、まるで彼女は俺の目を回そうとでもしているかのように何度も何度も回っているのだ。

 

すると、やっと何かを思い出したかのようにポンと手を叩いて、一言。

 

「あ、そうだ……人間を見るのはここにきて初めてだったわ!」

 

その瞬間に、熱気に包まれていた空気が一気に冷めてしまったのを感じる。

 

いや、温度ではなく雰囲気と言うべきか。とにかく冷めてしまったのである。

 

紫はあからさまに大きなため息をつき、俺もげんなりとしながらも彼女に尋ねる。

 

「ええと……それで私に何か用があるのですか……?」

 

そう尋ねてみると、チルノはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに胸を張って、俺に大きな声で答えてくる。

 

「ふふふん、聞いて驚くがいいわ……一人ぼっちの人間であるあんたの遊び相手になって上げようと思ったのよ。こーえーに思いなさい!?」

 

まるで紫の存在すら忘れているかのような物言いのチルノ。

 

もちろんその疎外感を感じた紫はなんとも可哀想にしょんぼりとしながら背を向け始める。

 

大きくため息をつきながら、日傘をバスンと開いて日光の遮断を開始させる。

 

いつもより日傘の影が濃い気がしたが、俺はあえてそれをスルーしてチルノに一言。

 

「あー……ありがとうございますチルノさん。ですが今日はちょっと用事があるので、また後日ということにして貰えないですか……?」

 

そう俺が言うと、チルノはちょっとだけ残念そうな顔をしながら俺に口を開く。

 

「仕方ないわね……また今度にしてあげるわ! ちゃんとここに来なさいよ!」

 

そう言いながら紫には目もくれず飛び去って行った。

 

彼女がいきなり俺に話しかけてきたのはちょっと不思議であったが、少しだけ考えてみると分かった気がしてきた。

 

彼女は最強の妖精。それが一番の大きな理由であろう。

 

チルノは接した限りかなり好奇心が強い子だというのは分かる。知らないことに対して貪欲に行動するようにも見える。

 

また彼女は自分の力が強いという事を十分に自覚しているはずである。

 

よって一人でこの場に来た。少し前に妖精達がこの場を通り過ぎていったのにもかかわらず。

 

だから知らない人間に対して話しかけてくる。仲間を求めるかのように。遊び相手を求めて退屈をしのごうとするかのように。

 

なんて考えてもみたが、所詮この考えは俺の憶測にすぎないし、彼女が特に不満に思っていないことなど十分にあり得るのだから。

 

そう自分の考えにけりを付けると、俺は紫に声をかける。

 

「ゆ、紫……?」

 

日傘をさして哀愁漂わせる紫に一言。

 

まあ、彼女がしょぼくれる気持ちもわかる。

 

なんせ彼女はこの幻想郷の中でも最強の妖怪。自らの口でも言ってはいたが、同時に賢者でもあるのだ。

 

様々な計算を短時間でこなし、自らの計画を寸分の狂いも無いように綿密に立てられる天才。

 

そして表れた瞬間に振りまかれる強大な妖力。圧倒的存在感、威圧感。

 

にも関わらずだ。先の妖精達には全く通じなかったのだ。

 

頭が弱いのか、ただただ危機感が無いだけなのかは分からないが、彼女の事を素通りしなおかつ金髪妖怪などと言ってのけたのだ。

 

おまけに妖精最強のチルノにはいない者扱いまでされるし。

 

そりゃあ賢者としてのプライドその他諸々が傷つくだろう。

 

と、俺はそう予測しながら一言声をかける。

 

「あまり気にしない方がいいよ……? 妖精だし……」

 

そう俺の言葉が功を成したのか、紫はふう、とため息を着いてからこちらに振り返る。

 

「まあ、そうよね。気にしても仕方がないわ。目的の場所まで行きましょう?」

 

紫はそう言って歩みを進めていく。

 

と、言われたは良いものの、どこが目的地なのか全く聞いていないため皆目見当がつかない。

 

そう思いつつも、今彼女にここで聞いてしまうよりも後々はっきりさせた方が楽しみも増すだろうと思い、俺は素直に紫の後を付いていく。

 

ふとそこで先程の紅魔館がちらりと目に入る。

 

やはり異様な雰囲気というか、威圧感とでも言うだろうか。この時代はまだ幻想教が物騒だからかもしれないが、そのような受け取りになってしまう。

 

「やっぱり地上で商売するなら挨拶するべきなのかねえ……」

 

自然とその言葉が口から飛び出てしまう。

 

