食戟のトニオ・トラサルディー Sesame's Treet (ソーマXジョジョ)   作:ヨマザル

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カッフェ(珈琲)

「?!ッ……マエストロ・トニオッ、チェックをお願いしますッ」

「タクミ君のチェックの後は、私の仕事も見てくださいッ」

 

 トルタ・パラディーソをサーブし終えて再び厨房に戻ってきたトニオを、待ち構えていたタクミと涼子が取り囲んだ。

 

「おぉぉ……二人ともすでに仕込みが進んでいるのですネ……ディモールト・ベネッ!!」

 トニオはタクミと涼子が忙しく働いているのをみて、目を細めた。嬉しそうに二人が用意したブロードの材料を確認し、少し手を加え、寸胴に放り込み火をかける。

 三人はしばらく忙しく働き、肉の下ごしらえやソフリット作りをさっと終えた。

 これで今日の仕込みは、ほぼ終わりだ。

 

 トニオは、今日の仕込みは少な目にしていた。なぜならもう一つ、タクミと涼子がやらなくてはならない仕事があるからだ。

 客がほとんどいなくなった頃、トニオは二人に向かって3本の指を立てて見せた。

「……では、お弁当を作ってください」

 

「ハイッ!」

 タクミと涼子が元気よく返事をした。

 

◆◆

 

 数時間前……

「美味しいケーキでしたね。さて……我々はそろそろ行きましょうか」

 満足げにフォークを置くと、ジョルノは立ち上がった。

「正直、まだ時差ボケでキツイんです……明日に備えて今日は休みましょう」

 

「あら……時差ボケなら、まだ寝ちゃダメよ。いま寝たら夜中に目を覚ましちゃうわよ」

 ルチアが口をとがらす。

 

「少し仮眠をとるだけですよ……」

 ジョルノはにこやかに言った。

「大丈夫です。3時ごろに起きてきちんと日の光を浴びていれば、ちゃんと体内時計は更新されますよ」

 

「おぉ……そうだな。ちょっと休むか」

 ミスタも、わざとらしく大あくびをして見せた。

「あんまりボケボケした頭でこの辺りを歩き回りたくね──からな」

 

「ええ……行きましょう。ニーノ、ルチア、ここまで案内してくれて、ありがとうございました。おかげで道中退屈しなかったし……素晴らしい料理を食べることができました」

 料金はおいくらですか? 

 

 財布を取り出そうとしたジョルノを、ルチアが遮った。

「あら……お金なんて、要らないわよ。イタリアで困っていた私たちを助けてここまで送ってくれたのだもの……これはお礼よ」

 

「いえ、ダメですよ……僕たちは大したことをしたわけではないです。こういう事は、きちんとしなくてはね」

 そういうと、ジョルノは強引にお金をテーブルに置いた。そしてジョルノはミスタを連れてさっと店を出ていった。後には何やら『爽やかな』空気だけが残った。

 

 ニーノが店を飛び出した。立ち去ろうとする二人を呼び止める。

「ねぇ、ジョルノ…………さん……待ってよッ!」

 

 少し眉間にしわを寄せ、ジョルノが振り向く。

「何ですか?」

 

 ド ド ド ド ド ド ド ド ド ……

 

 一瞬、本来の『凄み』の片りんを垣間見せたジョルノに、ニーノは気圧された。だが、すぐに気を取り直しジョルノを問いただした。

「本当に……タマタマ杜王町に来る用事があったの? それで、たまたま俺たちに会ったってぇの?」

 

「ちょっと何を言ってるのよ! 親切にしてくれたジョルノさんに、失礼でしょ」

 ルチアがたしなめる。

 

「いえ……僕も確かに『奇妙な偶然』を感じます」

 ジョルノは今は柔らかな笑みを浮かべている。先ほど見せた『凄み』は一切感じさせない。

「アナタ達とは、きっと何かの『縁』があるのでしょうね。そういう事です」

 ジョルノはそう言うと、なおも何か聞きたげなニーノに背を向け、去って行った。

 

