食戟のトニオ・トラサルディー Sesame's Treet (ソーマXジョジョ)   作:ヨマザル

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ドルチェ (デザート)

「…………野外はバイキンの巣だからね。だから腐敗させないことが大事なわけ……獲った獲物の血抜きも、内臓の処理も、そのためよ……」

「吉野……それで、アンタ……自分で狩りをしたってワケ?」

「えっ、ああ……やってないわよ。だって、私は猟の許可を持ってないからサ。見学だけよ……スミレ姐と、イクロー親方の狩りの見学……それから獲物の処理をやらせてもらってたの♡」

「……ゲヘヘヘッ、しってるかいッ!! カミキリムシの幼虫は、みるきぃーで、あまくて、おいちぃ────―んだぜぇぇッ!!!!!!」

「…………『観る』のはお客様だけじゃないわ……素材も、厨房の中での仲間の様子もよ……」

「ギャハハハッ! キッキッギツッ……」

「ちょっと……誰か丸井クンに、『金色のジュース』を飲ませなかったか……」

「あら、『ジュース』なんだから、イイじゃない……そうだタクミ君、『お米を発酵させたジュース』が余ってるんだけれど、飲む?」

「…………」

 

 リリリ……

 虫の音が鳴るなか、夜の海岸での宴は続いていた。

 

 と、トニオのポケットから、帯電話の呼び出し音が鳴った。

「失礼、妻からです」

 トニオは電話を取り、イタリア語で応答しながら皆から離れ、焚き火の光が届かない物陰に移動する。

 

 と……ガクンと、吉野の頭が落ちた。

「!? ……ええと、どこまで話したっけ?」

 吉野が大あくびをかみころして言った。

 

「……あら、もうこんな時間か……ずいぶんと遅くなっちゃったわね」

 スミレが腕時計を見た。そろそろね、と腰を浮かせる。

 スミレの隣にいたイクローも、大きく伸びをした。

 

「じゃあ、寝ようか」

「……寝る?」

「寝床は用意してあるよ……君達が料理をしてくれている間に作っておいたよ」

 イクローが涼しい顔で言った。

 

 涼子が振り返ると、火から離れた暗がりになにか木の塊のようなものが見えた。よく見ると、木の枝をさしかけて作られた簡単な小屋だ。それが3軒、いつの間にか建っていた。近寄ってみると、木の枝で作られた枠組みのなかに落ち葉がいっぱいに詰め込まれて、壁になっているのがわかった。

 

「……スゴ、いつの間に」

 感心しかけた涼子は、ここに自分達が泊まるらしい……ということに思いが行き、青くなった。

 

「ちょっ……うそでしょ」

「……ここに、泊まるのか?」

 思わず固まる涼子とタクミ。二人にはこんなワイルドなところに泊まった経験がないのだ。

 

 だが、同級生の他の二人はむしろ喜んでいた。

「ええっ、今日はこんなに『いいところ』に泊まれるんですカッ?」

「やったぁ♡! 屋根があるわッ……」

 

(……アンタ達、一体これまでどんな暮らしをしていたの?)

 感動する丸井と吉野を見て、涼子はゾッとしていた。今更ながらに、億泰が自分達のことを『ラッキーだな』と言った意味を思い知らされる。

 

「ええ……お友達と積もる話もあるでしょうし、今晩はここで寝ましょう」

 スミレは、(感動している)吉野と(渋る)涼子を連れて一軒の小屋に入っていく。

 

 戸惑っていたタクミは、自分の隣で喜んでいる丸井を見て、ため息をついた。

「くっ……仕方ないか」

 

「丸井クン、タクミクン、君たちの小屋はここデス」

 

「……ハイ……」

 イクローが指示した小さめの小屋に、タクミと丸井は入り込んだ。

 

「へぇ……」

 小屋の中は思ったよりも風を通さないように出来ているようだ。懐中電灯であたりを照らすと、床にも木枠が組まれて枯れた下草が敷き詰められているのがわかった。その上におかれた寝袋にはいってみると、意外と暖かだった。少し床が固いが、これくらいなら問題なく眠れるだろう。

 二人はそそくさと寝袋に入り込み、懐中電灯を消した。

 暗闇の中、同級生同士で会話を交わす。

 