紫にも聞こえない小さな声ではあったが、其れが不思議と脳内にこびりついて離れてくれない。

 

だが、自分の言葉に対してすぐに否定の意見を入れていく。

 

(人里周辺で商売をするのに一体どうして紅魔館に挨拶をしなければいけないんだ……咲夜が声を掛けてきたらふつうに返せばいいだけのことだろう……)

 

そう、まさにその通りである。紅魔郷に自ら身を投げ込むわけでもなく、自分が紅魔館に商売を仕掛けていくことも無いのだからどう考えても接点が無いはずなのだ。

 

あったとしてもそれは人里で見かけたりライターを買ったりする時だけだろう。

 

そう、だから心配する事はない。

 

紅魔館の彼女達と会って会話をしてみたいという僅かな欲求を抑えつけ、俺は彼女の後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

一種の観光目的で来たは良いが、予想以上に距離が長い気がする。

 

あとどれぐらいなのかと聞いても紫は秘密と口に人差し指を当ててニッコリと笑うのみ。

 

未舗装の坂道をゆっくりと上がっていくにつれて、体への負荷が経時的に増加していく。

 

適切な酸素を送り込むために心拍数が増加し、脳が更なる酸素を求めて呼吸を荒くさせる。

 

劣悪燃費な脳に恨み事を言いたくなるものの、考えることも億劫になったので景色を楽しむこともせずにただただ単純作業をこなす様に足を前に出していく。

 

歩くことによって僅かに上下する視線が段々と大きくなると、ついに俺は右隣にある木に手を付いて大きく深呼吸する。

 

すると、前を歩いていた紫がこちらを振り返ってふふふと笑う。

 

「ほらほら、もう少しで着くから頑張りなさいな?」

 

俺とは真逆に、紫の額には汗一つ無く、極めて涼しげな表情でこちらにエールを送ってくるのだ。

 

ここでもやっぱ妖怪と人間の違いが表れるのだなあと思ってしまう。

 

そんな感想を持った事を察したのか、紫は扇子を開いて

 

「煙草吸ってなんかいるからよ……?」

 

と、少々咎めるように。

 

はい、申し訳ありません。私の体力不足が全ての原因であります。

 

そう思いながらも、息苦しさに口から言葉が出ず、顔の前で右手チョップをかます。

 

すると、仕方がないわねと言いながら、俺の方へ近寄って気に背を預ける。

 

「もう少しと言うのは本当よ? 貴方に是非会わせておきたい人物がいるの。私が娘のように育てている子にね……?」

 

と、なんだか含みのある言葉を乗せて言ってくる紫。

 

俺はこの長い坂道と彼女の言葉から、ひょっとして会わせたい人物は……?

 

と、ちょっとだけ期待を乗せて彼女に向って頷く。

 

俺が思っている事が正しければ恐らく会わせたい人物は彼女……。

 

 

 

 

 

 

 

「着いたわ……」

 

そう紫が呟くと同時に、俺はこう思った。

 

やっぱり彼女でした。と。

 

境内のゴミを掃き、紫の姿を認めると箒を放りだしてトテトテと走ってくる小さい女の子。

 

サイズや髪の長さこそ違うものの、すでにゲームと同じ衣装を着ているその姿。

 

大きな赤いリボンのようなものを髪につけ、赤を基調とした巫女服に身を包んだちんまい娘。

 

もちろんそれは

 

「紫、お帰り」

 

「ただいま霊夢!」

 

この幻想郷最重要人物であり、最強の退魔師、幻想郷最強の異変解決者である博麗霊夢その人であった。

 

紫がしゃがみこみ、走ってくる霊夢を受け止めると、ギュッと抱きしめて呟く様に話す。

 

「ちゃんとお留守番できたかしら?」

 

そう言うと、霊夢は嬉しそうにコクコクと頷きながら同じように紫を抱きしめて

 

「うん、ちゃんとできた」

 

そう報告をする。

 

その様子に満足したのか、紫は霊夢の頭を撫でながら境内の方に向かって手を振りおろす。

 

すると、紫の指示に従っていたのかは分からないが、鳥に似た何かは動きを止めて木像となる。

 

恐らく使い魔か何かだろうと俺は判断しつつ、境内の中をじっくりと見ていく。

 

外の世界の神社は非常にボロボロとなっているらしいが、内部の神社はそのようなことは一切なく、あたかも建造ほやほやのようにすら感じられるほど劣化していない。

 

鳥居は赤々と自身の存在感を振りまき、石畳は何の風化も感じさせない。、

 

その様にお驚いていた俺は、彼女に言われるまで気がつかなかった。

 