◆◆

 

 そのとき、厨房は再び動き出していた。これからタクミと涼子がお弁当の案を、トニオに説明するのだ。

 

「……タクミ君、頑張ろうね」

「ああッ!」

 

 二人はパンッと手を打ち合わせ、調理に移った。

 涼子は牛乳に火をかけ、じっくりと温め始める。その合間を見て魚介類の下ごしらえを進めていく。

 タクミはまず米を洗い、次に用意した牛肉の下ごしらえを進めていく。肉の筋を取り、切り分けていく。

 どちらもトニオの店で学んだ、仕込みの手順だ。学んだやり方を、心を籠め、丁寧に進めていく。

 

 肉をブロードで茹でていく。

 下ごしらえをした魚介に衣をつけ、揚げていく。

 パンを切り、軽くあぶる。

 

 二人は打ち合わせたとおりに手際よく作業を進めていく。

 そして……

 

「……できました」

 タクミと涼子は、トニオの前に二つのバスケットを差し出した。

「……チェック、お願いします」

 

「どれ、いただきましょう……楽しみですね」

 トニオは手をこすりあわせ、弁当の包みを手に取った。おしゃれな包装紙だ。

「フム、包装を工夫したのはコストダウンのためですか?」

 

「ええ……少しでもコストを下げて、そのぶん食材にコストをかけようと考えました」

 

「ナルホド……」

 トニオはうなずいて、一つ目の包み紙を開く。包みから現れた弁当を見て目を細めた。

「ふむ……パニーノ(イタリア風サンドイッチ)ですか……」

 

 ロゼッタと言われる丸いパンがある。表面はパリッとしており、なかは空洞になっているローマのパンだ。その空洞部におかずを詰めたサンドイッチはイタリアンの定番サンドイッチだ。その『薔薇の花に似ている』と称される美しいパンの上半分を、トニオは持ち上げた。

 パンの中には緑鮮やかなサラダが詰められており、その真ん中には、5種類のフリット(フライ)が詰められていた。緑が美しいサンドイッチだ。

 

「中の具を工夫してみました。中に入れたのは……名付けて、インサラータ・ディ・セッテ・グラーノ(七穀米のサラダ仕立て)……それに、フリット・ミスト(イタリア風フライの盛り合わせ)です」

 タクミが言った。

 

「七穀米に含まれているのは……米、小麦、大麦、蕎麦、キビ、ひよこ豆、栗……ですか」

 

「……キャンプの時にトニオさんが作られたサラダを、真似してみました……七穀にしたのは七草粥からイメージを貰ったからです」

 涼子が補足する。

 

「なるほど、七穀を軽くあぶって香ばしさを出しているのがイイですね。それでフリットの具は……」

 

 トニオの質問に、またも涼子が答えた。

「入っているのは、イワシ、イカ、トマト、しいたけ……それとエビのフリットです」

 

「……魚介のフリットですカ。なるほど……フィッシュバーガーを意識したのデスネ?」

 トニオは両手でロゼッタを掴み、大口を開けてかぶりつく。

「味も食べやすさも、最高ですね……おや、この包みはなんですか?」

 

 そう言うと、トニオは包みの中に残っていた小さな包みを開く。その中には一口大のゼリーが入っていた。

 

 タクミが説明する。

「寒天ゼリーでエスプレッソを固めて、フルーツボンボン風にしています」

 

「これは……ジェラチーナ・デ・カッフェ(コーヒーゼリー)……ですか」

 でもコーヒーゼリーはイタリアンでは一般的ではありませんね

 と、トニオが顔をしかめる。

 

「はい……でも、にじむらでは、抹茶のゼリーをお弁当に入れると聞きましたので……我々も合わせたら、お客さんが喜ぶかしら……と」

 

 涼子の言葉に、ナルホド……一理ありますね……と、トニオはうなずいた。包みを開け、ゼリーを口にほうり込む。

「ムッ……これはゼリーを凍らせてあるのですね……なるほど、グラニータ・ディ・カッフェ(エスプレッソのかき氷)の要素も取り入れている……と言うわけですか」

 トニオは大きく頷く。

「……ベネッ! 気に入りました」

 

