食戟のトニオ・トラサルディー Sesame's Treet (ソーマXジョジョ)   作:ヨマザル

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クレイジー・ノイジー・シンボル

 真夜中、すべての客がトラサルディーを出た後:

 暖房もいれていない東北の冬のさなかなのに、トラサルディーの調理場は熱気に包まれていた。

 若き料理人たちが必死に料理に取り組んでいるからだ。

 調理場は焼き場の炎と料理人たちの体温とで、汗が浮き出るほどの室温であった。

 

 アリスの横では、吉野がヤケクソの雄たけびをあげながら千切りを続けていた。

「……そうだったわッ、今はまだ遠月のスタジェール中なのよねッ……私たちだけねっ!!」

 そう、杜王町以外の地でスタジェールに取り組んでいた他の生徒達は、もう研修を終えて学園に戻っていくところのハズだ。だが彼らにとってはまだスタジェールは終わっていない。この最後の課題に合格して初めて、スタジェールのすべての課題を終えたことになるのだ。

 

 と、調理場の扉が開いた。トニオだ。トニオは吉野の手を止めさせボールの中の千切りを確かめた。なん束かをつまみ取り、子細に眺めた後で口に入れ……首を傾げた。

「ヨシノッ! 断面がつぶれていますッ。このボールに切った分はもう一度やり直しッ」

「ハイっ」

 ヨシノは一瞬グズッと鼻をすすり、乱暴に目をこすった。涙を拭いて再び千切りをやりなおす。

 

 と、トニオは、あらあら……とのんきをしていたアリスの元へやってきた。その手にはトレーを持っている。数分前にアリスが仕上げた牛の下処理をした物だ。

 トニオがいかめしい顔でアリスに向かって首を振る。

「アリスッ、牛肉の下処理、全然ダメです。やり直しなさいッ。あえて説明はしません。もっと良く観てどこが悪かったか自分で考えるッ!」

 

「はっ、ハイっ!」

 アリスは屈辱を感じ唇をかみしめた。だが腑に落ちない。自分の仕事は完璧だったはずだ。

 アリスは戻されたスペア・リブを丹念に眺めた。だが何度見ても『何がダメなのか』わからない。

 首をかしげていると、そこに涼子が通りかかった。

 

 涼子はすっかりと落ち着いた顔だ。その手にはボールに包まれたチーズが見える。

 すでに試験に合格している涼子は、奮闘しているアリスたちをしり目に、机に座って何やら調べていた。その机の上には、今日トニオに連れていってもらったチーズ作り職人、ワイン造りの名人などから手に入れた品が、一面に並んでいる。

 

「どうしたの、薙切サン」

「トニオ シェフから私が下処理をしたスペア・リブを突き返されたのだけれど、どこが悪かったのかわからないのよ」

「あぁ、私も経験があるわ」

 涼子は、スペアリブをひょいっと眺めた。やっぱりね……とうなずき、肉を指差す。

「ここと、ここと、ここよ……ここにカットしきれていない部位があるわ。それから、ここは腱をもっと切っておいた方がいいわ。肉の繊維を断ち切りつつ、肉のうまみが逃げないように……」

 涼子に指摘された箇所を確認して、アリスは唖然とした。

「こんなに細かいところが問題なの?」

「そうよ、マエストロ・トニオが要求するグレードは、とんでもなく高いのよ」

 だから……涼子は顔をしかめた。

「私もマエストロ・トニオの要求には応えきれていないわ。だから今私が見つけた場所だけを処理すればいいのか、自信が持てないわ。他にもあるかも。自分で良く『観る』べきよ」

 

「……わかったわ」

 アリスは肩をすくめ、指摘の箇所を処理して改めて見直す。

 

 涼子が指摘してくれた、こそぎ落としておかなければならないブショはホンのちょっぴりであった。しかし確かに苦みや、固さ、臭みなどが残るブショではあった。取っておくに越したことはない。そういう意味では、他にもやることがありそうだ。そう思いなおしてじっくり『観て』いくと、確かに他にもやっておいたことほうが良いことが、色々とありそうだった。

(しまったわ……)

 アリスは唇をかみしめた。

 

 その脳裏には、先ほどのタクミ・アルディーニの姿があった。あのときタクミが出した一品は、まさしく以前アリスが作った品からインスパイアされたものだろう。だがその完成度は、タクミの品のほうが遥かに高みに到達していたのだ。

 モチロン、アリスもあれから進化している。気おされこそしたが、タクミに『完全に負けた』と感じたわけではない。自分が目指す高みは、もっと上のはずだ。

(私だって!)