「紫、この人誰?」

 

ちょっと睨みつけるかのように、俺の方を指さして質問をしてくる霊夢。

 

何と答えたらいいだろうか? 唯の人間ですよとでも言えばいいだろうか? いやいや、其れだと確実に嘘だと言われてしまう。初対面でいきなり嘘を良く吐く男だと思われたくはない。

 

とはいえ、俺が人間であるということに変わりはないのだが、大妖怪である紫と一緒に来たという時点でもはや人間扱いするのは難しいだろう。

 

そして何か良い言い訳等はないかなあと思いつつ、俺は1つだけいい案が思いついた。

 

それは久しく名乗っていなかった職名。地底では元なんて事も言って色々と頑張った時期もある。

 

だが、今回はその名を名乗るのに非常に都合がいいのではないかと感じてしまったのだ。

 

なぜなら、博麗霊夢が巫女であるという理由だからである。

 

原作では彼女は修行などはほとんどしない。いや、むしろしなくても最強なのだ。

 

だが、それでも危うい場面は幾度となくあったのかもしれない。俺はそこを無くしてみたいと思ったのだ。

 

なんとも自分勝手で憶測も甚だしいが、それでも俺自身がちょっとでも助けになればなと思い俺はこう言い放った。

 

「初めまして。自分は大正耕也と申します。ええと……博麗霊夢ちゃん……博麗ちゃんで良いかな?」

 

そう言うと、霊夢は一瞬戸惑ったような視線を紫に向けながらも、チラチラとこちらを見てコクリと頷く。

 

俺はそのしぐさになんとも言えない懐かしさを感じつつも、表情は崩さずに言葉を返していく。

 

「良かった、合ってるね……。じゃあ、まずはよろしくの挨拶と言う事で――――」

 

そう言いつつ俺は右手を出してよろしくを求める。

 

「握手しよう?」

 

霊夢は突然差し出された右手におっかなびっくりしながら、紫をチラチラと見やる。

 

紫はその霊夢のしぐさがかわいいと感じたのか、微笑みながら大丈夫よと言ってあげる。

 

その言葉にゆっくりと頷いた霊夢は俺に右手を出して。

 

「―――――――っ!!」

 

触れた瞬間に、まるで電流でも流れたかのように、手を離してしまう。弾かれる様に。

 

その瞬間に、俺は思わず

 

「あっ!?」

 

と、声を上げてしまう。これはもちろん霊夢に拒否されたことではなく、自分自身の行動の愚かさにである。

 

そう、恐らく、嫌確実にであろうが霊夢が手を引いてしまった理由は俺の領域にあるだろう。

 

先程切り忘れてしまっていたのだ。阿呆なことにも。

 

もちろん、この領域は相手の力を封ずる効果があるため、強大な力を持つ霊夢にとっては忌々しいモノ以外の何物でもないだろう。

 

なんともひどい事をしてしまったな、と心の中で自己嫌悪と申し訳なさがぐるぐると渦巻いてきた。ゆえに俺は領域を全てOFFにしてから、改めて手を差し出そうとする。

 

 

「紫……やっぱこの人何か変よ……?」

 

と、霊夢が言ってきたのだ。

 

変。確かに普通の人間とは違って創造を扱えたり色々と便利なことはできるが、まあ直接言われるとなんとも虚しい気持ちになる。

 

しかも、子供とはいえ霊夢は自我がとんでもなくはっきりと確立されているのだ。

 

「触った瞬間に力が抜けた……」

 

だからこそ、自分の身に起きた現象を確実に判断し、其れを言葉として口から出すことができる。

 

触った手を見てからこちらを睨みつけるような視線を放つ霊夢。

 

よほど衝撃的だったのであろう。恐らく彼女が紫に稽古を付けられてから一度も経験したことのない感覚。

 

力を封ずる側の彼女が初めて力を封じられる側になってしまったのだ。

 

だからこそ、彼女はあれほど驚き、俺を怪しみ、怒ったのだろう。

 

「む~……」

 

未だにこの感覚を忘れられないのか、霊夢は唸りながら自分の右手を見続ける。

 

とはいえ、それで諦める俺がいるわけもなく。

 

紫が霊夢に

 

「霊夢、失礼でしょう?」

 

と言うのを手で制し、再び右手を差し出す。

 

「さっきはごめんね。でも今は大丈夫だから」

 

そう言うと、霊夢は自分の手と俺の手、そして紫の三点を順々に見つめながら、数秒。やっと手を出す。

 

「ん……」

 