 やった……

 タクミと涼子は顔をほころばせた。何日も、忙しい勤務の中で睡眠を削って考え抜いたかいがあった。

 

「フム……では、もう一品をいただきましょう」

 トニオが残ったもう一つの弁当に手を伸ばす。

 その弁当は、オーソドックスなプラスチックの丼の中に入れられていた。ふたを取って中身を確認したトニオの目が、面白そうに開いた。

「リゾーニですか。面白いですネ」

 

 リゾーニとは、お米の形をした小さなパスタのことだ。つるつるの触感が魅力的なパスタで、イタリアでは米の代わりに使う事もある。

 

 タクミが説明した。

「はい。リゾーニを、牛をベースとしたブロードをベースにしたソースに絡めて、キノコのリゾット風に仕立てました。その上に牛肉と牛タンのレッソ(茹で肉)をのせています」

 

「……牛丼を再構成したものです」

 涼子が付け足す。

「邪道かもしれませんが、ブロードには日本酒とお出しも入れて、和風パスタのような味わいも出しています」

 

「なるほど…………」

 トニオはじっと黙りこんでいる。スプーンを取り出し、リゾーニを1すくい……そしてレッソを齧る。

 

「……ゴクリ…………」

 

「良いですネ……少し、奇をてらいすぎていますが……でも丁寧な仕事の上に成り立つ味です……気に入りました」

 

 その言葉にタクミと涼子はやったッ! と手を打ち合わせる。

 

 そんな二人に、ノンノン……とトニオは人差し指を振って見せた。

「ただ、どちらの品もこのままでは出せませんよ…………とってもいい品ですが『トラサルディー』の名前をつけるには物足りないです。ダカラ、少し手を加えマショウ」

 

「アドバイスをしますから、もう一度一品ずつ作ってくだサイ。まずはパニーノのほうをお願いします」

「ハイッ!」

 タクミと涼子は、緊張しつつも充実感を感じながら、再び料理を再開した。

 トントントン…………

 

 その様子をトニオは腕組みをして見つめていた。しばらくそのままの姿勢で、ピクリともしない。

 初めてトニオが動いたのは、涼子がイワシを取り出したときであった。トニオは涼子の手を掴み、イワシの処理を止めさせた。

「ダメ、そのサバキかたは。具材に余計なストレスを与えて身だれを引き起こし、そして味わいをわずかに損ねます。良いですか、まず、包丁を使うのは最小限にして下さい。金気が付きますからね……そして、こうします」

 そう言うと、トニオはさっとイワシをさばいて見せた

「ここを、手でさく…………手の熱で肉がだれないように、一瞬で……優しく、クリームを触るつもりで」

 

「ハイッ」

 

 トニオは今度はタクミの手もとを見て、首を降る。

「この調味料の使い方は、ダメ」

 そう言って胡椒ひきをタクミの手から取り上げる。

「先にこっちを……」

 そう言って岩塩を渡す。

 

 …………

 

「涼子、その厚みの鍋にその量の油を使うのであれば、フリットを揚げるための火力が強すぎデス。もう一回りスパゲティー1本分ダケ、火を小さく……」

「タクミ、集中しなさい……油の温度を正確に感じるのデス」

 トニオの熱心な指導は、夕刻の開店直前まで続いた。

 

◆◆

 

 その夜も、店は殺人的な忙しさであった。

 昨晩のキャンプ疲れが残っていて、まだ体が重い。

 だが弁当作りに目処が立ったタクミと涼子は、晴れ晴れとした気持ちで調理に、接客に、取り組んでいた。

 

 そんな中……

 ガチャ……

 

 込み合っている店に、二人の外国人が顔を出した。

 彼らは明らかに普通の人間(カタギ)とは異なる服装を身にまとっており、独特の雰囲気を発している。そんな二人を見て、ホンの少し客がざわめいた。

 やって来たのはジョルノとミスタの二人だ。

 