「……丸井クン、君はずっとこんな暮らしを……」

「イヤイヤ…………今日はすごくいいほうさ……なんてったって、屋根があるんだから……」

「何だって……ずっと野宿だったのか」

「ああ……寝袋の上に落ち葉をかけて寝たりしてた……でも、最初は大変だったけど、もうなれたよ。それに僕たちの仕事は日々の食料調達と、料理だからね……僕の知識をもってすれば、か、簡単さ……」

(……とても簡単そうには、見えないけど……)

 

 丸井はタクミに、この一週間余りの生活をとくとくと話した。杜王駅で別れてからすぐ山に入り、それからはずっと山の中で生活していたのだそうだ。その間、渓流の水を汲んだり、たき木を集めたり……イクローの取ってくる食材(昆虫含む)で料理を行ったり、大変な暮らしだったらしい。

「ぼ……僕は、このスタジェールで筋肉と……それから昆虫料理の実践知識を得たよ……」

 丸井は自慢げ? に言った。

「僕は自分の弱点を知っている……このスタジェールで、た、た、体力を手に入れるんだ……」

 

「そう……それは、よかったな」

 だがタクミの目には、丸井は筋肉が付くどころかむしろやせ細り、骨と皮ばかりになっているように見えていた。しかしフラフラな丸井にそれを指摘するのもむごい。

 タクミは黙っていてあげようと決心し、ニッコリとうなずく。

 

 だが、続く丸井の言葉は、タクミの愛想笑みをあっという間に打ち消した。

「……ところでタクミ君…………さっきは、どうして炭火であぶった肉に、チョコレートをつけたんだい?」

 

 気づかれていた……

 だが当然かもしれない。実はトニオにも後で指摘されていたのだ。たぶん涼子も、吉野も気づいていただろう。

 タクミの料理が失敗作であったことを。

 

 タクミは素直に答えた。

「……あれは、失敗だった……考えすぎたんだ……」

 そう、それは試食した時にタクミも思ったのだ。せっかく串焼きにしたのだから、リスの野性味をシンプルに生かすべきだった。それに、せっかくたき火の燠で肉を焼いたのだ。その煙が生み出した苦みがあれば十分だった。

 あえてチョコレートをぬったことで、串焼きに余計な苦みがまし、そしてどことなく人工的な味わいさえもを与えていたのだ……

 

「……そう、まぁ初めての食材だものね……リスなんて僕だったらお手上げだったし……あれを短時間であそこまで仕上げたのだもの、さすがだよ……君は…………」

 丸井はそういうと大きなあくびをした。

 

 タクミは少ししょんぼりして丸井のフォローを聞いていた。初めての食材だとか、そんなこと言い訳にもならない。大体タクミは、ジビエの本場フィレンツェの出身なのだ。遠月学園の宿泊研修の時には、生きている合鴨を捕まえ、自分で〆て料理を作ったこともある……

 

「……タクミ君…………幸平は幸平……君は君の料理をした方がいいよ……」

 

 少し驚いたタクミが、寝袋の中で身をよじって丸井のほうを見る。だが体力の限界に達していた丸井は、その言葉を発した後、まるで気絶しているかの様な深い眠りについていた。

 

 そうかもしれない。

 『あの男』の破天荒な発想……自分は無理にそれを真似しようとして、失敗したのかもしれない……

 タクミは小屋の隙間からこぼれる月の光を見ながら、そう考えた。

 しばらく、眠れなかった。

 

◆◆

 

 翌朝……

 

 腕時計で時刻を確認したタクミは、大慌てで起き出した。

 外はまだ暗い、だが料理人の朝は、早い。隣で気絶していた丸井もすでにいなかった。

 

 外に出ると、すでに誰かが起きていたらしく、たき火がたかれているところであった。朝の海は風がない。たき火の煙はまっすぐ上に登っていた。

 

 タクミを見つけて、たき火の前に座っていた人影が立ち上がった。

 丸井だ。丸井はたき火の前に再びしゃがみ込んだ。何かを火であぶっているところのようだ。

 

「おはようッ!」

「……おはよう……」

 丸井は火の前でボソッと挨拶を返した。昨晩のハイテンションとは程遠い、ショボくれた声だ。

 

「何をあぶっているんだい?」

 

 たずねたタクミに、丸井は串を持ち上げて見せた。串にはウナギの様なものが巻き付けられている。

「……ウツボだよ……昨晩、育朗さんが捕まえてくれていたんだって」

 