 アリスは精神を研ぎ澄まさせ、細心の注意を払いながら包丁をふるい続けた。

 

◆◆

 

 一時間前、トラサルディーの客室で;

 

「ウォーヴォ・フリッタータ・バンビーノ(いたずらっ子の目玉焼き)です」

 タクミはゲスト達の前にドルチェをおいた。緊張のあまり手が震えている。

 

「!?」

「目玉焼きぃ?」

 仗助は目をむいた。

 

 驚くのも無理はない。確かにその皿の上には、中心部がこんもりと膨み黄金色に輝く目玉焼きのようなものがのっていたのだ。

「さらにこの上に、ソースをかけて召し上がっていただけませんか」

 タクミはそういうと、真っ白い皿の上に黄金色のハチミツソースを回しかけた。ぶわっとハチミツの芳醇な香りが立ちこめていく。

 

「へぇ……いい香りだ。タクミ、これは面白いですね」

 ジョルノは目をつぶり、皿の周りに広がるハチミツとチーズの香気を楽しんだ。

 

「おっ、おう……だがコイツはグレートにぶっとんでんなぁ。でざーとに目玉焼きだぁ?」

 

「ええ。確かに突飛に思われても仕方ありません。しかし必ずお客様に満足いただける品になっていると思いますので、ぜひお食べ下さい。ブォン・アッペティートッ(召し上がれ)」

 

「おっ、おう……」

 仗助とジョルノはナイフを手に取った。真っ白い『白身』の部分にそっとナイフを入れると、もっちりとした感触が伝わってくる。

「へぇ、ナイフ越しでも、モチモチ感が伝わりますねぇ」

「ど、どれ……食ってみっか」

 

 仗助は恐る恐る口を開け、切り分けた『白身』を放り込む。

「?!!ッ」

 すぐに濃厚で甘いバター感が口中に広がっていった。

 生クリームのような濃厚でふんわりとした口当たりだ。

 しかもそれだけではない、もう一切れ、もう一切れと食べ進めていくと、次第に異なる食感が現れてくる。

 先に食べ進めていくと、やがてチーズから徐々に歯ごたえが感じられるようになっている。

 そして歯を立てるとぷっつりとちぎれ、噛むたびにもちっとした感触が顎と舌を楽しませはじめた。新たな食感だ。

 仗助とジョルノは、唖然として互いを見やった。

 

「これは、チーズか」

「ええ、これはまさしく。しかも、一種類じゃぁありませんね。表層にはマスカルポーネ・チーズ、その下に異なる種類のチーズ……多分モッツアレラ? が敷かれていて、二層になっていますね」 

「コイツは、暖かなハチミツソースが良くなじむッスねぇ。イヤびっくりッス。チーズと蜂蜜なんて、絶対に合わないと思っていたッすよ」

「イタリアでは、チーズのピザに蜂蜜をかけて食べたりしますよ」

「へぇぇ、コイツを食う前なら、そんな食べ方は邪道だって思って、絶対食べなかったっすねぇ~~でも、今なら食ってみたいっすね、ソイツも」

「お互い様です。僕もパスタの上にトマトケチャップなんて、これまでは試してみようと思ったことさえありませんでした」

 ジョルノが身震いした。

「でも、食べてみたらおいしかった。百聞は一見に如かずですねぇ。仗助、僕は杜王町に来てみて、本当によかったですよ」

「……俺もお前に会えて良かったぜ。ジョルノ」

 二人のジョジョは互いを見やり……苦笑いをした。

 

「さて……と。では黄身のほうは……」

 ジョルノが黄身にスプーンを入れる。

「これは、アツアツですねッ! この部分にも焼いたチーズを二種類? 使っているのですか」

「さすが、お目が高いですね。おっしゃる通り二種類のチーズを入れています」

 タクミが頬を紅潮させながら説明した。

「どんなチーズを使っているか、うかがっても?」

「ええ、喜んでご説明します。一つは、ペコリーノ・チーズです」

 