俺はその手を握って、ゆっくりと上下に。

 

霊夢はこういったことはあまり経験が無いのか、ちょっとだけ恥ずかしそうに赤面させる。

 

俺もなんだか恥ずかしくなってしまいそうだが、そこを何とか抑えて手を振る。

 

そして、十秒くらいの長い握手の後、やっと手を離すと霊夢は顔をさらに赤くさせて、トテトテと走って紫の後ろに隠れてしまう。

 

紫はその姿に苦笑しながらも、俺に向かって

 

「握手には慣れてないのよ……ごめんなさいね?」

 

「いやいや、大丈夫だって……」

 

そう言うやり取りをしていると、紫のドレスから顔を出してきた霊夢が一言。

 

「紫……大正耕也とどうして一緒に来たの?」

 

そう言うと、紫は俺が言おうと思った事を手で制し

 

「耕也は私の友人よ……?」

 

そうニッコリと答えるのだ。もちろん、俺も同じことを言おうとしていた。

 

だが、彼女には俺の言おうとしていた事は分かっていたらしく、こちらにウインクをしてきたが。

 

俺はそれに右手で笑いながら応え

 

「博麗ちゃん……自分は陰陽師って仕事もしてるんだ……」

 

そう言ってやる。

 

彼女がこの先危険な目に合わない様に、先程考えた事を今言ってみるのだ。

 

すると、霊夢は陰陽師という言葉に馴染みが無いのか、少し首を傾げただけで何の反応も返さない。

 

紫はそんな霊夢の反応に苦笑しながら、口を開く。

 

「霊夢……陰陽師と言うのは、霊夢と同じような仕事をするのよ……? 退魔師と言ってもいいかしら。とにかく霊夢?」

 

そこで紫は言葉を切って、霊夢の興味を惹かせる。

 

霊夢は紫を見上げるように、目を瞬かせて顔を見る。

 

紫はそんな霊夢の様子に満足するように、コクリと頷きながら口を開く。

 

「頑張らないと耕也が霊夢を抜かしてしまうわよ?」

 

そう、ここではあえて俺が下だと言っておくのだ。

 

実に俺の考えを良く分かっている紫。

 

霊夢は基本的に競争心が低いため、追いつけないなどといった突き放し等はあまり有効ではない。

 

だが、抜かされる、追いつかれるなどと言った少々煽りを強めにした言葉の場合だと

 

「何かいやねそれって……突き放すわ」

 

と、簡単に乗ってくれるのだ。

 

後は、その競争心を基に紫が最強の巫女に育て上げてくれるだろう。

 

俺は霊夢が言った事に対して、褒めてあげようと思い口を開く。

 

「お、負けないよ博麗ちゃん。でも良く言ったね……えらいえらい。ご褒美にたかいたかーいってしてあげよう」

 

そう言いながら、俺は両の手を前に突き出して受け入れる準備をする。

 

が、霊夢は紫の裾を掴みながら、プイと顔を横に向けてしまう。

 

先程の握手での事がまだあとを引いているのか、それとも唯子供扱いされているのが気に食わないのか。はたまた、唯単に恥ずかしいだけなのか。

 

そのどれともつかぬような顔をしながらそっぽを向く霊夢。

 

そして、そのままの顔で

 

「私、空飛べるからいいわよ……」

 

そんな事を言う霊夢。

 

勿論彼女は空を飛ぶ程度の能力を保有しているし、その能力を使って空を飛ぶことができる。

 

だからまあ、こんな事をされたくないという訳の材料に使ったのだろう。

 

まあなんというか、これも予想できたことなのかもしれないかも知れないが、俺には予想できなかった。

 

外見から判断して7歳程度の彼女らしからぬきっちりとした物言いにはさすがにまいった。

 

普通ならこの年ならたかいたかいくらいは普通に強請ったり受け入れたりするのだが……。

 

まあ、会ったばかりの得体のしれない男にされるのも気持ちが悪いと思われてるだけなのかもしれないが。

 

そんな事を思っていると、今まで傍観していた紫が突然声をかけてくる。

 

「あら、霊夢がしてほしくないのなら私がしてもらおうかしら……?」

 

と、霊夢に意味ありげな視線を送りつつ紫がこちらに近づく。

 

そんなことで霊夢が釣られるわけがないだろうと思っていると、意外にも霊夢が口を挟んできた。

 

「紫って年取ってるし重そうだから無理なんじゃない……?」

 

「なぁっ!?」

 

わずか7歳程度の少女のその痛烈な一言。

 