「ウツボ? へぇ……」

 食べたことが無いな……タクミは、丸井に断わってほんの少しだけウツボをつまんでみた。思ったよりジューシーでかみごたえのある味だ。焚き火の薫りが移っているのも、いい。

「……うまいな」

 

「日本でも限られた地域の郷土食として食べられているんだ……田所さんの方が、詳しいと思うよ」

 丸井は、郷土料理研究会に属する友人の名前をあげた。

 

 バチッ

 

 たき火にくべられた木が、はぜた。

 

 隣のシェルターから、涼子、吉野、そしてスミレが顔を出した。

「お早うッ」

 吉野がブンブンと手をふっ、そそくさとシェルターから出てくる。

 

「お早う!」

 

「……アンタ達こそ、早いわね…………ところで、トニオさんと育朗は? ……」

 スミレがたずねる。

 

 その言葉が聞こえたかのように、トニオとイクローが連れだって現れた。

 

「どこに行っていたの?」

 

「ちょっと、魚釣りと……荷物運びの手伝いを、ね」

 魚はたいして釣れなかったけど……イクローが肩をすくめた。

「あきらめて帰ってくるときに、海岸を散歩していたトニオさんに会ったんだ」

 

 タクミと涼子は、自分たちが持ってきた荷物がいつの間にかなくなっていることに気が付いた。どうやら早朝にイクローが車まで運んでくれたらしい。

「イクローさん……ありがとうございました」

 二人が頭を下げる。

 

「ハハハッ……いいんだ。あんなに軽い荷物、どうってことないよ……魚釣りのついでさ……」

 イクローがさわやかに答えた。

 手にした袋のなかには、綺麗に開かれたアジが何匹か入っている。

 

「親方ッ! すぐあぶりますッ」

 吉野がそのアジを受け取った。手慣れた手つきで小枝にさして、丸井の隣にしゃがみ、アジを火にかざして焼き始めた。

 

「さて……我々はイクローさんがとってきてくれた魚で腹ごしらえをしたら、すぐに帰りますよ」

 トニオが、声を張り上げた。

「すぐに、今日の仕込みに取り掛からねばなりませんからね」

 

「ハイっ!」

 

「それから……タクミ君、涼子さん……今日の営業が終わったら、お弁当を見せてくださいね……」

 

「ハイっ!」

 もう一度、タクミと涼子は大声で返事をした。

 

◆◆

 

 ブルルル

 

 キャンプから帰った三人は、杜王町に戻るとトニオの自宅に戻る前に市場に立ち寄った。

 そこで朝の仕入れをする。

 仕入れを終えてトニオの自宅に帰ってきた時には、朝8時半になっていた。

 

 ピックアップトラックが店の前に停車するか、しないかと言うタイミングで、ヴェルジーナが店のドアを開けて三人を出迎えた。

「お帰りなさいっ」

 ヴェルジーナは運転席から降りてきたトニオに飛びつく。

 

「おぉ……ヴェルジィ──……」

 満面の笑みを浮かべ、トニオはヴェルジーナを抱きあげた。その目がヴェルジーナから自宅の玄関に移り……

 思わず目を丸くした。

「……おお…………」

 その声が……感動に震える……

 

「フフフッ……驚いた? ついさっき帰ってきたのよ」

 ヴェルジーナがいたずらっぽい口調でささやく。

「アナタを驚かせようと思って黙っていたの……」

 

 玄関口には中学生ぐらいの子供が二人、顔を出していた。

 一人はショートヘアの茶色の髪をした、目鼻立ちのハッキリした女の子だ。もう一人はロングヘアーの生意気そうな目つきの男の子だ。

「パパ……ただいま」

 ショートヘアの女の子が少しぶっきらぼうに言った。

 ロングヘアーの男の子は黙って片手を上げ、コクっと顎を引いた。

 

「おぉぉぉ……」

 トニオの顔がゆがむ。その目が少し潤んでいる。

「ニィィーノっ! ルチィィィアッッ!!」

 叫びながら、トニオは飛びつくように自分の子供たちにかけよっていき、抱き着き、ほおずりをしようとする。

「……1月振りだ…………元気だったか…………」

 

 間一髪、子供二人は父の暑苦しい抱擁をかろうじて逃れた。

 

「ォォ……何故だ……娘よッ! 息子よッ!」

 