「ペコリーノ……なんすか、そりゃあ?」

「ヒツジの乳で作ったチーズです。濃厚でオイシイですよ」

 仗助の質問にジョルノが答えた。

 

 タクミが説明を続ける。

「正確にはペコリーノ・トスカーノと言うイタリアのチーズをイメージして、日本で作られた品です。マエストロ・トニオのお知り合いに、群馬で羊の放牧をしていらっしゃる牧場主がおられるのですが、その牧場で年に200個だけ作られている秘蔵のチーズなんですよ。しかもフレスコ(熟成が一か月間の若いチーズ)を使っているので、ミルキーでソフトな触味が楽しめると思います。それから……その上にレッド・チェダーチーズを薄切りにして載せ、表面をあぶっています。これにより、塩味を付加して甘味を強調することができると考えました……あっ、ちなみにレッド・チェダーはマエストロ・トニオの自家製です」

 

「へぇ……チーズって、自分で作れるもんなんスねぇ」

 黄身の中心部をカットし、口の中に入れた仗助が、目を丸くする。

「へぇ、サクッとした感触があったから何かと思ったら、あつあつチーズの下にシューが入っているぜ。ウォッッ!! シューの中に入っているのは、こりゃあレモンのシャーベットか?」

 

「その通りです。このドルチェの中心部には、パスタ・ビニェ(シュー)で包んだリモンチェッロ(レモン リキュールのようなもの)のグラニテ(イタリア風シャーベット)を入れています。アツアツの焼きチーズに包まれた冷たいグラニテの温度差、チーズの塩味とハチミツの甘味、レモンの酸味をお楽しみください」

 

「グレートっすねぇコイツは。シュー生地に含まれる気泡で、熱々と冷え冷えの温度差をブロックしているんすね……えぇと、あれだ、『アイスの天ぷら』ッ。それと同じ仕組みなんスね」

「しかも食感が楽しいッ! ハチミツとチーズのしっとり感、シューのサクサク感、グラニテのザクザク感がサイコーだ……」

 ジョルノがパチパチと手を叩いた。

「タクミ君。君の料理への工夫、技術、情熱に、敬意を表します。君もスバラシイ料理人ですね」

 

「いえ、僕なんてまだまだです」

 タクミは頬を紅潮させた。

 

「ところで、このシャーベットですが、モノスゴイ爽やかさと、レモン感ですね。何か秘密でも?」

 モチロン企業秘密なら、これ以上はお聞きしませんが。

 そう言い添えたジョルノに、タクミは微笑んだ。

 

「工夫は二つです。ひとつはリモンチェッロそれ自体です。実はこのリキュールは、マエストロ・トニオの奥さまがお作りになられているアルコール分低めの特別な品なのです。そしてもうひとつは……レモン・カードです。レモンカードをシューとグラニテの間に塗ってあります。これによってグラニテに一口目にガツンとくる酸味と、バターのコクの両方を与えています」

 

「リモンチェッロとレモンカード? なんスかソイツは」

 仗助が首をひねる。

 

「リモンチェッロとはレモンを使ったリキュールのことです。イタリアの名産品です」

 タクミが説明した。その脳裏に、レモンのジェラートが大好きだった幼なじみの女の子の顔が浮かんだか。

 

 ジョルノがうなずく。

「そして、レモンカードとは、確か英国で作られているレモンを使ったバタークリームのことでしたよね……しかしこれはただのレモンカードではありませんね?」

 

「ええ、このレモンカードは通常バターを使うところを、代わりにオリーブオイルを使っています。それから……」

 

「柚子っスか」

 

「ご明察です。柚子を混ぜて柑橘系の香りを立たせ、オリーブオイルで伸ばしたオリジナルのレモンカードです。それをシューの内側に塗ってあります」

 

「なるほどっスねぇ~~」

 頷く仗助。

 その時、タクミの視界の端に、トニオが腕組みしているのが目に入った。トニオは腕組みしてドア横の壁にもたれかかり、こちらを見ている。真剣な表情だ。

「それでタクミ、どうしてこの品にしようと考えたッスか?」

 仗助が静かに尋ねた。

 トニオが視界の隅で、コクリとうなづく……

 

「実はこのコースをまとめる一味として、必ず『トマト』が使われています。トマトの旨味、酸味がコースを取りまとめているのです」

 タクミは答えた。

 