紫にとっては一生物のきつい言葉に違いない。むしろ大妖怪相手にそこまで言えるのは博麗の巫女故と言ったところか。

 

だが、言われた本人は溜まったもんではないだろう。現に言われた紫はプルプルと顔を赤くしながらうつむいている。

 

「ま、まあまあ紫、相手は子供なんだから……」

 

爆発しそうだと思った俺は、紫を鎮静化させるために声をかけていく。

 

すると、紫は俺に手をさっと出して制するように合図を出してから霊夢に向かって一言。

 

「おやつ無しにするわよ? 人に向かってそう言う事を言ってはいけません。分かった?」

 

思いっきり子供の弱点を突いたその物言い。もちろん言われた霊夢は口をへの字にして

 

「え~………………はあい、ごめんなさい」

 

と、すぐに折れて謝る。

 

紫は、其れに満足したようにため息をついて、まだまだやんちゃなのよねこの年は……と言ってから

 

「ほら霊夢。耕也は別に怪しい人じゃないから、少しだけ甘えさせてもらいなさいな」

 

紫は、先ほどの諭すような口調とは違って、極めて優しい口調で促していく。

 

言われた霊夢は少しの間だけ考えた後、自分にとって有利であると判断したのか、俺にトコトコと近寄ってくる。

 

そして、顔を赤らめながら

 

「ん…………」

 

両の手を突き出してくるのだ。その仕草は今まで見たなかで一番かわいいといっても過言ではない。

 

こちらを必死に見上げ、恥ずかしさを隠そうとするためか目を閉じて精一杯背伸びをして抱えてもらおうとしてくるのだ。

 

可愛くないわけがない。

 

とはいえ、勿論俺は外見的な意味でロリコンではないので純粋に可愛いと思うだけであるが。妹に対する評価に近いだろう。

 

俺はこの懐かしさを堪能しつつ、ゆっくりと霊夢を抱えて持ちあげる。

 

両脇に手を入れて持ちあげる霊夢は、今まで持ったどの荷物よりもずっと軽く感じ、まるで体重が無いかのようにすら感じるのだ。

 

「おお、軽い軽い」

 

持ち上げられた霊夢は、赤い顔を更に赤くして頬をぷっくりとさせる。

 

「ほーれ、高い高い!」

 

と、おもむろに俺は霊夢を一番高い所、つまりは腕をピンと伸ばした所まで一気に持ちあげたのだ。

 

すると、いきなりの高度の変化に驚いたのか、眼を丸くさせて固まる。

 

俺はそれに構わず、腕を折り曲げて霊夢を下に下ろしていく。そしてすぐさま思いっきり持ちあげる。勿論彼女の身体に負荷がかかり過ぎないように十分留意しながら。

 

そして、その高さを上げ下げしていくごとに、霊夢の表情はふくれっ面から段々と笑みへと変わり、そして

 

「ふふふ、あははははは!」

 

年齢相応の笑い声を上げるようになったのだ。

 

何とも嬉しそうに、笑う顔。本当に年齢相応であると俺は思った。

 

とはいえ、この表情を浮かべるのはこれが初めてではないだろう。今回はたまたま俺という闖入者がいただけであって、ソレが打ち解けるようになったまでというだけのもの。

 

俺はそう考えながら、霊夢が酔わない様にそっと地面に下ろしてやる。

 

下ろされた霊夢は、紫の元へと走って行き、足に抱きつく。

 

あらあら仕方がないわねえ。なんて言いながらも嬉しそうに紫は彼女を抱きとめ、背中をポンポンと撫でてやる。

 

今日は俺にとっては特別な日。

 

幻想郷ができてから初めて地上に昇る事が出来た特別な日なのだ。

 

だが、今回はたまたま霊夢に会う事が出来たが、次回は何時会う事ができるか分からない。此処には参拝者が来るのだが……もし俺が此処に入り浸っているという良からぬ噂がたてられたら、それこそ霊夢が危ない。

 

だから、今回は特別なのだ。

 

紫が完全に俺が商売できるようになるまで。

 

妖怪達の住む山の中なら、人と出会う事も無いだろうから、こっそりとなら地上に出られるだろうが、流石に重要拠点に行く事は今後もきついだろう。

 

後10年程経てば俺も出られるようになる。そう俺は予測を立てていた。

 

嬉しそうに遊ぶ紫と霊夢を見ながら…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うにゅ……耕也~……大丈夫……?」

 

「き、筋肉痛が…………いったたたたたたたたあ! 攣った攣った腕攣ったあああああああ!」

 

翌日酷い筋肉痛になりました。無理はするものではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 


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