「ゴメン下さい……夕食をご馳走になっても、良いですか?」

 出迎えた涼子に向かって、ジョルノがにこやかに尋ねた。

 

「……もちろんです。どうぞ……」

 涼子は、ジョルノとミスタをたまたま空いていた室内の一席に、案内した。

 二人を着席させると、今度トニオを呼ぶために厨房へ顔を出す。

「トニオさん……今朝のお二人がご来店です……今朝来られたイタリアの方です」

 

 涼子がそう告げると、トニオは『ああ、お客様ですか……』と、なんの気負いも無さそうに返事をして店に出ていった。

 いたって平然と二人に話しかけ、握手をして厨房へ戻った。そして普段の客と同じように、二人に対するコース料理を作り始めた。

 

◆◆

 

「なぁお嬢さん、アンタはどう思う? 『食べることを深く考えるってことは、幸せに生活しているか? ってことに繋がる……』そうは思わねぇか?」

 ミスタはセコンド・ピアットをサーブしに来た涼子に向かって、得意げに自説を披露した。

 

「はぁ」

 

「つれねぇなぁ。だが聞いてくれよオレは、いっつも肉を喰うたびに思うんだよ……『やっぱり、旨い草を食べている奴の肉は、旨い』ってな。いい牧場で育った牛の肉は旨いだろ?」

 

 どう思う? 

 

 突然の質問に、涼子は目をパチクリとさせた。

 

「だからきっと、草を食ってねェ肉食の生き物の肉は臭いってことだ」

 ミスタはドヤ顔でうなずいた。

 

「……そうですね、言われて見れば…………」

 涼子は戸惑っていた。

 このミスタと言う男は、今朝あった時はイタリア語しか話せなかったはずなのに……何処でどうしたのか、今はペラペラの日本語で捲し立てている。

 だいたい、こんなコテコテのイタリア人がこんな地方都市にいるのもおかしい。

 

「オイオイお嬢さん……あんたも料理人なんだろ? 聞いたぜ」

 ミスタがパチッとウィンクした。

「……アンタの料理のテツガクを聞きてぇーな……何かあるんだろ? そんで、アンタが作るセクシーな料理を食べてみてぇな…………」

 

(ウワッ、このひと濃いッ、ちょっと苦手かも…………でもお客様だし……)

 

 少し困っている涼子に助け船を出したのは、ジョルノであった。

「ねぇ、ミスタ……その理論で行けばニワトリはあんまりおいしくないのでは? ニワトリが食べているのは穀物や虫で、草じゃあないのだからさ」

 鶏肉が苦手なジョルノが言った。本当に嫌そうな口調だ。

 ちょんと、フォークで皿の上の鶏肉を突っつく。

 

 ミスタは、わかってねぇな……とばかりに肩をすくめた。

「オメェ―は、なぁに言っているんだよ。トニオさんの出してくれた肉がマズイわけねェよ……朝のドルチェも、とんでもねぇ良い味だったじゃあねェか……これまでに出てきた前菜も、一皿目のパスタも、最高だったぜ……この流れでメインディッシュが不味いわけねぇだろ」

 

「確かに……でも、これは……」

 ジョルノが苦渋に満ちた声を上げた。実はジョルノは、子供のころから鶏肉が嫌いなのだ。

 

「実はお客様、このお肉はトニオが焼いたものではありません。トニオのアシスタントが焼いたものです」

 涼子が言った。この肉はトニオの監視の下でタクミが焼いたものだった。

 

 それを聞いたジョルノが、少しほっとしたように言った。

「トニオさんが焼いたのではない……なるほど、ならばミスタ、やはりこれは食べない方がいいのでは?」

 

 ミスタは肩をすくめてジョルノの訴えを無視し、代わりに涼子へ話しかけた。

「なぁ、セクシーなお嬢さん……コイツぁ何てぇ料理だい?」

 

「……会津地鶏の悪魔風(アッラ・ディアボロ)です」

 涼子が答えた。

 

<ナレーション>

 ──────────────────────────────────────────

 解説しようッ! 