「では、このドルチェにもトマトが? 感じませんでしたが」

 

「ドルチェには『トマト』は使っていません。イタリアンには『トマト』を使ったドルチェもございますが、それをお出ししても、逆に締めくくりであるドルチェのインパクトが弱くなると考えました。トマトを使う代わりに、トマトの特徴である酸味、旨味、それにフレッシュさを別な方向から楽しんでいただくほうが、むしろこのコースの狙いとしては正しいと考えました。それで、リモンチェッロのドルチェを味わっていただくことにしたのです」

 

「なるほど……しかし、酸味、酸味とコース料理が来るなかで、ただリモンチェッロのドルチェを出しても、きっと舌が『驚かない』。そこでチーズでコク、ハチミツの爽やかな甘さ、温度差を与えた……という事ですか」

 

「コイツも旨かったぜ」

 仗助が、ハチミツソースに浮かんだ『緑色の粒』をスプーンですくい、言った。

「コイツを喰うとサッパリすんな。それになんツーか、いい感じだぜ。例えてりゃぁ、舌の上で前の料理からキレーにバトンが渡ったッつーか」

 

「お目が高いッ。実はこれはバジルの葉を丸めた物なのです」

 タクミが顔をほころばせた。

「バジルはトマトと最高に相性が良いですからね。このバジルを食べることで、前に出されたトマト料理からの味の余韻も、楽しむことが出来ると考えました」

 

「前の料理との繋がりを考えた仕込みッつー訳ッスか。オメエ、やるッスねぇ~」

「その年でここまでの工夫ができるとは。恐ろしいほどですね……満足しました」

 

「グラッツェ!」

 

◆◆

 

『三つの形状の卵プレート』

 それは以前アリスが作った、生卵を模したジュレ、茹で卵を模したムース、それから殻つき卵の中に仕込んだミルクセーキをまとめた一皿だ。宿泊研修の課題、『卵を使った朝食を作ってビュッフェ形式で提供し、200食を来客に提供する』に取り組んだ時にアリスが提供した品だ。

 

 タクミが作った今回の一皿。その皿を思い付いたアイディアの一部は、間違いなくアリスが作ったその一品から来ていた。

 その日仗助とジョルノが席を立った後で、タクミはアリスに向かって礼を言いに行った。だがアリスはタクミの礼を聞いても、ぷぅっと頬を膨らませるばかりであった。

 

「何よぅっ。アンタの料理なんて、直ぐに超えてしまうんですからねっ」

「ハハハッ。僕の今回の一品は、苦し紛れに作ったものさ。君のあの繊細な料理の完成度には、到底及ばないよ」

 所々の要所で、マエストロ・トニオが仕込まれていた逸品を流用させていただいたしね。あれは、まだ僕の料理になっていないよ。

 むしろ、君が自分一人で考えたあの卵料理の方が、何倍もすごかった。

 タクミがにこやかに言った。こういったことを嫌味なく口にできるあたりが『イタリア人と日本人』の違いなのだろう。

 

「……アリガト」

 その威力にはアリスまで影響されているようだった。

 アリスはただ黙って、少しほほを赤くした。

 

 

 タクミとアリスが話している後ろでは、トニオと堂島が何やら話し合っていた。二人は、丸井、吉野、それにアリスの作った一品を、詳細に検聞しているところであった。

「どうだトニオ、わが遠月学園の自慢の生徒達は? 少し『教育』すれば、お前の要求に見合う人材達だと思うが?」

 トニオは堂島に向かってうなずく。

「ギン……キミは素晴らしい教育者デスネ。皆さんの料理の腕前、そして情熱には感服しました。彼らになら、託せると思います」

「ウム……で、これでお前の懸案の一つが片付いたとして、もう一つの件はどうする?」

「それは、これから見極めるところです」

 

 と、二人のところにタクミが近づいてきた。

「マエストロ、我々に何を託すとおっしゃっているのですか?」

 

「4つ目の仕事ですよ」

 トニオがニコニコして言った。

「四つ目の仕事には、タクミと涼子だけではなく、ここにいる遠月の生徒の皆さん全員に手伝ってもらいます」

 

「これが、君たちのスタジェールにおける、最後の仕事となる。最終試験と心得て心して取り組むように」

 堂島はニヤッと笑った。

 