「パパッ! 他の人も見ているのに、やめてよッ」

「よせよ、父さん……」

 

「なぜだ……私の愛情は、誰にでも堂々と見てもらって構わないッ……」

 

「……絶対やめて……」

「男同士だぜ、もういい加減キモいだろ……」

 

 そんな夫と子供たちをヴェルジーナは苦笑しながら見守っていた。

「トニオもオーバーねぇ、まったく。たった一月、私の実家に遊びにいっただけなのに」

 

「……お子さんがいらっしゃったのですか?」

 涼子がヴェルジーナにたずねた。

 

「ええ……どちらも、中学二年生になるの……ロンゲの男の子がニーノ、ショートの女の子がルチアよ」

 ヴェルジーナが誇らしげに笑みを浮かべた。

「説明してなくて、ごめんなさいね。アナタたちのスタジェール期間中は帰ってこないはずだったの……私の母の実家に遊びにいっていたのだけれど、なんでも、急用が出来たとかで……急に帰ってきたのよ」

 

「ふうん……」

 タクミはこそこそと車から降り、買い込んできた食材を厨房に運び込み始めた。正直、そのくらいの年の子は少し苦手なのだ。

 タクミが働き始めたことに気がついた涼子も、あわてて搬入を手伝い始めた。

 搬入を終えた二人は、それぞれシャワー室に入っていく。早く汚れを落として、仕込みに入らなければならないのだ。

 

 一方トニオは、いまだに子供たちにしがみつこうと無駄な努力をしていた。

 と、『あることに気が付いて』トニオの足が止まる。

「あぁぁ……久しぶりだ……ハッ! お前たち、少し痩せたんじゃあないかッッ! お腹、減ってませんか? お父さんがすぐに何か作ってあげようッ!!!」

 動揺したトニオは、子供二人の手を掴み、厨房に走るッ! 

 

「とっ、父さつッ!」

 

 と、その時……

 

 コホンッ

 コホン

 咳払いの声が客席から聞こえた。

 

「……どなたですか」

 トニオが我にかえって尋ねた。

 

「……ああ、お父さんに紹介したい人がいるんだ」

 ニーノが言った。

 

「お二人には、イタリア滞在中はずっと世話になっていたの」

 ルチアも言う。

 

「!? ……」

 何かに気が付いたトニオの顔が、不意に険しくなった。トニオは黙って、ゆっくりと客席に座る二人組に歩み寄っていく。

 

 客席にいる男がさっと立ち上がった。立った一人は、ラテン系の、奇抜なニット帽をかぶった強面の男だ。

 そしてもう一人は、仕立てのよさそうなダークスーツを着た、金髪で長身の美丈夫だった。

 

 金髪の男がペコリと頭を下げた。

「トニオ・トラサルディーさんですね。お初にお目にかかります……私は、ジョルノ・ジョバァ―ナと申します。それから、この隣にいるのはグイード・ミスタです……イタリアのミネアポリスで、とある『事業』を営んでおります」

 

 トニオの目が、光る。

「『事業』を……ですか」

 

 ド ド ド ド ド ド ド ド ド ……

 

「ええ……ホテルを5,6店舗ほど経営しています……他にも、色々と……」

「お若いのに、『手広く』やっておられるのですね」

「いえいえ……どれも自転車操業ですよ。お恥ずかしい」

 

 ジョルノは微笑んだ。恥ずかしいと言いながらも、実に余裕のある口ぶりだ。

 

「で……何の用ですカ? ……開店まではまだ時間がありますが」

 トニオも口だけは微笑む。だがその目には、『つまらないオヤジギャグを聞かされているOLの目のような』冷たさが宿っている。

 

「明日の夜に、ここで会食をするんです……その前に、このお店とあなたにあっておきたかった」

 

「……なるほど……では、用はすみましたカ」

 

「ええ、アナタがどんな方なのかわかって、うれしいですよ…………」

 そういうと、ジョルノは自分のスタンドを出現させた。

 

◆◆

 

 ジョルノのスタンドは、黄金色に輝く華麗なスタンドであった。その黄金色のスタンドが口を開き、トニオに話しかける。

『あなたにあえてよかった……アントニーオ・ヴォルぺさん』

 

 その名を聞き、トニオは眉をしかめた。それはトニオが捨てた『過去』の名前だ。

 