『鶏肉の悪魔風』(アッラ・ディアボロ)とは、鶏肉を開き、スパイシーな香辛料をまぶして焼き上げたものであり、トスカーナの名物料理であるッ! 

 何故悪魔風と呼ばれるのか? その解釈は2つあり、1つは、鶏を開いた形がマントを広げた悪魔の姿に似ている……と言う物。もう一つは、赤く燃え上がるように調理するという意味なのだッ! 

 皮はパリパリ、肉はジューシーなその料理は、トスカーナからヨーロッパ中に広がり、フランス料理などにも応用されているッッ

 ──────────────────────────────────────────

 

「ディアボロ、ですか」

「まぁ……やっぱり、そうだよな。見りゃなんとなくわかるぜ」

「ですね……」

 その料理の名前を聞いて、なぜかジョルノとミスタが苦笑した。

 事情を知らない涼子は、そのリアクションが理解できずぽかんとしている。

 

「ディアボロ……ね。そうであれば食べないわけには、いかないか」

 ジョルノはそう言うと、ホッとため息をついた。そしてナイフを使ってひときれを切り分ける。

 鶏肉にナイフが入ると、中から透明な肉汁がブシュと溢れ出る。いい匂いだ。

 ジョルノはその切り身にフォークを刺し……しばらく真剣な表情でその切り身を睨み付けていた……かと思うと、一口に口に入れるッ! 

「ウォッ……」

 鶏肉を噛み締めたジョルノの顔つきが、変わるッ! 

「こっ、これは…………なんだと……うっ、美味いッ!」

 もうひときれ、さらにひときれと、ジョルノは食べ続ける‼

「鳥なんて……僕は苦手な食材だったのにッ! これは……」

 

 ミスタが、ピュウッと口笛を吹いた。

「うっ……この、肉の中に入っているのは……こっ、こりゃあ、骨じゃねぇぞ! ……すべての骨が抜かれてやがるッ!」

 

「驚くべき手際ですね……そして骨の代わりに入れられているのは……香草? それに、鳥のレバーを使った細いソーセージ……サラミ?」

 

「こりゃあスゲ──―ッ! 一口食うたびに、口の中で鳥の脂と、さっぱりした肉、プリッとしたソーセージの噛みごたえ、香草の香り……それに、この皮にたっぷりかけられたコショウとチリが、踊るウッ! 踊るッ!! 例えるならこりゃあ『イカシたディスコでゴージャスなネーちゃんたちが、バッチシリズムに乗ってブレークダンスを踊っている』みてぇなパンチ力の味だゼッ!」

 ミスタは腰を浮かせると、リズムに乗って腰を動かし始めた。

 

 そんなミスタをジョルノがたしなめる。

「……ミスタ、他の客の迷惑になるようなことはやめようよ……僕たちはここではよそ者なんですから」

 

「おっと、そうだったな……悪かったよ『ジョジョ』さんよぉ」

 注意を受けたミスタがバカ恭しく答えた。

 

「ミスタ……その呼び名は部下がいないときは使わないでください。落ち着かないから」

 

「はぁ? 何言っているんだオメェ―、今さらよぉ……おっとジョルノ、いま来たこの付け合せの白豆を食ってみろよ……これもトスカーナの味だぜ。絶品だぜッ!」

 不機嫌になりかけたミスタは、好物であるトスカーナの白豆を口にして、一気に上機嫌に戻った。

 

「……本当だ。スゴイな……」

 

「しかしスゲ―よな……いったい誰が、日本の地方都市にこんな超本格派のイタリアンレストランがあると思うよッ!」

 

 ジョルノとミスタは感嘆の声を上げながら食べ続ける。

 

 そして……

 

「キミ、ちょっといいですか?」

 

 ジョルノに呼ばれた涼子は、ビクッと反応する。

 慌てて近づいてくる涼子に向かって、ジョルノは『ぜひ、この肉を焼いた料理人に会いたい』と言った。

 

◆◆

 