 遠月の生徒たちは、互いに顔を見合わせた。戸惑っていた顔が、徐々に彼らなりに気合が入った顔に変わっていく。

 

「もちろんよ。おじさま」

 アリスはツンと澄まして言った。

 

「がっ、ガンバリますっ」

「やっ、やってヤローじゃあねぇかっ!」

 ボロボロの二人が言った。吉野はいかにもヤケクソと言った様子。丸井は、すでにミイラのようにしわしわだが、それでもメガネだけは光っている。

 

 タクミと涼子はカツンと拳を合わせた。これまでの苦労が思い起こされ、どうしても顔がほころんでしまう。

「……涼子さん、ついに来たね」

「そうね、ここまで来たら、がんばって絶対に卒業しましょうね」

 

 皆が静かになった一瞬を捕まえ、トニオが言った。

「最後の仕事ですが、皆さんでチームを作ってそれぞれのチームごとにイタリアンのコースを作ってもらいます。お客さんは野外にいますので、料理はその場、野外で行っていただきます……」

 

「よっ、よし……腕が鳴るぜ」

 吉野がゴクリ……とつばを飲み込んだ。

 ほかの生徒たちは緊張した表情をうかべている。

 

「お客さんにコースを提供するのは、午後7時です。しかしワタシとギンが皆さんの考えたコースの出来栄えを観ますので、午前10時にはワタシのところに試作版を持ってきてください」

 トニオの説明が続く。

「夜通しずっと試作してイイよ……と言ってあげたいのですが、調理場は清潔が命です。なので、今日は掃除をしたら厨房を閉めます。念のため、明日は4時から厨房を開けておきますから……」

 

 皆、黙って時計を見た。すでに短い針が深夜一時を指している。

 トニオが要求する『掃除』がどれだけ徹底的なものなのか、それを良く知っているタクミと涼子が急に慌て出した。

「ま、まずは手分けをして掃除に取り組みましょ」

「そうだね……ここからチリ一つ無い状態まで掃除するには、普通にやっても一時間、ちんたらやれば3時間はかかる。少しでも早く・だが徹底的に掃除を終えるため、みんなで協力しようッ」

 

◆◆

 

 

 同時刻:

 墓石も凍るほどの木枯らしが吹いている。

 イタリア料理店 トラサルディーから南西に少しだけ移動すると、そこには霊園が広がっていた。見晴らしがよく、空気もきれいな清浄な空間だ。

 常緑樹が多く植えられているため、この時期でも墓場の周囲は緑でおおわれている。だが、虫の音はしない。すでに凍えてしまったのだろう。時折凍てついた風が吹くため体感温度は非常に寒い。

 霊園は5時には閉まるのが規則だった。だが深夜一時、柵を超えて霊園に入り込んだ男たちがいた。

 

 一人は虹村億泰、そしてもう一人は音石明であった。

 二人は黙って墓地を歩く。そして片隅のとある墓前で足を止めた。暗くて良く見えないが墓石には『虹村 形兆』と刻まれているはずだ。墓に入っているのは、億泰の兄であり、音石が殺した男であった。吹きさすぶ風の中に立つ墓石は、凍りついているかのように冷たく、固い。

 

『よぉ兄貴、こんな時間にすまねえなぁ……』

 億泰が優しく語り掛けた。墓石の前にしゃがみこみ、花を供える。

 しばらく頭をたれ、墓の前でたたずむ二人。満天の星空が形兆の墓と二人を照らしていた。

 

 星の光は影も作る。

 墓地の木陰から、物音一つたてずにジョルノと仗助が現れた。 二人は黙って、少し離れた所から億泰と音石を見ていた。

 

 億泰と音石は、ゆっくりと立ち上がった。

「仗助、待たせたか? こんな寒い場所を待ち合わせ場所にさせてもらって、悪かったなぁ」

 

 億泰の言葉に仗助は手を振った。

「良いってことよ。俺も形兆の所に久々に顔を出せて、良かったぜ」

 いつの間にか、周りには、一人、また一人と『杜王町のスタンド使い』達が集まってきていた。

 

「よし、みんな来たな」

 仗助が口を開いた。

「忙しいだろうに、集まってくれてありがとうっス……そんじゃあ早速だけれど、明日の計画を説明するぜ。みんな聞いてくれ」


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