 トニオもまた、自分のスタンドを出現させた。スタンド越しに話しかける。

『どういう事ですカ? 私は、その名前をずっと昔に捨てましたが』

 

『ヴォルぺ家の中でアナタの存在は、秘匿されていました』

 ジョルノは少し悲しげに言った。

『知らなかった……』

 

『ヴォルペ家が没落し、無くなったのは聞いています』

 トニオは沈痛な声でいった。

『みんな死んだと…………』

 

『……ええ』

 

『では、貴方はなぜここに来たのですかッ』

 トニオが詰問した。

『私は家族を愛するただの料理人です……ですが、イヤ、だからこそ、私の家族に手を出すことは許しませんよッ!』

 

 ジョルノはマリオの質問には答えず、別の質問をした。

『…………マッシモ・ヴォルペ……貴方の弟ですね』

 

『ええ、私の弟でした……危うい男だった…………』

 

『……間接的に、ですが、彼を《殺した》のは僕です』

 ジョルノは、すっと頭を下げた。そして、ある物語を話しはじめた。『恥知らず』と蔑まれた頭が良すぎる男の物語を……

 

◆◆

 

『そんなことが……知らなかった』

 トニオは沈痛な声で言った。

『私はそんなことが起こっていたのを、知らなかった…………バカな、弟だ』

 トニオはしゃがみこみ、床を見つめた。

 

『せめて、貴方に僕の口から直接説明できて良かった』

 ジョルノが穏やかに続けた。

『貴方の弟は《強力な麻薬を製造して》ヨーロッパ中にばらまいていました……未だにその後遺症に苦しんでいる人がいます』

 穏やかな声が、だんだん強くなる。

『貴方の弟は、大勢の人の人生を破壊した……自ら望んで薬に手を出した者だけじゃあない。夫を、父を、母を……子供を薬で失ったものもいる。望まず、無理やり薬に溺れさせられ、堕とされた人もいる』

 大勢の人が犠牲になった……ジョルノの目が冷たい光を帯びた。

 

『マッシモ……なんて恐ろしいことを…………忠告したのに……』

 ジョルノの話を聞いたトニオが、ガックリと肩を落とした。

『もし私が横にいれば……あるいは……』

 

『いえ、この話をしたのは貴方に謝ってほしいからではありません……トニオさん……僕は、貴方と《友達》になりたいのです…………一つ、《お願い》を聞いてくれませんか? 危険なことはありません……でも、《力を貸して》くれたら、僕は貴方に《借り》を作ります。《借り》は必ずお返しすることを、お約束します』

 そういうと、ジョルノはスタンドを消した。

 

◆◆

 

「今の話、考えておいてください。また来ますから……」

 ジョルノは椅子から立ち上がろうとした。

 

 その手をトニオがつかむ。

 

 隣にいたミスタと言う男が、さっと立ち上がった。

「おっと……その手を……」

 ミスタは腰に手をやりながら警告する。

 

 その瞬間、トニオがジョルノの手をパッと放した。

「ジョルノさん……ここはレストランです。せっかくレストランに訪れられたのですから、何か食べていってください……大して時間を取らせませんから」

 

 そういうとトニオは厨房へ戻って行った。

 その顔は、険しいままであった。

 

◆◆

 

「マエストロ・トニオッ! 仕込みの確認をッ」

 

 身支度を整え直したトニオは、考え込みながら厨房に入った。すると、待ち構えていたタクミと涼子がトニオを取り囲んだ。

 タクミと涼子は、すでに仕込み作業を始めていたのだ。

 

「厨房の掃除を終え、ソフリットとポレンタを作っておきましたッ。それから……」

 二人の説明を聞きながら、トニオはその出来映えをさっとチェックする。そして大きくうなずいた。

 その顔から、すっかり憂いが消えている。

 

「ベネッ! そのまま続けてくだサイ……そのあと、今日はブロード(イタリアンの出汁)を取ります…………野菜、肉、魚介……三種類のブロードをッ! ブロードの材料をそろえてくだサイ」

 少し考えて、付け足す。

「君たちはブロードを煮込んでいる間に、試作の弁当を作ってくださいッ!」

 

「わかりましたッ!」

 

 その返事を聞きながらトニオは小麦粉、卵、バター、砂糖、そして片栗粉を取り出した。その口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。

 

◆◆

 