「……お味はいかがでしたか、お客様」

 タクミは緊張しながら尋ねた。

 

「この肉は、アナタが焼いたのですか。……ずいぶん若い料理人だったのですね。えぇと……気を悪くしないでほしいのですが…………あまりにも上手に焼かれているので、てっきり本当はオーナーのトニオ氏が焼かれた肉だと思っていました」

 ジョルノが意外そうに言った。

「……失礼だけど、その年齢でこれだけのものが作れるなんて……君は『素晴らしい才能』の持ち主なのですね」

 

「恐れ入ります」

 タクミは頭を下げる。

 正直、困惑していた。彼らが『カタギ』の人間ではないことは一目見ればすぐにわかる。いくらタクミが料理バカであったとしても、イタリアで育った男である。いわゆるマフィアの存在は知っているし、見分けもつけられる。

 彼らは『本物』だ。ジワリ……と手のひらから汗が染み出る。

 

「アンタ、イタリア人かよ」

 面白れぇーな

 そんなタクミの困惑を知ってか知らずか、ミスタは快活に言った。

「イタリア人のアンタが、イタリア人のシェフの所に修行に来るってことは、イイ。そりゃあ、当然ってことだぜ……だがそれが、ワザワザ日本の店だってのが、面白れぇな……まぁ、このトニオさんの腕を知ってみりゃ、不思議ないかも知れねーけどよォ」

 

「私は、日本人の父とイタリア人の母を持つ、ハーフなのです」

 なぜかタクミは、話すつもりがなかった自分の素性を説明しだした。

 

 ジョルノの顔が、へぇっと興味深げに変わった。

「そうか……君も……じつは僕も、母は日本人なんだ……」

 

「えっ? そうなんですカ……」

 タクミの目がまん丸に見開かれた。

 

 海を渡った異国で、同国人……それも家族構成が似ている人に会うのは、うれしいものだ。

 少しジョルノに対して親近感を抱いたタクミは、もう少し話をしたい気持ちになりかけていた。だがそのとき、時計がチラリと目に入った。

 タクミは焦った。ジョルノ達に呼ばれてから、もうずいぶん経っている。その間、トニオが一人で料理を続けているのだ。

 早く仕事に戻らなくてはならない。タクミは、そろそろ仕事に戻ります……と二人に頭を下げた。

 

「ああ、そうですね。忙しい中、引き留めてしまってすみませんでした」

 ジョルノも頭を下げた。

 

「おおぉ……フィレンツェに行く機会があったら、お前の店……アルディーニに顔を出すぜ」

 ヨロシクなぁ? ミスタもタクミに手を振った。

 

 タクミはもう一度頭を下げ……ある事に気が付いた。

「あれ……? コックコートの袖のボタンが無いぞ?」

 タクミは首をかしげた。いつの間にか、そでのボタンが取れていたのだ。

 

 ……その代わり……に、タクミのヒジには小さなテントウムシが止まっていた。

 テントウムシはタクミが気づかないうちに肩まで上がっていき、そして飛び立っていく。

 

 テントウムシは、弧を描いて飛び、レストランの入り口に向かう。

 小さい虫が飛んでいても、店内のだれも気が付いていなかった。

 

 だが、そのテントウムシは、レストランのドアをくぐる前に、ちょうどドアを開けて入ってきた客に捕まえられた。

 

「お久しぶりです……いらっしゃいませ」

 慌てて涼子が気難しい客を出迎える。

 

 一方、その客を見て、ジョルノが手を上げる。

「ワザワザ来てもらって、ありがとうございます」

 

「……フン……」

 客は、案内の涼子を断って、ジョルノとミスタのいるテーブルに向かった。二人の前の空いている席にドガッと座り込む。

 

「……フン……約束通り、『取材』をさせてもらうぞ」

 岸辺露伴は尊大な口調で言った。

 

 一方その頃、タクミは厨房へ戻りかけていた。そして、なくなったと思った袖口のボタンがちゃんとついているのを見つけて、おかしいな……と、首をかしげていた。


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