「なぁジョルノ……いいのか?」

 何かいいかけたミスタは、トランプを片手に戻ってきたニーノとルチアを見つけて、口をつぐんだ。

 

「ジョルノさんっ、ミスタッ、オヤジが何か作ってくれるまで、トランプでもやろうぜッ!」

 ニーノが小走りに駆け寄ってきた。

 

「くぁらっ! ガキッ、『ミスタ サン』だろうが」

 

「へっ、そんなこと気にすんなよ……ちっせぇなぁ」

「にゃんだとぉ、このガキ…………」

「威張ってんじゃね―ゾ、オッサン」

 ミスタとニーノがギャアギャアと小うるさい掛け合いを始める。

 

「はぁ……止しなよニーノ。ミスタさん困っているわよ!」

 ニーノの隣に座ったルチアが、はぁ……とため息をついた。

 ジョルノのほうをキラキラと光る目でみる。

「スミマセン、弟がご迷惑をお掛けして…………」

 

「おいルチア……ふざけるなよ。たった10分早くママのお腹から顔を出したってだけで、姉貴ぶってんじゃあねぇぞ」

「何よ、事実じゃあないの」

「ケッ……」

 二人はプイッと互いの顔をそむけた。

 

「まぁまぁ、トランプ……やりましょうか。何をします?」

 ジョルノがとりなす。

 

「ダウトが、いいわ。飛行機の中でやり方は教えてあげたでしょ?」

「ええ、いいでしょう」

 

「四人でかぁ…………仕方ねぇなぁ」

 ミスタがため息をついた。

 

◆◆

 

 それから5ゲームはダウトをつづけた後で、ようやくトニオが皿を持ってやってきた。持ってきたのはドルチェ(デザート)であった。

「『天国のケーキ』(トルタ・パラディソ)です」

 

 わぁっと、ニーノとルチアが歓声をあげる。

「やったッ! パパの得意なやつだ」

 

「へぇ……」

 ミスタが懐かしそうにいった。

「そりゃあ、俺のマンマが得意だった菓子だぜ……」

 

『天国のケーキ』それは、きれいなドルチェ(デザート)であった。

 白い皿には、渦状の縞がある黄色いカップケーキがひっくり返して3つ並べられている。皿の隅にはオレンジと白色のジェラートが盛り上げられ、皿の回りを緑、白、赤の三色のソースで縁取っている。美しい出来栄えだ。

 

◆◆

 

<ナレーション>

 解説しようッ! 

『天国のケーキ』(トルタ・パラディソ)とは、1878年(ジョナサン・ジョースターとディオ・ブランド―が出会う二年前)にパヴィアのエンリコ・ヴィゴーニ が作り出したイタリアのケーキだッ! 今では家庭の定番の味とも言える一般的な菓子として親しまれている。それは、片栗粉が入っていて、ホロホロした素朴な触感の、だがしっかりとした味わいが楽しめるケーキなのであるッッ

 

◆◆

 

「さっすがパパ……このケーキをたった15分で作るなんて」

 ルチアが自慢げにいった。

 

「そういやあ、そうだな……このケーキ、こんなに早く焼けるのかぁ? 良く覚えてねェが、マンマが作ってくれたのは、この5倍はでけぇケーキだったが……1時間くれぇ焼いてたような気がすんなぁ」

 そう言いながら、ミスタはケーキを一口、口のなかに放り込む。その目が、パッと輝く。

「おおっ、これだよこれっ、このホロホロしてッけど、しっとりした食感が、たまんねぇんだよなぁッ…………うぉっ! こりゃあ『んんめぇぞおッ‼』口の中で溶けちまった」

 

「なんて美味しさなんだ‼」

 ジョルノも一心不乱にケーキにかぶりついている。

「僕はミスタと違って『母にケーキを焼いてもらったこと』なんてない……けれどこの味はッ……なんて素朴で、暖かい…………」

 

 二人の様子をトニオの子供たちは嬉しそうに見ていた。

「オヤジ特製のカスタードやベリー、それにピスタチオのソースにつけても、美味しんだぜッ! それから最後の一個は、このジェラートをのせて食べてみてよ!」

 ニーノはそう言うと、うずたかくジェラートをケーキの上にもり立て、食べ始めた。

 

「…………本当だ…………」

 試してみたジョルノが、感嘆の声をあげた。

「なんて美味しいんだ……三星レストランでもこんなに美味しいケーキは食べたことがない……今まで食べた中で、一番の味だ……」

 

「確かに、うっめぇぜ。これはよぉ!」

 ミスタはケーキを使って皿の上のソースをぬぐいとり、口にいれた。

「うぉっ! 天国のケーキにホンのチョッピリ感じるバターの旨味が、このカスタードと一緒に喰うとメチャメチャ増幅されるぜッ‼ベリーのソースに合わせりゃあ、ソースの濃厚な酸味と甘さが絡んで、まるでベリーパイみてぇだし、ピスタチオの香りもあうぜ…………それに全部のソースを混ぜて喰ってみりゃあ…………」

 ミスタは、目をつぶりフルフルと体を震わせた。

「こりゃあ、まさに『天国にいる』みてぇな、すげぇうまさだぜ!!」

 

「……ミスタ…………このパッションフルーツとミルクのジェラートを、ケーキと一緒に食べてみてください」

 ジョルノが震え声でいった。

「こんなにサッパリとしていながら、ミルクの甘さが濃厚なジェラートは、イタリアでも食べたことがありません。しかもこのケーキと一緒に口にすれば……その濃厚さは圧倒的だ。加えてパッションフルーツのお陰で、まったくくどくない…………」

 

「ア──ッ! うっまいゼ」

 

「フフフ、気に入ってくれたようで、良かったです」

 トニオが〆のエスプレッソ(普通の濃さのもの)を振るまいながら、言った。

 

 恍惚となったジョルノとミスタの脳裏に、ビジョンが浮かぶ……

 ────────────────────

 ────────────────────

 天国から、トニオが地上に向かって手を差し伸べている。その周りには、赤いトマトの精霊が舞い踊っている。天が割れ、光がさす。光が、二人を照らす……

 ────────────────────

 ────────────────────

 ビジョンは、去った。

 

「素晴らしい味でした……感動しました」

 ジョルノはそう言いながら、頭をかきむしっている……

 

「オイ、ジョルノッ。ボリボリボリボリはしたねーぞ」

 そう言うミスタも、脇の下辺りをボリボリとかいている…………

 

 例によって二人は頭や脇の下をかきむしり続けた。そして、まるでバレーボール大の垢をかきとり、唖然とする。

 

「なっ、頭痛が、消えた……」

「……お、オレ……なんか良い香りがすんなぁ…………」

 

「すごいでしょッ! パパのお料理を食べると、みんなとっても健康になるのよ!」

 ルチアがまるで自分のことのように、胸を張った。

 

「ワタシは、料理を食べてくださったお客様に美味しいと思っていただき、健康になって、そして幸せになって帰って頂く」

 それだけが、ワタシの望むものすべてデス。 トニオは、ジョルノの目をまっすぐ見て、静かに言った。

「…………しかし…………」

 トニオの声色が、変わる。

 

「?」

 

「シカシアナタたち、『許せませんッ』」

 

「?」

 

「アナタ…………どうやってニーノとルチアと知り合ったのですか」

 ナンパデスカ? 

 

「い、いや……そういうわけじゃあ…………」

「もしや、ルチアをナンパしたのですネッ‼まだ14才の女の子をッ!」

「いや、落ち着けよ…………」

 なんとかなだめようと、ミスタがトニオの震える肩を叩く。

 

「許しませんッ!」

 いきりたったトニオが、ミスタにつかみかかろうとする。

 

「おっ、まてよ……誤解だぜ…………」

 ミスタはヒョイっとトニオの手を避け、逃げまわった。

 

 トニオはあきらめず、ミスタを追いかけていく。

 

「パパッ! 止めてよ。恥ずかしいなぁ……」

 ルチアが、ぼやいた。

 

「ハッ、こんなスべたを誰がナンパするかよ」

 ニーノはぼやき、ルチアに殴られる。

 

 そのとき、ジョルノはその光景を冷めた目つきで見ていた。肩をすくめてコーヒーカップを掴み、ぐいっと飲み干す。

(なるほどね……アントニーオ・ヴォルペはもういない…………今は素晴らしい料理人、トニオ・トラサルディー氏がいるのみ……と言う訳か)

 エスプレッソの最後の一口を飲みながら、ジョルノは考えごとをしている。

(……だが彼のあの素晴らしい能力は、やはり必要だ。何とかして…………彼の友情を得る必要がある……か……)


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